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さあ、今日もやって参りまっしょい。
また今日思ったことをね、話しましょうね。 まああの
今日は、今思ったことを今話しますしね。 答えのない
ゴールのない話をしますけど今日は。 えっとね
今心の中でモヤモヤと浮かんだことを言葉にして話しますよ。 今イージーさんの配信を聞いたんですよね。
犬をなんて書いてあったかな。犬をちょっと一回見えるか。犬を
手放すのが悪ではない。思い込みで苦しみなさるなというね。 常識でね、苦しみなさるなという話ですね。
だいたいどんな話かというと、 犬を飼うと
飼えなくなる。例えばアレルギーで飼えなくなるときにね。 その子供、その犬を手放さざるを得ないとなった時に
運が悪いと、それで責められると。なんで先に分からなかったのかとね。 ドッグカフェでも行って犬と触れ合ったらよかった。アレルギーかとかなんで分からなかったんだと。
病院で調べればよかったじゃないかと。無責任だと。 いうようなことで責められるけど、それはもっと気楽にその犬を次の飼い主に
スッとね、スッと今、 それがもしかしたら言いたかっただけなんじゃないか説もありつつスッと
スッとこうね。俺だったらもうスッと渡すと。犬もスッとドッグトレーナーだからスッと渡すと。
俺だったらもうそんなものはスッと渡すところだけど、それをこうなんかこういろいろ責めたり傷つけたり、人のね、これはやっぱり良くない。常識に囚われて犬渡すの
いけないから、そこじゃなくてやっぱりスッと渡せと。 いうようなことをね。それは悪いことじゃないという。犬にとってもね
その無理してね、飼われるよりね、次の飼い主がね、見てくれた方がね、まあそれもいいと。
その方が犬にとっても幸せ。これウィンウィンだと。そういう常識でね、途中で犬を飼うのを放棄してはいけないみたいな、そういう
もちろんそういうね、ことを最初から勉強してちゃんと理解した上で飼う必要はあるけども、飼った上でね、そうした上で飼ってしまった時にね、
うまくいかない時に、スッと次の人に渡すというのもね、ひとつね、犬に聞こえたという。そういうふうなことで常識を疑ってね、
その常識に囚われなさんなよと、いうような、こういう配信を聞きましたね。
まあそうだよなぁと、それはその通りだなぁと思うとともに、僕はそこから色々連想が働いてしまって
いるわけですよね。犬はそれでそうだよね、って思う人が多いと思うんだけど、
僕もそうだなと思います。僕もあの子供の時にね、うさぎを飼ったらうちの父親がアレルギーになってね、
可愛かったんだけど、泣く泣く小学校に寄付したことがあるね。かわいそうだったけど、まあしょうがないなと思って、懐いてたんだけどね。
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うさぎなのにね、僕らに懐いてたんだよね。懐いてたんだけど、アレルギーで全息みたいになっちゃうから父親が。
で一回肺がんじゃないかと思って病院で検査までしてるんで、苦しくて、やってられないわけですよ。
今だったら吸入ステロイドかなんかをやったかもしれないけど、当時はそんなことは思わないし、
まあダメだなということで預けた。今だったら吸入ステロイドを自分やって、かわいそうだから、それで楽になるんだから、
済ませたかもね。なぜならうちの子供は犬アレルギーなのに、まあまあいけるっていうようなことで、
どうしても欲しいというから、無理やり犬飼ったら全息になりましたからね。だけど、もうその子が犬を欲しがってるから、もう絶対に手放さんというから、
まあそれもかわいそうだし犬も、そういうことでよくわからない、ステロイドを吸いながら犬飼ってるというわけわからないことになってますけど、
長男の時だったら絶対やらないですけど、そういうの。何して3なんですから、一番ちっちゃいやつ、あれが犬がどうしても欲しいって言って、
そこの希望で飼ったらそいつがアレルギーっていうね。他にも、長男もアレルギーなんだけど、他はアレルギー軽い。そいつだけ全息みたいな。
