1. 耳で旅する「みみ三重ラジオ」
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#27-1「東京のコンクリートジャングルで動悸が!? 都会の『三重県大使館』から公開収録でお届けする“第二のふるさと”のつくり方」Guest: 生駒芳子さん(三重テラス クリエイティブ・ディレクター) / 水野加奈子さん(三重テラス)
2026-04-10 20:37

#27-1「東京のコンクリートジャングルで動悸が!? 都会の『三重県大使館』から公開収録でお届けする“第二のふるさと”のつくり方」Guest: 生駒芳子さん(三重テラス クリエイティブ・ディレクター) / 水野加奈子さん(三重テラス)

「みみ三重ラジオ」は、三重県の伊勢から熊野をみなさんといっしょに旅するように巡り、ゆく先々で出会う人や地域の声をお届けするポッドキャスト番組です。
2025年7月からのSeason2は(ほぼ)毎週金曜日20時に、Spotify、Apple Podcast、YoutubeMusicなどの音声配信プラットフォームで最新の番組を配信しています。
リスナーのみなさんからのお便りをお待ちしております。

▼お便りはこちらから
⁠https://mimimie-radio.studio.site

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サマリー

今回の「耳見えラジオ」は、東京の「三重テラス」から公開収録でお届け。ゲストに三重テラスのクリエイティブ・ディレクター生駒芳子さんと、三重県職員の水野加奈子さんを迎え、「第二のふるさと」の作り方について語り合った。幼少期の転居経験や旅先での寂しさから、人との繋がりや居場所の大切さを実感してきた二人の経験談は、出身地以外にも「おかえり」と言える場所を持つことの豊かさを示唆する。三重テラスが東京における三重県の「大使館」として、人々が故郷を感じられる温かい場所となっている現状も紹介された。

