自己愛の告白:大切な人の死が暴いた真実
ハロー、MARIKOの何を言ってるかわからねぇと思うが、感じたことをありのまま話すぜ。
今日はですね、大切な方の
死とね、そこから
露呈した、私のね、自分のもう恐ろしいぐらいの
自己愛、自分が自己愛の怪物だっていうことが
わかってしまったっていうお話をします。 その大切な方が
お亡くなりになってしまったっていう とこからちょっとお話を
させてもらいたいんですけれども
敬愛する谷崎テトラ先生の生涯と死
えーとですね、非常に私にとっては大きな
出来事でありまして
これのことを語り出すと
その自己愛の部分にちょっととても行けないんですよね。
で、ちょっと大切な思いすぎて ちょっとこう気軽には話せないのでまぁ
今日は簡単にっていう感じでね、また別の機会でお話できたらなって思うんです けども
先日ですね、今7月18日になった、7月17の
夜っていう感じ、正確には18日になっている真夜中なんですけれども
7月16日にですね
私がもう本当に深くね 敬愛していった谷崎テトラさんという
大先生がですね ご請求されたという知らせが
入りました 実際お亡くなりになられたのは13日
だそうです えっとまぁどういった方かっていうのもちょっと今回も割愛したいんですけれども
非常に多くの 哲学的な
教えとか 視点というものをね
まさづけてくださった 私の人生にとって本当に
重要で大切で
まぁ 尊敬する
存在 だった方です
先生はですね 昨年かな、去年2025年に
がんが発見して
それがもうすでにステージ4で
でまぁ嫁3ヶ月だっていうね 宣告をね受けられたんですよね
でその3ヶ月 は乗り越えられて
そこからもうアディショナルタイムってねご自身で呼ばれながらね まあその
本当はもうないはずの時間命っていうことでね アディショナルタイムって呼ばれながらね
本当に最後の最後まで ご自身の使命っていうものを命を使われていたなって生き抜かれていたなって
いうはい 生き抜かれましたっていう感じなんですよ
訃報への反応と驚きの事実
でですね でまぁその先生の不法を知って
まぁ ショックっていうかねまぁ悲しい
さと寂しさっていうのがなんか覚悟はしてたけど まあ感慨を目指されてたんですよね自然療法というか
こう標準医療っていうんですかそういう ものは
受けずにですね 自然療法代替療法とかまあそういったもので
感慨 ガンとまあ矯正していくっていう道を選択されていてですね
まあ 私はなんかこの方を
宇宙が
いつまだ必要としているはずだみたいな ちょっとスケール大きいですけど
それを確信 していたというかそう信じたかったっていうか
そういう思いがありましたのでね きっとこの方なら大丈夫だっていう思いと
でも 実際にはそういう数値が良くないっていうね現実
を報告して進捗っていうかねしてくださってたんで まあ覚悟もしつつっていう
どっちもだったんですけれどもね そのまあ
寂しいなって いう気持ちです
はい でちょっと余談なんですけど
ちょっと驚いたことがあって谷崎テトラ先生です テトラっていうのは
ペンネームっていうか芸名っていうかね それは存じ上げてたんですけれどもまさか谷崎も
本名ではなかったようで 先生が理事を務められていたね
ワールドシフトネットワークジャパンっていう団体かな そこがテトラ先生を亡くなりになったってことを発表している
発表してたんですけどその 文章の中にですね本名が
記載されてあって 全然谷崎でもなかったっていうね
ちょっと驚きましたね まさか本名をこんな形で
晒されているなんてってね 思いもされてないと思うんですけども
はいちょっとダセェんですけどまぁ そんな驚きとね深い悲しみと
寂しさっていうのがね 寂しさっていうのは私はその
7月16日に浸ってたというか そういう
悲しみの裏に湧き上がった自己愛
気持ちだったんですよ ただまぁここからがちょっと今回の本題でですね
まぁ やっぱり悲しくってしばらくはすぐはね
ちょっと実感が湧かなくて途中から悲しくなってきてね 涙したりもしたんですよね
寂しいしとても大好きな方だったんでね もっとお話聞きたかったなぁってね
思いに
