道行く通行人に思いを馳せる
2026-08-05 09:33

道行く通行人に思いを馳せる

街に出たら通行人の人に思いを馳せてみましょう。

きっと暖かい心になると思うし、マーケティングにも役立つトレーニングになると思います。


一人ひとりみんな一生懸命生きている。

頑張っているのは自分だけじゃないという気持ちになれると思います。


📝Show notes(エピソード要約)

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サマリー

街行く人々一人ひとりの人生に思いを馳せることで、他者への共感力や思いやりが育まれ、それはマーケティングにおける顧客理解にも繋がるという話。自身の傷ついた経験を乗り越え、他者の痛みを理解する優しさが、結果としてビジネスを成功に導くというメッセージが語られている。

街で見かける人々への思い
今、日本に帰ってきて3日目ですかね、収録しているんですけども、2日目はですね、ちょっといろいろ市役所に行ったりとか、まあそういう地味手続きがあったんで、まあ1日ね、外出してた状態なんですけど、やっぱりそういう街に繰り出すとね、本当にたくさんの人がいて、まあ市役所にもね、人いっぱいいましたし、もちろん街中を歩いていてもね、たくさんの人とすれ違います。
それはもちろん僕だけじゃなくて、あなたもですね、街に出ていけば必ず誰かしらとね、そういうふうに遭遇するというか、まあ実際何か接点があるわけではないですけど、まあ同じ場合にね、一緒にいたりとか、そういう人たちがたくさんいると思うんですよ。電車の中とか何かの施設の中とかね、まあそういうショッピングセンターの中でもいいですし、まあその道をね、道端歩いている人でもいいですけど、まあそういう人たちを眺めたときにですね、まあ相手の人生にこう思いを馳せるというか、そういう人たちもですね、まあ僕たちからはね、
僕らみたいなただの通行人ですけど、まあ一人一人ね、こう人生というものを生きてきたわけですね。それぞれが異なる人生を生きてきていると、ただそれをやっぱり僕たちはね、
感じ取ることができない、まあそんな通行人一人一人ね、考えてたらもう脳が追いつかないんでね、そんなこといちいち考えないと思うんですけど、
個人的な経験と他者への共感
ちょっとそういうのをね、考えてみるのも面白いんじゃないかなと思います。特に僕の場合はですね、結構まあ自分が傷つくような、まあ離婚という出来事があって、それこそ市役所へね、
待ってる時も、なんか小さな子供を連れたお母さんとかね、来たりとか、なんか若い女性のスタッフがいたりとかして、ああこういう人たちは家庭で幸せなんだろうなぁとかね、
思ったりして、なんかこう自分だけ惨めになるようなね、感覚があったんですけど、まあそれってこうね、本当にそうかもしれないですし、まあ僕の思い込みかもしれない。ひょっとしたら家族ですごい
揉めてるとかね、もう今ものすごく賢悪なムードになってるかもしれないけど、やっぱり表面上はすごくまあうまくいっているように見えるというかね、
幸せそうに、まあ普通に見えるわけですよね。 だからそういうところにもなんか一つ気づきがあったりとか、それこそそういう道行く人たちもですね、みんな生きてるわけですね。
一生懸命生きてきてね、それぞれこうたくさんの悩みとかね、そういったものを抱えていると思うんですよ。だからそういうところにこう思いを馳せるというかね、この人はどういう人生を生きてきて、今何悩んでるんだろうとかね、
マーケティングにおける顧客理解
そういうことを考えると、まあそこにまあ一つこうマーケティングのヒントがね、あるんじゃないかなというふうに思います。
やっぱりマーケティングというのは顧客理解というのはすごく大事になってくるので、そういうイメージトレーニングではないですけど、
まあその相手が男性なのか女性なのかとか、いくつぐらいなのかとかね、そういうところから推測してこの人はどういう人生を生きてきてみたいなところを自分なりにこうストーリーを組み立てていく。
そうすると相手がね、今どういう状態でどういうものを欲しがっているのかなみたいな、まあそういうところのイメージの練習にもなると思うんですよ。
だからそういうところにこう、ね、たくさんいるじゃないですか人は。
いわゆるその人物観察と言われるものかもしれないですけど、そういうふうに考えることができる人っていうのはやっぱり、まあマーケティングスキルというのはね、身につきやすいですよね。
情報への感度とアンテナ
僕たちはこう日々、まあいろんな情報に触れてるんですけど、ほとんどのものはこうスルーしてしまっているわけですね。
そういうビジネスに生きるヒントとか、人生に役立つ情報とか、そういったものに日常的に触れてるんですけど、
アンテナを立てていないから気づかないんですよね。
だから、こうね、そういうものを逃してしまうっていうのはあるから。
思いやりと愛の実践
まあ日常的にその辺の感度を高めるためにも、まあちょっとしたエクササーじゃないですけど、電車乗ってる時になんか一人ね、人物決めて、この人はね、今何悩んでるんだろうとかね、どんな人生を生きてきたんだろうっていうふうに考える。
やっぱりそう相手のことを思いやるっていうのが愛だと思いますし、愛を持つようになると、まあビジネスもね、うまくいくと思うんですね。
愛っていうのは要するに無償の愛というふうに言われますけど、見返りを求めず与えるっていうことですね。
それができるってやっぱり愛があるからこそできるわけですよ。
自分の子供に対して一切見返りを求めずにね、まあこうギブすることができますよね。
だけど赤の他人だとどうしてもそこにね、まあこう利害関係が発生したりとか、そういう何かね、自分にとっての得がないかみたいな、まあそういう非常に理工的な考えになってしまったりとかってあるんですけど、
相手のことを本当にね、心から思いやると、なんか愛おしくなってくるとかね、この人も一生懸命生きてきたんだなって、そういう気持ちになると思うんですよ。
