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広川真夕のAIと仲良くなるチャンネル。 このチャンネルではAIを使うではなく、一緒に育てる、そんな視点でお話ししています。
今日のテーマは、今日のclaudeとのケンカは、というお話をしたいと思います。 今日、数日ぶりにまたclaudeといい争いになりました。
で、このケンカの内容なんですけども、
ちょっとスレッツの 投稿を考えていた時に
まあその前提をひっくり返すものがいいんじゃないかと思ってて その中の一つとしてズボラでいい
この言葉を取り入れるか取り入れないかでケンカになりました。 claudeの言い分としては
ズボラっていいっていうのはちょっと誤解を招く言い方だから良くないと 完璧じゃなくてもいいというのはいいけどズボラっていうのは人格の話になるから
ちょっと気をつけないといけないぞっていう話になったんですよね
で そのアウトプットの内容とか質として
ズボラというか完璧じゃなくていいっていうふうに言うのはいいけど 自分からAIに渡すものがズボラだとよくないと
なぜなら AIは人間から受け取った文脈とか情報とかを元に推論していくから
その内容がやっぱりその手を抜いている ここまででいいだろう
多くを語らなくていいだろうというふうにそういう姿勢を肯定してしまうとズレていくから良くないと思うっていう
claudeはこういう主張だったんですよね で私は
その視点とは全然違うところで話をしていて 私のイメージするズボラっていうのはやったりやらなかったり
みたいなところなんですよ すごく処方的なところなんですけど 毎日同じことが淡々とできない
ムラがあるみたいな もちろん質にも波がある こういうことをズボラだなというふうに私はイメージしていて
それでもいいと私が思っているのはなぜかというと やっぱりそのAIを相棒にして自分のことを理解して最適化するためには
使い続ける必要があるんですよね AIを だけどそのちゃんと使わなければいけないここまでやらないといけないみたいな
ものにしてしまうと大前提である触るっていうところにハードルが高くなってしまう だからそのズボラでいいからとにかく
AIを触ろうねっていうそこのハードルを低くして続けてもらう方が私は大事だと思っているので
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だからズボラでもいいってのはズボラでいいんだよっていうふうに言ってしまいました ここまで言ったら
クロードもなるほどそこかみたいな 渡す文脈が完璧かそうじゃないかっていうふうに自分は思ってたけどそこじゃなくって
その関係性が切れるか切れないかそこ1点ってことだねみたいな そのAIに語りかけなくなったら終わるっていうのはズボラを許すこととセットで初めて成立するから
完璧に渡そうとする人ほどその自分が触れなかった日にあのちょっと 落ち込んでしまったりとかそれがまた今日も続いた
あーみたいな感じになったら終わる でズボラでいいというのは続けるための条件だったんだねっていうふうに理解してくれました
まあ こういうことに勝ち負けはないんですけどあの私の伝えたいことが理解できたっていう
喜びと私が本当に伝えたかったことってそういうことなんだなっていう あの改めて自己理解というかそういうことが今回のクロードとの喧嘩で見えました
さらにあのクロードが言うことも一理あってその渡すものは適当でいい というスタンスって
やっぱりあの 良くないと言えば良くないんですよね
なぜかというとそれって自分があの AI と対話しようという姿勢ではちょっとないですよね
どちらかというと何かその渡せば AI の方から良い答えくれるだろうみたいなそういう期待が混じっているような
そんな印象を受けました なのでその
内容が多いか少ないかズボラじゃズボラじゃないかというよりはこれの場合は 姿勢スタンスの問題かなというふうに思いました
答えをくれというスタンスで渡す量が短かったり適当だったりするっていうのは やっぱりずれた答えが返ってくるからまあ長期的に見て良くないと私も思います
ただその 同じ
ことを渡すにしても 知りたい解決したいどうにかしたいという気持ちであれば最初は
第三者から見たらズボラ言葉足らず量が少ないかもしれないけど その気持ちがあれば数を対話の数を重ねていくうちに内容が形作られていくので
その最初がズボラなに見えるような渡し方であってもやっぱり問題ないと私は思いました
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これは スタンスの問題かなと思うんですけどもあなたはどう思いますか
はいということで今日の内容があなたと ai との関係を少し深めるきっかけになれば嬉しいです ここまで聞いてくださりありがとうございますそれではまた