運命を宿命として受け入れる
2026-07-18 09:36

運命を宿命として受け入れる

運命とは後天的なもので変えることができるもの。

宿命とは先天的なもので変えることができないもの。


苦しい状況にいるときは、運命を宿命として受け入れることで楽になることができます。


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まずは運命と宿命の定義についてからですね。 これは正確な辞書的な意味というのは違うかもしれないんですけど、あくまでも僕の中での定義です。
運命というのは、後天的なものであって、変えることができるもの。 例えば宿命といえば、男に生まれるのか、女に生まれるのかとかね。
あるいは、生まれた時から片腕がないとかね。そういう障害を抱えているとかっていうのも、これもある意味宿命とかね。もう避けられない。そういうふうに決まっているものなわけですね。
一方で運命というのは、自分の力でなんとか切り開いていくことができる。 自分の生き方次第では運命も変えることができるっていうものなんですけども、
今回はですね、この運命を宿命として捉えましょうという話です。 これは特にですね、自分がすごく苦しいような状況に置かれている時のマインドセットで、
僕が現在進行形で苦しんでいる、そして苦しんできた問題の中からですね、見つけた答えというか、一つの考え方みたいなものです。
僕のケースにおいて言うとですね、僕は妻と離婚して約1年経つんですけども、自分の中で一番苦しかったこと、もちろんその離婚という出来事自体もすごく苦しかったんですけども、
次男の教育ですね。次男が日本に行ってしまって、日本で教育を受けることになると、自分は兼ねてから子供を海外で教育したいという思いがすごく強くて、
次男も6歳まではカナダで教育を受けてきたんですけど、小学校から厳密には幼稚園の後半ぐらい、年長の終わりぐらいから日本に行っているので、
ここから先はもうずっとおそらく日本で教育を受けて育つようになると思います。それを受け入れることがずっとできなくて、
こっちで子供たち、次男と同じぐらいの年齢の子供たちを見ていると、なんかそこに自分の息子の影を重ねてしまうというか、
あの中にいたかもしれないのになという思いがずっと抜けなくて、それが自分を苦しめていた部分はあったんですね。
自分の頑張り次第では、まだなんとかできるんじゃないかという思いがどこかにありました。
だからこそずっと苦しかったわけですね。自分は頑張れば、次男とかもしくは元妻も帰ってきてくれるんじゃないかとか、
そういう思いがあって、そこにずっとしがみついていたというか、執着していた部分があったわけですね。
今収録しているのが6月の後半、ちょうど長男の卒業祝いに元妻と次男とやってきている、
さなかにも収録しているんですけど、次男を久しぶりに会って、あちこち遊びに連れて行って、
その中でもずっと頭の中では、自分のこの人生というもの、離婚という経験を通して今後の人生とか、
今までの生き方とか、そういうものをずっと考えていました。
あのままもし結婚生活を続けていたらどうなっていたのかとか、
次男がもし次男だけこっちに残って、妻だけ日本に行くみたいな形だったらどうなっていたのかとか、
いろんなことを考えたりとかしたわけですね。
そして自分がずっと苦しかったのは、過去をずっと見ていた、後ろをずっと見ていたからということにも気づかされました。
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過去に執着して、楽しかった出来事とかそういうものも全部含めて、いわゆるフラッシュバックみたいなものですよね。
前を全然向いていなかったというのが、前進できなかった大きな原因、
自分の人生を停滞させていたのは、自分がずっと後ろばっかり向いていて、
要するに覇気がないわけですね。
すごく弱気になってしまったりとか、悲壮感にあふれているというか、
それが人生の流れを狂わせてしまったというのは間違いなくあると思うので、
やっぱり過去の楽しかった思い出とか、あるいは失われてしまった未来、
次男とできれば元妻もこっちでずっと暮らしていくという、
そういう失われた未来に固執していた、執着していたというところが、
自分の中ですごく苦しかったわけですね。
それが今回の滞在とか再開を通して、一つ気持ちに踏ん切りがついたというか、
自分の中でもうちょっと受け入れることが少しずつできるようになってきたかなというふうに思います。
もう妻と次男は日本で暮らしてっていうね、今後もみたいなところにね。
で、そこの中で自分が思ったのがですね、この運命を宿命にということですね。
最初の定義付けから言うと宿命っていうのはもう先天的なもので変えることができないもの
っていうふうに言いましたけど、例えばこの離婚っていうものは果たしてそこの定義に当てはまるのかっていうと、
確かにこの定義に当てはめるんであれば宿命にはならないと思うんですけど、
ただこのシナリオがもしね、僕の人生のシナリオとして最初から描かれていたもの、
神様のような存在によってもうすでに自分の人生の中に組み込まれていたとしたら、
これはもう変えようがないと思うんですよ。
例えば今人生のリセットボタンを押してもう一回ゼロからやり直して、
