1. まりあの日常研究/Kindle52冊め
  2. 火の巻最終回 五輪書
火の巻最終回 五輪書
2026-03-29 18:19

火の巻最終回 五輪書


---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/646768d60b5e6b2d87d53686

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

今回の放送では、日曜日の稽古や師匠との久しぶりの電話での会話について語られています。特に、力士の素振りから着想を得て、自身の稽古における素振りの重要性を再認識した経験が共有されます。後半では、宮本武蔵の「五輪書」の「火の巻」の最終章である「卒を知る」「束を放す」「岩尾の御」について解説し、その実践的な教えと武蔵の揺るぎない自信について考察しています。次回からは「風の巻」に入ることが予告されています。

日曜日の稽古と師匠との会話
みなさん、こんにちは。 日曜日はいかがお過ごしでしょうか。
私は、午前中日曜の稽古に行ってまいりまして、
中学生や高校生と稽古してまいりました。
ご高齢の方も何人かいらっしゃいました。
それから帰りまして、
先ほどなんですけれども、
師匠と本当に久しぶりにお電話でお話しすることができまして、
もう嬉しくって嬉しくって、非常に有名な方なので、
その師匠の真似はできないんですけれども、
私の教えを守っていれば、きちっと目的地まで運んでもらえるという安心感はあったんですね。
それが安心感を得られない場所とか、
そういう場所であるか否かというのは、
私の心の内だけに留めておいたんですけれども、
師匠に具体的にはどこどこということは申し上げてはおりませんが、
こういうことがありましてね。
師匠は笑っていらっしゃいましたけれども、
もう間違って電車に乗ってしまったような不安がありまして、
もう行くのはやめましたって申し上げたんですね。
そうかそうかみたいにね。
この年になってやっと素振りの重要性というのを再認識したということをお伝えしたんですね。
素振りの重要性の再認識
先日春場所前の朝稽古を見学に行って、
何百年も続いてきた同じ基本の稽古をずっと力士たちをしていて、
ぜいぜいハッハ言うまでその稽古をしていたと。
振り返って我が身に置き換えてみますと、
本当に長い間小さい頃から稽古しておりますのに、
一番大切な力士にとっての志向のような最重要課題である素振りを、
いかにないがしろにしてきたかということを師匠と話をしましてね。
先生は突然のご病気で稽古が急にできなくなる寸前まで、
素振りというのはどのようにされていましたかというふうにお伺いしたんですね。
そうしましたら毎日真剣な素振りをしていた。
それと足さばき。
足さばきと素振りは欠かさずしていた。
やっぱりね、そうですよね。
でなければあの年で圧倒的な大差をつけていた稽古なんてできないですもんね。
それでね、我々みたいなアマチュアの底辺の者でもね、
ちょっとさぼったりしましたらね、
自分の変化というのをね、感じ取るんですね。
今週はいつもの半分以下の稽古しかできなかったわとか、
家での素振りをおろそかにしたわとかね。
そういうふうな時は稽古に行って、連続で三本章分の周り稽古とかしてましたってもね、
やっぱり自分にはわかるんですね。
互角にできていた相手に線を取られるとかね。
ですので、その微妙な変化を先んじて目を摘み取っていくんだっていうふうに、
クリスチア・ノーロナウドは言ってましたけれども、
まさに本当にその通りだと思うんですよね。
加速して老化していく部分と、
それ以上にギアを入れ替えて稽古しなければいけないという状況にあるということをね、
我々は忘れがちなんですよね。
頭の中は子供時代みたいな。
本当にちょっと稽古したらすぐに上達するみたいな、
そういうふうな気持ちで日々暮らしていたなというふうに思いますね。
「火の巻」解説:卒を知る
続きの五輪の章を読んでいきたいと思います。
25段目ですね。
蚊の巻き。
25、一つ。
章、卒を知るということ。
章って書いてあるのは将軍の章ですね。
卒は卒業の卒ですね。
一平卒の卒でしょうか、ということ。
章卒を知るとは、
いずれも戦いに及ぶ時、我が思う道に至りては絶えずこの法を行い、
法の智力を得て、我が敵たる者おば、
皆我が卒なりと思い取って、
なし多器用になすべしと心得、
敵を自由に回さんと思うところ、
我は将なり、敵は卒なり、工夫がありべし。
将軍の気ぐらいで、
相手を自由に回さなければいけない。
私は、
高段者と初心者の稽古を見てみたら、
本当にその通りですね。
ほとんど動かずに次から次へと
ポンポンポンポン決めていく高段者に対して、
初心者というか若手の方は
動く範囲が非常に多いというのでしょうかね。
多分そのことを工夫があるべしというふうに
おっしゃっているんだと思うんですね。
それは合戦においても一対一においても同じだと
いつもおっしゃいますけれども、