番組紹介と公開収録の趣旨説明
耳見えラジオ!
はい、今回も始まりました。
拍手、ありがとうございます。
今回も始まりました。
耳見えラジオ、パーソナリティの玉置由里子と、
西川桃江です。
よろしくお願いします。
今回も伊勢から熊野へ、耳から三重へ。
耳見えラジオは毎月4回、だいたい毎週金曜日に、
Spotify、Apple Podcast、YouTube Musicなど、
音声配信プラットフォームで、最新の番組を配信しております。
さっきも、拍手が聞こえてきましたけれども、
今日はね、ちょっと、耳見えを飛び出しまして、
ある場所からお届けしております。
また来ましたって感じよね。
そうですね。
前でも来たもんね。
そうですね。
ここは、もう耳見えラジオ聴いてくれてる方は、
お馴染みかもしれませんが、東京にございます。
日本橋、三重テラスというところの2階のコミュニティスペースですから、
お届けをしております。
もうだって3回目ぐらいよ、耳見えラジオで。
そうですね、3回かね、来させてもらって。
4回目か。
3回やったから、4回目来させていただいてますので、
もうまた来たねって感じよね。
また来れましたね。
今回は、我々も関わって立ち上げました、
帰宅部の部活動のキックオフみたいなものを兼ねて、
公開収録という形で、ちょっと豪華なゲストをお招きして、
ちょっと帰宅部らしい話をしようじゃないかという趣旨で、
お届けをしてまいります。
楽しみですね。
今日のテーマが、ズバリお帰りの作り方。
ふるさとが増えると人生がもっと豊かになる。
こんなテーマなんですね。
地域の人からお帰りと言われる関係がどうやって生まれるのか。
人と地域がつながって帰れるふるさとが増えていくことは、
人生の選択肢だったり、景色を広げてくれるかもしれないと。
なので、今日ちょっとこの回では、
地域といろんな形で関わっているゲストの方をお迎えして、
豊かなふるさと、自分にとってのふるさとの作り方っていうのを
ちょっと考えていこうという形でお届けをします。
なかなか面白そうなテーマ。
そうですね。
それにふさわしいゲストを今日は2方お呼びしてます。
ゲスト紹介と「お帰り」の定義
豪華なゲスト2名です。では早速ご紹介しましょうか。
はい、お願いします。
では早速ご紹介しましょうか。
はい、お願いします。
はい、お願いします。
イコマヨシコと申します。
私はこのMie Terraceのクリエイティブディレクターを務めさせていただいてます。
今日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
そしてもう一方。
はい、ミズノカナコと申します。
私はMie県の職員なんですけれども、このMie Terraceに駐在しているものになります。
だからお二人ともこのMie Terraceという場を作ってくださった方といっても過言ではないというか、
そうですよね。
だからMie Terraceがある意味東京に住んでいる方にとって帰る場所の一つにきっとなっていると思うんですけど、
ちょっとそんなお話だったりとか、
実際ゲストのお二人も拠点を、
イコマさんも世界中を飛び回っていらっしゃるジャーナリストさんでありアートディレクターさんでありという形なので、
いろんな場所に拠点があったりする中で、
そのお帰りって何なんだろうっていうところと。
ぜひお二人とお話ししてみたいし、お二人のお帰りとか、また私たちと違うお帰りがあるでしょ。
それをちょっと聞いてみたい。
お帰りの作り方というテーマで今日はお話を聞いていきたいと思いますが、
もしかしたらお二人を知るのが今回初めてという方もいらっしゃるかもしれないので、
生駒芳子さんの「お帰り」体験
今一度お二人が普段どんな活動をしていらっしゃるかとか、
あるいは三重県との関わりとかきっかけとかそういったところをお伺いしていきたいんですが、
まずはイコマさんにお伺いしてもいいでしょうか。
はい、私はもともとファッション雑誌の編集者をしていたんですね。
VogueとかLとかマリクレールというような雑誌になるんですけど、
パリコレクション、ミラノコレクションもずっと取材をしてきております。
ただ雑誌離れてから伝統工芸に出会う機会が15年前にありまして、
それ以降は伝統工芸の開発事業を手がけているんですが、
そうした流れの中で三重県とも出会いました。
ただ私の祖母が三重県の伊賀上の出身なんですね、実は。
私の一つのお帰りは伊賀上野になるんです。
65歳まで頑張って生きてくれた祖母が生まれた里がまだ残ってまして、
そこに私は住んだことないんですけど、とにかく伊賀上野に帰ると、
なんか故郷に帰った気がして、すごく和むというかですね、そんな気持ちでおります。
ということで、今はファッションとアートと伝統工芸をつなぐ活動、
そしてこの三重テラスでは三重を新しい形で発信する、
そういったお仕事を水野さんと一緒に組んでさせていただいています。
もうね、パリコレとかも知らない人はいない世界で活躍されている方なんですが、
三重にも縁があり、おかえりと言える場所があり、
今日ここに来てくださっているということですね。
水野加奈子さんの「お帰り」体験
そんな方が三重県に関わってくださっていて、
この三重テラスもいろいろ見てくださっているということですね。
そして水野さんも同じように今されているご活動だったりとか、
どんなきっかけで三重に携わるようになったのかお聞きしてもいいですか。
私は今三重テラスに駐在しておりますので、東京に住んでいるんですけれども、
