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ここは、声が形になる場所。
ポッドキャスト番組の番組オリジナルステッカーが一堂に集まるリスナーのための小さな文化祭。
ポッドキャストステッカーベース。
2026年4月の19日日曜日。会場はランプお茶の水。JRお茶の水駅から徒歩7分。チケットは入れ替え制の10時から16時となっております。
チケット販売の方のURLを概要欄に載せておくので、ぜひともみなさん遊びに来ないか。
ミンチがミンチがミンチがミンチがミンチがミンチが
皆さん財布にこだわりはありますか?
財布、こだわってる人もいると思うし、お気に入りを使ってる人もいると思うし、いやー何でもいいよっていう人もいると思うんですけども。
財布さー、ねー、もうね、俺はルブタンの長財布を使っているんですよ。
トゲトゲの、なんか一時期よく見たでしょ?ちょっぴり、なんか一瞬、一瞬なんか持ってる人多かったなっていう感じのね、トゲトゲのスタッツがいっぱい付いている。
長財布を使っているんだけど、けっこうお気に入りで、けっこう好きなんだけど、
長財布を一回使うとほんと何でもかんでも財布に入るからほんと便利っていうのと同時に邪魔だなっていうのもあるわけじゃん。ポッケに入らねーみたいなのもあるわけで。
もう次は折り財布がいいなーとか思ったりもしたりするんだけどさ、なんかデザインが気に入らねーっていうかピンとくるものがないわけ。
このルブタンの前に使ってた財布は、ビビアンの長財布。
けっこう自分の中でさ、ピンとくるものじゃないと財布ってけっこう俺は買い換えられなくて、
ブランドにこだわりがあるとかハイブランドがいいとかそういうのは全くないんだけど、デザインが自分の中にしっくりくるっていう財布がないんだよね。
それがハイブランドだろうとそこらへんにあるブランドだろうとなんでもいいんだけど、
最近ちょっと財布が下手ってきたからさ、財布が欲しいなーって思いながらフラフラ生きてて、ピンとくる財布に出会えないからきっとまだこの財布を使うんだろうなとスタッツを撫でている私です。
スプタン男のっ!
みんな違ってみんな良い!
ごきげんようスプタン男のっ!つんです。この番組はみんな違ってみんな良いお言い訳に私が好き勝手話す番組です。こんな人もいるんだな程度に聞いてください。
グッズをね、頭でCMで売ってると思うんですけど、ポッドキャストステッカーベースというものに私くちは4月の19日そういう催しに参加をして売り込みをします。グッズを販売いたします。
1月の19日日曜日チケットを販売しているので、ぜひとも概要欄からチケットを入手して遊びに来ていただきたいという催しなんですが、キーホルダーはできたよっていうのをビデオポッドキャストでやってたんですけど、他に缶バッジがあったりっていうのも考えてはいるんだけど、
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他にね、なんかあるみたいなのを言ったら、しおりとかどうですみたいなしおりとかみたいなことを言われてしおりいいなーって思ってしおりを作ったんですよ。作ったつってもあれね、皮の切れっぱしを結んでっていうしおりを仕入れて、それに自分で刻印を打って銀ペンでね、なぞったっていう感じなんだけど、
いやー久しぶりにね、仕事じゃないというかお金にならない。時給でいくらになるんだろうみたいな作業をコツコツしてて、でも売りもんじゃない。売りもんじゃないって言うと語弊があるな。
売りもんじゃない、商品じゃないか。商品じゃないも語弊があるか。まあまあまあ、組んで、組んで、まあじゃないからさ。毛書きでさ、文字の長さ、文字の幅とかを測ったり、垂直出したりとかさ、そういうものをしないで、皮なんてなんでもいいわけでさ、汚れてたりずれてたりっていうのもまた味かなーなんていう風な気持ちになってしまうことが多くて、俺は結構そういうのが好きなんですよ。
汚い感じというか手作りとかいうか、そういうのが好きで、手作業というかそういうものが好きで、学生とかいうものとか案外無造作のものも嫌いじゃなくて、そういう風な味が出ればいいなーなんて思ってガンガンガンガンもう当たりをつけずにね、どんどん刻印してたんですよ。
楽だし、手抜いてと言ってしまえば手を抜いてなんだけど、刻印をしてたんですよ。皮に刻印もやっぱ楽しいなーって思って、結構金属に刻印することはあってもさ、皮に刻印したのほんと超久しぶりだなーって思って、皮は俺はちょっと守備範囲外というか、自分の中でやったことはあるけど、ちゃんと真剣にやってないというか、まあまあまあまあっていうぐらいなんですよ。