そうでしょうね。
合戦というのがあまりイメージがつかないんですけれどもね。
同じであるというふうに
武蔵はいつもおっしゃいますけれどもね。
「火の巻」解説:束を放す
26番なんですけれども、
1つ。
塚を話すということ。
塚を話すというに、
いろいろ心あることなり、
無当にいて勝つ心あり、
また、立ちにいて勝たざる心あり、
さまざま心の行くところを書きつくるにあらず、
よくよく鍛錬すべし。
ちょっとここ難解ですね。
ちょっと待ちくださいね。
26。
塚を話すということは、
持っていた太刀を話してしまうということですもんね。
塚を話すんですから。
立ちの塚を話すありようにはいろいろあるというふうに訳してますが、
無当で勝つありようがあり、
また立ちで価値を得るのではないありようもある。
詳細を書きつけることはできない。
よくよく傾向を積むべきである。
確かに、
狭いところでしたら、
相手の太刀を避けて、
力間に入ってしまったら、
その相手の持っている太刀の腕を決めてしまったら、
その太刀を取り上げることができますよね。
その次の27段目です。
「火の巻」解説:岩尾の御
27で終わりですよ、蚊の巻き。
いよいよ来ましたですね。
岩尾の実ということ。
岩尾の実とは、兵法の道を大徳して、
瞬時に岩尾のように大きく健康になって、
どのような敵の攻撃も走行せず、
どうすることのない存在になるという。
詳しくは苦伝する。
まあ、苦伝なんですって。
ごめんなさい、今の薬文を読んでたかもわからないですね。
岩尾の実ということ。
岩尾の実ということ。
兵法を徳道して、
Lっていう字に道って書いてますね。
徳道って読むんでしょうね。
徳道して、たちまち岩尾のごとくなって、
万事当たらざる所、動かざる所、
って書いて、
苦伝って書いてあるんですね。
それはその時いらした弟子に苦伝したんでしょうね。
確かに、普通の敬古着袴、防具をお付けになったお姿と、
兵服の時のお姿とが、
全然違う感じの先生方もいらっしゃいますよね。
一旦防具を付けたら岩尾となるんでしょうね。
「火の巻」後記と武蔵の自信
後記、後記書いてます。
右、書き作るところ、
一流剣術の場にして、
絶えず思い寄ることのみ、
言い表し置くものなり、
今初めてこの理を示するものなれば、
後書きと書き紛るる心ありて、
細やかには言い訳がたし、
去りながらこの道を学ぶべき人のためには、
心印になるべきものなり。
我、若年よりこの方、
兵法の道に心をかけ、
剣術一通りのことにも手をからし、
身をからし、
いろいろ様々な心になり、
他のるるをもたずねみるに、
あるいは口にて、
いいかっこつけ、
あるいは手にて細かなる技をし、
人目に良き様にするという言い手も、
ひとつも誠の心にあるべからず、
もちろん佳用のことし習いても、
身を聞かせ習い、
心を聞かせ作ることと思えども、
みなこれ道の病となりて、
あとはのちのちまでも、
うせがたくして、
兵法の直動、
世に口、
世のすたるもと、
もといとなり、
剣術まことの道になって、
敵と戦い、勝つこと、
この方いささかも変わることあるべからず、
我が兵法の智力を得て、
すぐなるところを行うにおいては、
「火の巻」の結びと次回予告
勝つことを疑いあるべからず、
ざるものなり、
かっこいいですね。
真面武蔵の神、
春信、
正法二年五月十二日、
寺尾孫の所信政、
柴田津、
三宅門の城、
吉典、
漢文九年、
四月十二日、
四月十七日、
ちょっと今、
吉田、
柴田、
柴田、
この人間関係というのがね、
今一つ分かってないんですね。
今一つ分かってないんですね。
武蔵の直弟子が寺尾孫の所信政、
武蔵の直弟子が寺尾孫の所信政、
柴田、
三宅門の城、
吉典、
何でしょうね。
吉田始瑞文真之欽先生も
真之欽宗徳先生に
捧げた文章ですよね
吉田始瑞文君から
どうやって
また書き写されて
いろいろな
いろいろな
のところまでたどり着いてそれが 現代まで補完されたんでしょうね
すごいですよね 蚊の巻きも非常に読み応えがあり
ましたね実践的で 非常にあの最後の方なんかはもの
すごい自信ですよね やっぱり一番大切なのってどんな場合も自信なんでしょうかね
剣術が本来の道となり戦いに勝つことに少しの香りもあってはならない 我が2.1流の兵法の知恵の力を
大得し正しくまっすぐなありようを修練するならば疑いなく勝ちを得るであろう まあ訳してしまえば
ええええええ こんなあの
まあ塀な文章ですけれどもね
この後期も力強かったですよね こんななんか大雑把な読み方でしたが
蚊の巻きは非常に 私にとってはね
納得する部分が非常に多かったですね では次回から
風の巻き風ですね風の巻きに入ってまいります こちらも楽しみですよね
だからこの5つっていうのがまあ
何分あの仏教でいうその5つ にかけてあるらしいんですけれどもね
そこらへんも深いですよね では
蚊の巻きを 終わって
次回から風の巻きの方に入っていきたいとおもいます では皆さんごきげんよう
18:19

コメント

スクロール