島根の高校を描く映画との出会い
まちほくラボの八枚おろし。 この番組はまちほくラボの提供でお送り致します。
FM八ヶ岳リスナーの皆様、こんにちは。まちほくラボの八枚おろし、 4週目パーソナリティーの森のピクロ幼稚園代表の中島久美子と申します。よろしくお願いします。
この番組は週替わりで、それぞれのパーソナリティーが未来語りをするという番組で、第4週目の月曜日が中島で、幼児教育や子育てについてのお話をしております。
私は20年前に、北都市の津金という町で、小民家、小さな小屋をお借りして、森のピクロの幼稚園を立ち上げて、野外で信じて待つ保育ということをしております。
前半、最近のことをいつもお話ししておりますが、最近、映画を見まして、よく見るんですけど、キクリン人のいるところという映画、ご存知ですか。
島根県の山というか川、海も近いんですけど、そこに善良生の高校があるんですね。そこの子たちの1年を撮ったドキュメンタリーの映画なんですけど、それがものすごく衝撃的に良くて、人生初の押し勝つかってぐらいの、
私にとってすごく強烈な映画で、私は断捨離中というか、ずっと前から物を増やしたくない人で、パンフレットとかもあまり買わないんですよね。でも、パンフレットも何冊も欲しいぐらいな感じで買ってきまして、珍しい私にしては、そんな映画に出会いました。
愛真高校の共同生活とピッコロ幼稚園
そこの高校というのは、善良生なんですよ。3職、教員の人と生徒が作るんですよ。金のお弁当箱に全員分の弁当を作って、それをひる。
全校で34人ぐらいかな。もっと定員はあるらしいんですが、面談をして、定員は欲しいそうなんですけど、面談をして、ここの学校は3年間善良生ですし、どんな基準かわかりませんが、落とす人もいるっていうね。足りないのに落とす人もいるっていうね。
いろんなことを聞いただけですごいなって思っちゃうような高校なんですね。キリスト教愛心高校といって、キリスト教の礼拝をしたり、そんな形の高校なんですけど、ホームページに見たら、人は何のために生きるのかを学ぶ。濃密な3年間って書いてあって、この言葉バキューンと私聞いてしまって。
高校生、私はバレエ部で3年間一生懸命やってたんですけど、あのエネルギーを善良生でずっと一緒に生活をしながら、彼らがエネルギーっていうのかな、あの時代をそこで過ごす。
人は何のために生きるのかとか、そういう理念みたいな、そういう精神が流れている3年間って、本当にどんななんだろうなって思っただけでも、何て言うんだろうな、すごいんだろうなって思うんですよね。
ざっと言いますと、いろんな話し合い、いろんなことは決まりとかは、教員と生徒が全校集会かな、みたいな形で、34人ぐらいで教員の方もいらっしゃるので、そんなに多くない。そこで決まるんですよね。
映画では、ドライヤーを寮に入れますかっていう話し合いとかしていて、30何年目の学校なので、ずっと女子寮とかもドライヤーがないってことなんですよ。
今2年ぐらい前に入ったとか、監督おっしゃってたかな。すごくないですか。そのドライヤーが入らない理由が、生徒の方からオシャレを助長するのではないですかとか、何て言うんですかね、そういう話し合いがなされて。
教員の方が、洗濯も足踏みでたらいで洗濯をしていて、洗濯機とか導入したらどうですかって教員の大人の人が提案しても、手洗いが伝統なのではないですかとか、
愛いく高校らしさって何でしょうねとか、そういう話を生徒がし始めて。それでドライヤーが客家になるっていう、そういう世界があるんだと思って。
私、清らかな美しいことがみんな好きだと思うんだけど、私も清らかさみたいな、そういうところにすごい好きっていうか、惹かれまくっちゃって。
本当に、そんな高校が島根の山奥、森のところにあるんだなと思って、その話をしたら、うちの子供行ってましたよっていう人が何人もいらして、そうなんですかと思って。
