する能力がちょっと乏しいよと。 なるほど。というのが自閉症の社会的な障害の有名なところなんじゃないかって言われてますね。
すごいこれわかりやすいですね。 精神科の知識を学べる番組、歴史から学ぶ精神科ラジオ。
この番組では精神科医療を作った人々、現在のトピックスを精神科医が解説します。 精神科専門医30年、医学博士で現在、開業医のマリモと
その姉で、障害を持ちの方の就労支援事業所を経営していて、 1歳の誕生日を迎えた初孫が、美味しそうに食パンの柔らかいところをパクパク食べていたり、
ママが作ったパンケーキを、こっくりこっくり居眠りしながら、それでもパクついて食べている動画を見ています。
前回の続きからお送りします。
これの理解を深めるために、2つぐらい自衛省の方の特性について話をしたいと思います。
まず、言葉の中で反響言語というのを言っていたじゃないですか。
他者の発言をそのまま繰り返すというのが、自衛省の方の中で時々あるんですけれど、
これは何を言っているかということなんですけどね。
例えば、即時反響です。直後に繰り返すというパターンがあるんですよ。
お母さんが自衛省の子にミルク飲むって聞いたら、その子がミルク飲むって答える。
つまりそのまま答えるんですよね。
質問に答えずに形式をコピーしている。
質問には答えてはないんだけれども、ミルクを飲みたいという気持ちも表している。
あとは遅延反響というのもあって、時間が経ってから再生するパターン。
例えば数日前の広告のフレーズを突然言う。
今なら特価セールみたいなことを急に言い出すというパターン。
特に意味はないんだけれども。
なぜか頭に残っている言葉を言っちゃうみたいなこととか。
あと機能的反響というのがあって。
コミュニケーションをとっているんだけれども、実は反響言語になっているというのがあって。
例えば先ほどと同じことなんですけど、お母さんがクッキー欲しいって言ったら子供がクッキー欲しいっていうね。
これイコール欲しいっていう意味なんですけれども。
繰り返す、反響するっていうのが意思の表現になっているっていうことがあって。
定期で発達の人っていうのは意味を中心に言語を使っているんですけど、
自衛省の方っていうのは音声のパターンとして、音の塊として記憶して交流するという特徴もあるみたいですね。
音としてコミュニケーションを取ろうとするというのも一つの特徴みたい。
クッキー欲しいっていうのがイコールクッキーになってたりするわけね。
クッキー欲しいっていう状態だったりするわけですよ。
だからそんなふうに言うわけですね。
あともう一個有名なのが代名詞の反転するやつですよ。
あなたと私の認証を逆に使うっていうやつなんですけど、
例えばこのクッキー欲しいバージョンで言うと、英語とかでは言うとか愛とかをちゃんと使うからそこで反転するんですけど、
日本ではクッキー欲しいで一緒なんやけれど、
例えば英語を直訳するとしたら、お母さんがあなたはクッキーが欲しいのって聞いたとすると、
子供がどう答えるかって言ったら、あなたはクッキーが欲しいって答える。
子供は僕らの言葉で言うと、私はクッキーが欲しいなんやけれども、
自衛省の子供としては、あなたはクッキーが欲しいって言うわけですね。
っていうふうに代名詞が逆転するっていうことがあるんですけど、
この考え方というか、これを説明する理論があって、
視点獲得の障害、セロリー・オブ・マインドという心の理論というのが有名なんですけど、
これちょっとお話ししておきましょうかね。
心の理論って聞いたことあります?
