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おはようございます。なみはるです。なみはるの愛でラジ。私を愛でたい。
もう一回行きます。なみはるの愛でラジ。私を愛でたい。この放送は、この番組は、人生の豊かさは、
自分をめでることから、私をめでるをテーマにお送りする番組です。
えー、金曜日ですね。
あっという間の金曜日でございます。
金曜日は、あれですかみなさん、週末に向けてラストスパートをするタイプですか。
それとも、まあ週末に向けてスローダウンしていくタイプでしょうか。
私はもう断然後者ですね。もうね月間、水木と頑張ってきたから、まあ金曜日はね、
週末に向けてゆっくりこう、あの、出力を落としていく。
要はお休みモードに切り替えていくみたいな、そんな感じでございます。
さて、今日のテーマは、あの私、一応あのアドラー心理学を勉強してきたんですけど、
まあそのアドラー心理学のお話をそんなにこのラジオでしてなかったなと思うので、
今日はそのアドラー心理学になぞったようなお話ができたらなと思っております。
えー、仮想論というやつですね。私がアドラー心理学の中で好きな理論ですね。
の一つ仮想論についてお話をさせていただきたいと思います。
仮想論っていうのはですね、まあすごーく簡単に言ってしまうと、
あのー、自分の主観的な意味付けで、こう、世界を見たり認知をする。
いわゆるフィクションで生きていく。
っていうことですね。何々かのように生きていく。
って言うんですね。そんなようなものですね。仮想の世界。
この世界は仮想であって、ただ一つ真実なのは自分のこう思ったこと、意識づけたことですね。
それが世界に現れるんだっていう考え方ですね。
これをね、すごい感じた出来事があったので、シェアしたいと思います。
あの私の住んでいる地方はですね、もう1,2週間ずーっとほぼ雨なんですよ。
晴れ間がないですね。ずーっと雨が降っている。が曇りか。
で、やっぱりね、こういう天気が続くと、何て言うんですか。
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人それぞれいろんなね、思いになるわけじゃないですか。
ある人はこう言いました。
いや、もうこんな雨ばっか降っててやってらんないよと。
もうね、何も出来ないし、洗濯物も乾かないし。
ああ、嫌だ。っていう風に言うんですね。
で、もう一方がね、こんなことを言ったんですよ。
いや、まあ雨降りでなかなかね、外出も出来ないから、
まあこういう時はね、家のお掃除でもゆっくりしようかなと思います。
結果的に家がきれいになって気持ちよく過ごせるよね。
って言ったんですね。
あら、と思って。
同じ現象です。雨が降っているという現象に対して、
こうもね、意味付けが変わってくる。その人によってね、意味付けが変わってくる。
前者、最初の人はですね、雨はやっぱ悪いものです。
雨は全ての行動を制限する、いわゆるネガティブなものだと捉えているんですね。
方や後者ですね、後者は雨だから外には行けないけど、
雨だから出来ることがあるよね。
要は雨を別にネガティブだと思っていない、雨をポジティブに捉えているんですね。
これがその人それぞれの仮想の中で生きている。
雨自体には何の意味もないです。
ただ雨が降っているというだけであって、それを意味付けしているのは私たちになります。
私たちというか人それぞれになります。
あの、そもそもやっぱり雨は嫌だよっていう人多いじゃないですか。
多いですよね。
けどこれね、雨自体には何の意味付けもない。雨自体にはね。
じゃあ何で雨は悪いものっていう社会通念みたいなのができてしまったかというと、
天気予報でもね、なんか雨が続くと雨が続きますっていうトーンの話し方しませんか。
1週間ね、雨ですごいね、外出は控えた方がいいと思いますみたいな、
ちょっとドヨーンとした雰囲気で伝えてくるじゃないですか。
そしてやっぱりイベントとかでね、屋外イベントだと当然晴れて欲しいですから。
晴れて欲しいですから、雨が降るといやーって、なので晴れて欲しいですねみたいな話になるじゃないですか。
っていうそういう社会通念がこうふわっと広まっていくと、
この社会としては雨はね、雨降りはあまり良くないものだみたいな感じになってしまって、
