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おはようございます、やすです。今日もお聞きいただきありがとうございます。このチャンネルは旅好きの勤め人のやすが、日々の出来事、試行錯誤などについてお話をしているチャンネルです。よかったらお聞きください。
昨日はライブ配信、遊びに来てくださった皆様、並びにアーカイブを聞いてくださった皆様、ありがとうございました。
インフラ明けで、ちょっと鼻声がなかなかひどい感じだったんですけれども、お聞き苦しいところもあったかと思いますが、遊びに来てくださってありがとうございました。
今日はですね、朝ゼロトリブのテーマが、卒業とか別れとか、この3月4月の節目に絡めたお題があって、
そういう中から、ちょっと自分の中での節目ということについてお話をしてみようかと思います。
年度末に決めた私の卒業ということで、一つですね、今回決めてやったことがですね、
長年入っていた労働組合を卒業させてもらうということがありました。
労働組合ってね、正直皆さんのお仕事とかでは正直あまり馴染みないかと思いますし、
またこれは色々な組織文化によって、かなり違うと思うんですよね。
全くご縁のない方から、ほぼ何か加入するのが当たり前になっている組織までですね、色々あると思うんですよね。
私のところは、私が20年前に入った時には、何かほとんどですね、多分ね、加入するのが当たり前に近い感じだったんですよね。
なので、自分でもほとんど記憶がないぐらい、何か自然な流れで加入することになっていたという感じだったと思います。
それで結局ね、当然抜けていかれる方ももちろんいたんですよね。
いたし、はい、ちらちら周りを見回せば、この方も組合辞めたんだとかいないんだとかっていうのはね、あったんですけど、
毎年人事異動で人入れ替わっているので、継続的にそれをね、誰が抜けて誰がとかってあんまりよくわからないところもあって、
で、私気づいたら20年ずっといたんですよね。
で、もちろんですね、組合経由で色々手続きしていたこととかもあって、それ絡みで容疑も抜けられないっていうのもあったりしたこともあったんですが、
色々ね、考えまして、正直ですね、月額、そこそこの額をね、毎月サブスク的に引かれるっていうところもあって、
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組合が色々組織のお困り事をどうにかしてくれたことっていうのも色々あるので、
全くね、そこの恩恵を無視して抜けますっていうのもね、それもとっていうのもあったんですけれども、
ただもう私20年ね、ここで組合でもお世話になってきて、
残りの子を自分のね、あれを考えた時に、卒業させていただいてもいいでしょうかっていう気分になったんですよね。
組合でね、色々やってきてくれてたイベント事とかにも、結局20年ほとんど参加してなかったですしね。
なので、そんな気分になりましたね。1つ自分が決めた卒業ですね。
この卒業って、自分が決めるものと、自分が決めずに強制的に卒業になるものとあるかと思うんですよね。
自分で決める卒業っていうのがね、これがまたその卒業するものの難易度によって結構あると思うんですよね。
すぐにパッと決めて卒業できるものと、この卒業を決めたものの、そこからまた具体的なステップに入るまでに、
そこそこの心理的や物理的な障壁があるものっていうのが色々あるかなと思って。
私にとってこの組合の卒業は、そこそこちょっと心理的なハードルがありましたかね。
もう辞めようかなっていう話をね、し始めてから数ヶ月かかったかもしれません。
結局自分の中で節目っていうのが、やっぱり年度末がスッキリしたんですよね。
でも次の組織に行った時からは、組合からは抜けている人っていう扱いになるっていうのがね、
何か自分としては節目かなっていうふうに思いました。
こうやってね、何か自分で選択をして卒業していくものを決めるっていうのもね、
人生においては必要だったりするのかなと、最近考えているそんな今日この頃です。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
安でした。