それも自分のまさに選択ですよね。
選択によって解決させていく。
それがカルマの解消になっていったっていうことなんですけど、
だけど現代っていうのは、自分で解決しなくてもコンプライアンス部門が解決してくれるとか、
あるいは解決しなかったにしても、
なんか上司が悪いってことにできちゃう。自分の中で。
なんかこれはパワハラ上司なんだから、もうこの人が悪い。自分は悪くない。
相手を敵認定することで自分を安心させることができちゃうみたいなね。
パワハラなんていう言葉もできちゃってて、そういうふうに簡単にカテゴライズしちゃって、
もう全部上司が悪いんだっていうふうにしちゃうことができる。
もちろんね、上司が悪いんですけど、ただそれもそういう上司に出会ってしまった。
その会社を就職した、その会社を選んだ自分はどうなんだっていう、
ここについては考えないわけなんですね、現代人ってのはほとんど。
で、仮にもう会社を辞めることになった。
場合によってはクビになったとかね。
そういうことが起こったとしても、いろんな経緯で。
それも自分の選んだ会社、就職した、その選択の中で起こったことじゃないですか。
会社を辞めざるを得なくなったっていうこういう出来事は。
でもそういうことが起こったときに、失業保険であったりとか生活保護であったりとか、
そういったものがすごく整備されている。
だから助かるわけですよね。
で、そうなるとやっぱりカルマが解消されていかないんですよ。
でも昔はやっぱりそんなものはないわけですよね。
それこそ江戸時代とかは、老人になったら武士を、殿様からクビになって、
老人になったらそれは必死でいろいろやるしかなかった。
だからこそ目の前にすごく真剣に向き合うし、向き合うってことはやっぱりカルマもたまっていかないんですね。
だって自分の人生の選択で全部自分でやるっていうふうに決めてるわけですから。
だけどそういう高い意識というか向き合う意識がなかったら、やっぱりどんよりと残っちゃうんですよ。
自分の人生の選択の中でやったことなのに、自分でケツを拭いてないよねっていうそういうメッセージが残り続けちゃうんですね。
で、それがカルマなんですよ。
だから現代っていうのはなんとなく表面上解決されちゃうんですけど、
でもどんよりした目に見えないカルマみたいなものはすごく漂っていて、それを諸に受けてしまう。
だからそれが鬱病とか精神疾患の原因になっているわけなんですね。
もし鬱病とか精神疾患にならないケースがあるとしたら、挫折したとかそういうケースですよ。
ものすごくどうしようもなくなるぐらいの挫折ですよね。
そういうときは言ってみたらセーフティーネットでも助からなかったみたいなケースになってくるわけなんですけど、
そこまでのレベルの挫折、打ちのめされるような感覚になるとさすがに受け入れるわけですよね。
自分でなんとかしなきゃいけないっていうふうに。
そこでカルマがバーッと解消される。
自分でその壁を乗り越えるわけですから。
内なる力が換気されて。
だけどなかなか現代っていう時代は挫折もさせてくれないですから。
となるとなんとなく表面上解決されて、だけどカルマみたいなものは残る。
そのカルマみたいなものが残って残って溜まって溜まって、そしてボンとうつぶようになったりするわけですよ。
だからカルマっていうのは自分で解決しなかったってことなんですね。
自分で解決しないっていうのはあまり美しくないんですよ、生き方として。
クリアーにしないというか。
だいたいそうですよね。美しいことっていうのはクリアーになっていくことじゃないですか。
クリアーになっていくってことを人は美しいと見ますよね。
例えば部屋がしっかり片付いているこれもクリアーになっていく。
お部屋みたいなドロッとした汚れている状態よりはしっかりとクリアーにきれいにしている方が美しいなって思うわけじゃないですか。
他には例えば格闘技の試合とかで両選手が思いっきり殴り合うわけですよね。
戦っているわけですから。
だけど試合が終わったらノーサイド抱き合うわけですよね。
試合中殴って悪かったね、お互い頑張ったねってことでこれはクリアーにしようと。
これはもう試合終わったんだからノーサイドってことで抱き合ってお互いの見当を称え合うと。
これってすごく美しいですよね。つまりクリアーにすることっていうのはすごく美しいんですよ。
一方でクリアーにしないっていうのは美しくないんですよ。
ドロッとしてるんですよ。
だから自分の人生の選択の中でクリアーにしない、自分の意思でクリアーにしないってことはそれはドロッとした状態をずっと残しちゃうってことになるんですよ。
つまりカルマを残しちゃうってことになるんですよ。
このカルマっていうのはまさに自分でしか消すことはできないんですね。解消することはできないんですよ。
