面白い。今の話を聞きながら、まだまだいけそうな気もしたんですけども、
こんなタイミングで、そろそろ本の話にも入ってみたいな、みたいなことを思ったんですけども。
毎回この番組で、ゲストの方には、読みかけている本について自己紹介いただいたりとか、
話をしていくというところを、一つ大事にやらせてもらっているんですけども、
豊ちゃんとしては、最近の読みかけている本みたいなものを聞かれてみると、どんな本が出てきますか?
はい、そうですね。
なんか僕、ほとんど本って読みかけて放っておくタイプなので、
しばらくしてまた、縁があれば読み直すぐらいの感じなんですけども。
今手元にあるのが、さっきパラパラ読んでたのが、
これは図書館で借りてきたやつなんですけれども、
自分の図書館ですね。
観光っていうタイトルの本なんですよ。
観光ですね。
出たのが1985年ですね。
著者が細野春生と中沢新一なんですよ。
この二人が、沈道中ですよね。
二人でいろんなところを旅して回っては、そこで対談するみたいな。
細野さんと中沢さんの。
これ出たときに、自分読んだ記憶があって、
あるときふと、割と最近もう一遍読みたいなって思うようなことがあったんですけども、
増やしても見当たらず。
でも考えてみたら、図書館には絶対あるよねと思い、
図書館で借りたんですけれども、
こんな面白い想定の本だったのね、みたいに思いました。
そんな感じなんですけどもね。
その文庫になると、確かちくま文庫かどっかで出たはずですが。
そうなんですか。
この二人がそういう話、一緒にやってる本なんてあるんですね。
あるんですね。
YMOが解散してそんなに経ってない時期で、
95年ですもんね。
中沢新一もチベットから日本に戻ってきてそんなに経ってない時期という。
チベットの何とかって本とかありますよね、中沢さん。
チベットのモーツァルトとか。
チベットでしばらく密教修行をしていたんですよね。
宗教人類学者っていうんですかね、そういうような感じだと思うんですが。
カイエ・ソバージュとかも読んだ記憶がある。
そうですね、カイエ・ソバージュ代表作だと思います。
ちなみにこの本は、この観光という本はシンプルなんですけど、
本当に見る光の前、よく我々が使う観光の二文字ですね、タイトルが。
サイトシーンですね。
そうですよね。
これが85年の頃、読んだ時はどういうふうなタイミングで読んだとか記憶あります?
読んだ時はですね、YMOも好きだったし、
ちょうどニューアカデミズムブームみたいな感じで、
全然生まれてない頃だと思うんですけど。
そうですね。
浅田明なんかと一緒に中沢真一という名前も出てくるようになった。
アカデミズムがトレンドになっちゃうというですね。
そうなんですか、そうなんだ。
そういう時期だったんですね。
へー、そっかそっか。
その頃に読んだ、今から40年ぐらい前の話じゃないですか。
これを最近読みたくなったっていうのはどういうことなんですか?
