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道理なくしては勝つことあたはず 五輪書
2026-04-08 15:36

道理なくしては勝つことあたはず 五輪書


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サマリー

本放送では、宮本武蔵の「五輪書」のレプリカの伝承経路について考察し、特に寺尾孫之丞から弟子への受け渡しにおける複数の経路の可能性を探る。また、「風の巻」第二章の「他流において強みの太刀」を読み解き、強さや弱さといった次元を超えた、勝つための「理」の重要性を説く。

「五輪書」レプリカの伝承経路
みなさんおはようございます。 久しぶりにね、五輪の書のレプリカをね、開けたんですよ。
っていうのが、その伝わっております、何種類かの五輪の書があるんですけれどもね。
それぞれね、最初、武蔵から寺尾孫之丞信政に渡ったところまでは一緒なんですが、その後がね、少しずつ違ってきてるんですね。
ですので、寺尾孫之丞信政が一人の弟子ではなくて、数人の直弟子、それも皇帝ですよね、に分けて渡したんでしょうね。
でないと、お家取り潰しになった場合に、そこで途絶えてしまいますもんね。
武蔵も寺尾孫之丞を一人に託してるんですよね。
で、そこから15年経って、今度は寺尾孫之丞が、吉田駐在門、この私が持っております、このちくま学芸文庫にはね、吉田駐在門ってあるんですけれども、
うちのレプリカは違う方になってるんですよ。
原田玄南とかでしたね。
でね、だから、そこは寺尾孫之丞が機器管理をしたということですよね。
巻物機能は、地の巻きを、9メートルほどあるんですけどね、地の巻きをずっと右を開いて、それで左をちょっと送って、
で、右を巻いて左を開いて、右を巻いて左を開いての繰り返しをね、ずっとするんですけれどもね、それをして最後までたどり着いたときにですね、山本玄介殿になってるんですね。
で、えっと、寺尾孫之丞が、寺尾無生勝信という名前を書いてね、この無生勝信、同じ方だと思うんですけれどもね、顔があるんですよ。
それで、15年後にね、山本玄介殿、山本玄介という方に地の巻きを託してるんですね。
で、水の巻きも山本玄介殿、漢文7年なんですよ。私の家にある島漬けのレプリカの文ですね。
で、漢文7年2月5日、蚊の巻き、蚊の巻きも同じく山本玄介殿に渡されて、風の巻き、風の巻きも山本玄介殿。
で、空の巻き、空の巻きもそうです。これまあ、細川家が肖像しているものはそうなってるんですよ。
で、こちらね、ちくま学芸文庫の方はね、寺尾孫之丞から吉田駐在門三列羅っていう方に渡ってるんですね。
そこがね、やはり寺尾孫之丞が複数の直弟子に託したとしか考えようはないと思うんですけれどもね、
この吉田駐在門三列羅っていう方がどういう方であったかっていうのをね、知りたくて調べてましたらね、
吉田駐在門まででしたらね、同姓同名はいてると思うんですけれどもね、三列羅まで一緒の人がね、赤卸にてるんですよね。
ここらへんがね、ちょっと謎なんですが、同じ方だとしたら、考えられないことはないんじゃないかなって思いますね。
時代的にも、でも、そこらへんのね、年齢的にどれぐらいであったかっていうのはまだ計算してないんですけれどもね、
ちょっとまた時間があるときに見てみようとは思っておりますが、さっさと読んでしまわなければ。
「風の巻」第二章:強みの太刀
と思いながらですね、風の巻の第2章ですね。
他流において強みの太刀ということ、というところに入っていきます。読んでまいります。
他流において強みの太刀ということ。太刀に強き太刀、弱き太刀ということはあるべからず。
強き心に手握る太刀は悪しきものなり、荒きばかりに手は勝ちがたし、また強き太刀といいて人を斬るときにして無理に強く斬らんとすれば斬られざる心なり、
試しものなど斬る心にも強く斬らんとすることあしし、誰かにおいても敵と斬り合うに弱く斬らん、強く斬らんと思うものなし、ただ人を斬り殺さんと思うときは強き心もあらず、もちろん弱き心もあらず、敵の死ぬほどと思うぎなり。
ここらへんは私たちの時代のものには理解しがたい部分ではありますよね。強くとか弱くとか、そういう次元の話ではないということですよね。
続きます。
これは現代の我々の剣道にも通じるところがあると思いますので、訳文の方をちょっとだけ読ませていただきます。
2位ですね。
ごめんなさい。
ここでしょうか。
ごめんなさい。
なかなか訳文が見つかりません。
誰であれ、敵と斬り合うとき弱く斬ろうとか強く斬ろうとか思うものはいない。ひたすら敵を斬り殺そうと思うときは強く斬る心でも、もちろん弱く斬る心でもなく、敵の死ぬほど愛というものである。
強い太刀で相手の太刀を強く叩くならば、張り合いすぎて必ず悪いありようになる。相手の太刀に強くぶつかると己の太刀も折れ砕ける。それゆえ、強い太刀ということは兵法にはない。
力が張りすぎている場面というのはありますよね。そういうことの今しめなんでしょうか。
他人数の合戦においても、原文の方を読みます。大分の兵法においてもその理あり。
同じくは、人数高きをもって敵を屋庭に使用し、即時に攻め潰す心を兵法のせめ。
世の中の人のものをしならうこと、平然も受けず、かわいつ抜けず、くぐつつ、しならえば心、道に引かされて人に回される心あり。
兵法の道、すぐに正しきところなれば、正しき利をもって人を追い回し、人を従う心寛容なり。よくよく義務あるべし。
難しい言葉が出てもありますので、訳を読んでみます。
他人数の合戦においても、強い軍勢を持ち、合戦において圧勝しようとすれば、敵も強い軍勢を持ち、圧勝しようと思う。それは味方も敵も同じである。
ともあれ、勝つには勝つ利がなくてはならない。我が二天一流の兵法の道は、少しも無理なことを考えず、兵法の知恵の力によって様々な手立てによって価値を得るのである。よくよく考慮すべきである。
ともあれ、勝つには勝つ利がなくてはならない。圧勝しようと思う必要はない。強い軍勢を持ち、合戦において圧勝しようとすれば、敵も強い軍勢を持ち、圧勝しようと思う。
だから、目的は勝つこと、それに強い弱い、圧勝、パーフェクト、それは結果であるということなんでしょうかね。勝つ利を持て、というふうに武蔵は書いていますので。
私はこの理論で勝っているのですと、説明がつけばいいと思うんですよね。ただまぐれに勝っちゃったというのではなくて、こうだから勝っているんですよと、それが説明できなければいけないでしょうね。
ここは非常に味わい深いところでした。
本当にね、空の巻きなんか、最後の空の巻きなんかはね、本当にね、わずかなんですよね。その前の風の巻きですよね。風の巻きが9段までですよね。
ですので、まあ、風の巻きは今週中に終わっちゃって、空の巻きも終わっちゃって、みたいな感じでは考えているんですけれども、本当にご理論書、こんなに長く時間がかかるとは思わなかったんですが、最後までどうぞお付き合いくださいませ。ではごきげんよう。
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