今度は学園祭がありますよって教えてくださって、9月の末なんですが、この放送してる頃は多分島根にいると思うんですけど、私、その学園祭を見に行きたいなと思って。
見に行くっていうか、そこの映画に出てる子たちはもういないし、たぶん行ってもどの人が子供でどの人が生徒かって、たぶんわからないような、ピコロも同じなんですけど、わからないような世界だと思うんですけど、
たぶんそこで感じたことっていうか、空気を感じたり、私すごい偏見っていうか、すごいところっていう感じで、すごいところって変ですけど、すごい妄想が広がっていまして、
それの通りのところかもしれないし、そうじゃないかもしれませんし、そんなことはどうでもいいんですけど、真ん中の気持ちでそこに身を置いてみたいなっていう気になって、飛行機で島根まで何泊かして、それで帰ってこようと思います。
ピコロもそうなんですけど、ピコロは今預けて働くっていうお母様がね、お父様も、預けて働くっていうのが普通になっていて、それは別に個人の自由ですから何でもいいと思うし、いいことだと思いますけど、
預けないで、ちょっとは仕事をして、でも3年間子どもと向き合いたいわっていうお母様も一定数いらっしゃると思って、そういうお母様のためというか、そういう家庭の方のための縁が、やっぱり日本のどこかにあってもいいんじゃないかなっていう気持ちでずっと運営してるんですよね。
でも、愛子さんと愛子お子さんと同じで、どんどん生徒数は減ってるんです。世の中にマッチしてないんだろうなとも思ってます。
でも、そういうお母様たち、私はやっぱり3年間子どもと向き合って育てたほうがいいんじゃないかなって、もちろん当然思ってるので、こういう幼稚園をしているので、
そんな愛子高校みたいなところがあって、高校生ですからぶつかったりするんですよね。嫌な気持ちとかつらいこともあると思うし、もちろん楽しいこともあると思うんですけど、
そういう3年間を過ごす学校があってもいいし、ピッコロみたいな縁があってもいい。それが多分多様性っていうことだと思うんですよね。日本、世界かな?多様性だと思うんですよね。
そんなつもりで、ピッコロも産めんし、愛子高校に勝手に親近感を覚えて、そんなことがありました。それでは、まず今日ここで音楽を。雨ばっかり、今雨ばっかり降ってる時期で、ジョージ・ウィストンのカラマーツという曲をお送りしたいと思います。
保育の中の民主主義を考える
それでは、教育雑誌で、保育者とか親御さん、保護者の方がよく読んでいる、エディク・アーレという雑誌があるんです。教育雑誌がありまして、
それは、塩梅俊幸先生という、教育界で有名な滝尾大学かな?どこかの名誉教授の先生が編集されていて、みなさん読んでいる。その特集に、保育の中に民主主義という項目がありまして、
私、そういうの結構興味あるじゃないですか。民主主義?なんて言ってね。その投稿に、読者モニターの方がたくさん投稿されてたんですけど、その一人に山梨県の保育士の方が投稿されていて、名前わからないんですけど、
ピッコロ幼稚園に行きましたなって名指しで書いてあって、その時のことが民主主義なんじゃないかな?さすがですっていう投稿をしてくださったんですよ。
そうかと思って、そういえば、そんなことあったなって思い出しながら、今日はその話をしたいなって思います。
子どもたちが決めるバス遠足
ピッコロ幼稚園では、秋ぐらいにバス遠足に行くんですね。大型バスをチャートして。結構お金も高いんですけど、保護者の人が出してくださって、子どもたちすごく嬉しくて。
バス遠足の行き先は子どもたちで決めるんですよ。どこでもいいよって。ディズニーランドとか言うと、それちょっといけませんよって。大人の質問もございますし、本当にできないことはできないけど、できそうなことはできるので、子どもたちに任せてるんですよね。
10月とか11月なのに、プールとか言うって。プールは温水プールなんですけど、すごい寒くて寒くて、私風邪ひしちゃったことがあって。子どもたち指導されないし、管理とかされてないので、プールまだ開いてなかったんですけど、その入り口で待ってたんですよね。
