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月曜日のこの時間は、松尾潔のCatch Up。 音楽プロデューサー・松尾潔さんです。
さあ、松尾さん、この時間は?
松尾さん、今日、誕生日のアーティストで、 女性アーティストをご紹介したいと思います。
この方は、今日、くしくもグラミ衣装の発表と重なっておりまして、
もしかしたら、音楽ファンの方は、 今、グラミ衣装の結果をチェックしながら、 この番組を聞いていらっしゃるかと思います。
今回はね、ちょっと話それますけども、 日本人アーティストで、
マサタクミさんという、 西条秀樹さんのお一個さんですね。
グローバル部門というところで受賞されたんですね。 1時間くらい前に講じられたのかな。
いわゆるその主要な賞とはちょっと違うんですが、 グラミ衣装って100以上の賞がありますから、
今後このニュース、今日のゆうかんとかは、 多分そういうニュースだと思いますが、
1992年のソング・オブ・ザ・イヤー、 その年の最優秀楽曲賞なんて言われますけどもね、
に選ばれていたのが、 ナタリー・コールのアンフォゲタブル。
これですね、30年位前に 音楽史の頂点になったという人のお話です。
このナタリー・コールという人は、 お父様が大変有名でして、
ナット・キング・コールという ギャズ・シンガー、そしてピアニストです。
その方のお嬢さんとして、1950年2月6日に生まれたのがナタリー・コールです。
もちろん子供の頃から国民的な影響を受けた人たちが多いんですけど、
存在のシンガーの娘として育ってきてますから、いわゆるセレブ、未成なんですね。
特に当時のアフリカン、アメリカンの平均的なイネージャーなんかと違った青春時代を通して、
何者入りで歌手デビューするんです。子供の頃からもお父さんの名前のもとに歌っていたんですが、
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有名になったのは1975年の今バックが流れているThis Will Beという曲。
これがいきなりビルボードで、
当時のポップシンガーとしては珍しくと言ってもいいでしょうけど、デビュー曲がポップチャートでも代表として、
これがいきなりグラミー賞の左右州アランビ女性ボーカル賞、
年に一人しか選ばれない左右州新人賞に選ばれてますね。
本当に花々しいデビューを20代の時期にやってるんですね。
76年には日本にやってきて、日本でも人気を獲得します。
その時のMr.Melodyという東京音楽祭で歌った曲は結構当時ヒットしたという記録が残ってまして、
僕はね、さすがにその時まだ7、8歳ぐらいなんで、あまり記憶にないんですが、
僕よりちょっと年上の久保田利伸さんは、自分が生まれて初めて好きになったブラックミュージックだというふうに。
そういう意味だとね、日本のアランビにも影響を与えたというふうに言えなくもないわけなんですが、
ただこのナタリー・コール70年代の中場から世に出てその怪神劇を続けるんですが、
80年代にスランプに入っちゃうんですね。
当時、夫がプロデューサーでもありまして、マーヴィン・ヤンシーという人が孔子ともに渡るパートナーだったんですけれども、
ちょっとなかなか悲劇がやってきましてね。
早く亡くなっちゃったりするんですよね。
彼女はもう本当に薬物中毒っていうのにハマってしまいまして、
リハビリ施設にも入るぐらいですよ。
80年代は正直忘れられているぐらいの感じもあったんですが、
80年代の中場ぐらいから少しずつカンバックし始めて、
87年にエバーラスティングというアルバム、これで本格的なカンバックに成功します。
これでピンク・キャデラックというブルース・プリンスティーンの曲のカバー。
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ブルース・プリンスティーンがかつてシングルのカップリング曲で出していた曲を、
ナタリー・コールスタイルでカバーしてヒットさせて、歌うまいよなって注目を集めたり。
当時ホイット・ニーヒューストンが80年代半ばにデビューして、
ホイット・ニーヒューストンの仕掛け人としても知られていたマイケル・マッサーという名作曲家がいるんですが、
この人と組んでバラードのヒットも出したりだとか、
80年代の終わりにはナタリー・コールスタイルが完全復活という状況を作って、
それでナタリー・コールスタイル、さっきも話しましたようにルーツはお父様が歌ってたジャズで、
原点回帰ということになるんですけれども、
1991年にUnforgettableというお父さんの代表曲の一つをそのままタイトルにした、
スタンダードジャズアルバムをリリースするんですね。
そこに収められていた表題曲Unforgettableというお父さんの代表曲を、
当時としては大変珍しい、もう無くなってしまったお父さんのボーカルとのギジデュエットという、
当時の最新技術で、もう無くなってしまったお父さんとの親子のデュエットを成功させます。
この間僕、レイラ・ハサウェイがお父さんのダニー・ハサウェイについて言いましたけども、
そういった方法論のルーツになったのがこのUnforgettableなんですが、ちょっとこれを聴いていただきたいと思います。
ずっと聴いていたいんですけどね。
朝もいいですね。
朝聴くのもいいんですよね。
このUnforgettableという曲は、さっきお話ししましたように、翌年92年のグラミン賞でソング・オブ・ザ・イヤーを受賞するんですが、
この曲はもともと1951年の曲です。アーヴィン・ゴールドに受賞された曲なんですが、
ですから曲が作られて40年後にカバーされたものが、グラミン賞でソング・オブ・ザ・イヤーを受賞する。
本当に名曲は色褪せないっていう耳慣れたフレーズを実証した曲ですよね。
これ、ナッキン・コールという人、さっきちょっと説明、言葉足らずでしたけども、1965年に亡くなってます。
ナタリが15歳の時に亡くなっているお父さんが。
ですからナッキン・コール軸で考えると、
死半世紀経って戦前の歌声がソング・オブ・ザ・イヤーに輝いたという新記録にもなりました。
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この曲を含むアンフォゲラブというアルバム、アルバム自体が本当に優れてまして、
ジャズアルバムでありながらポップチャートで5週連続ナンバーワンになって、
以後、レディーガガに至るまで、ポップシンガーがジャズアルバムを作る時のお見本になってますよね。
他ならぬ、僕もジュジュさんのジャズアルバム3枚プロデュースしてますが、
やっぱりナッキン・コール、ナタリ・コールの成功例っていうのは常に念頭にありますし、
世界中のポップシンガーがジャズに挑戦なんていうフレーズよく聞くかと思うんですが、
みんなナタリ・コールの跡をなぞっているという気もするぐらい影響力のあるアルバムでした。
そんなナタリ・コールですが、それから20年以上経って2015年の大晦日に65歳で亡くなってしまいました。
最近よくこの番組でも言ってますけど、音楽は残りますので、
今日グラミー賞の日でもありますので、改めてお聴きいただければなと思いました。
ナタリ・コール、生きていれば本日73歳だと誕生日を祝ってお話しさせていただきました。
音楽プロデューサー松尾清のキャッチアップでした。
数学教師芸人の高田先生だよーん。
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