お便りをいただいております。読み上げます。リスナーネームは、さちぴとさっぴさんからのお便りです。
今日はですね、17時51分、夕暮れ時の近所の森を歩きながら、まあ今日も今日とて誰も歩いていないので、喋っていこうかと思います。
アンディさん、こんばんは。 こんばんは。
アンディさんのMCと聴き手の文章を読んで、ふと疑問に思ったのでお便りしました。
はいはいはいはい、心当たりがあります。
MCと聴き手に関するポッドキャストのですね、についてのものを書いた覚えがあります。
アンディさんは現在ロングポスト以外で、魚会議とオンエアドゥの2つの番組に出演されていますが、
魚会議とオンエアドゥとで、それぞれトークの展開や合図の仕方なども意識されているのでしょうか。
企業案件としてしっかり台本や構成などがあるオンエアドゥでは、サブMCとしての質問や合図を意識されたり、
台本はあまりなく、親しい間柄の方と語り合う魚会議では、トークの展開や細かな合図の種類などはあまり意識しないなどなど、
大きく個々となる2つの番組の制作やトークの仕方、違いについて、アンディさんならではのお話、ぜひ聞きたいです。
また、アンディさんが時々おっしゃるトークレベル、あれ?というのはどういうことなのでしょうか。
同じフィラーが連続しないなど、私は2番組とも大好きで本当に毎週楽しみにしています。
小永和の魚のみ会議、魚会議のイベントもいつか参加してみたいです。これからも応援していますとのことです。
ありがとうございます。
めちゃ聞いてくださっている方ですね、もちろん認識しております。
さちぴとさっぴさん、いつもありがとうございます。
えーと、まあ過去、僕が初めてやった番組、みもりラジオも入れると、
あとあれですね、ゲストとして大呼ばれした番組とかも入れると、
僕が過去喋っているポッドキャスト音源というものは、いったいいくつあるのか、ちょっともうわからない領域になってきているんですが、
聞き手、聞き手としての役割をやるよっていうことが僕は多くてですね、
ただまあそれもずっとやっていると独自の聞き手としての動き方とか考えているものがめちゃめちゃ溜まってくるわけですよ。
あるいはそれを意識していろんなポッドキャストを聞いて、この番組はこのように僕には聞こえるなとかね、
だから僕はこうしようみたいなこととかは日常的に考えているわけなんですよね。
ということで、僕が気づきを自分のサイトにメモをするという習慣が今はあって、
そのメモはもう全世界にウェブサイトで公開しているし、リアルタイムで僕が書いた側から更新されていくっていうすごい独創的なウェブサイトを作っちゃっているので、
誰でも今日の僕がどんなメモを今書いているのかはもう見られる状態にしちゃってるんですけど、
それで多分見てくださったんだと思います。僕のサイトで多分見たんだと思います。
そしてちょっと改めて、魚会議オンエアでトークの展開や合図の仕方なども意識しているのか?