そしたら脱ぎ始めちゃって。まだプール入ってない。建物に入ってないのに脱ぎ始めて、みんな水着になっちゃって。
H2差しとか準備対策とかしてたりして、私恥ずかしいと思って。まだですよって言いたいけど、ここで管理とかしちゃったら子どもたちに悪いかなと思ったりして。バス遠足もなかなか面白いというか。
それでね、誰かが迷惑。水着になった子どもたちのために誰かが迷惑とか、そういう風だったら止めるんですけど、そこに誰もいないし、本当に寒いだけっていう感じのことがございまして。
子どもたちが毎年決めるんです。毎年揉めるんですよ。朝の回で森とか川に行く、どこに行く先も子どもが決めるんですけど、それは多数決なんです。
今回のこのバスの行き先もね、だんだん狭まってきまして、迷路かプールってなったんですよ。私プール嫌だなって思ってた。私プールあんまり嫌だわって。
気持ちを残さない話し合い
私の気持ちもあるので。プール嫌だわって言ったら、子どもがそうだね、中島はそういう気持ちなんだねって言って。
気持ちはわかってくれるんですけど、全然忖度しないっていうか、中島はプール嫌なのに一票入れたら、みたいな感じでね。
全然ね、本当に本当に純粋に一票なんですよね。私はそれはとても嬉しいんですけど、プールか迷路に決まりまして。
多数決で、朝の会と同じように多数決で迷路に決まったんですよ。
そしたら誰かが迷路嫌だなって言って、多数決で決めるの嫌だなって言ったの。
でも毎朝毎朝多数決で決めてるじゃんって私思って。
それを聞いたら、毎日は毎日行けるから、多数決で今日行きたいとこ行けなくても明日行けるか。
でも、年1回のパス演則だったら、もうこれは1回だから、多数決じゃないで決めたいっていう子がいて、あ、そうかと思って。
でね、気持ちが残るから気持ちで決めたいって言われたんですよ。
わかりますか、この意味。気持ちが残る。
子どもたちは一方的に決められたり、一方的にされることを無理はダメとか言ったりして、
一方的に決められたり、誰かに強要されるってことかな。決まっちゃってるってことかな。
それはみんなの気持ちが残るっていう言い方をしてるんですよね。
気持ちが残るから気持ちで決めたいっていうのは、多分これは毎年なんですけど、
多数決ではなく、僕はこういう理由でプールに行きたいとか、私はこういう理由だから迷路にしたいとか、
でもなんとかちゃん迷路がすごく行きたい感じだからちょっと迷路に譲ろうかなとか、
でもプールだってずっと行ってないから僕はとか、でもそれはお母さんに連れてってもらえばいいんじゃないとか。
ものすごくいろんないろんな気持ちを話す。熱量が強い人に寄ったり、でも僕は寄りたくないとか、そんな話し合いを幼児が本当にするんですよ。
話し合いしすぎて、今日で決めてくださいね。バス会社の方にも行き先言わなきゃいけない日ですから、
今日で決めてくださいねって思ってて、会の会時間切れになりまして、終わっちゃったんですよね。どうするのこれと思って。
そしたら年長さんがね、年長年中、年少ってパインウサギおばけっていう名前なんですけど、
パインウサギおばけミーティングをしようとか言って、そしたらみんないい気持ちになるとか言ってね、言うんですよ。
これね、今までさんざんさんざん経験して、何回も何回もぶつかって、特にパインさん、年長組はお祭り何出すとか、お泊まり泊まるとか、お泊まりの夕食何するとか、話し合って話し合って、
みんながいい気持ちで決まったっていう経験があるんですよ。すごい自信、自信だから信じてるの。
ちゃんと話をすればみんながいい気持ちで終わるっていうね、信じてる、経験からきてる信じるなんですけど、
でも私たちもお母さんたちと振り返りがございますので、子どもたちはあっちのほうのトークであの辺でやるとか言って、
子どもたちは子どもたちだけですよ。2学期です。年少さんも全員がね、まーるくなって座ったりして、話し合いしてるんですよ。
