松尾潔のCatchUp
2023-04-10 11:15

松尾潔のCatchUp

音楽プロデューサー 松尾潔

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この時間は松尾潔のCatch Upです。
さあ、松尾さん、
この時間のテーマは何でしょうか。
はい、今日が誕生日で
もしご存知であれば、
今日90歳の誕生日だった。
我が国を代表する作詞家であり、
テレビタレントでもありました。
A.ロクスケさんについてお伝えします。
ラジオパーソナリティとしても大変人気を見せて。
多芸な方でしたね。
今バックで流れております。
皆さんご存知ですか。
背を向いて歩こう。
月焼きという別名で。
よくこういうときに枕言葉が出てくるのは、
日本初の全米ナンバーワンソング。
僕は子供の頃からそれ聞いてましたけど、
今のところ日本初のまんまなんですよね。
アジアでも唯一とよく言われていたんですが、
それはご存知のように、
K-POPのアーティストがこの数年で歴史を塗り替えたわけですが、
それにしても、
パイオニアとしてソナーが歴史にも気がかりとA.ロクスケさんにいるんですが、
このA.ロクスケさん、中村八代さん、
大学の中村八代さんとのコンビで、
作詞・A.ロクスケ・作曲・中村八代という形で、
数々の名曲を残している。
曲っていうのは、
歴史引き継がれやすいんだなと改めて思うんですが、
我々A.ロクスケさんのことを、
作詞家として今後記憶していくことが多いのかもしれないんですが、
実は作詞家としての発動っていうのは、
本当は数年でありました。
基本的にはその前も後も放送作家であり、
放送タレントだった。
あとは文筆家ですよね。
そうですね。
さっき金田さんおっしゃったように、
ラジオの世界に生きた人でありまして、
TBSのゴヨーワイドという番組は本当にライフワークとして、
彼が亡くなったのは2016年7月7日、七夕のことだったんですが、
03:02
本当にギリギリまで見かけていらっしゃって。
実は僕も番組に2度、3度ぐらいですかね。
ゲストで呼ばれてお話したことがあるんですが、
遡ることは1970年代ですね。
僕小学生のときに、
Aの福助さんとたまたまお会いする機会がありまして、
話すと長くなるんで、
すみません、走りますけど、
ネットとかに転がってるかもしれないので見ていただければと思うんですが、
佐賀の佐賀市で福助さんが文化講演会を行ったときに、
それを親に連れて行ってみて、
その講演が終わった後のAさんにたまたまお話しする機会があって、
そのときサインをもらってるんですが、
これから30年ぐらい経って、
2008年に、
ティアモっていうエグザイルの曲を作詞作曲して、
レコード大賞をいただいたときがあって、
その年明けに第1回目の日本レコード大賞の受賞者であるAの福助さんと、
僕は50回目だったんですから、
1回目50回目の受賞者の対談はTBSで行われて、
そのときにAさんにはじめましてって言われたんで、
いや実ははじめましてじゃないんですっていう話をしたというのが、
2009年のことなんですが、
それでAさんとご縁ができて、
亡くなる2年前の2014年には、
Aの福助さんの最後のレコーディングを僕がプロデュースすることになりまして、
何かと言いますと、
生きるものの歌という、
やっぱり中村八重さんが作曲されてAさんが作詞されて、
Aさんが1974年にご自身で歌われた曲があったんですよ。
それをAさんとゆかりの深いデュークエーセスというボーカルグループ、
ボーカルグループって言いましたけども、
彼らが歌うことになって、僕がそのプロデュースをしたんですが、
そのときに作者のAさんにも参加していただいて、
語りを曲の中にナレーションを入れてもらったんだけど、
これですね。
これがね、ちょっとBGMにさせてもらいますけれども、
Aさんと言いますと、
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常に権力とか体制というものに対して、
いつも歯向かうっていうことじゃなくて、
この今のシステムというものに欠陥はないかとか、
弱い人たちだけが搾取されるという形になっていないかという、
疑いの目を常に持っていたことなんですね。
例えばですけれども、僕が子供の頃、
柳木助さんにお会いしたと言ったら、
そのときはAさんは何をやったかっていうと、
百貫法というね、
いわゆるセンチメートルキログラムとかじゃない、
かつての日本の尺度ありますよね。
それを国際グローバルスタンダードの名のもとに、
早く日本も文明国になるために、
ちょっと遅れてるからいっぱいしようみたいな話があったんですけど、
それがあまりに黄金なんじゃないかと。
つまり、
誰か聞こえてますね。
昔からの琉琵で進めているような、
例えば大工さんの仕事であるとか、
そういう伝統工芸とかの世界をも継持してるんじゃないかと。
一方的な欧米化に対しての警鐘を鳴らしていたわけですね。
実際Aさんが声を上げて、その女が身を結びましてね、
強引な形で百貫法というのは緩和されたというのが事実としてあるんですけども、
それ以外にもA力さんは、
どうか憲法9条をどうやって守るかとか、
ご検討たちが取っていらっしゃいましたから。
あとは、
安保法制に関しても、
やっぱり僕の声を上げた歌でありまして、
さっき曲をかけた生きる者の歌っていうのも、
2014年というのは、
ちょうど前後して日本でも国会の前でいろんなデモが行われたりとかしてた時期なんですが、
Aさんはとにかく安保の時に放送の仕事、テレビの仕事を投げ出してデモに行ったような人なので、
あれBGMなくなっちゃいましたね。
そうしたので、
09:02
最後までずっと見守って、
自分のイデオロギーを示すということをやめなかった。
地位を獲得しても、それにこだわることなく動き続けたという意味で、
こだわることもなくとも言えるし、
名声の平和的な利用の仕方に自覚的であったというか、
そういう意味では、この間亡くなった高本隆一さんに至る活動する文化人の系譜、
いわゆるアンガージュマンと言われている、その系譜に位置する。
そして今なお、その活動とか残したことっていうのが影響力を失っていない、
そんなお一人かと思います。
A-ROKUSUKEさんの今日誕生日、ご存命ならば90歳ということで、
そのAさんの足跡一部、振り返っていただきました。
僕も一部でしたけど。
松尾清志のキャッチアップをお送りしました。
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