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それが無意識に私たちに入り込んでいるってことはね、やっぱり大西アルトの雨だけじゃなくね。
なので本当に雨って悪いものなのかって考えてみるとですね、
考えてみるとどんな人でもね、雨は悪いことばっかりじゃないっていうことをやっぱり思い出すんです。
ね、あの水不足の地域にとったらほんと雨漕いですよ、雨漕いですね。
畑とかね、農家やっていらっしゃる方にとったら雨降ってもらわないと困るし。
なので、そうですね。
ま、あの、仮想論ですね。
自分自身の意味付けをするにおいても、なるべくその社会通念とかに引っ張られない形でね、
自分自身意味付けをすることで、よりね、こう、生きやすくなる。
自分、自分として生きやすくなる。
だって自分が主観的にその世界を意味付けするんですからね。
はい、というようなものですね、仮想論。
これは非常に、こう、使い勝手のいいですね。
私たちが生きていく上で非常に便利ですよね。
うん、あの、うん。
まあ、日常生活にもこの仮想論というものを、
まあ、多分無意識で要は使ってみんな生きてる、だと思いますね。
この世の全てのもの、こと、自体にはおそらく意味というものはなくて。
まあ今、広い空き地に車を停めて話をしてますけど、
この空き地の名前がついてるんですよ、駐車場という名前。
これは、ね、別に、その空き地自体が駐車場になったわけで。
私たちが駐車場と意味付けたから、こう駐車場になっている。
何事もそうです。
今船が見えますけど、船だって別にこれ、船っていう意味付けを私たちがしたから船になってるだけの話だって。
ね、この船自体が船だと思っているわけもないし。
ただの鉄の塊っていうか、水に浮いている鉄の塊ですよね。
まあどう意味付けるかによって、本当に世界の見え方っていうのが変わってくるなというふうに思います。
まあ結果的にね、現実は変わらないですよ。
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なかなかね、現実は変えられなくても、自分の見方を変える。
それはね、できますから。
自分の見方を変えると意味付けが変わるので、現実自体が変わってなくても意味付けは変わるから、これだけでもだいぶ違いますよね、世界観が。
例えば人間関係もそうですよ。
相手が悪い。
相手が悪いっていうふうにしているのも自分の意味付けじゃないです。
相手が悪いと思っている自分がいる。
その相手自体が本当に悪いのかっていう問題がありますね。
ある人から見たら別にそういう人は悪くないかもしれないし。
なので、あくまでその相手に対して自分がね、どう見ていくかということに焦点を当てると、
周りに振り回されなくなる。あくまで自分がどうなのか。
自分軸でね、生きていける。そういったことにもなりますし。
自分がそうだということは相手もそうですから。
相手も相手の仮想の中で生きているんですから、
相手のことをちゃんと認めることができます。
自分と仮に見方が違う、考え方が違う、思いが違うと言っても、
相手は相手の中でのそういった意味付けの中で生きていますから、
それはちゃんと主張できますよ。だって自分もそうなんだから。
自分が自分の主観に基づいてね、ちゃんと意味付けをして生活をしているという実感を持てれば持てるほど、
相手のことを認めることができるんですね。
アドラー心理学というのは、こういった生きていく上で、
いかに自分らしく生きていくかということをすごく分かりやすく解いている心理学なんだろうなと思いますので、
またオリオンを見てお話をさせていただきたいと思います。
さあ、金曜日、週末ですね。
皆さんはこの金曜日、この週末に対してどのような意味付けの中で過ごしていかれますか?
まあね、わざわざネガティブな意味付け、別にいいんですけどね、
全然ネガティブな意味付けをしてもいいんですけど、
その中でもね、何かちょっとしたポジティブなところに意味付けることができることがあればですね、
ぜひ、ちょっとね、そういう意味付けをしながら過ごしてみるとまた良いかもしれません。
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はい、それでは以上で終わります。また来週お会いいたしましょう。
ナミハルでした。またね。