人は介入できないんですよ。むしろ人が介入しちゃうとカルマはどんどん溜まっていきます。
例えばですよ。お金に困ったみたいなことがあったとしましょう。
そんなときに親が支援してくれたみたいなことがあったときにそれは助かったわけですよね。
でもこれは親が助けてくれたみたいなもんじゃないですか。
親としては子どもが困ってるから助けてあげようと。
お金を支援してあげて、じゃあクリアーになったのかなというふうに親も子どもも思うかもしれないですけど、
でもこれ今言ったように本人しか解決できないんですよ、カルマっていうのは。
むしろ親が解決しちゃうと残っちゃうんですね、カルマが。
表面上解決されてもどんよりとしたカルマは残っちゃうんですよ。
カルマが残るってことはもう解決しないってことですよね。
解決しないってことはその人が同じような行動様式でこの後も生きるってことなんですよ。
例えばお金に困ったってことがあったときに、じゃあなんでお金に困ったのと。
それは色々あるでしょうけど、例えば生活水準がちょっと高かったんじゃないのと。
毎年服を買い替える。高級な石鹸を使う。美容室に月に2回通う。
食べ物も結構高いものを食べて外食して、外食はデザート付きで食べると。
その生活水準を改めることなく親が助けてくれて解決しちゃうわけですよね。
そうすれば改めないわけじゃないですか。改めないってことはまたお金に困るってことが起こるわけですよね。
お金に困って、例えば毎年服を買い替えてたのに、服を買い替えることができなくなったっていう状況になったときに、本人はすごく苦しむようになっちゃうわけじゃないですか。
これって無駄な苦しみですよね。カルマによる苦しみですよね。そういう行動様式による苦しみですよね。
だって毎年服を買い替えなくても苦しくない人だっているわけですから。
これは独自の苦しみというか、生活水準が高いがゆえに出てきている苦しみですよね。
言ってみたら苦しみの沸点が低いというか、すぐに苦しみが沸騰しちゃうような感じ。
それって自分が弱い状態じゃないですか。すぐにダメージを受けちゃうような体質みたいな感じですよね。
それはカルマが不快がゆえにそういう体質になっちゃっているわけですよ。
だけどもし親がお金を支援しなくて、自分で解決しなさいとなったときは、真剣に考えるわけじゃないですか。
どうやったらこのお金の問題解決できるかなというふうに。
それで生活水準も改めるだろうし、いろいろお金の使い方も改めるだろうし。
そうすると自分でそれまでは服を毎年買い換えないと我慢できなかったけど、
でも使えるものはどんどん使っていこうと。
むしろ毎年毎年同じものを大事に着ていこう。なるべく長く着ていこうというふうに変わるかもしれないですよね。
そうしたら物を大事にするという精神も養われるし、お金も節約できるし。
そうしたら生き方として美しくなっていくわけじゃないですか。
まさにカルマが解消されてクリアになって。
クリアになるということは美しくなるということなので、その人の人生全体が美しくなっていく。
美しくなるということは別にうつ病とかにもならないわけですよ。
うつ病になるということは、生き方がどこか美しくない部分があるんですね。
もちろん誰かに何か言われたとか、そういうことによってうつ病になってしまったりもするんですけど、
そういう意味では誰か何か言ってきたやつが悪いわけですよね。
その人が自分をうつ病にさせた原因ですよね。
だけどそもそもじゃあなんでその人と関わることになってしまったのかとか、
そういうことまで遡るとやっぱり自分の中にどこか美しくないところがあるんですよ。
例えばモラハラ男みたいなものに苦しめられていた場合は、
じゃあなんでそのモラハラ男に自分は関わらなければいけなくなったのか。
例えばそのモラハラ男に認められないと自分はダメなんじゃないかという承認欲求みたいなものがあったんじゃないのとか、
あるいは依存心みたいなものがあったんじゃないのとか、
そういったものが残っていたがゆえにそのモラハラ男みたいなものに関わることになってしまって、
それでモラハラ男は自分に対してモラハラしてきて、
直接の原因としてはモラハラが原因でうつ病になったということになっているわけですけど、
だけど確かに直接の原因はその男からのモラハラであったとしても、
根本原因をたどると自分の自己肯定感の低さであったりとか、
何かに依存しないといられないという心の弱さであったりとか、
そういったことが原因としてあるわけですよね。
じゃあなんでそんな原因が自分の中にあるかというと、
カルマがどんよりどんよりと自分に取り付いているからですよ。
だからそれをクリアにしていかないといけない。
クリアにするためには自分で解決しないと。
そういうような目の前にコミットする。
そういう意識を持つということなんですね。
じゃあそういう意識を持つためにはどうすればいいかというと、