はじめに:史記に学ぶ「究極の引き継ぎ」
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今日は、史記に学ぶ究極の引き継ぎ、
舜から禹へ泥だらけの禅譲というタイトルでお送りします。
先日、メモの整理をしていたんですけれども、このような読書メモがあったんです。
夏王朝では、舜から禹へ引き渡されるとき、数十年間試された。
その上で初めて祭事が禹に渡されたのだ。
大器を伝えるということは並大抵のことではない。
そのようなメモでした。
史記を読んだときのようですね。
そこで、今日はこのことについて少し掘り下げてみたいと思います。
引き継ぎということについてですね。
皆さんの職場でも引き継ぎってありますよね。
数日で終わるのもあれば、1ヶ月くらいかかるものもあるんじゃないでしょうか。
でも、古代中国では違ったんです。
一つの大きな役割を次の世代に渡すということのために、何と数十年も時間をかけたんですよね。
そういう例がありました。
今日は、中国最古の王朝とされるかのお話です。
伝説の西王とされる舜から禹へと、いかにしてバトンが渡されたのか。
しばせんの式からね、その思いをひもっておいていきたいと思います。
それで始めていきましょう。
登場人物紹介:理想のリーダー舜と禹
血縁を越えた禅定と荒れ狂う大害の朝鮮。
ここで2人の登場人物の紹介をします。
西王と呼ばれた舜、そして若きリーダーの禹です。
2人について少しおさらいをしておきたいと思います。
彼らは古代中国の伝説的な王様で、理想のリーダーの代名詞ともいえる存在でですね、よく名前も聞く人たちですよね。
時代はちょうどトップの人柄で国を治める時代から、血筋で受け継がれる王朝へと変わっていく歴史の大きな転換期だったんです。
まず先代の王である舜。
彼は前の王様からその徳の高さを見込まれて、血のつながりがないのに王位を譲られました。
これを禅定と言うんですよね。
実は彼は自分をいじめるような家族にすら徹底して尽くし続けたんです。
その並み外れた親孝行と人柄ということが王に選ばれる最大の決め手となったということです。
そしてその後をついたのが吾ですね。
彼こそが舜からバトンを受け取って、中国最古の王朝とされる家を建国した新たな時代の創始者なんですよね。
さて話を進めます。
実はこの二人に血のつながりはないんです。
完全にないかというと語弊があるんですよ。
四季の五帝本義とか華本義によれば、舜も吾も共に伝説の帝王である皇帝、黄色い帝と書くんですよね。
皇帝の血を引く一族だそうです。
吾は皇帝の皇孫、四世孫ですね。
舜は皇帝の八世孫とされているというわけで、親戚関係であると言えなくはないので、
直接の血のつながりがなかったかといえばなかったとは言えないのかもしれないんですけど、
親子のような直系の血縁関係による世襲ではなかったと捉えてください。
とはいえもうこれはほとんど他人と言っていいでしょうけどね。
そのほぼ他人の舜が、吾に喰らいを善状したわけです。
禹の治水と舜の試練:数十年をかけた信頼構築
舜が吾に目をつけたのは理由があります。
それは当時の国を揺るがしていた大問題、つまり洪水です。
激しい雨が降って川が氾濫する。田畑が飲み込まれて人々が家を失っていました。
この巨大な災害を止めるために、吾が選ばれたんです。
吾の父親も同じように治水に挑んでいたんですが、父は失敗してしまうんですよね。
吾は父の失敗という重い背中を見てずっと育っていたもので、
それで自分もまた荒れ狂う川へと向かっていったということになります。
故郷を捨てた30年、泥まみれで勝ち取った徳。
ここからがメモにある数十年の試練ですね。
吾の治水はとにかく徹底していました。
彼は家を出てから一度も自分の家に帰らなかったそうです。
家の門の前を3回通り過ぎたと言われているんですけれども、
中からは子供の泣き声が聞こえてきたはいたけれども、門を全くくぐらなかった。
目の前の民を救うことの方が自分の使命だと信じていたからだそうですね。
彼は泥にまみれて自分の足の毛がなくなるまで働いたと言われています。
そんな姿を王である舜は13年間ずっと見ていたんですね。
そしてこの男は本物だと判断した彼は、
吾に直接試練を与えることになるんです。
でも舜はすぐに位を譲るということはしなかったんです。
試練はなんと10年以上近く続いたんですね。
技術があるだけでは国は任せられません。
長い年月をかけて、吾の徳を試したということです。
民が心からこの人についていこうと思うまで試練を続けたということですね。
舜が吾に位を譲ったのは、
舜が治水に関わってから30年の月日が流れていたと言います。
数十年の歳月はその信頼を築くために必要だったわけですね。
大器を継ぐ覚悟:犠牲と責任の継承
歩き方が変わるほどの犠牲。大器を潰そう方の覚悟。
四季のこのお話を読むと大器を伝えるということは、
まあ並大抵のことではないなと思います。
大器とは大きな器で書くんですよね。
つまり一刻を背負うほどの重たい責任。
吾は治水の成功によって絶大な支持を得ました。
でも彼が受け継いだのは名声だけじゃなくて、
過酷な労働と割のない責任ですね。
それも一緒に受け継いでいたわけです。
彼は自分の体を酷使し続けました。
その結果歩き方まで変わってしまったと言われています。
これは道教の儀式にある特殊な歩き方ですね。
歩法の右歩というものがあるんですけれども、
右が歩くと書くんですよね。
その右歩の語源となっています。
このことは宗師とか寛否師などで語られているそうです。
それほどの犠牲を払った上で初めて祭りごとが渡されたんです。
引き継ぐ側も渡す側も双方が数十年の歳月をかけて
覚悟を固めたと言えますよね。
誰でもいいわけじゃなくて、今すぐでもなくて、
本物が本物を認めるまで時間は止まっていたかもしれないですね。
マニュアルでは伝わらない。
現代への教訓:効率化時代に器を渡す意味
効率化の時代に器を渡す意味。
さて今日は花王朝の引き継ぎについてお話をしました。
数十年にわたる試練の物語でしたね。
皆さんはどう感じましたか。
今の時代私たちは効率を求めがちですよね。
引き継ぎもマニュアル一つで済ませようとしてしまいがち。
でも本当に大切なことは言葉だけでは伝わらないですね。
共に過ごした時間、困難に立ち向かう背中、
それを見せることでしか伝わらない器というものがありますよね。
もし皆さんが何かを誰かに託そうとしているなら、
あるいは誰かから受け継ごうとしているなら、
少しだけ時間をかけてみるのもどうでしょうか。
その積み重ねがもしかしたら揺るぎない信頼を生むかもしれません。
それでは今日はこのへんで、また次回お会いしましょう。
芸スタイルでした。