まあまあ、そのようなことでね。まさにそれで、うちは飼ってるわけですけど、なかなか難しいとこですよ、そりゃ。
かわいそうだもんね、感情移入してるから。犬はなかなか感情移入させる動きをしますからね。
ということで、まあそういうようなことで、そういうふうなね、なんだけども、
僕の外来にはですね、いろんな人が来ますけど、
まあやっぱり少し発達のズレがあったりとか、知能が少し低めの人、それが重なってきたりした人の中に、
えっと、やっぱり予測がね、未来の予測があんまりつかないっていう人がいるんだよね、やっぱ。
僕らだってそうなんだけど、僕らに比べて短いっていうね。僕らだってそんなに遠くが見えてるわけではないですよね。皆さんだってそうですよね。
でも人それぞれだと思うんだけど、それがやっぱり、健常と言われてる人たち、健康だという普通の人たちと言われてるような人たちに比べてやっぱり短いんですね、見える距離が。
なので何が起こるかっていうと、えっとね、あんまり考えもなしに犬を飼っちゃうっていうような勢いで、考えもなしに子供を作っちゃうんですよ。
で、生まれてくるですよね。そりゃ生まれてきますよね。そうするとね、能力的に育てられないわけよ。
もうそれは本人はできるって言ってるけど、それはもう、なんていうかな、僕ら見たらそれは無理でしょって思うわけですよ。
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だって、ね、仕事もできてないしさ、学校も通えたことがないしさ、それはその仕方がないことかもしれないけど、
社会とうまく合わないんだからね、それはだからサポートしてあげるしかないとは思うんですけど、
まあでも、子供を育てる能力はちょっとないよねって思う人たちはいるわけですよね。子育てって大変だもんね、ちょっといろいろと。
なんだけど予測がつかないんですよ。そうするとね、当然育てられないですよ。
そうするとそれがね、えっと、まあ、児童相談所を介して、そういう施設に預けられるわけですね。
で、施設に預けるでしょ。そうすると子供がいなくなるよね。
とまた、そんなことは忘れてというか、覚えてはいるんだけど、それはそれっていうことで自閉症的に、それはそれ、これはこれみたいな感じで、
また次の男の人が来るんですよね。
とまた子供ができちゃうんですよ。動物ですからね。止めないと子供ができるんですよ。
で、今度はちゃんと育てるって言うんですよ。
昔と違って優生保護的な考え方は認められないので、それを子供を産むことになるんですよ。
そうするとね、最初から育てるの無理に決まってるもんだから、本人は育てるって言ってるけど、それは僕ら無理だよねって思うんで、
子供側も可哀想だから、ということで、生まれる前から、一応虐待するから結構そういう人はね、
生まれる前から病院の虐待対応委員会みたいなのが立ち上がって、産婦人科に通ってる段階からそういう話があると。
虐待対応として、市役所とかに連絡して、市役所の。
だから時に怒ったりする人がいるよ。まだ何も起こってないのに虐待の関係の市役所の人が来たりするからね。
それは怒るよね。なんで私が虐待するのよってね。まだ生まれてもないのにっていうことですけど、虐待するんですよそれはね。
その人には見えてないけど、こちらには見えてる未来だから、それはするわねっていうことで。
虐待に至らず、その前に放棄。放棄してる本人はつもりないんだけど、
放棄してるつもりはないんだけど、ミルクもおっぱいもあげない、ミルクもあげない。
あるいは一回に生まれてきたばっかりの人に一回に1リットル入れようとしたりする。
子供がそれで肺炎をこしたりとか、入れすぎて毛ぽーって詰まったりとか、いろんなむちゃくちゃが起こるもんだから。
病院に連れてきて、そこでまた持双が動き始めたりして、それを預かるんですよね結局ね。
取り上げに行くわけだ、持双が。これ取り上げるのかわいそうだって言うけど取り上げないとだってね、死ぬしねと。
死なない私が育てるって言ってるけど、いや死ぬでしょみたいな。
