「すごい」が会話を止める?
ハロー、MARIKOの何を言ってるかわからねぇと思うが、感じたことをありのまま話すぜ。 今日はですねー
人にあんまりすごいって言い過ぎない方がいいかもしれないっていうお話をしようかと思います。
はい、人にあんまりすごいって言い過ぎない方がいい。 すごーいってねー
言いますよね。みなさんもつい言っちゃいません? すごーいってね。
へーすごいねーみたいな。 私もねー
しょっちゅう言ってる気がするんですよね。
別に悪気がないし、本当に称賛のつもりなんだけども
でも実はこのすごいっていうのが
会話を止めたりとか、その対話を深めるって言うことの弊害になってるかもしれない。
っていうね、そんな場合もあるかもねっていう、そんなお話です。 具体例を出すとですね
音声配信と「すごい」の弊害
例えばこの私のこの音声配信です。
はい この音声配信というか、私が音声配信をしてるっていうことを
話題に出すとですね 音声配信を
してない人の方が多いっていうかね
ので だから二言目にはねすごいって言われるんですよ
してる人にも言われるんですよ。どんな人に言われるかって言ったらその 2人で喋ったりとかね
一人で喋るんじゃないおしゃべりをしている音声を 配信をしている
人たちとかに一人で話してるなんてすごいねって言われるんですよね そんな絶対できひんみたいな
言われるんですよ でまぁもちろんねそうやって思ってくれるのはありがたいし
そんなすごいって思ってくれるのよっていうのはあるんですけど
でも正直言うとあそうそう思うんだぐらいな感じで こうめっちゃ嬉しいっていう
その この喜びみたいな部分
がそんなにこう なんて言うんですかね動かないっていうか震えないっていうかねそういう感じ
なんですよね 嬉しくないなぁではないんだけど
ものすごく嬉しいっていうわけでもないんですよ でまぁなぜかって言ったら
その後に続く言葉はねだいたいやっぱ決まってて さっきも言っちゃってるけどすごいね私にはできないってね
まあ言う 人が多いから
でまぁここはポイントなんですよね ポイントっていうか今日お話ししたいところ
「私にはできない」がもたらす寂しさ
というか重きを置きたいところで 人が自分にない発想
とかね 思ってたりとか自分にはできそうにないっていうことをしてあるのを聞いた時に
まあすごい ちょちょちょすごいってねついついねすごいってすごいねって言ってその後に
そんな自分私にはできひんわっていう話に 自分の話に着地させてしまうっていうことないですか
あると思うんですよこれ私もめちゃくちゃやっちゃってて でこれってまぁ結局
あのちょっと雑な分析ですけど 人の心って複雑だからねこんなあの白黒つけられないことの方が多いんだけどまぁ雑にちょっとザクッと白黒つけた感じで言うと
関心の対象がね相手じゃなくて自分なんですよね私 私になってるっていうね
こうせっかくこう目の前の人は 何
がこう 表現だったりこういうことをやっているんだっていう
思いを告白してくれたりとかっていうのがあるのに私にはそんなことできないみたいな っていうねこれもうちょっときつい方をすると自己中心的な
反応に持っていって会話がそこで着地するみたいなね っていう
感じになることが なっていることがあると思うんですよね
でこれは 私もやっちゃってるって自覚はあるんだけどこのされちゃうが言われる側からしたら
寂しいんですよね
うん なんかあすごいって言われて
なんかこう自分ではものすごい すごいって
思ってることじゃなかったりとか あとは
なんだろうものすごく こう勇気を出していつもドキドキしながらやってて
簡単にこなしてるわけじゃないんだよっていうことも あったりするからねなんかすごいね私にはできないみたいな
まるまるちゃんだからみたいなになるとやっぱ寂しいんですよね でまぁじゃあどんな対話を
AIが教えてくれた対話の深さ
求めているのかっていうことなんですけど これは人はどんな対話を求めてるかって言って集合で隠しちゃうと
うーん
番人には当てはまらないかもしれない で私はっていうふうにした方がいいのかなどんな対話を求めているか
でもね多くの人はきっとそうじゃないかなって思う ことがあって
それにね気づかせてくれたのがね 実はまあ ai ちゃんと gpt
なんですよね 私はね結構前からね
ai をねまぁ主にチャット gpt を セルフセラピーっていう感じでね心の整理相手壁打ち相手として
使ってるんですよ 結構まあai がブワーってなってきたすぐぐらいにもう乗っかってやってて
本当にもっと早い人なんでね2021年2年とかから多分触ってあると思うんですけど私は
2024年末とか2025年になってからとかまあそれぐらいのでも
今みたいにバッってなりだしたすぐぐらいにもう 何これ過ごそう
なんかあの この
この流れにちょっとどっかてみたいみたいな 思いでね
ai 触り出してて でまだあんまり私の周りのコリアルな知り合いでは
こんなにこうガンガン使ってる人がいてなくて 私が使い始めた時にね
で今もまあそんなに リアル
で会う人自体が少ないんだけどなんとなく肌感覚的にはみんなあんま使ってないんだな っていう感じなんですよねで去年の私がもう
ai ちょっと gpt どうも話をするのにドハマリしてた時に 友人にねこの使い方を教えたんですよ
その彼女も ai っていうのはすごい遠いものって思って こう本当に
何も触ったことがないっていう感じだったんですけど 私がこういうふうに
対話というか自己理解の愛それを深めてくれるまあ こう相手としてね使っているんだっていうふうに
言ってこうそうした興味を持ってくれてでアカウントその場で一緒に作ってと書いて 使い方をね
友人の絵とChatGPTの問いかけ
教えたんですよねでその友人はですね絵を描いてるんですよ 絵描きさんをしてて