実は私はもともと福岡の出身で、三重県に来たのは当時期、
焼き物の仕事をするために三重県に行きました。
仕事で三重県職員になって、その後三重県にバンコ焼きとか、
イカ焼きっていう焼き物があるんですけれども、
メーカーさんと商品開発だったりとか、プロモーションだったりとか、
あるいは人材育成みたいな、そういう仕事を少し長年してきた後に、
三重テラスの立ち上げに携わることになりまして、
三重テラスの運営に携わって、今13年目になります。
13年か。
私、水野さんは福岡の方だって知らなかったです。
そうなんですね。
もちろん今三重県が一番長くなったんですけど、
三重県の方だと思ってた。
私もそう思ってました。
一つは福岡にはお帰りと言ってもらえる場所があって、
今は三重県の四日市にもあって、今東京にいるという。
今東京の方で出向というか、こちらでお仕事されてるんですよね。
お話を聞いているとお二人とも、
「お帰り」を求める旅の経験
いろんな場所に拠点があるようなイメージなんですかね。
実は私は小さい時から父親の仕事の関係で、
引っ越し少女だったんですね。
小学校5回ぐらい引っ越してます。
小学校で5回。
とにかく新しい場所に行くのが、
人生の中でたくさんそういう機会がありまして、
でもそれが私は大好きだったんですね。
なので基本、旅も新しい方に会うのも大好きな性格なんですけど、
実は社会に出てすぐ私は旅行雑誌の編集者をしてたんですね。
結構全国一人旅で、一人で写真撮って文章書くっていう仕事をしてた時があるんですけど、
2年間本当に満々に旅行をして、
いろんな旅先に行った時に感じたことがありましてですね、
それが衝撃的だったんですけど、
最初楽しかったんですけど、だんだん夕暮れ時になると、
皆さんがお家に帰る姿を見て泣きたくなっちゃったんですね。
私にはお帰りなさいって言ってくれる人がいないとか、
ただいまって言える場所がここにはないんだと思うと、
なんか旅がすごく切なくなったことがあったんです。
それ以来一人旅ってちょっと苦手だなって思うようなことがあったんですけど、
それでもいろいろ、旅に結構数多く出てる方だと思います、私はね。
例えばパリとかもものすごい数コレクション取材で行ってますので、
今思えば、今またこの春ちょっとパリに行く予定があるんですけど、
パリは一つお帰りなさいと言ってもらえる場所かなと、
知り合いもいますし、よくよく行ってたカフェとかがあって、
そういうカフェに入ってお茶飲むだけで、
パリに帰ってきたななんて気持ちになるので、
そういう人の縁もありますし、
そういう懐かしさもあるしっていうところで、
そんなことを感傷的に感じて。
パリに行ってみたい、パリふるさとみたいなお帰りみたいなね。
いこまさんはパリの夕暮れを見ても寂しいなと思うことは今はもうないんですか?
「第二のふるさと」としての三重
エッセル塔がキラキラ輝く瞬間があるんですよ。
そういうのを見ると寂しいっていうより、以前もパリこれの時よく見てたので、
パリにまた来れたっていう感じで、
気持ちが高まりますね。
私の話になっちゃうんですけど、私もいこまさんと似ていて、
私も今三浜町三重県と名古屋の2拠点生活をしてるんですけど、
もともと私も旅が好きでいろいろ回ってて、
旅してるうちにやっぱ寂しくなっちゃって、
旅してると各地の銭湯とかお風呂に入るんですけど、
お風呂で家族が団乱してるのを見るとすごい寝たくなっちゃって、
私には一緒にお風呂に入れる人がいないと思って、
おばあちゃんと孫が一緒にお風呂に入ってたり、
そういう時期を経て、今は自分が旅する中で大好きだった熊野地域に移住して、
そこに家族じゃないけど仲間ができてきて、
自分が旅で訪れてた、一人ぼっちで行ってた場所に
迎えてくれる仲間がいるのが今すごい嬉しいと思って、
ちょっとそれと似てる部分があるのかなって思いました。
旅の中で寂しく感じちゃうよね。
そうですね、ちょっと似てるところがあるのかもと思って、ちょっと嬉しいです。
なるほど、いろんなお帰りじゃないけど、いろいろあると思うけど、
水野さんは福岡出身で、三重県とか今東京ですけど、
他にもあるんですか、ここ行くとお帰りみたいなところ。
そうですね、私は20代の若い時に三重県に行ってからですけれども、
結構アウトドアが好きだったんですね。
川とか山とか行く中で、隣の岐阜県に長良川って、
皆さんご存知の綺麗な川があるんですけれども、
その長良川を綺麗に保つような、活動するような仲間たちとの出会いがあって、
岐阜のグジョウ八幡に20代は10年ぐらい本当に毎月のように通っていた時期があったので、
今でもグジョウ八幡にその後移住した友人たちもいますけれども、
どこの家に行ってもお帰りって言ってもらえるような関係のある土地ではありますね。
第二のふるさとって感じです。
第二のふるさとっていい言葉ですよね。
パーソナリティの「お帰り」と三重テラス
ももちゃんはそういう思うような場所はありますか、第二のふるさとって。
だから学校卒業してからずっと京都で働いていたから、長かったしね。
当然もう一つの拠点ではあるし、確かに帰ったという感じ。
三重県にUターンで帰ってきて、しばらくは確かに京都に行く方が、向こうの方がまだ比重が高いというか、
京都に行くと京都帰ってきたって思ったけど、今は違うもんね。
むしろどっちかというと地域で、自分の三重県で地域のことをしていて、
どっちかというとお帰りって言う立場でしょ。
地域でガッツリ入っているからか、
お帰りって言ってもらうというよりかは、お帰りって言う立場みたいな感じがするの。