どうして死ぬって決めつけるのよって言うけど、そりゃこちらからは死ぬように見えてるからね。
死ぬから取り上げるわね。そうすると子供いなくなるわね。
そうするとそれはそれで外れてですね。
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また子供ができるんですよ、また別の男の人との間に。
今度は育てるって言うんですよ。
もうそうなると無理に決まってるじゃんっていうことが繰り返されるわけね。
で、あ、5人目かみたいな。
4人施設、5人目を育てるって言ってる。
いや無理無理みたいな。
育てられるかもしれんけどさ、まあ無理だよねって言うね。
持双が動きますけどね。
さあ、そのさ、気楽に子供を。
まあとりあえずさ、やれるかわからないじゃん。
これが一番極端な例だけど、これの軽いやつどうですか。
これの1例目。
これね1例目、今ね4例ね、捨ててるから5例目もね、子供無理だよねって。
これはもうなかなか当たり前でしょ。
当たり前中か。
さすがにこの4例だめなお母さんが、
10年の間に4人産んで4人施設に入れてるお母さんが5人目を
1人で育てられると、シングルマザーで。
あまり思わないっていうのが、
これ10人いたら10人ぐらいは
思わないんじゃない、育てられるとは思わないんじゃないかなと思うわけですけど。
これの1人目はなかなかわからない。
一応ね、それはわからないけど、
カウンセリングしてたりすると心理師は反対する人も結構いると思う。
およしなさいよって言って。
本人産まれてて失敗することもあるんですけど、成功することもあるんだよな。
知能が高い人とかで育てられん。
僕は大丈夫かなと思って、うちの心理師はやめた方がいいって言って、
止めてた人が産んで、すっかり産んで、ちゃんとしっかりお母さんやってる人いますから、
意外といけましたね、先生とか言って、心理師の人は。
いけたね、つって。
喉が相変わらずダメですけども。
そういう例もあるんですよ。
最初はわかりにくいわけ。
その時に、常識にとらわれず、一旦産んでみて、
ダメだなと思ったら次育ててくれる時点にスッと預けるっていうね。
そういうのもいいんじゃないの?っていう風に言えるかどうかっていうのがあるなと思ったんですよね。
これは連続的な話だと思うんだよな、実は。
犬と人間は違うでしょっていうのは簡単なんだけど、もちろんそんなに連続的ではないんだけど、
でも完全な断属性はなくて。
じゃあこれはどうですかって話ね。
これはダメだって言うけどさ、本当にそうかな?
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だったらさ、本当にダメだって言うんだったら離婚もダメじゃね?
でも離婚の時はこの理屈使うじゃん、イージーさんのさっきの。
こうやって夫婦で喧嘩してるよりは子供に悪影響だから、むしろ犬にとってもスッと別れた方が、
お父さんとかさんは喧嘩するんだったらスッと離婚した方が子供のためにもいい。
っていうエクスキューズ言えんじゃん、大体親は離婚する時。
子供のためにって言うじゃん、僕はもうあれは本当に嫌です。
本当に嫌だ。この合理化は嫌い。
これ好き好きの問題です。これ嫌いです。
嫌い。僕が子供に最大にいいことしてるというつもりはないけども、悪いことしてると思うこともある。
あるけどもそれは悪いことしてるなと思えばいいじゃん、別に。
なんで子供に全部いいことができると思うんだよ。できねえよ、そんなの。
そんな完璧な人間いねえだろ。
だから夫婦でいけるかなと予測したけどいけないことあるだろ。
スッと離婚すればいいだろ。それはいいよ。
スッと離婚する方がいいかどうかはそれぞれだと思う。
スッと離婚するパターンもあるし、何か我慢しながらやるという生き方もあると思うし、
それはいいとか悪いとかそれは分からない。それはそれぞれの判断だと思う。
だけどさ、別に子供のためにいいとかいらなくない、その言い訳。
それはやっぱり心を自分の心を守るためにね、そういうことにするんだと思いますよね。