聞いたことないです。
ないですか。
これちょっと前に流行って、自衛省の方を説明するときに、
この心の理論っていうことを考えると、わりと理解しやすいとかって言われてました。
これどんなのかというと、誰が話しているか、誰が主役なのかということを相対化できない。
自分とただの区別がしづらいと言われていて、
この心の理論というのは、他人の頭の中を想像する能力なんですけど、
これが自衛省の社会障害の中核的なものなんじゃないかというふうに、1985年に提唱されました。
だからかなの随分後なんですけどね。
サリー・アン課題というのが有名なんですけど、これちょっと言っておきましょうかね。
サリーとアンという2人の女の子の話です。
サリーとアンが教室にいるわけですよ。
サリーがボールを箱の中に入れます。
サリーがその部屋から出ていきます。
部屋に残ったアンが、その箱からボールを取り出して、
近くにカゴがあるんですけど、カゴの中にボールを入れました。
サリーが戻ってきます、教室に。
サリーはボールをどこで探しますかという話なんですけれども。
箱ですよね。
ですよね。
定型発達の人は箱というふうに、サリーの信念を推定できるんですけれども、
この心の理論が弱い方というのは、ボールは今カゴの中にあるわけだから、
サリーはカゴの中を探してボールを探すと。
答える。
答える。
なるほど。
これが心の理論と言われていて、
サリーだったらどう考えるかということを推測する能力がちょっと乏しいよと。
なるほど。
というのが自衛省の社会的な障害の有名なところなんじゃないかと言われていますね。
すごいこれ分かりやすいですね。
この定型発達される方でも、心の理論が確立するというのは、だいたい5歳から6歳ぐらいみたいよ。
2、3歳までというのは単純な欲求とか欲望とかは理解はできるんですけれど、
この心の理論という言葉は理解できないよね。
5、6歳になった時に、サリーだったらこんな風に考えるよねということが分かるようになると。
つまり4、5歳の心の理論の能力というのがちょっと欠けることが自衛省の人はあるよということなんですね。
なるほど。
定型発達の人だとそれからもっと進んで、小学校の頃になってきたら、
アンサリーの課題よりもうちょっと進んで、皮肉とか皮膚とかということを普通僕たちは使うじゃないですか。
それも使えるようになるんだけれども、自衛省の障害を持っている方というのは、
この4、5歳の心の理論を到達できない方が多いので、なかなかその皮膚とか理解できないと言われているんですね。
そうだね、確かに。
ただ、ここの理論が全て自衛省の社会的な障害を説明できるかというと、そんなことなくて、
それだけじゃなくて、もっと他にも社会動機づけ理論だったりとか、実行機能の障害とか、
中枢統合の脆弱さとかいろいろ言われることもあるんですけれども、
ここの理論だけではないよとは言うんだが、自衛省の一つの理解としてここの理論という考え方もあるんですね。
というような自衛省を神奈川県が発見できたということですね。
すごいな、でも11人の子どもをちゃんと例に挙げて発表できるというのがすごいですね。
緻密に観察をして、1人1時間2時間の診察もずっと続けているから、
気も長いし、正確に記録もとって、やっぱりさすがですね。
本当にまとめとして僕が言おうと思って持ってきたのはそこですよ。
神奈川県って病気をそこから見抜くというのはなかなかできないことだと思うんですよね。
しかも200年たってもそれがそうかなと言われている病気を見つけているということでね。
これはなかなかなものだと思うんですよ。
それまで自衛省の方々、子どもさん方というのは正しく理解されずにね。
知的障害の施設とか家庭内でずっと隔離されていたわけですよ。
あるいは児童の精神病だとかね。
あるいは知的障害の特殊な形の方だみたいなことで考えられていて。
社会からは全然注目されない状態だったんですけど。
その一つ病気というのを特定できたというのはすごいところではあるよね。
そうね。病気って特定されると見方とか変えなきゃってなるし、対応の仕方も考えなきゃってなるもんね。
そうなんですね。
こう特定されたら、それに対してどうすればいいんだろうとか、どう対応すればいいんだろうということが進歩しますからね。
やっぱりこれって分からないとそれが始まらないので、そういった意味で特定するというのは大切なのかなと思うんですけどね。