最近読みたくなったのはですね、
これは図書館を辞めてから仕事柄もあるんですけども、
いろんなところを旅に出るようになり、
その中でちょっとここ行ってみたいよなって、
まだ行ってないけど、行ってみたいよなっていう土地とか、
もう一度行ってみたいなっていう土地って結構あるんですね。
で、それが例えばこの本に載ってるやつだと、
天川とか都学誌とかは行ったことがない。
なるほど。天川村田奈良の方ですね。
そうですね。行ったことがあるところとしては、
豊川、豊川稲荷のある豊川とか伊勢とか富士とか、
そんな感じなんですけれども、
どっちかというと今でいうとこの聖地巡礼的な話ではあるんですが、
本当に宗教学の人がいるから、
まさに聖地巡礼以外の何者でもないといえば何者でもないんですが、
そこに音楽関係者であるところの、
ミュージシャンである細野晴音が一緒に旅をして、
いろんな話をするっていうのがちょっと面白いんですが、
そういう土地について今興味が向かっているときに、
そういえばあの観光っていう本にはそういう土地をめぐり歩いて、
聖地とか土地が持っているその力とか、
そういったことを話をしているそんな本だったような気がしたんで、
めっちゃ面白い。そうなんですか。
確かにこの本あれですよね。
これちくわ文庫を得ている方を今ふと見てみたんですけど、
サブタイトル的に日本霊地巡礼っていう言葉が書いてますけど、
なるほどこれは霊城みたいなところをめぐっている本なんですね。
そうですね、そういうことです。
なるほど。
自分の仕事っていうのもいろんなところに新しい図書館を作ったり、
あるいは元々ある図書館の運営に手小入れに協力をしたりっていうようなことがあるわけですが、
割と新しいのを作ることが多いんですけれども、
そういうときにやっぱり割と自分の中で意識するのが、
この土地は一体何を求めているんだろうかとか、
自分とのつながりを含めて、
この土地は私に何を求めているんだろうかみたいなことを割と考えるんですね。
それは半分以上妄想なんですけれども、
でも妄想も結構大事だよなっていうふうに思っているところもあり、
そういうふうに思うようになった一つのきっかけっていうのは、
高野山がある高野町っていう町の仕事をしたときにやっぱりそういうことをすごく強く思って、
これは絶対自分はその土地で何か、
土地が持っている力みたいなものを引き出す、
手伝いをするっていうような、
そうなんだ。
こういう仕事なんじゃないかみたいなことを思ったんですね。
面白い。そうなんですか。
高野町に行ったんですね。仕事があったんですね。
高野町の仕事をしたんですね。
それも図書館だったんですか?
それはですね、最初は図書館になる予定だったんですけども、
結局法律上の図書館ではなくなったんです。
学校と公民館とその他いろんな教育施設を一緒にした建てて、
その中の図書館的な機能を一つにつなぎ合わせてやっていきましょうということで、
その他のプランニングとか立ち上げサポートをしてたんですね。
なるほど、そうなんですね。
今改めてこの観光の本をちょっとアップして表紙を見てみたんですけど、
最高だなと思って読み上げたくなったんですけど、読み上げてもいいですか?
どうぞどうぞ。
その観光のしおり、しおり、しおりじゃない、
しおりか、表紙に書いてる言葉なんですけど、
神様も地球も動き始めたようだ。
地球大変革の予兆を感じ、音楽家と宗教学者は地球を観察する対話の旅へ出発した。
0次巡礼ガイド付き。
っていう素晴らしい頭のテーマを読んでて。
そうですね。
これがあって、今まさに高谷さんの話をしてくれてましたけど、
まさにそういう礼状の場ではありますよね。
そうですね。
妄想って言ったけど、別に古代妄想的なことではなく、
むしろその中では限りなく、
自分のポジションっていうのはすごく小さくなってくるような感じもあるんですよ。
大きくなってはいけない、自分をあんまり前に出すようなことではない。
なるほどなるほど。
どういう風にしたら黒子としてその地域にとってプラスになることを、
図書館を通じてできるんだろうかということで、
直接的にはやっぱり図書館ってその地域の資料という形で、
地域の出す本とか、いろいろなメディアっていう形で、
その地域の記録や、あるいはその記録にひも付いた記憶みたいなものを活かしていく。
あるいは生きるようにしていくという、
そういう仕事がすごく重要になっていると思うので、
そういうところへ関わっていくということではあるんですけど。
なるほど。
限られたものではないけど結構そこはコアになる部分だなと、
特に地域の図書館においては。
なんかそんなことは考えながら。
そうなんですね。
そっかそっか。
なんかさっき正確な言葉で記憶できていなくて恐縮なんですけど、
この土地に私に何をさせようとしているだろうかみたいなことをおっしゃってたじゃないですか。
それを一番直近すごい考えた、もしくは感じていたのってどういうタイミングだったんですか?