お答えとしては、はい、意識しております。すごく。すごく意識してますね。
もちろんその通りです。企業案件としてしっかり台本や構成などがあるオンエアドゥ、
それからそういったものが特になくオリジナルでやっている魚会議、全然違うところがいろいろあります。
そうですね、どこからちょっとこれ本当に喋ろうとすると本当なんだろう、授業みたいになっちゃうし、
文量も多すぎるから、どこをどう喋ったもんかっていう感じですけど、
そうだなぁ、 例えばこれは僕がミモリラジオをやっている中で身につけたということなんですが、
まあというかやってみたらできたことを、 それを磨いていったみたいな感じなんですけど厳密には。
台本があったとして、あるいは過去に同じおしゃべりを聞いたことがあったとして、
同じ内容のおしゃべりを聞いたことがあったとして、 同じ話をもうすでに知っているはずの話がもう一回出てきても、
ここはなんか新鮮なリアクションができるというか、 その新鮮なリアクションというのが演技じゃないんですよね、これが。
すごい変なことを今から言うんですけど、
本当に初めて聞いたなぁというような考えを感じます。
で、そこから一瞬続いて、あ、そういやこれそうだよねみたいな、
その内容を正確に思い出しながら、 目の前の人が喋ってくださっているくれている内容と照らし合わせて差分を見つけるんですよね。
100%一致することってあんまないんで。
で、5%だろうと10%だろうと、過去喋ってた内容と今まさに聞いている内容の違いがあるはずで、
まあそのCD再生してるわけじゃないですからね。 その差分、
その5%10%の初出情報とか喋り方とか、そういったものって完全に初めて出てくる情報だから、
これは完全に新鮮な情報として、新鮮にリアクションができる、みたいな感じのことをやってます。
ちょっとこれ意味はわからないと思うんですけど、僕もよくわかってないです。
うん、なんか、呪術回線読んだ方は、
五条悟が脳の一部を破壊しては復活させながら、そうすることで、
なんだっけ、術式を、まあいっすね、技をもう一回使えるようになるみたいな、そういう荒技をやってるみたいなシーンがあったりするんですけど、
そんな感じです。聞いたことある話なのに、そういう記憶している部分が、聞いてる瞬間はもうなんか消去されてるみたいな。
で、聞いた瞬間、ああ確かにそうだよね、みたいな感じで、
知ったかとも違うんですよね。で、過去に聞いた内容と今聞いている内容の間に生まれている差分、違いっていうものに対しては、もう100%ピュアにリアクションができるから、
そこをきっかけに、本当に素でリアクションしていると。
台本を100%理解しているのに、素で驚くという不思議な現象が起きるわけですよ。
これなんですよね。
ポッドキャストって、ごまかしたり嘘ついてもすぐバレるメディアで有名なんですよ。
棒読みになってるなーとか、そういうのとか代表的ですけど。
まあだから、そうですね、その下手な小細工というか、
台本で知ってるんだけれども、わー知りませんでした、みたいな感じのことをやっても、
すぐバレちゃうものなんですが、なぜか僕は記憶を飛ばして喋る。
その場で瞬間的に復元するみたいな、よくわからんことをやっています。
っていうのが例えばあるでしょ。
それから、そうですね、ポッドキャストのいいところとして、生放送じゃない、生配信ではないので、
仮にもし万が一、まずいことを言っちゃったりとか、これちょっと誤解されたりとか、
リスナー目線から見て普通にピンとこない発言とかがあったとしても、カットできるんですよね。
そこカットできるという安心感が、僕にとってはすごく面白く思っていて、
しかも動画とはまた全然違うカット編集上の特性がいろいろあるんですよ、音声オンリーの世界って。
だからその音声だから、音声だけしかないからこそできる編集方法、編集手法というものがいろいろありますというところも面白いんですけど、
要するにだからこそ、喋りが達者じゃない人も面白い作品を作ることができるようになるっていうところにすごく僕は魅力を感じているので、
だからもともと喋りが達者な人用のお喋りよりも、この人本当は面白いのにみたいな人のお喋りの方がね、
