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【マーク・ザッカーバーグ】「Facebook」でSNS時代を切り拓くもなにかと裁判ばかり?Mark Zuckerbergの波乱の人生とは?
2025-07-26 07:53

【マーク・ザッカーバーグ】「Facebook」でSNS時代を切り拓くもなにかと裁判ばかり?Mark Zuckerbergの波乱の人生とは?

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毎度、米国株投資の耳よりの話。 今日もあなたと一緒に気になるあの人を深掘りしますぜ。
毎度おきに、聞き流すだけで未来の投資につながるヒントがなんか見つかるかもしれへんからな。
今日は、伝説の企業化烈伝第2弾や。 今のSNS時代を作ったんは、間違いなくこの人やな。
Facebook、今のメタの創業者、マーク・ザッカーバーグ派やな。
せいや。
特に、あの大学時代、Facebook誕生までの道のりを追ってみようか。
あ、ええな。ほな、恒例のあれ言っとこうか。
マーク・ザッカーバーグ派だけに、世界中の人々の心をがっちりマークしてる。どや。
まあまあ、ええんちゃう?事実はそうやけどな。よし、本題入ろうか。
頼んます。まず、えっと、ザッカーバーグ派のルーツからやな。
1984年、ニューヨーク生まれ。お父さんは歯医者さん。お母さんは精神科医。これ、けっこうええとこの子やったんやな。
そうやね。ユダヤ系の家庭でな。で、特にお父さんの教育方針が、周りに流されず、ほんまにやりたいことをやれって、なんかかなりユニークなもんやったらしいわ。
へえ。
これが後の彼の、なんちゅうか、行動力の源泉かもしれへんな。
なるほどな。その影響なんか、コンピューターへの目覚めも早かったんやろ。なんか家庭教師もすぐ追い抜いたとか。
せやね。えっと、12歳にしてやで、お父さんの歯科医院で使う受付システムザックネットを自作したって言うからな。
12?
うん。単なるお遊びやないねん。実用的なもんを作るところがもうなんかすでに違うわな。
天才少年やんか。ほんで、高校は?
高校は全寮生のエリート校、フィリップスエクセターアカデミア。
ああ、聞いたことある。
ここでのシナプスメディアプレイや開発の話、あれは興味深いよな。
ほうほう。
そうする機能がまあ、画期的やったらしい。
うんうん。
で、マイクロソフトなんかが1億円以上で買収提案したって話もあるけど。
1億?高校生が作ったやつ?
そうやね。でも彼は売らんかった。
わあ、それを断るってただもんやないな。自分のビジョンへの自信なんか、それとも?
そこやな。単にお金儲けやなくて、なんか自分が作ったもんその可能性を信じてたんちゃうかな。
うーん。
この辺のまあ頑固さというか信念の強さは後々にも繋がってくる気がするわ。
ほう。
あ、ちなみに高校時代はフェンシング部の部長もやっててんで。
へえ、フェンシング?意外やな。
うん。でもなんか戦略性とか集中力とか通じるもんがあるかもな。
確かに。ほんで、えー、ハーバード大学に進学と。
うん。
ここからがいよいよ本番やな。
そやな。
まずコースマッチを作って。ほんで、あの、ちょっと悪名高い。
ああ、フェイスマッシュやな。2003年の。
そうそう。
大学のサーバーに勝手に入って女子学生の写真を無断で集めて、
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どっちがイケてるみたいなのを投票させるサイトを作ってしまって。
うわー。
大問題になったやつや。
今やったらもう一発アウトどころやない大事件やで。
ほんまやで。
映画、ソーシャルネットワークでもかなり印象的に描かれてたけど、
あれってなんかほんとに酔った勢いやったんかな。
うーん、本人は映画の内容、特にあの動機面はかなり否定してるみたいやな。
あ、そうなんや。
当時すでに今の奥さん、プリシラちゃんさんとは付き合ってたらしいし、
モテたいから作ったっていうのは、まあ映画の脚色やろうな。
なるほど。
ただ、服装とか雰囲気はなんか結構リアルやったらしいけど。
ははは。
でもな、この一見で彼の技術力と、
ある種のこう、やりきる力みたいなもんが、
良くも悪くも示されたんは事実やと思うわ。
なるほどな。
その技術力が目に留まったんが、
あの、ウィンクルボス兄弟やったわけか?