そうすると自然と何かね、相手の幸せを願うというか、もう本当に全く設定のない、おそらくもう今後二度と人生でね、それは違うこともないであろう、一時通行人ですけど、そういう人に対してもすごく優しい気持ちになれると思うんですよ。
人生の主役と脇役
そういうギバー体質を身につけることが自分にとってもね、すごくメリットになると思うので、そういうエクササイズをするのがいいと思いますし、やっぱりその人生の主役とか脇役っていうところで、ある意味その通行人の人たちはね、自分の人生、僕たちからすると僕たちが主役で、その通行人の人たちは脇役になるわけですよね。
で、僕がさっき言った、この人たち、人それぞれね、そういう通行人の人にもそれぞれの人生があってっていうふうに言いましたけど、相手からしたら僕たちも通行人の一人なわけですよ。
わかりますかね。僕たちの人生からすると自分が主役で、通行人の人たちは脇役ですけど、その通行人の人たちからすると僕たちは脇役で、僕たちも通行人の一人にすぎないということですよね。
だからそういう人生の主役とかそういう話もありますけど、やっぱり自分が主役の人生でっていうことを考えたときに、自分は人生の主役であり他人の人生の脇役でもあるっていうふうに思うことができると思うんですね。
だからそういうところで見え方が変わってきたりとかすると思いますし、やっぱりその通行人とかね、いわゆる映画のいうところのモブキャラみたいな感じですけど、そこにもちゃんとね、映画とか漫画と違うところは一人一人にちゃんとそういう名前があって、置いた地があって、ストーリーがあって、そして今現在進行形で悩んでいることがあってっていうところがやっぱり映画とかのモブキャラと全然違うところだと思うんで。
他者の痛みを理解する力
そういうふうにね、本当に心から相手の幸せを願えるようになる、この体質を身につけるってすごく難しいと思うんですね。なかなかそういうのってできない。それこそ相手に意識を配らないとそういう気持ちにならないと思うんですよ。
だからなんかこうしかめっ面をしている人がいたらなんでこの人こんな顔してるんだろうとかね、っていうことを考えたりとかをする。そうするとなんか相手の立場になって物事を考えられたりとかすると思うんですよ。これって本当に心に余裕があるときじゃないとなかなかできないとは思うんですけど、あとはやっぱり自分自身がその痛みを体験したからこそそういう人たちの痛みも理解できるっていうのはあるんですね。
やっぱり僕もその離婚してね、すごく本当に心に深い傷を負ってっていうのはありますけど、やっぱりそういう自分の立場になると他人の痛みがわかるというかね、そういう僕の場合は離婚でしたけど、人それぞれ違うそういう痛みを抱えていて、その痛みを理解できる。
もちろん自分が実際それを経験したわけじゃないから、実際それがどれくらいその人にとって大きな傷なのかってわからないですけど、他人の痛みを思いやる心を持つことができると思うんですよ。だからこそ失敗とか挫折とか、そういう自分の人生にとって結構大変な出来事っていうのはある意味ね、自分がそういう他人を思いやって親切な気持ちになる優しさを持つために必要なことがあったりとかしますし、
そういう自分が傷つきながらも誰かに手を差し伸べるっていうことは素晴らしいことだなっていうふうに思うんでね。だからこそやっぱり他人の痛みを理解できるのはその痛みを追った人間しかわからないってところで考えると、人生においてそういう失敗とかっていうのも全部自分にとっては必要なものだったんだなっていうふうに思えると思います。
マーケティングの本質と愛
マーケティングってやっぱりその小手先のテクニックでね、どうやったらかわすかみたいな、そういう話ばっかりになりがちですけど、本質を言うと愛というかギブみたいなものだと思うんですね。この人の役に立ちたい、どうやったらこの人の人生がもっと良くなるんだろうっていうふうに考える。誰かの役に立つことをしていれば自然とお金も入ってくるわけですね。そこを打算的にどうやって相手をコントロールしてかわすかみたいなふうにやると、やっぱりそれは相手に伝わったりとかしますし、心から相手を助けたいという気持ちではないですよね。
その先には結局自分が稼ぎたい、儲けたいっていうね、そういう思いがあって相手を都合よくコントロールするみたいなふうになっちゃうんで。もちろんそれでも売れないことはないけども、どっちが美しいかっていうとね、やっぱり相手のことを思いあって、この人の人生が少しでも良くなればいいなっていう気持ちでやってるほうが美しいですし、そっちのほうがやっぱりうまくいくと思うんですね。どっちにしても結局相手は商品を買ってくれるというかね。
だからやっぱりお客さんのことがわからないっていうのは、自分自身がその他人に対してあんまり興味を示してこなかった。そういうたくさんの人がいるにも関わらず、そこから情報をキャッチしようとしなかったってことがありますし、そういう一人一人の人間に対しての思いやりとかね、そういう心が欠けていたからこそ相手の気持ちがね、理解できないっていうことがあると思うんだよ。
やっぱりその気持ちを理解するっていうところで、自分自身が深い傷を負って痛みを抱えているところが、他人への共感とか、同情ではないですけど、そういう他人の気持ちを理解するっていうことにもつながると思うんだよね。だからこそ人生っていうのはやっぱりいろんな体験をするべきだと思うし、それがビジネスとかマーケティングに生きるんであれば、本当に僕たちにとってすごく大きな財産になると思うんだよ。
イメージトレーニングとしての通行人観察
そういうものを全部含めて考えていくのがいいですし、一人一人の通行人の人生に思いを馳せるっていうね、ちょっとしたイメージトレーニングじゃないですけど、マーケティングにも役立つと思うので、ぜひやってみてください。
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