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毎週月曜日のこの時間は、松尾潔のCatch Upです。
さあ、松尾さん、この時間は?
はい、今日はもう本当、ご存じない方はおられないんじゃないかと思いますが、
平成期に大変な人気を博しましたZARD。音楽ユニットZARDのボーカリスト、坂井泉さんがお亡くなりになって、
今日で17年ということで、取り上げたいと思います。早いですね。
僕は坂井泉さんと世代がほぼ一緒なので、彼女の去年というのはどうしても気になってしまうんですが、
2007年、彼女40歳だったんですね。本当に若い、早すぎる最後だったなというふうに改めて思います。
で、今更ZARDのご紹介をするまでもないかなというふうに思っているんですが、
それでも今日これを取り上げるにあたって、今まで僕、経験がないくらいこの1週間くらいZARDさんの、ユニットですからZARDと言えばいいと思います。
ZARDの音楽を1週間ずっと聴いて、僕そんなに熱心なリスナーではなかったんですが、
こんなこと言うと笑われそうですけど、これは人気出るなというふうに今更ながら思いましたね。
彼女がデビューしたのが93年ということなのかな、92年か。
その頃なんていうのは、僕は仕事以外で洋楽ばっかり聴いてたって感じで、J-POP聴いてなかったかなっていうのもありまして、
彼女は91年にデビューしてるんだ。
断片的な知識しかなかったんですよね。
要はZARDというと思い出してしまうのがBeingという会社であり、ファクトリー的に音楽を作っていたということで、
当時、コアの音楽ファンの間では、Beingのアーティストのことを好きっていうのがちょっとはばかられるような空気も正直あったような気がしますが、
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ゆえに僕もちょっと敬遠してたところもあるんですが、今聴いてみますと抗いがたいようなキャッチーさとか、
イメージとしては当時、ご本人が書く歌詞も含めてふわっとした、
例えば中島美由紀さんなんかが常年っていうのに直接触れてタッチするような作風があるとすれば、
同じ自作型といっても坂井泉さんは何か語ってるようで、今風に言うとピントが合ってないっていうかね、
ちょっとパステルっぽい表現というか、何か言ってるより何も言ってないような印象さえあったんですが、
面白いもんですね。時間を置いて聞いてみると、それこそがあの時代の気分だったんじゃないかなっていうような気もしますし、
音響的なことで言うとリバーブと言われる音響効果、ボーカルなんかもちょっとふわっと聞こえたりするような、
そういうエフェクトをかけすぎで、ご本人のいろんなアーティスト写真がそうであったように、
本当の肉性っていうのもちょっとわかりづらいような感じさえあったりもするんですが、ずっと作品群を聞いていくとそこから見えてくる、
チームザードとしての強さと、あと坂井泉さんという人の引きつける魅力、チャームっていうのを痛感しましたね。
ここでそれぞれの負けないでとか揺れる思いとか代表曲の、この曲はこれが元ネタでしょうみたいなことを言ってもきりがないんですが、
別の表現で言うと、おびただしい洋楽であるとか、かつてのいわゆる大ヒット曲からのおびただしい引用っていうのがあって、
それを見といていくのは面白いというか、作り手の人たちのプロフェッショナル軍団の度合いっていうのが半端ないなっていうな。
タイアップ行政ですごく売れた人たちでもあるので、クライアントありきで作った曲も多いと思うんですよ。
15秒のCMでキャッチーなサビっていうのを求められて、まずサビから作って、その後MLBの後で付けたようなんじゃないかなと想像できるような曲も多くて、
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そういうある種産業的な作り方にミュージシャンシップとは対局のものを感じる人もいたかもしれないけれども、
かつての1960年代の世界的人気を博したモータウンサウンドなんかと作り方が一緒でして、
当時モータウンレコードっていうのはカーステレオ、カーラジオで聞いた時にどんなにかっこよく聞こえるかっていうのを基準にしていたっていうのはよく本の中に書いてあるんですけど、
会社の会議室にもカーラジオを模した装置があって、それでみんなで視聴して確かめてたっていうのがあるんですけど、
ザードを要するビーングの場合は何かっていうと、それがズバリ当時の日本の前世紀を迎えるテレビの地上波のCMから流れた時にどれだけ15秒でハートをつかめるかっていうような、
器をまず定めてそこから中身を決めていくような、逆算していくような、本当にプロフェッショナルな作り方だったんだなっていうのを感じますし、
あとやっぱりポップミュージックの肝であるところの、社会的に弱い人に寄り添うっていう世界観、歌詞、歌詞の世界っていうのは一貫してるんだなっていうのは痛感しますね。
一番象徴的だったのは負けないでっていう曲なんだろうし、ご本人が俺だけの人気を博しながらも、普通の生活っていうか日常生活を知らないまま40歳にしてお亡くなりになったっていうこの悲劇性も加わって、
やっぱり負けないでとか揺れる思いっていうのは、理由があって電動入りしたんだなということをね、今になって、亡くなって17年経って気づく遅すぎる僕を許してくださいって感じなんですが、
本当に最終効果があったこの後、波が結構何度か来るんじゃないかなっていうぐらいの悲劇性を感じますね。
そうですね。またあのビーング、ザードをはじめとしてビーング所属アーティストっていうのはみんなメディアの露出を控えて、やっぱりそのイメージを作って売っていたっていうところのその実体性の無さっていうところがまたなんか神秘的な存在になっていて、
特にザードの坂泉さんっていうのはこの歌のイメージ、テレビドラマやCMのタイアップのイメージも相まってカリスマ的な存在になって、曲の世界とともに作り上げられた感じありますよね。
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いろんな文業性でいろんなイメージを作り上げていったわけですから、曲から育っていったクリエイターもたくさんいるわけで、もちろん坂泉さんと中根優次を育んできた人っていうのは同じグループなんだけど、たくさんいらっしゃると思うんですけども、
プリミア的なところで言うと、デビュー曲のね、Goodbye My Lonelinessっていう曲、ミュージックビデオを撮ったのは後に日本の映画界を代表する監督になる岩井俊治さんでしたね。
こういったこと一つ撮ってみてもね、いろんなクリエイターたちの量産パックとしても機能していたビーング、そしてザードっていう、ザードがいた時代っていうのがあったんだなっていうのを、特に若い方々に今気づいていただけると嬉しいなというふうに思いますね。
ということで、今日は坂井泉さんの命日ということで、改めてザードの魅力について松尾さんに解説してもらいました。松尾さんありがとうございました。
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