でもね、最近やっぱり自分とこの地域だけじゃなくて、
こうやって東京出張も特に今年度多かったりとかで、この三重テラスなんか何回も来たでしょ。
そうすると三重テラスのスタッフさんみんな知り合いやったりとかすると、
三重テラスに来るとちょっと帰ってきたなって感じがするの。帰ってきたっていうか、もう一つのホームじゃないけど。
確かに東京には私も絵もゆかりもないのに。
ないんやけど。
そしてこの普段のどかな土地で暮らしていると、コンクリートジャングルに来るとちょっと動機息切れがしてくるというか。
動機息切れがするの。
ちょっと砂漠を歩いているような気持ちになるんですけど、
でも三重テラスに来るとちょっと帰ってきたというか。
そうなの。
本当に嬉しいですね。
あと一つ三重のものがいっぱいあるじゃないですか。
だから東京じゃない、東京なんやけど、ちょっと一つ三重っぽい、
三重の中にいるような、一つずつ帰ってきたような気持ちになるというかね。
確かに。
ホームに。
美藤さんそれおっしゃってましたよね。
こちらに来られる三重テラスに来られる若い方で。
本当にそれは三重テラスが目指している一つの姿でもあって、
東京の三重県だと私も思っているので、ここは。
なので在京の大使館、三重県大使館みたいな役割もあると思っていて、
東京の方に三重の魅力を伝えるのはもちろんですけれども、
三重テラスでの「実家のような安心感」
最近ちょっと嬉しかったエピソードがあって、
20代の方でしたけれども、東京に来て6ヶ月ぐらいでホームシックになりそうだった。
就職家なんかで来られたんですか。
三重県から就職で、仕事の関係で来られて6ヶ月ぐらい経って、
ホームシックになりそうなときに、たまたま三重県出身者との出会いがあって、
その方と一緒に初めて三重テラスの他の部活動に参加していただいて、
ここで部活動の中でわちゃわちゃとみんなで喋ってたときに、
ああ、もう実家に帰ってきたみたいって言ってくれて、すごく嬉しかったですね。
なんとなく三重弁の雰囲気とか、そういったものが、
みなさん初めましての関係なんだけれども、
もう実家に帰ってきたみたいって感じてもらえる、その雰囲気になってたのが嬉しかったなと思います。
こうやってお話聞いてると、やっぱり自分の出身地だけではない場所に、
みんなふるさとを持っていたりするんですね。
面白い。どうですか、生駒さんもお話聞かれてて。
私、引っ越しが多かった人間なので、結構もともとは大阪なんですよ、親がね。
大阪は今でも帰ると本当にふるさとに帰った気がするんですよ。
言葉もくるっと大阪弁になっちゃったりして。
あと両親が高松、香川県の高松に長く住んでいましたので、後半生。
高松ももうすごい長い間帰ってたんですね、帰省っていう形で。
今でもやっぱり高松帰ると、ただいまっていう感じがあって、面白いですね人間ってね。
人生とか仕事の都合で言うと、私、金沢も結構通っていたので、
三重はもう本当に今すっかりただいまって感じで、津にはよく泊まらせていただいて、
またちょっと帰ってきたっていう感じがして、三重県が最初すごく遠く感じたんですよ。
三重県遠くないかなと思ったんですけど、今もう隣町ぐらいですね。
OCD的距離がめちゃくちゃ近くなって、もう本当隣町っていうぐらいで、ただいまの町になってます。
あと三重テラスもね、そういう意味ではその入り口なので、本当東京の中の三重県なので、
三重から出てきている方が、東京の中で三重を感じていただける、ちょっとほっこりする場所になっているなと思って、
それはすごく皆さんからそういうお声も聞いて嬉しくなります。
本当ですね。だからそういうどこかで、自分のふるさと以外の場所にもお帰りの感覚を持っているお二方も関わられているからこそ、
「帰宅部」と「第二のふるさと」の可能性
もしかして来る方も何かそこでお帰りという気持ちになるような場所になっているのかもしれないですね。
本当に皆さん三重がやっぱり三重に行きたいとか三重が大好きみたいな方がこのワーキングスペースにも来てくださるんですけど、
本当に三重の入り口じゃないですけど、どこでもドアがあればすぐ三重に行けちゃうんじゃないかっていうぐらい三重直結の場所なので、
そのお帰り気分はすごくあるんじゃないかなと思いますね。
なんか帰宅部でもそれがより感じられるといいですよね。
そうですね。だから三重さんのさっきおっしゃった20代の子みたいに東京に働きに来て、なかなか実家にも帰れないし、
だけどホッとできる場所が欲しいみたいな人とか、あるいは東京に来て長いし、実家も例えばなくなってしまって帰りたいけど帰れない、
でも帰りたいみたいな気持ちがある人にとっての入り口になればいいですよね。
あと田舎のない人もいらっしゃいますもんね。
そうですね。本当に地方に田舎を作りたい、そういう場所を探している方々がここに来ていただいて、それが三重のどこかの町になったら嬉しいなと思いますね。
ということで、今回は二人のお帰りの町の話を聞いたりとか、三重テラスがそういう場所になっているよなんていうお話をお伺いしましたけども、
次回予告とエンディング
また次回もお二方をお招きしまして、さらにお帰りということについて掘り下げてお話をしていきたいと思います。
はい、というわけでここまでのお相手は、パーソナリティの玉置由里子と西川桃江と伊津野かな子、飯窪よし子でした。
ありがとうございました。
この番組はトリオ事務局がお送りしました。
20:37

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