だからなんか楽しいなーって、物を作るの楽しいなーって思って、自分のためにやっている工作みたいなのの延長線上でさ、楽しいなーって久しぶりに皮ガンガンガンガンやってて思いましたね。
まあそう、そのしおりの裏?しおり?皮だからさ、裏はもうなめしてないからさ、その裏側に油性ペンで書くと皮って落ちないんですよ。皮ってもう刻印打ったら戻らないし、油性ペンで書いたら落ちないのよ。
だからそこで後ろに名前書いたりしてもいいなーなんて思ったりしてるんですけど、まあ10個ぐらい用意したんで、よかったらしおり、私と一緒に本を読む生活をしようぜということで、皮のしおりを用意しました。
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ぜひともね、面白いなと思う人は買っていただけるとありがたいと思います。なんかさ、やっぱり、そう、金っていうか売り上げとか、あとは評価とか、そういうものを関係ないところで物を作るのって楽しいよねー。
なんかね、ほんと、皮にさ、ただ単に皮のしおりにガンガンガンガン自分で刻印打ってるなんていうのは本当、図画工作の延長せんじろうだったりするわけでさ、ほんと誰でもできることですよ。
なんだけど、物はいるけどさ、別にどうってことない作業をカンカンカンカンやっててさ、ほんとこれが売り上げがいくらになるかとか、いくらで売ったらいくら儲けが出るかとか、何個用意しなきゃいけないかとか、1時間で何枚作んなきゃいけないかみたいなものを逆算して考えなくていいのって、なんて楽しいんだろうって思って。
なんかまだもう物を売ってないんだよ、4月19日だからさ、まだそんな機会をやってないんだけど、初めての物売り、結構久しぶりにワクワクしてますね。なんかほんと、かけ値なしというか、売り上げ土返しというか、そういうのって楽しいなーって。
ほんと今もうこの時点で参加してよかったなーって思ってます、俺は。そんな気分なのでね、ぜひとも4月19日に来てくれたら嬉しいです。
余ったらどうなんだろうなー、とはね、思っているんだけど、まあまあまあ。
まあ大人になるとさ、金とか売り上げとか評価とか、フォロワーとか、そういうふうな社会的な評価だったり売り上げだったり、金だったりっていうのが、仕事においての信用とかに直結してくるわけでさ。
その社会的信用というものが多くあると、特に男社会だと認められやすかったり、扇望を得たり、人のことを見下したり、マウントを取れたりするわけですよ。
それも大事だし、そういう競争心っていうのも大事だし、社会は売り上げがないとは回ってかないので、それを求めるのも大事なんだけど、
なんかそこじゃなくて、本当にそういうんじゃないんですよ、私は。
だからそれが楽しいなーって、本当今思ってるなー、ポッドキャストを趣味でやって、趣味で販売をしている。
なんか本当、フリマンをやっている気分だね。
いいよね、こういうのって楽しいなーって。
そして大人になってよかったなって思うのって、こういうものづくりにおいて心を込めてっていうのって、いくら心を込めてって言ったってね、やっぱり買い物は高いしさ。
もう今本当、材料費なんかもうのき並み上がっているし、金属なんてバカみたいな値段するわけですよ。
本当、塗装の塗料とかも高いしさ、シンナーとかも高いし、何だったら手に入らねえみたいな事態になっているわけ、今ご時世的に。
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単価運べよ、重量が足りないってどういうことだよ。
本当に気なくさいな、本当トランプさんはどこにか…
っていう感じですよね。
医療従事者が優先、しょうがない、しょうがない。
そんな朝長でも先行き見えない仕事の本業の方の仕事ではあるんですけど、その息抜きで私は川をガンガン休日にやっていたわけです。
良かったら見に来てねっていう宣伝になります。
そういうものづくりって楽しいよね。
今日のパンチライン。
今日は懐かしの歌から、オレンジレンジラブパレード。
そして今、僕は誰かのためにいるんだ。
というわけで後半戦。
まあ金が、金が儲かるとか儲かんねえとか、金を持ってるとか持ってないとか人間性には一切関係ないとオレは思っているんだけど、
社会的強者、社会的弱者みたいな言葉がXで流れてきて、
まあいろんな価値基準というものがあるし、社会的な価値とか人間性の価値とか各々いろんなところで測る指針はたくさんあるよねって。
あなたが思ったらそれが正解でいいんじゃない?