トヨちゃんとして。
そうですね。
ようやくと言ったらあれですけど、
がてんが言ったことが一つありまして、
トヨちゃんが言ってくれた感覚って、
結構僕も持っているかもな、みたいなことを。
同じじゃないにせよ、全く同じじゃないにせよ、
近しいものがあるような気がしていて、
やっぱりその土地が何を願っているのかとか、
その土地がどういう場所であり、
今後未来においてどういう場所として存在し得るのか、
したいと思っているのか、みたいなことって、
すごい大事だなと思っていて、
ここなのでオブセトイ地に来て、
そういう辺をたくさん勉強、頑張ってしたいな、
みたいな気をしながら日々過ごしたりもしているし、
実際、館長工房の面接とかの最中、
その期間の最中とかも、
何なんだろう、この街って、みたいなこととかを、
いろんな人にずっと聞いてたりしたな、みたいなことは、
トヨちゃんにもあの時言ったような気がしますけど、
そういう辺りとか、
トヨちゃんと何かしら近いところがあるから、
こうやって去年から、最近知り合ったばかりというかばかりですけど、
その割にすごいたくさん話しているというか、
のかもな、みたいなことを今ふと思ったりしましたね。
前に、
3月のイベントで、
悠木さんが、
もともとのご実家で、
リングをされていてっていう話を、
ふと思い出したんですけれども、
当然、その地域について知るっていう時に、
例えば人口がどうとか、産業がどうとか、
いうことっていうのは、ちゃんと調べなきゃいけないし、
今、そこで生きている人たちがどういうことを考えていて、
何を大事にして、っていうようなことも聞いていかなきゃいけないんだけれども、
50年とか100年とかいうスパンで考えていった時には、
例えば100年先のことを考えるのであれば、
少なくとも100年は前に戻らなきゃいけないだろう、
っていうようなのはちょっと思います。
そうした時に、
何百年も前からそこにあって、
大なり小なり、
そこの例えば民族とか信仰とか、
関係者に関わってきたようなものっていうのは、
たぶん50年100年先のことを考えた時に、
そこの貴重な資源になるかならないか、
わかんないけれども、
でもなる可能性はすごくあるし、
むしろ生かしていくべきものなのかもな、
っていうふうには思いますね。
なるほど、確かに。
今のを聞いてどうしてもシェアしたくなったんですけど、
リスナーの皆さんにじゃなくて、
普通にトヨちゃんにシェアしたくなったんですけど、
トヨちゃんって沖縄の図書館って行ったことあります?
あります。
どこあたり行きました?
私が行ったのは、
相当昔なんで、
記憶にすごく強く残っているのは石垣島の図書館。
そっちなんだ。
沖縄県立も建て替える前に行っているので、
古いほうは行っています。
そうかそうか。
去年じゃない?
先々週ぐらい沖縄に帰省していて、
県内いくつかの公共図書館を巡りながら、
館長さんとか職員の皆さんとおしゃべりしていたんですよ。
その中で今の話に通ずる話を、
すごい皆さんとしたなあみたいなことを思っていて、
何かっていうと、
どういうことに気持ちを配りながら図書館をやっているのかみたいな話を聞いたときに、
かなりの割合で、沖縄の未来のためとか、
この町の子どもたちの20年後のためみたいな、
言葉を使う方が結構多かったんですよ。
それって何なのかなって思ったときに、
それと同時に皆さんが話していたのは、
この沖縄という地の共同資料をどう大事にするのかみたいな話もそうですし、
もうちょっと手前だと、
戦争のとき、1945年、
第二次世界大戦のときに沖縄の図書館って全部焼けて、
資料ってほぼほぼ全部消失しているっていう中で、
やっぱりそこから全部またゼロから作り直すみたいな、
それ以降の本を収集するのはもちろんそうですし、
それ以前なくなった本も、県外とか国外に出ている本をまた収集するとかもそうですけど、
それをいかにしていくのかみたいなことを、
結構皆さんの中に意識の中にすごくあるんだなっていうのはすごく思って、
トヨちゃんが今100年先のことを考えたので100年前みたいな話をしてくれてましたけど、
少なくともやっぱり沖縄ってそういう1945年って今から見ると、
もう80年くらい前ですけど、
比較的結構すぐに80年前まで遡って考えるっていうことを結構皆さんしてたり、