浸ってたって言うとちょっと表現あれかな そういう思いだったんですけど
でもそのね悲しみのね その後ろ側でね
自分でもねもうびっくりするようなね 今こんな時にって驚くぐらいのね
自己愛がね ブワーって湧き上がってきたんですよね
でその自己愛そのどういった感情だったかっていうその正体がですね
もう本当もうこんな告白するのは恥ずかしいんですけど
もうね打ち明けますけどね 私の頭
頭泳ぎったというよりもなんかその 悲しみ先生
お亡くなりになったことに対する悲しみの 裏側にあったっていう
の方が正確かなニュアンス的に 先生のねその思い
ではなくね 追悼の
思いではなくなく 湧き上がってきたのはですね
私のこと 心配してくれる人いるかなっていう
なんかそんなことが湧き上がってきた これねなんてかって言ったらね
過去の繋がりと現在の孤独
数年前だったら そのテトラ先生
がね講師をされてた 講座のねホロス宇宙塾っていうのがあったんですけど
そこに そこで共に
その講座を受けに行ってたね まあ友人知人がまあいたんですよ
仲間って言うとちょっとこそばゆいです けど
で まあもし今もねそのつながりの中にね
いたら つながりの中にいたらっていうとちょっとあれかなその
もうちょっとどこダイレクトにその人間関係の中にいたら 関わりが
深かったら きっとね
まりこさん大丈夫とかねまりこちゃん平気とかね あんなに先生のこと
好きだったんだから落ち込んでないとかね 誰かが連絡をくれただろうなぁとか思ったんですよ
私谷崎先生のこと 本当好きでね
なんか異性としてっていうわけじゃないんだけども なんか愛おしいっていうか
ちょっとうまく言えないんですけど本当にちょっとこう特別な 他の人には
ちょっと似た感情を感じない 特別な感情を抱く方だったんですよね
でも恋愛じゃないんですよ付き合いたいとか 異性の関係になりたいとかではない
こう本当にカテゴリーが難しいしなくていいんでしょうけど そういう方だったんですよね私が本当じゃなくて寅先生のこと
好きだっていうのを その講座仲間は
知ってくれていたので
数年前の 関わり人間関係がそのまま
熟成っていうかそのまま より深く
深くなって関わって続けていたんだったら 私のこと
心配して連絡してくれる人 いただろうなぁとか
思ったんですよね でもところがどっこいですね
今その人たちとはもうほとんど相変なんですよね
本当にね今私本当に 距離が近い
友達みたいなとか仲間みたいな こうダイレクトにね
ダイレクトにっていうか 本当に連絡とかを
そんなしょっちゅう取るもんじゃないけど大人になったら でも少し頻度が高く連絡とったりとか
こう何か
そういう場を共有したりとか 誘ってもらったり誘ったりとか
そういうことをし合う人が今 本当にいないんですよね
一人もいないと言っていいぐらいいないんですよ だからなんか
今の 私にはねなんかその
大好きな人をなくして 悲しんでいる私をこうわざわざ気にかけてね
時間とエネルギーを使って連絡を くれる人はねもう誰もいないんじゃないかなってね
思っちゃったんですよ
自己愛の怪物としての自覚
先生の 愛との意というものと同時に
なんかそのその私 私っていうものにものすごいや印が向いてしまって
うわぁみたいな 感じをね
感じでしたね 本当なんか
自己愛の化け物なのかなみたいな 恐ろしいわっていう感じで
今97% 誰も連絡はしてこないだろうなってね
思ってね もしかしたら寝て起きたら誰かからね
メッセージ届いてるんじゃないかなとかね
なんかそんな期待もしちゃったりとかしてね
うーん 悲しい思いと
先生がお亡くなりになって悲しい寂しいっていうのと 私のことが心配してくれるとなんか誰もいないんだみたいな
なんかこの 自分にベクトルを向けた寂しさみたいなんとね
両方に 襲われてましたね
でねやっぱりあの上ね 誰からも連絡は来ませんでね
なんか本当に 先生をなくした先生がもうこの
世に いらっしゃらないというかまあ肉体がもうないというかね
お声を聞いたり お姿を拝見することが
もうできないんだっていう 悲しみとは別のね強烈なね寂しさ
孤独感をね 感じてしまったんですよね
ほんとねー 大切な人が来なくなったっていう