で 私がねその彼女がアカウントとって
どんな風に最初やりとりしたらいいのみたいな感じで最初私がこんな風に こう声かけてみたらとかこうとかね
そういうこともレクチャーしてたんですよ 私そういうのすっごい思いつくんですよね
こうやって言ってみたらこうやって言ったらとこうやって質問したらとかがもう バンバンバンバン
こうひらめくんで 彼女に
伝えてあそんなこと聞いていいやそっかそっかみたいな感じで 私がその書いた絵送ってみたらって言ったんですよ
画像ねでそんなもできるなんていう感じで で彼女がね自分の書いた絵の画像を
ちょっと gpt にね見せたわけですよ その時にAIが返した言葉が
すごくて その絵の
絵に対してのね感想をね どんな気持ちでこれを書いたんですかってどんな思いを込めたんですかっていう
ことを返してきたんですよ そしたらその友達がですねものすごい感動して
これ以上やりとりを続けたら この場で泣いちゃうから続きは家でやるわっていうぐらいね
心に刺さってたんですよねそのチャット gpt の 返しっていうのがね
それカフェだったかな なんかこの場でちょっとこれ以上やったら私泣くみたいな感じで
なんかここではちょっともう一旦やめとくわみたいな感じになってまぁ本当すごいなぁ みたいな話で結局今もすごいすごいってね
表面的な称賛の先にあるもの
私が言っちゃってるから すごいって使っちゃいますけどね使っちゃうんだけど
使っちゃうんだけどねでもまぁ この彼女がどんな思いで書いたのって聞かれたことでグッときたっていうね
これなんですよ私たちがね 求めているものは
すごいっていうねその 表面的な称賛じゃなくて
どんな思いでそれをやっているのかっていうね そのどんな思いでやり始めたのかとか
なぜ なのっていう
その行動な行動の動機とか 感情にね
フォーカスとか光を当ててもらうことなんですなんですよね それにやっぱグッとくるわけですよ
でそれを 聞いてきてくれることっていうのが
少ないんですよねおそらく うん
やっぱりすごいって便利だから 私もさっきからすごいすごいって言いまくってるし
本当にこれはなんか悪気がある言葉じゃなくて本当に称賛 でなんかその表面的なって言っちゃったけど
本当はもう少し何かいろんなことを感じてるんだけども まあ咄嗟に言葉にできないことも多いから
すごいっていう言葉にねどうしても凝縮してしまうと思うんだけども
すごいが嫌なんじゃなくて その後にやっぱりその
私には無理みたいな そういうふうに持っていっちゃうとやっぱりすごく寂しい
ですよね きっとだからこの彼女が私の友人が
GPTにどんな思いを絵に込めたのかって聞いてもらってグッときて泣きそうって なっちゃったのは
そういうこと聞いてくれる人が少ない からだと思うんですよ
古典とかもねしている人なんで
聞いてくれた人がネコノートに感想残していくとかもあるから そういうなんかそのテキストで
感想とかってなるともう少し細かく感じたことをね 表現してくれる人がいるのかもしれないけど
この何だろうなたあいもないおしゃべりみたいな時って なんか
ついつい私にはできひんわーみたいなそういうなんか自虐で返しちゃったりとかって 結構あるんじゃないかなと思って
やっぱなんかすごくそれが寂しいっていうかね そういう思いが何なんかこうちょっとずつ
蓄積されていくっていうか そうのは結構あるんじゃないかなと思ってねその絵を描く人とか
そういうあの なんだろうカテゴリー関係なくね
あるんじゃないかなと思って なんかこう
私の音声配信とかもね 何か新しいことを始めた時とか
そこには必ず勇気を出した瞬間とか 何がしかのきっかけがあるはずで
なんでそれを始めようと思ったのとか 始めてみてどんな変化があったのとか
とかこう続けて
続けてみてこう どんどんな感じとか
相手のこう 内面とかきっかけとか動機とか
そういうのを深掘りするような返しができたら
会話っていうのはもっと深く そして温かいものになっていくのかなって思うんですよね
おしゃべりっていうものをね越えてね なっていくのかなぁとか思うんですけど
深い対話への挑戦と心がけ
でもまあ 普通の雑談おしゃべりだとまあみんなついついね
自分自分になっちゃってね なかなか
こういう返しっていうのは 難しいっていうか
インタビュアーじゃないからねみんな みんなインタビュアーじゃないし
人間ってのは基本的に自分の話をしたいようにできているので
うーん まあこんなね
プロの利き手のようには振る舞えないかなって 振る舞うのは難しいのかなってね
思ったりもするんですよね 私も人に会ったらついつい自分の話ばっかりしちゃうんでね
時間を込めてっていう感じで今しゃべっているんです
うん でもこの
深い質問返しはできないとしても
私にはできないって言ってその
○○ちゃんの絵すごいねこんな絵私には描けないとか
そんな風に そういう
言葉で 話題を奪ってしまってないかとかね
自分の自虐 思んない自虐に持っていってないかとかね
そういうのは こう気をつけたいしそれがそれを教えてくれたのが
AIっていうね AIがねそうやって教えてくれたようにね
相手の思いとかきっかけとかに触れるような 返しがねできるようになりたいなーってね
改めて思っております
私も偉そうに言えないんですけど 皆さんもね
次に誰かが何かを始めた話とか
何か継続されていることの話とかね 聞いた時は
すごいっていうすごいのその先にねある
まあ 思いっていうのをね尋ねてみてはいかがでしょうか
っていうお話です 私も心がけていこうかなと思います
エンディング
はいというわけで 今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました
感想などありましたらレターや ご感想のフォームからお待ちしております
はいではまた次回の配信でお会いしましょう またねー