ってただそれを押し付けないでくれとは思うんだけど。
なんかね、こんなポッドキャストをね、端っこのポッドキャスト業界の端っこの端っこでただただただただこうやってぐだぐだ喋っているだけなのに、
なんかね、持ち上げてすごく賢いですねとか、頭の回転早いですねとか、すごいですよねみたいなことを言われるんだけど、私なんか本当にすごくないですよ。
社会的なところで言ってしまえば私は社会的強者では絶対にないのね。
冷静に考えてほんと。舌が切れてて、いれずみが入ってて、善かがある個人事業主が社会的強者なわけないじゃん。
本当に社会的強者だったらポッドキャストなんかやってない。
まあね、でも決して社会的弱者ではなくなったなとは思うんですよ。
まあ社会的弱者だった頃もあります。でも社会的弱者というラインは超えたかなとは。今はね、やっと大人になってなりましたけど。
けどこの社会的弱者とか社会的強者なんていう言葉もただね多数決でしかなくて、しかも日本の価値観でしかないわけで。
これのね、社会的の反対で言って大義語で言うと個人的になるわけじゃん。
ただここに個人的なっていうものを添えると個人的強者だなとは俺すごく心から思ってて。
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自己肯定感や自己幸福感みたいなものっていうのは結構高いんですよ。
それはでも他者から与えられているものだから難しいんだけど、これは独立して自分自身が本当に心から思っているのかって言ったらすごく怪しいし。
他人からもらっている、他人から感謝をされたり、他人が苦しい時に手立ちをしたり、より良い方向に行くように。
なんだろうな、より良い方向に行くようにじゃないな。悪い方向に行かないように手助けをしていたりする最中で感謝をしてくれたりする人間がいるわけだ。
そういう人間たちがいて、そういうのを感じてきたから多分俺は自己肯定感が高かったり自己幸福感が高かったりするわけよ。
でもその個人的な強者っていうものはさ、なんか他者が介在しない逃げ場みたいなものもやっぱり一つ強みとして持っているのは大事かななんて思うんですよ。
これは本当あってさ、何をしている時に幸せだろうというよりはすごく苦しかったりすごく悲しかったりしてもとりあえずそれをしていると落ち着いたり、
マイナス思考に囚われない。そのマイナス思考になんだろうな、螺旋階段を降りていかないというか、終わらないことにならない。
考えることは良くても悩み続けるのって無駄じゃんって思っているから俺は。
だからそれを反強制的にじゃないけど、俺は底上げできるのがやっぱり本と読書とあとは家の植物たちに水をあげてたりして、
それを夜になったら家に入れて朝になったら外出してお水あげてみたいなことをやってたり、葉っぱを切っていて剪定をしたりとかしていると幸せなんですよ。
もうそれって他者を介在しないじゃん。植物の世話とか。
で本当に猫のうんこ拾っている時も幸せなんですよ。
猫のうんこ猫のうんこ臭いねーって思いながら片付けているとなんて幸せな時間なんだろうなって思うんですよ。
めんどくさいけどね。猫のゲロ吹いてたって猫のおしっこがちょっと濃いだけで心配になっちゃうんですよ。
なんか猫のおしっこ濃いなお前もうちょっとお水飲もうかって思って本当にお水にチュールを溶いて飲ませたりしているわけですよ。
でもそれって本当にかけがえのない時間でさ。社会的な評価とかお金を持っているとか持っていないとかあんまり関係ない幸せな時間なんですよ。
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だからそういうのがある人間っていうのはやっぱり楽しいよねって思って。
それでXでも少しリプがもらったんだけど。
食べ物って強いなって思って確かになってあんまり俺は食に興味がないといえばあんまり食に興味が強い方ではないんだけど。
けどうまいもんを食うってさ強いよね。
とりあえずね手足を温めてうまいもんを食って早く寝る。
これがとりあえずね不幸から脱却する一歩だったりもするわけじゃん。
だからうまいものを食う、肉を食う、うまい野菜を食う、うまい果物を食う、うまい魚を食うっていうのって本当は手っ取り早くインスタントに幸せだよね。
それを幸せだと感じる部分をずっとどんな時でもちゃんと保っていたいよね。
でも何を食べても味がしない何も食べたくないってなっちゃう時もあるのはわかるんだけどさ。
それでもね俺は本が読めなくなってしまうことっていうのはまあ疲れはあるけど精神的に本が入っていかないみたいなことってなくて。
たぶんこれは現体験というか幼い頃の体験でどんなに苦しくても一人ぼっちでも辛くても理不尽な目にあっても世の中がムカついていても早く大人になりたくてもここから脱走したいと思っていても何もできなくても本だけは読めたんですよ。
っていうのがあるからなんか俺案外本読めるんですよどんなに苦しい時でも。でその本が癒しになって現実逃避にもなって救い私の心を守ってくれる砦になっているわけですよ。
だからやっぱり俺は本というものは結構切り離せない生活のものではあってさ。
まあ話ずれた中何の話しようとしてたんだっけ?