もともとさ、良いことばっかりじゃなくて、やっぱりカナーにも限界があったというか、今から思うとということもあるといえばあるんですよね。
そうなんですか。人間ですもんね。カナー先生もね。
それ今から言ったら当然完璧じゃないのでね。
まず一つやっぱり挙げたいなと思うのは、厳格すぎるんですよ。自衛省の定義っていうのを。
はい。
異常に厳格に定義した。もちろんね、病気を作るわけですから、きっちり言わないとっていうようなことが思って、実際厳格に定義するんですけど。
例えばですね、実際ですね、カナーがこの63歳の頃ですね、1959年に公演するんですけれども、
そこでですね、カナーが言ったのは、私は人生の中で150人の自衛省を見たと。
年平均8人ぐらいだったとおっしゃってるんですよ。
なるほど。
つまり、一流というか一番の本山みたいな方が、これぐらいしか見てないってことを言うってことは、どれだけの狭い診断基準だったんだろうなって思うんですけどね。
本当やね。
今現在21世紀で言うところの自衛省だったりとか自衛スペクトラム省よりも、かなり少ない典型的な症例のみをカナーは自衛省っていうに定義してたみたい。
まあでも、病気を作るときやから、そうならざるを得ないでしょうね。
実際ね、そうだったりとか。
あとまた、この小児の統合視聴症という問題と、この自衛省という問題がどこをどう区切っていくかという問題もあったみたくて。
カナーは自衛省の方をかなり厳しくしたんやけれども、それ以外はどうなったんかって言ったら、この児童統合視聴症みたいな形になってしまって、ちょっとあやふやになってた部分もあるみたいですね。
もうざっくりとなってるんですね。
ざっくりとなってたっていうところがあったみたいね。
あともう一個ね、カナーの罪の一つかもしれないけれども、この自衛省、定義したのは素晴らしいんだけれども、その原因論についてなんですよ。
なぜこれが起こるかっていうことについて、当然人間考えますよね。
カナーが当初から言ってたのは、先天的なものですよっていうことは言ってたんですよ。
生物学的な形って言ってましたもんね。
そう、生物的なものもある。でも実はそれだけじゃなくて、生育環境もあるんちゃうかっていうことは両方言ってたんですね。
そうなんや、環境もね。
はい、環境も影響してるんちゃうかって言われてて。
カナーが自衛省を言ったときには、当然そういう言い方っていうのは悪くはないかなと思うんですけど、
時代の数勢として、結構環境論がガーッと流行してくることに、この後なるんですよ。
時代の流れですね。
時代の流れでね。
その最後の方を知ってるような気がします。
そこの問題っていうのもあるので、それを若干生んだのもカナーの一つにはなるんかなと思うんですけどね。
え、意外意外。
そうそう。あとそこの話はですね、この後の後もう一回言いたいなと思うんですけど。
じゃあエンディングのこと行きましょうかね。
はい。
はい、ありがとうございます。エンディング、何か話することありますかね。
いや私、この話を聞いてて、ずっとこの自閉症っていう病気ができるまでは、ただただ困った人やなって言われてる人たちだったのが、困ってる人なんやなっていう風に変わった気がしてて。
あ、いい表現ですね。
うん。困った人ってあるやん、分かれへんときは。
はい。
だけど、いろんな背景とか、いろんな病気とかが分かって自分は勉強していくと、困った人なんじゃなくてお困りになってる方なんだなみたいに。
そうですね。
その視点が変わると、今私がしてる仕事の支援っていう仕事のスタートに立てるので、
ただただ、こんなんできなくてこんなんでって困ったところをいっぱい上げて情報は来るんだけれど、
それを困った人やなって取るんじゃなくて、お困りの方やねって取るのが私たち福祉のプロなので、
これってこっからも始まってるんだなぁと思って、今日は聞いてました。
なるほど。
見つけてくださった先生がいたからね。
そうですね。
まさにね、この自閉症っていうのは、言葉を言うとあれやけれど、病気としては治療っていうことが少し難しいんですよね。
もちろん成長ということで、発達ということで進歩はしていくんですけど、
その特性自体はずっとお持ちになっていることになるのは間違いないので、
そこをうまく社会とすり合わせたり、その方の苦しさを少なくするということって、
やっぱり福祉が大きな出番を持ちますよね。
大きいと思うんです、この自閉症の方にとっては。
その二次的なものっていうのは、精神科の先生、結構力発揮されてるんやけど、