それはね、ちょっと遠くなので聞けなかった。お母さんたちはお母さんたちで振り返るね、こっちでしてるんです。
でも振り返りしながらも子どもたちの様子が心配で心配で、本当に決まるかしら、大丈夫かしらなって感じでね、
意識を身体はそっちに向けない形で、意識をずっと子どもたちに飛ばしながら話し合いをしたんです。
そしたらある瞬間に、その集団がパーンと、はじけたかはじけたかして、子どもたちがバーンって大人の方に走ってきて、
プールに行けってーとか言って、もうはじけたパーンで一斉に走ってきたんですよ。青春ドラマみたいな。
でね、お母さんたちもみんな、私たちもみんな見て、そのね、顔がまあ綺麗っていうか美しいっていうか嬉しいっていうか、
もうね、あ、これはいい話し合いだったんだなと思って。誰かが嫌な気持ちのまま終わったとか、誰かが仕方ないから譲ったとか、
そういう感じはなかった。今までもそういう話し合いしてきたんですけど、やっぱりその時の顔っていうのはさ、
1個に決めなきゃ、早くしなきゃどうしようってなってるのに、1個に決まった。
ないないくんだけがまだ譲ってくれないんだよみたいなさ、そういう時もあったし、いろいろあったんですけど、
きっと、なんか愛のある決め方だったんじゃないかなっていう、あの決め方でこっちに走ってきたんですよね。
で、私は本当にすごいなと思って。
誰の気持ちも置いていかない社会
名称主義っていうのは多数決で決めることじゃないんじゃないかなって私個人的に思っていて、
数の原理はあるんですけど、でもなんかその話し合って、やっぱりこの両方ともがちょっとずつ譲って、
迷路、プール、まあいいかってちょっとずつ譲りながら1個の選択肢をしていくっていう。
そんな、それが名称主義ってことなんじゃないかなって私個人的に思ってます。
そのエリカーレっていう雑誌にもね、いろんな考えがあって、いろんな考えの人のことを受け入れて、
そしてみんなが心地いいように生活していく考え方って、
しょうみ先生が書いていらして、本当に、ただ強引に決めるとかさ、強引に決められたとか、
あと自分の意見を言えないとか、あとこの人の意見が強いとか、そういうことではなく、やっぱりみんなが同じ、平等、
いや私も一票みたいな、中島一票だけみたいな。
そういう中で、名称主義っていうか、平和?幸せ?が作られるんじゃないかなって、
私ずっとピッコンの運営をしていて、いろんなことを考えないと運営ってできないので、
名称主義っていうこともずっと考えてきました。で、これあってるかわかりませんが、
でも結局愛心高校もそうですが、めんどくさい。名称主義?自由?平和?
なんかめんどくさいし、遅いし、いろいろ嫌な気持ちもあったりぶつかったり、大変なことにもなっちゃったりしますけど、
でも誰の気持ちも置いていかないっていうのかな、誰の気持ちも尊重される。
だから一人一人がそこにいていいって尊重されるっていう、そういう平和な社会って、
国会で教皇採血とかするじゃないですか、ああいうの見てて子どもたちとかどう思うんだろうなと思って、
私も見てて、ちょっとかっこ悪いって思っちゃうんですよね。
そういう社会あってもいいんですけど、それを見て、見た人たちがどう社会を作っていくかっていうことだと私は思ってます。
それでは、こんな感じで、今回終わろうと思います。
子どもたちと一緒にいるには、民主主義とか平和とかいろんなことを考えなきゃなって、考えさせてくれてありがとうっていう気持ちです。
それでは、ご意見ご感想ありましたら、エフェミヤスタカタケのホームページにお願いします。
次回は10月4週目の月曜日です。
エフェミヤスタカタケ、アーカイブでも聴けます。
マチュアクラブを4週目パーソナリティ森のピクロ幼稚園代表の中島久美子でした。
それでは最後、ジョージ・ウィストンのゆりかごという曲を聴きながら終わりにしたいと思います。ありがとうございました。
この番組はマチュアクラブの提供でお送りしました。