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整え100日チャレンジ 16日目;『不登校』の考え方について整える
2025-10-09 09:19

整え100日チャレンジ 16日目;『不登校』の考え方について整える

今日は娘が選んだ生きる道『不登校』についての
考え方を整えたいと思った、そんなお話です😊

娘の誕生日に母の考えをお届けします🎁

#9/23から整え100日チャレンジ
#不登校
#生きる道
#誕生日
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どうもー、どうもー、めぐめぐです。 この番組は、心地よい暮らしや、私らしい働き方を探しながら、日々試行錯誤をしている私がお届けしております。 大きな成功はまだなくても、気づきや小さな一歩を積み重ねていく日々、そんな等身大のお話をしていけたらと思っています。
聞いてくださるあなたに、少しでも勇気や安心を届けられたら嬉しいです。
今日は2025年10月8日です。
今日も、整えチャレンジいってみたいと思います。
今日の整えは、不登校の捉え方を整えるです。
ちょっと無理食いかもしれませんけども、今日はこんな話をしてみたいと思います。
10月8日は、私の娘の誕生日です。
ですので、今日、誕生日パーティーをいたしました。
14歳の誕生日を迎えることができまして、私も母になって14年目の記念日となっております。
振り返ってみるとですね、この14年間、苦しかったことと思う瞬間というのは、今は実はありません。
その時その時には、めっちゃくちゃ悩んで迷って泣いて、本当に苦しい瞬間もあったんですけれども、
今、時を経て振り返ってみると、どんな出来事も今の私たちを作っている一つだったなと思えるので、
あれもあって今があると思えるので、苦しかったなとは思っていません。
その当時の時のことを思い出すと苦しいですよ。もちろん。めっちゃ悩んでましたし。
でもそれもあっての今だなって今はめちゃくちゃ思うので、その苦しさは乗り越えました。
出産当時もですね、ただただ痛かった腎痛を思い出しております。
よく忘れるって言うんですけど、ふとした瞬間にあの痛かったことを思い出そうと思って思い出せるぐらい
どん痛を感じた腎痛の長い出産でした。
よく生まれた時に赤ちゃんが出た時によく泣いてしまうお母さんって多いと思うんですけど、
私泣かなかったんですよね。
あー出てきたって、なんか気が急にぷっと抜けて、はぁーみたいな感じで、
03:05
あーこれかーみたいな、あーこれは生まれた赤ちゃんかーみたいな感じで、
感動しているというか、なんか不思議な感覚で泣かなかったんですね。
あっけに取られた感じでした。
あー生まれたんだなーって、なんかそういう感じでした。
あれから14年あっちゅーま、めっちゃあっちゅーまでした。
そんな14年目を迎えた私の娘はですね、今学校に行かないという選択をしています。
その選択について改めて考えてみました。
この学校に行かないという状況を世の中では不登校という言葉で表されているんですけども、
私はこの言葉に最近不登校って一括りにできないよなっていうなんだか違和感を感じています。
もちろん学校に行かないとなった当初は、それこそ学校に行かないとダメなこととか、
今すぐに直すべきことだってもちろん思っていました。
でも今はですね、学校に行かないということが全てが悪いことか、ダメなことか、直すべきことかって言うとそうではないと思っています。
学校という場所っていうのは確かに勉強したりとか、友達との関わり方を学んだり、
集団行動を学ぶこともできるのでとっても有効なシステムだと思っています。
だけど全てが全ての人がそのシステムに合うかっていうことはそうではないかなとは思うんです。
私の娘ももちろん生まれてから保育園に行き小学校に上がり中学生になったわけなので、
学校みたいなシステムの中で徐々に徐々に慣れていって、
だけれども本人の中ではどこか精一杯合わせていたように思います。
小学校の高学年になるとよく毎日学校から帰るとですね、
疲れたといってクタクタになって横になって寝落ちしている日々が結構続いていました。
その姿はその頃はですね、ちょっと学校でただただ疲れているのに怠けているのかなとか、
普段は週末にラグビーをしているスポーツ女子だったので、
その疲れが取れない中学校に行っているから肉体的に疲れているのかななんていうふうに思っていたわけなんですけども、
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今思うとずっとずっと学校のシステムの中で自分に合わないものとのすれ違いだったり、
そういうものにすごく気を使っていて、使いすぎて疲れ切っていたのかなというふうに思っています。
そしてついに限界が来たときに娘はですね、学校に行かないという選択をしたわけなんです。
その選択というのはバスッと私は学校に行きませんという宣言したわけじゃないんですけども、
今思うとその学校に行かない選択をした娘というのは、
自分の心を守るための勇気のある行動だったんだろうなって今思っています。
自分の意思で自分の生き方を選ぶ、たとえそれが周りの大人に理解されなくても、
私はこう生きたいという思いの中で一生懸命学校に行くことを拒否して、
この固定概念がある大人に理解をさせようと頑張っていたんだろうなって思っています。
だから今娘がしている選択を見方を変えると逃げと捉えられるかもしれないんですけれども、
私は今は逃げではなく自分の生き方を選んでいるとして見ています。
それが私の今の思いです。
もちろん学校に行かないことで学びの機会を逃す部分もあると思いますし、
だけど自分の心に正直に生きる力とか、
人と違う道を選んでも自分を信じて進むというそういう力は、
この経験から得られるんじゃないかなと思っています。
私は今娘がこの先自分で選び取った道だったと自信を持ってですね、
自分のことに対して自信を持ってもらえるようになることを信じています。
ということで今日は不登校の考え方について整えるというお話をしてみました。
娘よ、14歳の誕生日おめでとう。
そして私も母、14年目おめでとう。
そして私も娘もお互いの生き方を心から尊重し合える、応援し合える母と娘でいたいと思っています。
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ということで今日も最後までお聞きくださりありがとうございます。
それでは明日も心地よい向こう側へ。
それではまた。
09:19

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