僕は編集者としては燃えるんですよね、ディレクターとしては燃えるんですよね。
ここにポッドキャストのメディア特性をかけてこそだろうみたいな、このレバレッジのかかり具合っていうの。
喋りが得意な人に対してポッドキャストならではの編集技法を当てはめても、面白さが1.1倍とか1.2倍にしかならない、それでもすごいですけどね。
ところをお喋りがいまいち得意ではないという自己認識なんだけれども、すごく面白いものを持っている人に対して、
ポッドキャストのメディア的な特性を当てはめた時の期待値が例えば3倍に跳ね上がります、この人の面白さがみたいな。
200%プラスして300%になります、ポッドキャストのメディア特性を掛け合わせることで、
っていうところにやっぱテンションが上がるっていうところがありますので、
何の話だったっけな、そう、だから編集、そういった編集というものを前提としたお喋りというものをもちろんやってますね。
私、なんだっけ、僕が喋る相手の人に対してはそのような前提で何喋っても大丈夫ですっていう前提のもとで喋っていただくということはすごくこだわっていますね。
これは本当に例外なくこだわっているなぁ。
で、あと、トークレベルね。
トークレベルっていう言葉ではあんまり言った意識があんまりないんですけど、
そのような概念、そのような意識、そのような概念というものは持ってますね。
言ったら聞き手どうって言ったらいいんでしょうか。
例えば、そうだな、インタビュー系のポッドキャストがあまり僕はたとえばしっくりこないんですよ。
その初めて出てくる情報を扱うポッドキャストにしても、やっぱり対談であってほしい。
インタビューと対談は違う。
じゃあそのインタビュー、あまり面白いと思えないインタビューではなく、面白い対談を構成する聞き手というものはどういったものか。
そういったサブMCはどういったものかっていうことを例えば考えていくと、そうですね。
なるほどで、細かいところを言ったらもうキリがないんですけど、
例えば、なるほどで会話を終わらせるのは良くない場合がある。
終わらせてもいいんですよ。終わらせてもいいんですけど。
なるほどで会話を終わらせると、
うーん、何でしょうね。
雑誌のインタビュー記事としては良かったり、あるいはシンポジウムの場の司会者としては良かったりする場合が多いと思うんですが、
ことをポッドキャストにおいて、なるほどで会話を閉めちゃうっていうのは、
大富豪でいうハチ切り、地域によってはヤギリって言いますけど、みたいな、
そういう会話を強制的にバツッて切って流してしまったなぁみたいな、
そういう感覚をリスナーとして抱くことがままあるんですよね。
だから、薬と同じで、用法、用量を守って適切な量で使っていくっていうことを、
例えば、なるほどっていう言葉については、言い方もですね、大事にした方がいい。
僕ももちろん言いますよ、なるほど。なるほど言うし、
僕はよく言いがちなのは、はいはいはいはい、これは言いますね、最近ちょっと多すぎるから減らしてこうって思ってるんですけど、みたいなこととかです。
で、大事なのは、あくまでこれはほぼ全て、
リスナーさんの耳とかをベースにした感覚的なお話なんですよね。体験上の感覚的なお話なんですよ。
だから、唯一絶対の真理とか、方程式みたいなものとか、絶対この値にしたらいいよっていうものはないんですよね。
うん。プラス、音楽に例えるとわかりやすいんですけど、ジャズみたいなポッドキャスト、ロックみたいなポッドキャスト、アンビエントみたいなポッドキャストっていうものがあるんですよ、ポッドキャストにも。
だから、アンビエント系でいい、ハマっているポッドキャストがロック的なことをやっても、
いまいちチグハグだったりとか、その人のキャラにマッチしてないとかね、ことはめちゃくちゃある。
これはその、その人一人、同じ人物だったとしても番組の状況によって全然変わるわけですね。
だから、魚会議の僕と、オンエアドゥーの僕、それから見守ラジオの僕、そしてこの今一人喋りで歩きながら喋っているロングポスト中の僕っていうものは、
キャラ、喋り方、会話のトーン、いろいろちょっと違うはずです。
