皆さんは多分、台所にムシが出ることはよくあると思うんですよ。
それでですね、結構悩んでいる方も多いと思いますけれども、私もですね、今の新しい家に引っ越して5ヶ月ぐらいになるんですけれども、
今のところですね、ゴキブリは1回、2回しか見たことないんですよ。 なので、そういうムシがね、出ることがほとんどないので、それはすごく良かったんですけれども、
その代わりにですね、アリがいっぱい出てくるんですよ。 これ私ですね、オーストラリア住んでですね、こんなにアリが出てきたのは初めて見たんですね。
で、こんなにアリが出るのをびっくりしてですね、すごく驚いたんですよ。 で最初はですね、台所に数匹いるのをですね、潰して対処してたんですけれども、
そのうちね、大量にアリが来るようになったんですよ。 もうものすごい数で、まるでアリ地獄のようにグワーッと集まるんですよね。
本当にびっくりしてですね、これどうしたものかというふうに思ったんですよ。 で、食べ物がね、落ちてるならまだわかるんですけれども、そうじゃなくて、洗った後の食器とか、
台所に置いてある布巾にまでですね、集まってくるんですよね。 もちろん布巾には何もついてないし、ちゃんと洗ってるんですけれども、多分わずかな匂いとか、
そういったものに惹かれてくるんだなというふうに思うんですけれども、 もう本当にね、付近にまでアリが寄ってくるっていうのを初めて見て、本当にびっくりしてですね、
これはどうにかしなきゃなというふうに思ったんですよね。 で、よく観察してみたら、台所のタイルの隙間、間ですよね。
そこに小さな穴が開いていて、そこから侵入してきたんだなっていうのがわかったんですよね。 で、そういう穴がね、結構あったので、
そういう穴をボンドを使ってね、埋めたんですよ。 それでもう大丈夫かなというふうに思ったんですが、今度はですね、別の場所から大量にアリが出てきまして、
またですね、アリ地獄のようになったんですよ。もうこれはどうしようもないなと思って、 なんかね、駆除剤かなんかを使わなきゃいけないなというふうに思ったんですよ。
で、調べてみたらですね、オーストラリアでも結構アリの被害にあっている人も多くて、 アリの駆除剤が載ってたので、それをですね、買ってきて試すことにしたんですよね。
で、その薬はですね、アリの通り道に液体を数滴垂らしておくと、 アリがね、それを巣に持ち帰って、その持ち帰ったものをアリの巣の他のアリがですね、
食べて、そしてアリの巣からアリまで全部ですね、絶滅させるというものなんですね。 で、実際にですね、アリの通り道を見極めて、ポチポチとですね、数滴、その駆除剤をね、液体を垂らしてみてですね、
ちょっとね、様子を見てみたんですよね。 で、様子を見たらですね、駆除剤の液体の周りに集まってですね、アリがしっかりとですね、その液体を取ってるんですよ。
いやすごいなと思って、で、液体ってちょっとね、垂らすと丸くなるじゃないですか。 その周りにちゃんと集まってね、何匹ものアリがその液体を取ってるんですよね。
もうすごく可愛くなってですね、なんかアリを飼ってるような感じで見てましたけどもね。 で、その日の夜は、そうやってね、液体を通り道に垂らしておいたんですけども、
で、結果はどうなるかなと思って見てみたら、その翌日になったらですね、なんとアリが1匹も来なくなって、ピタッとね、いなくなったんですよ。
これすごいなと思って喜んだんですけども、でももしかしたら今日だけかもしれないと思って、その翌日もね、見てみようと思ったんですよね。
そしたらですね、その翌日も来なくなって、その次の日も来なくなったということで、もう完全にですね、アリは来なくなりました。
使い始めてからですね、もう2週間から3週間ぐらい経つんですが、今までね、全く出てきません。
ですので、ものすごい効果あるんだなというふうに思ってですね、すごく驚いてるんですよね。
以前住んでた家ではゴキブリに悩まされることが結構多かったんですよね。皆さんの家もそうだと思いますけれども、今の家はですね、
1階が駐車場で、2階から上が住居スペースとなってますんで、地面から少しね、離れてるんですよ。
ですので、ゴキブリはほとんどね、家の中に入ってこないんですけども、アリはですね、匂いに非常に敏感で、洗ったばかりの木製のヘラにまで集まってきて、
本当にね、これびっくりしたんですよ。なんで洗ったのにこんなに来るんだというふうに思ってですね、今回ですね、初めてアリ対策について真剣に考えて、こうやってね、
そういうですね、アリ駆除剤を試してみたら、なんとかですね、無事に退治することができてですね、本当に良かったなというふうに思います。
あのアリ地獄のような光景がなくなって、今はね、ほっとしてるんですね。
皆さんも多分ですね、アリの被害に遭った人も多いと思いますけれどもね、こんな感じでオーストラリアにもですね、
もう虫の被害というのは日本と同じようにありますんでね、そんな体験を初めてしたということでした。
突然ですが、皆さんは自分のことを好きかと聞かれたら、どう答えますか?