そうまあ自己肯定感。違うね。幸せ。
幸せを感じるところっていうのは低くしといた方がいいよね。何に際しても幸せっていうのを感じてた方がいいし社会的評価っていうのはなんか本当うるさいよね本当に。
でもさ社会的弱者だからとか社会的強者だからみたいなのもううるせえなって思うんですよやっぱり関係ないじゃん個人的な幸福度を大事にしてけって思うんですよ。
個人的強者になってしまえば幸せなんかついてくるしって思うんですよ。
ただ本当社会的弱者がなんだろうな弱者であることを盾に文句を言うのはちげえなって俺は思うんですよ。
なんか社会的強者本当お金を稼いでお金を回している人間それがどんなに花につこうが税金払ってるわけですよ。
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だから税金を払っているとか保険を払っているイコール誰かしらの足りない人間たちのものをそいつらを負担をしているわけで一定ねお金を稼げる能力がある人間たちっていうのは
まあ社会貢献してるんだよなそれだけでって俺は一種思うようにはしているのね。
だから弱者が声高らかにねああだこうだっていうのってやっぱちょっと違うかなぁとも俺は思うんだけどね。
結局金払う奴が結局愛があるんじゃないかみたいなところも思うことってあるじゃん。
愛してるけど愛している人間たちが苦しんでいたりする時に不幸を追いやれる力って金は結構絶大な効力があるじゃん。
そう金がなきゃ幸せ
金があることが幸せだとは思わないけど
金があった方が不幸は追いやれることは多いわけで精神的な余裕もできるわけでっていうのはあるわけじゃん。
だからね金に追われるとどんなに金持ちでもどうしても精神的に苦しくなってきて幸せとはかけ離れていくわけで愛する人間たちを救うためにも金が必要なわけですよ。
もちろん向き不向きがあるから金を払われていることに感謝しろって言ってるわけでもないんだけど
難しいなぁとは思うね。ただ金があるから偉いわけでもないし金があるから幸せなわけでもないっていうのは大事なところでさ。
本当金っていうのは社会的評価だからもう個人的評価につなげていこうよって思うんだよね。
なんかどんどんどんどん資本主義が発展してってそろそろ頭打ちな感じじゃん今日本もさどうしても。
だからやっぱりこっからなんかみんなさやっぱり本当暗いんだよなぁ。
ていうかなんか未来に希望を持っていないというか今現状楽しくないんだからしょうがないのかなぁとも思うんだけど
なんでそんなに今現状楽しくないんだろうなぁと思うんだよね。もう毎日が楽しい。毎日が楽しいよって思っちゃうんだよね。
本当に楽しいことばっかりで幸せなことばっかりだなって思うんですよ。
草育ててみなって。本当に猫カフェ行って猫と戯れてみなとか。鳥カフェもいいぞみたいな。鳥も可愛かったぞみたいなことも思うし。
図書館に行って本を読むでもいいし。本当に家で入れた水筒に入れたコーヒーを寒空の公園のベンチで飲むっていうだけでもなんかほっとしちゃう瞬間ってあるじゃん。
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携帯を見ない時間っていうのはやっぱり社会的な評価というか社会的なうるさい情報から断絶されているあの時間っていうのはやっぱり俺は心の平静には結構必要な時間でさ。
なんかばーっと水筒に入れたコーヒーを飲みながら本読むわけでもなく池のアヒルを見ている30分みたいなのが幸せの基礎値になってんだよなーなんて思ったりもすんだよね。
まあなんかよくわかんねえ話だけど。社会的強者ではない俺は個人的強者になりましたっていう話ですね。個人的強者は無敵だよ。ある意味無敵の人だから。
やっぱりねーなんか難しいなって思うんだよね。でもお金は稼がなきゃいけないし生きる上で必要なもんだったりもするしとは思うんだけど楽しい幸せっていうなんだろうなスイッチは軽くしといた方がいいよね。
今が一番幸せっていうのを一生続けたら一生幸せだぜっていうねお話でした。
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