どの図書館にもそういう年表がわかりやすいところにあったりとかして、
だからというのは80年先を考えているかどうかわからないですけれども、
少なくともそういうふうに遡るという行為をすることによって、
これから未来を考えるみたいなことの思考プロセスを
結構図書館がどこに行っても感じた感じがしてて、
それを今のトヨちゃんの聞きながら、
そういう感じだった気がする沖縄図書館みたいなことを、
今聞きながらちょっとふと振り返りましたね。
私が沖縄、特に石垣島の図書館に行った時に印象に残っているのは、
沖縄の音源ですね。
地元の八重山民謡、そういったものの音源をたくさん持っていることだったんです。
パフェットテープみたいな形のものを持っていて、
やっぱり沖縄の文化の中でも、
特に音楽ってすごく特別な位置にあるような気がしていて、
そういうものをちゃんと持っているということがすごく大事で、
なかなか他の地域で、日本国内本土の他の地域で、
そもそも地元にレーベルがなかったりすると思うんですが、
そういうものをやっている図書館ってあんまり記憶に残っていなかったので、
大事なことをしているなあ、みたいに思ったのを今思い出しましたね。
なるほど。
でも豊臣さんが言ったらそうなのかもしれないですね。
僕もそんなにその県の中の図書館みたいな単位ってあんまり考えたことなかったんですけど、
今回初めて沖縄中のいくつかの図書館みたいな感じ、枠組みで行ってみたときに、
音楽もそうですし、主にやっぱり郷土系の話、この土地の話みたいなものに対しての、
やっぱり働いている皆さんへの意識の配り方がちょっとすごいなあ、みたいなことを思って、
やっぱりそういう土地からなのかもしれないし、ある意味そういう土地、
その土地がそこで働いている皆さんにそういうことを求めているというか、
のかもなあ、みたいなことを今も聞きながら思いましたね。
ついでにお話しすれば、その土地の人にとって大事なものっていうのはもちろんあるわけなんですけど、
でも同時にその土地に住んでいる人だから見逃してしまうものもたくさんあるだろうなと思って、
どういうふうにしてその外の目を入れていくのかっていうところ結構大事だなあというふうに思って、
割と愛知県で2つ目の図書館で仕事をしていたときにはそこは結構意識をしていて、
こんな面白いものがあるのに、なんで大切にしないんだろう、もっと大切にした方がいいんじゃないですか、みたいな話はよくしていたんですよね。
そういうこと、そういう役割っていうのは稀人的というか、
そういう役割っていうのは自分の今の仕事の中にはある。
稀人的にね、なるほど。
それが聖地巡礼のもう一つの意味なのかもしれませんよね。
はあ、確かになるほどね。
やっぱなんか今の聞いていて、改めて前から思ってましたけど改めて感じたのが、
やっぱトヨちゃんにワンシーズンごとにお布施に来てもらって、
ちょっと外部からの資産を3ヶ月に1回くらい入れてくるとありがたいなみたいなことを今聞きながら思いましたね。
クラクラと国会のような偉い人ではありません。
いやいやいや、本当にそういう目がないと。
ある意味僕がいるこの図書館、松本寺総は歴代館長全員公募してますし、
やっぱそういう、何で5年ごと、数年ごとに切り替えるんだっけって一つの理由としてはそれがある気がするんですよ。
やっぱ違う目になることによって全然新しい感覚を入れていくみたいな話はあると思うんですけど、
やっぱでも別にそれって館長じゃなきゃできないわけでは全然なくて。
そうですね。
本当にいろんな人たちがいろんなかかり方をすることによって別に館長が歴代変わらなくても、
別にそれをできている図書館に限らず、場所なんていくらでもあるでしょうし、
なんかそういうふうにいろんな人が新しい外から関わることによって新しい何か、
なんていうんですかね、外部からの視点が入るみたいなことが本当に大事だなって思いますね。
外部からの視点が入るっていうことでもあるし、その人が持ってくるネットワークみたいなものもあるわけですね。
それが本当に立ったネットワークに重なっていくみたいな、そういう意味もあると思いますね。
確かに、確かに。
そういう関係の網の目みたいなものっていうのが実は図書館にとってはすごく大きい財産で、
関係の網の目。
それは目録っていうふうに言われるものなんですけれども、図書館の伝統的な言葉で言えば目録、カタログなんですよね。