まあ、文人主義とかね、そういうのを指す言葉もあるけれども、つまりはどういう番組にしていこうかなっていうところを考える番組のディレクションをする。
ディレクションっていうのは、映画でいう監督みたいな立場なわけなんですけど、時にはその全体を抑えた上で、全体を捉えながら調整していく必要があるわけなんですよね。
そうなんですよ。だから、オンエアドゥーにおける僕は、オンエアドゥーにおける僕として考えられた僕だし、魚会議における僕は、魚会議における最適な僕で、いうところはあります。
まあ例えばね、魚会議なんてあれ、毎回お酒飲みながら喋ってますしね、台本もないし、
りゅうたさんがたまに口を滑らせてやばい発言をしたりするので、そういうところはカットしたりするし、
まあまああとはそうだな、ビールの缶を机に置いた時のゴンっていう音、あれも消したりするし、たまに疲れちゃってやってないけど、
なんかそういうところがあったりしますね。
ポイントは、そこに僕は不満は全くないし、それでこそ魚会議だ、例えばですよっていうところで、
これが、そういったある種のノイズが全く起きないような、FMラジオのスタジオみたいな場所、きれいに整えられたマイクとヘッドホン、ヘッドホンもつけるんですよ、FMのスタジオって。
きれいに印刷された、プリントされた台本、台割りがあって、生放送のライブとしてしゃべる、はいオンエアですみたいな感じの、あのラジオブースの中で魚会議できないんですよね。
できない、絶対に難しい。
魚会議はそういった意味で、宅録でお酒を飲みながら台本なしで魚のおしゃべりを、魚を身近に仕事をしている人たちとやることによって初めて成り立つ番組だし、
僕もそのシチュエーションに、そのシチュエーションにおける一番良い、それはその番組として見たときに良くなるだろうなというおしゃべりをやりに行ってるっていうところですね。
そう、そんな感じですかね。
そこがチグハグになっていると、ポッドキャストとして聞いてて、ううって思うことがまあまあ起きたりするし、
そこを踏まえた聞き手としての振る舞いっていうところは非常に重視しながら、僕自身どうやったらより良いものになるのかなっていうことを日々考えております。
じゃあ最後にちょっとここまで聞いてくださった人の中には、もしかしたらポッドキャスターさんあるいは未来のポッドキャスターさんもいるかもしれません。
基礎的なことを、チップスを何個か最後にシェアして終わろうかなと思います。
そうですね。
じゃあこれはあれですよ。僕のような、いわゆる知識といったものに近いテーマで喋っているポッドキャスターの聞き手というものを前提に喋りますね。
これ今音楽でいうジャンルのようなものを決めている話です。
これはダラダラ雑談系とか癒し系とかとはちょっと違うよっていうところを前提として聞いてくださいね。
まず、同じ合図値を連続で2回使うのは僕はやらないようにしてます。
例えば、さっきのなるほどで行きましょう。
Aさん、メインMCの人が、なんたらかんたらなんですよ。なるほど。で、なんたらなんたらかんたらってことなんですよね。なるほど。
これはね、これは日常のおしゃべりでもやらない方が僕はいいと思ってます。
わかっている風のなるほどを連打しておけば、とりあえず相手は満足するんじゃないかなみたいな、
ちょっとめんどくさいと自分が感じてしまっているおじいちゃんに対するやりとりみたいな、そんな印象になっちゃうから、
なるほどの連続使用は良くない。
これ他の合図値でも一緒なんですよ。
はいぐらいは連続で使ってもいいでしょうね。はいとか、まあまあいいと思うけど、うんも微妙なんですよね。
使えるときはありますけど2回連続で、なんたらかんたらで、うん、なんたらかんたらなんですよ。
で、こういうことなんですよね。
まあそうですね、うんのパターンで分けたとしても、2回まではまだいいかもしれないけど、3回連続はやめといた方がいいですね。
何か喋ってくれないっていう気分になってくる。
この辺はだからテニスとかバトミントンのラリーをイメージしたらわかりやすいと思います。
ちゃんと芯を捉えたやりとり、言葉の往復が行われているかどうか、そういう感覚ですね。
そういった意味でフィラーの連続使用、同じフィラーの連続使用は控えましょう。
