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みなさま、こんにちは。 まだ夜が明けないうちに、朝の散歩に出かけます。
一番初めに、靖畑におはようございます。 今日は静かな一日になりそうだなぁと感じながら、
次は、日本一の富士山。 明けない夜はない。
有名な言葉通り、うっすらオレンジ色を背にし、静かな迫力を感じます。
自然に手が合わさり、ありがとうのご挨拶です。 一見だけ、明かりが灯っているお宅があります。
きっとお子さんのお弁当をお母さんが作っているんだろうなぁと、想像を膨らませています。
ある時、娘たちに聞きました。 お母さんのご飯の思い出は?
毎日のお弁当に入っている卵焼き と娘たちは答えてくれました。
私の中でのレパートリーは、かなりのものがあっただけに、 卵焼きかぁと思いましたが、
私も母の卵焼きが大好きでした。 卵焼きの力はすごい。
一つの卵から命が誕生するんだよと娘に言われた時は、 脱亡気分でした。
子育て中のお母様からのご相談で、 私が必ず伝えていることがあります。
それは経験からでもあります。 子供がねえお母さんと言ってきた時、
何を置いても、なあにと答えて向き合うことです。 子供のねえお母さんと言った時は、
二度とない時です。 その時の思いを満たしてあげると、子供は満足します。
そして次への成長につなげていってくれます。
ねえお母さんと言ってきたら、何を置いてもです。 本当はお母さん自身が一番、自分の話をご主人もしくは周りの人に、
ねえと言ったその時に聞いてもらえると、 気持ちが満たされることを知っています。
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後になって、 さっきは何だったの?と聞かれても、
時すでに遅し、もういい、ああそうか。 これが充足されなかった思いとなり、
後の生き方に大きく影響されることがあります。 5年くらい前になります。
かなり有名な保育園の園長さんをされている方の講演に行った時のことです。
お話が終わり、質疑応答で、 二人のお子さんを抱えていた若いお母様が、
今の自分の悩みを相談した時、
答えとして、 私には経験がないからと言い切ったのです。
私はええっと思いましたが、 その場はそれで流れました。
見ると膝に生まれて数ヶ月の赤ちゃんを抱いて、
お母様の後ろに、 2歳くらいのお子さんが片時も離れずにいました。
疲れている様子がありありと感じ取れました。
肩を落とし、会が終わっても、 そこを離れようとしない様子だったので、
思い切って私は声をかけてみました。
大丈夫?
黙って膝の上の赤ちゃんを抱きしめ返し、 後ろにいた子どもを呼び寄せていました。
こみ上げてくるものはまさに、 満たされていないお母様の思いでした。
大粒の涙がそれを教えてくれました。
少しずつお話を聞きながら、 一つの方法論を伝えました。
心配そうにお母様の顔を覗き込む小さな子どもに、
お母様を投影しているかのようでした。
やがてお母様に笑顔が見られるようになると、
片時も離れられなかったお子さんは、
お友達の輪の中にそーっと入ってきました。
ありがとうございます。
ここでニュージーランドの子育てに伝わる詩をご紹介します。
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詩人伊藤博美さん役です。
今日は私はお皿を洗わなかった。
ベッドはくしゃくしゃ。
つけといたおむつはだんだん臭くなってきた。
昨日のこぼした食べかすが床の上から私を見ている。
窓ガラスは汚れすぎてアートみたい。
雨が降るまでこのままだと思う。
人に見られたら何と言われるか。
ひどいねとかだらしないとか。
今日一日何をしていたのかと。
私はこの子が眠るまでおっぱいをやっていた。
私はこの子のためにおもちゃを鳴らした。
私はブランコをゆすり歌を歌った。
私はこの子にしていいことと悪いことを教えた。
本当に一日何をしていたのかな。
大したことはしなかったね。
たぶんそれは本当。
でもこう考えればいいじゃない。
今日一日私は澄んだ目をした。
髪のふわふわなこの子のためにすごく大切なことをしていたんだって。
そしてもしそっちの方が本当なら私はちゃんとやったわけだ。
ありがとうございます。
娘たちの子育てにおいても同じようなことを言っていました。
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ほこりで死ぬ人はいない。
茶碗を洗えなくても紙皿がある。
イカ用にでもなる。できる。
だけど一番身近にいる人に伝えなければならない。
すごく大切なことをしていたんだって。
ありがとうございます。