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この時間は、松尾潔氏のCatchUpです。 松尾さん、この時間はどんな話題でしょうか?
はい、今日はアメリカに名門レコードレーベル、 アトランティックレコードという会社があるんですが、
松尾さん、ご存知ですよね?
このアトランティックレコードの創業者であります、 アーメット・アーティガンという方が、
今からちょうど100年前、1923年7月31日に生まれになりました。 今日は生誕100年です。
アーメット・アーティガンの人生、 そしてアトランティックレコードの輝かしき功績というのを、
名曲とともにお話しできればなと思っております。
今、バックに流れております、 これはアリサ・フランクリンのRespect。
これは、どこかで皆さん聞いたことあるんじゃないですかね?
はい。
ユウさんもRespectは聞いたことあるんですかね?
はい、聞いたことあります。
アリサ・フランクリンという人は、 アトランティックレコード所属だったというよりも、
アメリカ国人音楽の女王として、 レイディー・ソウルとかって言われる人ですが、
このアリサ・フランクリンが、その才能を開花させたのが、 アトランティックレコードなんですね。
アーメット・アーティガンという音の響きが、 あまり聞いたことがない方も多いかと思いますが、
この人は、この名前の響きから想像できるかもしれませんが、
このイギリス出身とかヨーロッパ出身ではなくて、 トルコ出身の人なんですね。
トルコのイスタンブールで生まれたのが、 1923年の7月31日で、
このアーメットのお父さんという方が、 実はトルコの上流、上流も上流階級の人でございまして、
中米トルコ大使なんですね、お父さんはね。
このアーティガンっていうのは、 英語風の発音でございまして、
これエルテギュンっていう発音が トルコの発音に近いらしいんですけど、
お父さんはミニュール・エルテギュンっていう人で、 いわゆる外交官だったんですね。
アーメットアーティガンは子供の頃から、 イギリスで暮らしたりだとか、
アメリカですとワシントンDCですよね。 大使館があって。
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それで、年上の兄さんで、 ネスヒアーティガンっていうのがいるんですけども、
この兄弟でもアメリカ黒人音楽好きになっちゃったんですね。
要はお父さんが大使を務める大使館の雑用係だった 黒人の人がいたらしいんですけどね。
その人から黒人音楽ですとか、 黒人文化っていうのを教えられて、
でも少年時代にジャズ、そしてブルース、 こういったところに心を奪われまして、
これ自分は大使の息子ですから、 いわゆる肩着の道を鍛えされていたんですが、
お兄さんと一緒にやっぱり音楽最高だよねって話になって、
それこそ大使館でデュークエリントンのコンサートとかを 開くぐらいまでになってたっていうね。
何て言うんでしょうね。
いいとこのお坊ちゃんで音楽にのめり込んだ人が、
じゃあそれを趣味じゃなくて、 自分の人生の真ん中にそれを据えたときにどうなるかっていう。
アメットアディガンの人生自体はすごく面白くて。
この人の人生と、
あと彼が設立したアトランティックレコードっていう物語化した読み物が出てますし、
アメットに関して言うと、彼の人生がDVDにもなってますんで、
そういうのを入手してご覧になったらいいかと思うんですが、
アトランティックレコードっていうのは1947年、
まだアメットが24歳の時ですかね、に設立されました。
俺はね、何度も言いますけども、
トルコ人がアメリカで起こしたアメリカ国人音楽レーベルなんですね。
最初はブルースですとかジャズとかそういったものを手掛けて、
どんどん大きくなっていくんですが、
何と言っても1950年代の多くレイ・チャールズが契約して、
これはパーシー・スレッジなんです。
その前のワード・アイ・セイっていう曲をレイ・チャールズにしたけども、
レイ・チャールズがアトランティックレコードに有名にしたとこが大きいですかね。
今流れてますパーシー・スレッジ、男が女を愛する時ですとか、
あとはオッズ・レディングですとか、ブリソン・ピケットとか、
本当にそれだけでもソウルミュージックの歴史になるようなアーティスト、
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ソロモン・バークとか、ジョー・テックスとか、
ダニー・ハサウェイとか、ロバート・フラッグとか、
いろんな人たちがアトランティックレコードから世界に羽ばたいていくんですが、
このまた大きな分岐点がありまして、60年代の後半から白人ロックに進出していくんですね。
ラスカルズっていう人たちがまずヒットを出したりするんですけれども、
イギリスのアーティストもアメリカ進出の手助けもして、
その中には例えばレッド・ツェッペリンみたいな人もいますし、
あとイエスみたいな人たちもいますね。
フィルコリンズで有名なジェネシスなんかもそうですね。
これで国情学だけじゃなくて双方レベルとしての体裁を整えていくんですが、
こういうふうになっていきますと資本家から目をつけられまして、
音楽好きが音楽の会社をやるというだけで済まない感じになっちゃって、
ワーナー・グループっていう文化的なコングロマリーってありますけど、
そこの参加になるんですね、60年代の終わりに。
その中で大資本を味方につけながらも、
自分たちの文化的なルーツを曲げられないように、
どう戦っていくかっていう。
秋前から始めてた自分たちがどうやってジャイアントと向き合っていくかっていう、
そのあたりの戦いっていうのがこのアーメットアーティストの人生のかっこいいところで、
そこはさっきも話しましたように、本とか映画になってるんで見ていただければと思うんですが、
やっぱりその資本力ですとか政治力に対して自分たちの音楽力とか、
制作力、あとはちょっとしたトンチが効くような人でありましてね。
ユーマはいつも出ない人で、
アーメットアーティストはそういう意味だと痛快な武勇伝がたくさん残ってますんで、
今、音楽に限らずですけども、自分で事業を起こしたいなとか、
どっかの会社を辞めて、今フリーランスとして何かやっていきたいなっていう人たちにとって、
大変資産に富んだ言葉とかもたくさん残してるんで、
アーメットアーティストの生き方をこのタイミングで見ていただければなというふうに思って今日紹介しております。
本当名曲はつけませんが、日本で一番有名なのはこれかなと思って聞いていただきたいのが、
ベニーキングのスタンドバイミーです。ちょっとこれ時間待って聞いてみたいと思います。
ベニーキングって言って、ドリフターズっていうグループのメンバーでありまして、
日本のドリフターズの元になった名前ですけどね。
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このドリフターズを脱退してソロ歌手になって1961年に放った大ヒットがこのスタンドバイミー。
もちろん1986年のスタンドバイミーっていう映画でリバイバルにヒットしましたので、
そこで愛着を覚えて今でも聴いてるって方もたくさんいらっしゃると思います。
本当スティーブ・キング原作の素晴らしい映画で、
僕なんかもそうですね、永遠に終わらない夏休みのテーマみたいなところもあるんですね。
本当その真夏生まれの雨と雨の今日、それから100年というところで、
改めてこのアトランティック・ソウル、そしてソウルミュージックの素晴らしさに触れていただければなと思ってご紹介いたしました。
松尾教師のキャッチアップでした。
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