記憶とかも全部なくした状態で本当にもう一回ゼロから生き直していったら、
ひょっとしたらまた同じ道を通っていったかもしれないですよね。
でなると結局のところ、これはもう運命じゃなくて宿命だったわけですよ。
だからこの離婚するっていうのもそうだし、
次男と離れ離れになって、次男はもう日本で教育を受けるっていうのも、
これはもう避けることができないものなんだっていう風に考えたら、
なんかちょっと気持ちが楽になったというかね。
そういう何かに執着するっていうのは要するにその、
物にね、自分が鎖で縛られているような状態なわけですね。
その鎖を外せば自由になれるのに、その鎖を外すことができないから、
いつまでたってもその場から動くことができないわけであって、
その鎖を外してしまえば自分はどこにでも行くことができるわけですね。
それが本当にこの1年間すごくありました。
過去に固執したいとか、未来に執着したいとかね、
そういうものばっかりを考えていて本当に身動きが取れずに、
本当に苦しい毎日だったんですけど、
それすらも全てね、自分の人生のシナリオの一部で、
これはもう変えることのできない宿命だったんだっていう風に思ったら、
もうジタバタしてもしょうがないですよね。
例えば自分が生まれた時からもう右腕がなくて、
それをどんなに嘆いて、そういう風に自分の運命を呪ったとしても、
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変えられないわけですよ。
それで右腕がユキユキ生えてくるわけでもないし、
その中で自分ができることを最善を尽くす、
自分が一番幸せになれる方法を探して生きていくっていう方が建設的ですよね。
それをいつまでも嘆いていても何も変えることはできないわけだし。
だからやっぱり変えることができないものっていうところに
エネルギーを奪われてしまうっていうのはあるんですけど、
僕はやっぱりそこにこの1年間は本当にエネルギーを奪われてしまっていたなっていうのがあります。
だからそういうものを全部捨ててしまえば、
もう前向きになれるんですよね。
もう楽しいことしかないっていうこと。
今までは本当に後ろばっかり見ていたんですけど、
前を向いてみるとね、前の世界にはすごく楽しいことがいっぱい待っていてっていう、
あんなこともできる、こんなこともできるとかね。
それこそ離婚のネガティブな面ばっかりじゃなくてポジティブな面ですね。
自由な時間が増えたとか、あるいはストレスが減ったとか、
あるいは新しいパートナーを探せるきっかけができたとかね。
そういうプラスの面もたくさんあると思うんですよ。
今まではでもそれをなかなか見ることができてなかった。
とにかく負の側面ばっかりを見ていて、
より一層そのエネルギー状態が落ちていってた部分はあるんですけど、
でもやっぱりそこを見方を変えるっていう点においては、
もうそういう手に入らないものとか、
っていうことをずっと固執するんじゃなくて、
もうそれはしょうがないんだと。
ある意味諦めの境地というかね。
それも一つ大事だと思うんですよ。
諦めずにその鎖にずっと繋がれたままでいると、
一生その鎖の範囲内から外に出ることはできないんですけど、
一旦もういいやってその鎖を外してしまえば、
もっともっと遠くまで行くこともできるわけだし、
きっとこの人生にそういうシナリオが描かれたっていうのも、
おそらくこのタイミングで一旦こういうような形を取らないと、
僕の人生っていうのはもっといい方向に進んでいけないっていうことだったと思うんですよ。
確かにその出来事自体を考えれば決して喜べるようなことではないし、
できれば避けれるものだったら避けたいような出来事だったんですけど、
きっとこの出来事にも意味があるし、
それを良い意味にするのか悪い意味にするのかっていうのは、
この後の自分の生き方が決めると思うんです。
だから今回の自分にとってはすごく悲しい出来事だったんですけど、
これを良い意味にするため、人生にとってすごく良かった出来事にするために、
これから前向きに生きていって幸せになるっていうのが大事かなというふうに思いますし、
きっとそういうふうになることができたら、
あの時、離婚っていう経験があって良かったなって必ず思えるような日が来ると思うので、
あとはそこを目指して日々前向きに生きていくだけかなと思います。
本当にこの1年間すごく苦しかったですし、
特にこの再会、この数日間ですけど、
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元家族、元妻、そして次男と再会するっていう機会は、
喜びよりも悲しさとかそういうところが大きかったんですけど、
ただこの再会を通して本当に色々考えさせられることがあって、
その中で運命を宿命として受け入れるっていう一つの考えに至ることができたので、
そういう点においてはすごく良かったと思います。
もしこの再会がなければ、まだまだ過去とか未来に僕はずっと執着して、
鎖に繋がれた状態で生きていたと思うので、
そういう点においては本当に今回会えて良かったなというふうに思っています。
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