そうそう。
エリートの。
ハーバードコネクション中、学内限定の出会い系サイトの制作を手伝ってくれ、
と頼まえたんやな。
うんうん。
ここでの経験とか、もしかしたら兄弟とのやり取り自体が、
次のアイディアのこう、着火剤になったんかもしれんな。
ここが分岐点やな。
兄弟の依頼をこなしつつ、裏では、えっと、独自のSNS開発を進めていったと。
そういうことやな。
親友のエドワルド・サベリン班から、最初の1000ドルを出資してもらってな。
彼をCFOに据えて。
ほんで、ルームメイトやったダスティン・モスコビッツ班とか、
クリス・ヒューズ班も巻き込んで、チームで一気に開発を進めたんや。
なるほど。仲間を集めて。
そして、2004年、ザ・フェイスブックが誕生したわけや。
ついに。
最初はハーバード限定やったけど、
口コミと、あとサベリン班の人脈も使って、
たっという間に他の大学にも広がっていった。
このスピード感がすごいわな。
ほんまやな。
彼の人物像ってどうなんやろ。
映画やとなんか結構ドライな感じもしたけど。
うーん。
やっぱり、ネッカラなプログラマーっていうか、
世界をつなげたいとか、もっとオープンな世界にしたいっていう、
ある種、ピュアな情熱があったのは、確かやと思うで。
ただ、そのためなら手段を選ばんような、
ちょっと危うさも、
フェイスマッシュの頃から見え隠れしてたかもしれんけどな。
あー、なるほど。
会社を作るためやなく、世界をオープンにするためって言うてたらしいしな。
自信家やったんは間違いないからな。
せやな。
実際にウィンクルウォス兄弟からは、
アイデア盗まれたって訴えられたわけやし。
コネクトユー訴訟。
あったな、それも。
うーん。サベリン班とも後に関係が悪くなるしな。
うーん。
初期からそういう対立とか訴訟リスクは抱えてたんや。
なるほどな。
ただ、彼が他の起業家と決定的に違うんは、
その若さと圧倒的なスピード感、
それと初期においては収益化よりも
つながりそのものを追求した点ちゃうかな。
ほう。
結果的にそれが巨大なネットワーク効果を生んだわけやからな。
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なるほどな。
じゃあ、我々が彼の反省から学べることってなんやろうか。
うーん。やっぱり若いうちから自分の好きとか得意を
徹底的に突き詰めることの大切さやろうか。
うーん。
それとアイディアだけやなくて、それを形にする実効力。
ほんで失敗しても批判されてもやり続ける粘り強さ。
あー、粘り強さな。
フェイスマッシュの失敗からある意味学んで
フェイスブックを作ったとも言えるしな。
そういう見方もできるな。
あと仲間は大事やけど、
そこには必ずこう難しい人間関係とか利害の対立も生まれるっていう
リアルな側面も学べるな。
確かに。そこはキレイ事だけやないわな。
せやな。
さて、最後にあなたに問いかけや。
お、来た。
もしザッカーバーグ班があの時サイナプスを売っていたら
今のメタは存在したんやろうか。
うーん。考えさせられるな、それは。
あるいは初期のオープンさえのこだわりが
後のプライバシー問題とこれとどう繋がっていったんかとかもな。
あー、それも深いな。
今やからこそ考えなあかんことかもな。
ちゅうわけで、今日の米国株投資の耳寄りな話はここのあでや。
若きザッカーバーグ班、なかなか濃密やったな。
ほんま面白かったわ。
次回もあなたの投資マインドを刺激するような話をお届けしますんで。
うん。
ほんでな、今日の話をもっと深掘りしたい
とか他の起業家列伝も気になるってあなたは
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頼むで。ほなまた来週。
おーきにー。
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