2回連続で使ってもいいことはあるんだけれども、そこはちょっとその場その場で瞬間的に判断しながらちょっとやってみましょうっていうのが一つ。
それからリスナー目線を持ちましょうっていう基礎中の基礎。
基礎中の基礎なんですけど、これ極めたら奥義ですからね。
基礎を極めたら奥義に達するものなので、世の中の大体のテクニック技術というものは。
だから目の前の人が言った言葉を僕は理解できているんだけれども、リスナーさんはどうかな。
わかってない人がある程度いそうであれば、すかさず注釈を入れたり、知っていたとしても知らないふりをしたりするっていうことが大事ですね。
ここの今出てきた言葉をどれぐらいの人がどう理解しているのだろうかっていう相場感。
クロニクルの野村隆文さんはこれを相場感という言葉で別のポッドキャストで表現したことがあるんですけど、
これをどう身につけるかなんですが、僕の場合は聞き手として喋っているときに心の中に中学生を飼ってますね。
僕ではない、何かしらの男子中学生ぐらいなものを、公立中の男子中学生、僕も公立中出身なので、心に置いていることが多いですね。
自分の専門分野外の話って、あんまり中学時代から進歩させる人って多くない印象があるんですよ。
だから、文系に行った人は科学についての知識が中学生止まりだったりするし、理系に行った人は文学に関する知識が中学生止まりだったりするみたいな、乱暴に言ってしまえばそのような感覚というか。
これはだから勉強の分野に限りませんよ。
自分がのめり込まなかった分野についての知識っていうものは、おおよそ中学生、中学校、2年生ぐらいの時の自分と同水準で進歩してないんじゃないかっていう感覚を僕は持っていて、
例えばエンタメ、エンタメで言うとそうだな、僕が通ってないエンタメ、なんか最近ベイブレードがすごい進化してるらしいですね。
って言っても、僕のベイブレードに関する知識は小学生で、そのところから更新されていないので、
すなわち中学校2年生段階も小学校の時と同じぐらいの知識しかなく、大人になってもう何年も経った今でも僕のベイブレードに関する知識は中学生止まり。
とか、吹奏楽、吹奏楽わかんないですね。ホルンがどういう構造をしているのか。
オーケストラの構成はどういう話なのか。バイオリンとか、いやーわかんない。わかんないですね。
これも多分僕の中学校2年生ぐらいの知識から更新されてない分野なんだなーって思います。
北海道に移住した当初の僕は森における知識もそうでしたし、魚に関する知識も魚会議を始めた当初の僕は、
おそらく中学校時代ぐらいからあんまり更新はされてないと思います。水族館で多少知ってはいたけどっていうぐらい。
そんな感じですね。心の中に特に何の専門分野も極めていなかった中学時代の自分、あるいは中学時代の公立中学校の生徒を潜ませるっていうことが非常に、
僕はまあよくやっていますね。その心の中の中学2年生が首をかしげたら聞きます。どういうこと?とか知らない。え、それ初めて聞きました。とか聞きますね。とか。
もし知ってて、これがまあ高校生ぐらいなら知ってるでしょうみたいなぐらいのお話だったとしたら、これこれこれこれこういうことですよねっていう切り返しを入れやすかったりするから入れてることが多いでしょう。
そんな感じですね。一般リスナーの目線というものは公立中の中学校2年生ぐらいを意識してみましょうっていうところ。
あとそうだなぁ。メインの人が喋りすぎっていう状況もありますね。例えば。そこの、そのシチュエーションにおいては、そのメインの人がぐるぐるぐるぐるぐる高速で口を回し続けてしまっている状況に対して、自分がギアとなって、
クーリーかな?ちょっとよくわかんないや。となって、回転数をちょっと落としてあげる役割として機能するということもあります。この回転数を落とすというものは、リスナー目線から見たときの心地よい音になるようにスピードをゆっくりしてあげるためのカットインをやるということがあったりします。
だから僕の理解で言うととか、ちょっと今までの話、僕の理解で一旦整理してみるととか、そういう枕言葉がここでは役に立ったりしますね。ただまあそれも瞬間的にやるので、よし、じゃあこういう状況になったらこういう言葉を言うぞみたいなことは考えてはいないです。