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みなさま、こんにちは。 落ち葉の季節になりました。
一つだけ、この時期だけの楽しみがあります。
それは、夕方の散歩にあります。
落ち葉の葉の上を、わざわざ歩くのです。
カサカサ、カサカサ。
このカサカサの周波数が脳を刺激し、
癒し効果があると知った時から、
落ち葉の吹きだまりを、わざわざカサカサっと歩いています。
庭の木々の葉も散り、
木の葉のベッドの上で、ふくくんがお昼寝をしています。
もしかしたら、感じているのかも。
先日、お天気がとっても良い日に、
芸術館賞に行ってまいりました。
そこの美術館の一角で、
半身麻痺、左手で絵の製作をされた方の作品が展示されていることを聞き、
一目見てみたいと思いました。
山梨日々新聞でも紹介されていました。
2011年に脳梗塞になりました。
リハビリをすれば治るものだと思っていたそうです。
結局、右半身の麻痺はそのまま残ってしまいました。
絵との出会いはデイサービスでした。
経験はなかったが、絵手紙を学んだことで次第にのめり込んだそうです。
曽根さんは言います。
絵を見て喜んでくれる人がいることが嬉しい。
利き手と逆の左手で絵を描く曽根さんは重ねて言う。
努力すれば何とでもなる。
そして生きる証として、
多くの人に見てもらえる機会にしたいと、
使えない手を使えるように努力することではなく、
使ったことのない左手を使えるように努力した曽根さんです。
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ありがとう左手。
左手に思いを託して。
作品のテーマです。
この美術館、清風美術館は
笛吹き市一宮町のぶどう畑の中にある小さな小さな宝箱です。
来館されると思いのおもてなしで歓迎されます。
そもそもこの美術館は人の思いで作られています。
思いの伝承をされているのがそこの管理をされている方です。
能科学で言うと、左脳は右手を司どり、右脳は左手を司どります。
絵を描くことは右脳です。
右脳の活性化を務めることで、左手が活性化してきます。
使っていなかった左手は、機能は健在です。
だからその訓練、つまり機能訓練をすることによって、思ったことは思った通りになっていくのです。
曽根さんの絵を描きたい、喜んでもらいたいといった思いは右脳です。
左手につながっているのですね。
正直一番私を突き動かせたのは、ある方の存在でした。
同じような病気になり、現在進行形で頑張られています。
その方も左手で絵を描き、時々パソコンで送ってくれます。
だんだんと腕を上げているのが、そして努力しているのがその絵から感じられます。
病気になる前、意識の勉強を深くされた方です。
脳のシナプスをつなげるにあたって、丁寧に自らその行為をしていく上で、私が言う言葉を感じながら訓練しました。
なせばなる、なさねばならぬ何事も。
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これもまた認知行動ですね。
ここで詩をご紹介させていただきます。
1975年4月、体の不自由な子どもたちが集う、タンポポの会が綿帽子コンサートを開き、
安文くんの詩が披露されました。
コンサートはテレビ、ラジオでも取り上げられ、森雅子さんが安文くんの詩を歌いました。
私の息子、ありがとう。ありがとう息子。
あなたの姿を見守って、お母さんは生きていく。
悲しいまでの頑張りと、人をいたわる微笑みの、その笑顔で生きている。
脳性麻痺の我が息子。
そこにあなたがいる限り、お母さんの心を受け止めるようにして、
安文くんは、先に作った詩に続く詩をまた作りました。
ありがとうお母さん。ありがとうお母さん。
お母さんがいる限り、僕は生きていくのです。
脳性麻痺を生きていく、優しさこそが大切で、悲しさこそが美しい。
そんな人の生き方を教えてくれたお母さん。
お母さんがそこにいる限り、このコンサート後、
突然安文くんは天国に行ってしまいました。
横になっていて、枕が顔を覆ってしまったのです。
安文くんの先生、この本の著者の河野勲さんは、
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復刊にあたって、あの子の死は障害者がごめんなさいなんて言わなくても済むような
世の中であってほしいというメッセージを残しています。
さらにとっても大事なこと、気づきも、
年をとると足腰不自由になって、車いすが必要になったり、
斧忘れをしたり、健常の人もやがて障害者になるのです。
だから安文くんは私たちの先輩なんですと。
ありがとうございます。