まあでも、嫌だな。
人のせいにするのが嫌だな。
これ嫌い。
子供のためにいいから離婚しなくていいじゃん、別に。
自分のために離婚しなよ、そこは。
自分のためにして子供に迷惑かけたけど迷惑くらいかけんでしょ、それは。ごめんねと。
そりゃごめんねでいいじゃん。
ごめんねじゃすまんと自分で思ってるから、いやむしろ子供のためにとかってエクスキューズを入れるんでしょうけど、
それは汚いよ。
それは僕らが子供のために何もかもできるわけじゃないじゃん。
子供のためにはそうじゃない方がいいっていうこともあると思うよ。あると思うけどさ、
いいじゃん自分のためにやったって、と思いますね。
そこはだからまさにイージーさんの常識にとらわれるなっていうのがそのままここにも来るかなと思いますけど、
とにかくですね、というふうに考えると、
犬を飼ってすっと飼うのをやめるという判断もね、
常識にとらわれてずっと育てなきゃいけないというふうに思いなさんなというのはその通りと思うんだけど、
さあこういうどうですか人の場合だったらどうです?これ連続的だからね。
いや人はすっと捨てちゃだめ。犬はすっと捨ててもいい。本当にそうかな。
っていうね、という僕らはなかなかその、
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それで悩んでる状態の人がいたら僕はどう言いますかね。
その人にすっと子供捨てなさいやって言いますかね。
じゃああなたは親なんだから苦しんでも死んでも子供を育てなきゃいけない義務だって言いますかね。
皆さんならどう言いますでしょうかね。難しいでしょ。
というね難しい舵取りをしながら生きているんですよ。
あの精神科医は面白い仕事でしょ。心理師とかね。
だからちょっとたっかんした感じで知ったこっちゃねみたいな顔する精神科医が多いけど、
まあ知ったこっちゃないんだよな僕らだけどね。他人のことですからね。
というどっかスタンスがどうしても僕らには出てくるというかそれが必要なことだったりするんですよね。
というのもねこういう現場の僕らの問題を少し聞いてみるとちょっとそういったことも伝わるのかなと思ってちょっと話をしてみました。
イージーさんの話をきっかけに少し話が考えが膨らんだのでちょっと言ってみました。
まあいろんな意見はあるでしょうね。どれが正しいということもないと思いますね。
そんなのがあったら僕らいらないんだよ。正しい答えがどっかにあるんだったら僕らがさ、心理師とか僕らがさ、
カウンセリングとか診療とかで介入する必要がないんだよ。正しいことが決まってるんだから最初から。
よく言うんだけどさ、お母さんとかお父さんとかがさ、子供の問題で病院に来たときにさ、
親としてどういうふうに言ってあげればいいですかっておっしゃる人が結構いるんだよね。
ここは親としてはこうはっきりダメだと言った方がいいんですか。
それともそれはあんまりパッと跳ねずに受け入れて様子を見た方がいいですか。
ダメだ、それはダメだと言って子供に叱った方がいいですか。
それとも叱らずに受け入れた方がいいですかっていう人がいるんだけど。
大体においてそういうことを言ってくる親は責任を負う能力が低くて、
その人に足りないのは、その親に足りないのは、親がすべきことは叱ることでもなく、
ただ子供を受け入れることでもない。
その親がしないといけないのは、ここは叱るべきなのか受け入れるべきなのかを考えるという、
親としてしっかり悩むということが足りない例が多いよね。
あなたに必要なことは、今それを専門家っぽい医者とか心理師に聞くことではなくて、
あなたがこれをどうなのかなと考えること。
それが親として一番必要なことなんじゃないって。
その思い悩んでいる、どうしようかなって考えてあげることが、
親として大事なことじゃないですかって、そこから逃げないでくださいっていつも思いますね。
それでは、さようなら。
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