もともとのところっていうのは、本当に社会にいかに交わっていけるかっていうところやからね。
どうも変えることってできないので。
そうですね。
いつもそれは思ってる自閉症の方に出会うと。
なるほど。
なるべく理解したいなとは思うんだけど、
やっぱり全然想像ができないときも多くて、
だからいっぱいいろんな話をして、反応を返してもらってってしてるんだけど、
その反応も、よくわからないみたいな反応が返ってくることも多いし、
支援も結構難しいなって感じるときが多い病気ですね。
本人はね、お困りなんやけどね。
そうですよね。
いろんなところでうまくいかないんだけど。
でも本当に彼らの言葉に耳を傾けてると、
素直に入ってきたら、自分にも伝わるものがあるなっていうのは時々感じることもあって。
あるある。全然わからない人たちではなくて、
ただでも私やっぱり小さいときに、いかにこの病気を理解した大人が、
子どものときから接したり、対応してくれるかによって、
大きく変わってくる気はしてるんですよ、今。
その方がね。
その方がね。
できるだけ早く、小さいときから適切に対応してもらえてたら、
お困るんだけど、一つ一ついろんなことが。
なんだけど、大きなトラブルになって、
二次的に傷ついたりとか、あえて傷つけたりとか、
そういうことは起こさないでいけそうな気がするんですよ。
ただこの子どものときに、周りの大人が気づけなくて、
困った子やなみたいなので、ある程度放置。
触らないでおこう、そっとしといて、みたいな感じで、
なっちゃうと、結構大人になって、そのまま大人になってしまうと、
大変だなって感じてるんです。
どのみち経験は積み重ねないといけないので、人として生まれた限りは、
いい経験を積み重ねてほしいなと思うんだけど、
すごい考えさせられる子がいますね、うちにも。
だから今大人になってるけど、親御さんも周りの方も、支援者も含めてなんですけど、
ほんまに理解できてないんじゃないって思うときもあります、私。
この子困難なんですって、だからこうしてくださいって言ってくるんだけど、
ほんまにそれで合ってる?みたいに思うことは、正直あるんです。
先生もある?
要するに複雑な、複雑という言い方はあれだけだけど、
誰の視線によるんかなって思うんですよ。
誰の人生かなっていうことだと思うので、
やっぱりご本人にとってどうか、その方がどうしたいかっていうことでいいんかなというか、
いろんな思いがそこで工作はしてるんですけど、もちろん利害関係とかいろんな思いがあるけれど、
やっぱりその方の人生を送らせるということをやっぱりしたいところかな。
これは別に自衛省に限ったわけじゃないけれども、どんなことでもそうなんかなという気もしてたりとかするな。
そうですよね。
もうちょっと言うと、やっぱり不幸なことってあるのよね、人生さ。
うまいこといかんこともあるんじゃない?僕らもそうだし。
あるある。
でも、だからこそうまくいくこともあるので、失敗することも含めて人生なんやろうなっていうか。
だから100点を求めるとみんなしんどいから、まあまあそれもありかなみたいな。
あなたが選ぶんだったら頑張るかみたいな話になるんかなとかって思ったり。
最後はそうですよね。結局本人が一番快適なところを選ぶしね、また。
やっぱりその方の人生をどう僕らは支援するんかなみたいな感じなんかな。
これは医療者なのか福祉なのか親御さんなのかご本人なのかで全然違うからな、考え方が。
そうなんですね。タイミングにもよるしね。
それはね、すごい感じました。
ね、思いますね。
特にね、自表症は本当に治るとかっていう話ではないので、お薬でどうこうするとかではないから、
余計にね、いつも私は考えてるとこですね、支援として。
はい。
というエンディングです。
エンディングです。はい。ありがとうございました。
ありがとうございました。
精神科の知識を学べる番組、テキシカラ学ぶ精神科ラジオは毎週金曜日午前5時に最新話が更新されます。
お聞きのアプリでフォローして最新話をお聞きください。
また番組を聞いた感想やご意見を募集しています。
概要欄のメッセージフォームからあなたの感想を送ってください。
待ってます。
待ってます。
はい。ありがとうございました。
今日まさにこの自閉症の方の支援をしたんですよ。
ああ、そうですか。大変だったですか?
大変じゃないんだけど。
はい。
で、今週3回の午後1時間半だけ来るんですね、送迎付きで。
ほいほい、立派じゃない。
そうそう。で、お仕事もでもするんですよ、ちゃんと。