こんな場面でもね 私はなんか自分が一番可愛いんだなってね
そして自分がどう見られているか 誰に
かまってもらえるか誰に気にかけてもらえるかっていうことをね 気にしてたんですよ気にしてるんですよ
もうこの自己愛の化け物がね私の中の
もう制御不能だなあっていうね とんでもない化け物が
私の中に いてるなあっていう感覚です
人間関係と自己愛の考察
さっきその 距離感を近く
交流をしている人親しくしている人っていうのが 一人も
いない私の周りに誰もいなくなってしまったっていう
状態なんですよね
すごいネガティブな言い方
ですけど 40代なんでね
それぞれの人生に向かって歩んでいくっていうのは 自然なことかなとも思うんですけど
なんか私はなんかこういなくなってしまったなっていう ちょっとそういう被害
妄想みたいなものに多分今囚われてて だからこういういなくなってしまったっていう表現がポロってやっぱ
ナチュラルに出ちゃうと思うんですよね で
もしかしたらその私の周りから人が離れていってしまったのは
この 化け物を隠しきれないこの自己愛の強さ
みたいな原因の一つなんじゃないかなーってね そう思わずに今いられない
発見でしたね それだけが原因じゃないかもだし
まあもしかしたら全くそんなことは問題でも原因でもない
なかった っていう
ことかもしれないからねどれが真実かって ちょっと確かめようがないし
この自己愛が強いんだっていうことを自覚しても 自覚した今
それをすごく悪のように だから私はダメなんだっていう材料に
こうしすぎるのも 不健康だなって思うので
まあ観察していきたいなって 思うんですけどね
このね強すぎる自己愛をね ダメダメなもの
だから私の人生は こう誰からも応援されないし
愛されないし うまくいかないしみたいな
これが この自己愛があるから強すぎるからだみたいな
感じでね 制御しようとすればするほどね
苦しくなる気がするし
この音声では 正直なことを
話すっていうふうに したいので
そこからずれていく気もするのでね だからまぁ攻めすぎんとこうかなとは
思ってるんですよ ただまぁもうただん
こう 気づいてしまったってかもありありと
自己愛の化け物だってなってしまったからには
なかったことにはできないなぁっていうね
自己愛との向き合い方と先生への思い
これは問題なのか
とか 単に私はもうこういう人間
なのかとか 問題なんかそもそも
何もないみたいな そういう視点
とか なんか
こういろんな視点からね 私の中の
化け物をね こう観察していきたいなって思ってるんですよね
ただこの自己愛ってね もう暴走すると大変じゃないですか
時すでに遅し
感じもするけど
まぁでも今回こうしてね テトラ先生の死を
通じて 私のこの
恥ずかしいぐらいの自己愛の深さをね 自覚できたことは
一つの大きなきっかけかもしれません あとやっぱなんだろうなテトラ先生
がやっぱり私の人生の
キーパーソンだったなっていう思いをね 味わったり振り返ったり
しております
本当にね先生がお亡くなりになって
7月7日ただまたの日お誕生日で 62歳になりましたって報告をね
笑顔の写真と一緒にされてたとこだったので まさか1週間そこから1週間も経たずっていうのでね
ちょっとこうショック
まさかまさか覚悟はしてたけどまさかみたいなね 悲しいんですけど
私は私の人生を 生きていくしかないなっていう思いでもあります
これからも先生のね 残してくださっている youtube
見返したりしてね 何度も思い出して愛おしくなるし寂しくなってね
泣くかなと思います私はね結構 泣き虫なんで
まあその愛おしさとかね寂しさとか 悲しい意味とかね
このもう 肥大したこの厄介な自己愛もね
全部抱えて 生きていくしかないのかなっていう
思いです はいということで
まとめと感謝
今回はね あんまり人に言えないような
自分の内側の みっともない部分と大切な方とのお別れの話
両方したのでちょっとごちゃごちゃだったかもしれないんですけど 最後まで聞いてくださって本当にありがとうございました
また次回の配信でお会いしましょう 感想とか何か頂けたら
嬉しいです はいそれではいつもありがとうございます