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毎週月曜日のこの時間は、松尾潔のCatch Upです。
さあ、松尾さん、今日この時間は、どんな話でしょう?
あの、今日ご紹介する方は、相当な演歌にお詳しい方じゃないと、
ちょっと聞き馴染みのない名前かもしれません。
小西良太郎さんという音楽プロデューサーの方、ご存知ですか?
いや、でも流れてきたこの曲は知ってますよ。
皆さん、音楽プロデューサーというと、いわゆるポップミュージックの、
例えば僕なんかR&Bとかですけど、ロックとかそういうのを想像されるかもしれないけど、
もちろん演歌の世界にも、プロデュースという仕事がきちっと大きな役割を果たしているわけで、
その世界で大立て者と言われた小西良太郎さんという、
この方がね、86歳で先週の土曜日にお亡くなりになりましたので、
その話をさせていただきたいと思います。
はい。
今、歌が流れておりますが。
これ、僕なんかこういうの本当にヒット曲だと思うんだけど、
自分でレコードもCDも持ってないけど、もうフルで歌えちゃうっていうような、
そういう浸透力っていうのはやっぱり演歌ならではだと思うんですけど、
演歌を含む歌謡曲っていうのはね、そういうものだったかと思うんですが、
吉田明さんの船歌、これ1979年、昭和で言うと54年ですか、のヒットなんですが、
この小西良太郎さん、その頃はまだスポーツ日本にいらっしゃって、
この方スポーツ日本の、いわゆるスポーツ誌の記者だったんですか?
記者だったんですね。
そんなことあんの?っていうことですよね。
音楽担当記者として文化部長、運動部長まで勤められた方で、
最終的にはスポニチの役員。
記者をやりながら音楽プロデューサーっていう二足のわらじだったってことですか?
そうなんです。もちろん文章書きになるんで、
音楽記事で音楽評論、自らペンを取ってらっしゃるんですが、
アクユーさんであるとか、舟村徹さんとか、
そういった演歌の世界の作詞作曲を問わず、
主の方々、ほとんど小西さんは太いパイプがあって、
小西さん、音楽業界の中で、特に僕らみたいな立場からすると、
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レコード大賞の審査委員長をやってらっしゃったんですよね。
レコータイの偉い人っていうイメージが僕なんか強いですけど、
特に1990年代の半ば以降は審査委員長をずっとやってらっしゃったんで、
あとは政定委員というのをやってらっしゃったけど、
ある種天皇的な感じで、
僕なんかからすると、ちょっとおかないなっていうか、
レジェンドの枠にいらっしゃるって方だったんですけど、
ただね、この小西大人郎さんの人として、
興味深いところは、
今、記者をやっていた、
そこの新聞社の役員をやっていた、
プロデュースもやっていたって、これだけでも同じ方があって思われるかもしれないですけど、
ここの小西さん、役者さんもやってたんですよ。
マルチ。
2000年に小西をお嫁になった時点で、もちろん60代とかですけど、
そこから舞台俳優になって、
そこから舞台俳優に?
例えば水泉寺教科さんとか川中美幸さんとか、そういった方が東京でしたら、
例えば明治座とか、福岡だったらハパッター座とかで、
歌とお芝居のショーってよくおやりになりますよね。
そういうところに渋い役でよくお礼になったりとかされてて、
あとで皆さん、ネットなんかで小西大人郎さんの画像検索とかされていただくといいかと思うんですが、
非常に存在感のある方々前の方で、
これは確かに、しかもその業界の作法とか、
精通されているわけですから、
いろんな表現ができる方だったってことなんですが、
僕はやっぱり彼の仕事の中で、
やっぱり吉浦彰さんと坂本ふゆみさんっていうのは、
特に素晴らしいなと思ってて、
吉浦彰さんは舟歌、坂本ふゆみさんは夜桜おひしって聞いてきましたけど、
夜桜おひしは1994年の曲ですけど、
坂本ふゆみさんってね、僕もかつてお仕事をさせていただいたことがあるんで、
彼女の魅力っていうのは、僕も身をもって知っている一人なんですが、
井上浩翔さんっていう作曲家の方がね、
本当にうち弟子にとって、
若き坂本さんを鍛え上げたってこれ有名な話なんですが、
その井上浩翔先生が1993年にお亡くなりになるんですが、
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でも、当時まだお若い坂本ふゆみさん、
20代にしてちょっと路頭に迷った時に、
じゃあ俺がプロデュースするよってことで、
小西さんが師匠を亡くした坂本さんのプロデュースをして、
手掛けたのはその翌年94年の夜桜おひしなんですよね。
これは井上浩翔先生が、
基本的に井上浩翔さんが作曲されてたわけです、坂本ふゆみさんが。
井上浩翔先生が病床についてから、
フリーチ・タカオさんの曲を歌ったりした時期もあったんですが、
ここでプロデューサーになった小西さんは、
三木孝さん、ティレサー・テンさんのね、
時の流れとか愛人とかの一連でお馴染みですが、
三木孝さんを作曲家に起用して、
家人の林あまりさんという女流家人でね、
有名な方いらっしゃいますけれども、
その方に託しを依頼っていう、
ちょっと小西さんにしかできないような座組みを作って、
それが結果としては坂本さんの代表曲、キャリア、
そうですね、一番大きな作品にもしたというような、
これこそプロデュースっていう感じですね。
今バックに流れておりますのは、
三木孝さんの先ほどの79年の船歌に続く、
80年のヒット、雨の墓場ですが、
これはね、僕なんかからすると、
曲の中にダンチョネ虫が出てくるっていう、
劇中劇ならぬカチューカとでも言えばいいんでしょうか。
なんか非常にアクロバティックな振りもしてるし、
劇場性が高いシアトリカルな歌ということも言えるかと思います。
こういったのは小西さんにしかできない離れ技だったなと思いますし、
この雨の墓場、作詞は悪夷さんがなさってまして、
もともとは悪夷さんは雨雨フレフレってタイトルで考えてたらしいんですが、
悪夷さんのアイディアで雨の墓場っていう風にしたと聞いております。
こういったのをまさにタイトルが喚起するイメージ、
引き寄せる力っていうのも含めて、
やっぱりプロデュースワークとして抜群の差異があったんだなってことをね、
ジャンル違いながらにも悪夷さんに対して、
大変僕はリスペクトの視点をずっと持っておりました。
今僕も天道由美さんのお仕事とか縁合ってやるようになって、
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改めて小西さんが残した縁加の仕事ってすごかったんだなっていうふうに思います。
彼、著書がたくさんありましてね、
三浦ひばりさんについて書いた本何冊かありますし、
作詞家の星野哲郎さんの表現とかありますんで、
この機会にぜひ本屋さん、図書館なんか手に取っていただければなというふうに思います。
おめでとうございます。
松尾清のキャッチアップをお送りしました。
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