大好きだと即答できる人って、実はそんなに多くないんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
よく自己需要という言葉が心理学とか自己啓発に出てくるんですが、今回はですね、その自己需要について最近気づいたことをちょっとお話したいなというふうに思っています。
自己需要というとなんだか大きな目標のように聞こえるんですけれども、これはアリのままの自分を認めようとか、
欠点も含めて愛そうということなんですよね。でも具体的にそれってどういう状態なんだろうとずっと考えていたんですけれども、
私自身のですね変化を振り返った時に、まず最初に思い浮かんだのが自分の声なんですよね。
今でこそこうして毎日ようにポッドキャストをやって、自分の声で収録して、それを聞きながら編集してアップロードしてるんですけれども、
最初の頃はね、自分の録音された声を聞くのが本当に嫌でね、恥ずかしくて変な声だなーってずっと思ってたんですよ。
多分皆さんも同じような経験をすると思うんですけれども、やっぱりね自分の声を聞くとなんでこんな低くて変な声なのとかですね、
なんでこんな音程が悪いのとか思うんですよね。で私もねもちろんそう思っていました。でも自分の声というのは骨伝導で自分が聞いている声なんですよね。
それと空気で伝わった他人が聞いている声や録音された声っていうのは全く違うんですよ。
そんな違う声なのでやっぱり自分の声っていうのは最初は受け入れられなくて拒否感とか拒絶感がずっとあったんですよね。
そしてその次にですね、以前からそうだったんですが、声の次に私の前に立ち上がったのが自分の顔なんですよ。
これもですね写真とか動画に映る自分の顔を見るのがすごく嫌だったんですよね。
鏡で見ている自分というのは無意識によく見える角度とか表情を作っているのでまだ見れたんですけれども、
ふとした瞬間に他人に撮られた写真とか動画に映る自分の姿を見るとなんでこんな変な顔しているのかなっていうふうに思うんですよね。
皆さんもそう思うと思うんですけれども、普段ですねいきなり撮られた写真とか動画を見ると自分の顔ってすごい変だなっていうふうに思うんですよね。
そういうことを経験してみるとやっぱり声が嫌いとか顔が見たくないっていうのは結構致命的なブロックになると思うんですよね。
カメラを自分に向けるのも億劫になるし、編集で自分の声を何度もチェックする作業がどこか自分の魂を削っているようで
本当に苦痛な時間になってしまうんですよね。
今思えばですね、それは単に外見が好きとか嫌いとかということだけじゃなくて、理想の自分と現実の自分のギャップに心が勝手に傷ついてるんですよね。
そして心を閉ざしてしまってるんだなっていうふうに思います。
でもですね、ある時ふと思ったんですよ。あれ自分の声を聞いても全然嫌じゃないなと思ったんですよね。
昔から音声配信をやっていて、この声を聞いた時にリスナーの皆さんが私の声が良いと言ってくれたので、
それで調子に乗って自分の声はいいと思い続けていたために自分の声が全然嫌じゃなくなってきたんですよね。
今はですね、自分の話してる声を聞いてすごい良い声だなぁとか思ってるぐらいなんですけどもね。
そして最近では自分の顔を鏡で見ると特にね嫌な顔をしてるなとは思わなくなったんですよ。
反対に自分の顔を鏡で見ると結構いい顔してるんじゃないとか思っちゃってるんですよね。
でこんな風にですね、声も顔も以前みたいに拒絶反応が起きてないことに気づいたんですよ。
自分の声がかっこいいとか自分の顔が超イケメンとかそういうふうに惚れ込んだわけじゃないんですけれども、
ただ淡々とフラットにこれが自分の声だなとかこれが今の自分の顔だなということを受け入れてそのまま普通に見たり聞いたりできるようになったんですよね。
この嫌でなくなったという変化これこそがまさに自己需要の正体なんじゃないかなというふうに思ったんですね。
じゃあなんで嫌でなくなったのかということなんですが理由は2つあると思うんですね。
一つはですね慣れなんですね。ポッドキャストのような音声配信をして自分の声を聞く回数が増えたことで脳がこれが自分のデフォルトの声だと認識したからだと思うんですよね。
そして2つ目はですね比較と採点をやめたことなんです。これが一番大きいんですけれども、自分の声や顔を誰かと比較して採点するのをやめたんですね。
プロのアナウンサーのような声じゃなくてもいいし、若い頃の自分の顔じゃなくてもいい、この今のですね不完全な声と顔で目の前の人や聞いてくれているポッドキャストのリスナーさんに何を訴えて何を届けられるかというね、
意識の方向が自分をどう評価するかというところから何を表現するかという方向に向いた時に不思議にですね自分の声も顔も本当にいいパートナーのようなそんな感覚に思えてきたんですよね。
自己需要っていうのはですね自分を大好きになることと思われがちなんですが、私はそうじゃなくてもいいと思っています。
自分を大好きになろうと無理をすると、できない自分にまた落ち込んでしまうんですよね。本当に自己需要とは何かというと自分を好きになることではなく、自分を嫌うのをやめることなんですね。
自分の声が嫌でなくなる、自分の顔を見るのが嫌でなくなる、そんなほんの少しの諦めを含んだ妥協や優しい受け入れが心を自由にしているってことに気づいたんですよね。
もしこれを聞いている皆さんの中に自分のここが嫌いとかですね、自分の外見で認められないという部分があるなら、無理にそれを愛そうとか好きになろうとしなくても大丈夫だと思うんですよね。
まずはそれをちゃんと見て向き合ってみて、これが今の自分の現在だと慣れていくところから始めてみたらいいと思うんですよね。それだけで人生の心の重荷は軽くなると思います。
皆さんの顔や声はどんな風に感じているかということをもう一度振り返ってみたらいいんじゃないかなというふうに思います。
という感じで今回はこの辺で終わりにしたいと思います。皆さんの参考になったら嬉しいです。