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こんにちは、Kenです。 今日はですね、教えるっていうテーマでお話ししていきたいと思います。
よくあの教えたがりの人っていますよね。 話も長くて
なんかちょっと聞いてるのつらいなぁみたいな人。 あとは余計なお世話なこと。
あんまりそれも、たとえばそれ知ってる情報だよっていうものをずっと延々と
まあ語ってる人だったりとか あとはまあ
そこはそもそもそれを目指してないんだけど、みたいな。 これやった方がいいよとかってなんかアドバイスしたり、こういうのあるよって教えてくれるんだけど
そもそもがですね、自分がそっちの方向に行きたくないみたいな時ってありますよね。 そういう教えたがりの人、なんか話が長くてちょっとつらいなぁっていう人と一方で同じ
発話量、同じ情報量だけどこの人の話めちゃめちゃ面白いなぁとか、めちゃめちゃ役に立つなぁっていう人いると思うんですよ。
今回はその違いについてお話ししていきたいと思います。 初めに言うとですね、こういう私も毎日配信したりとか、いろんな媒体で情報発信してますけど
そういうのは全然いいと思うんですよ。 いいと思うっていうのは、聞きたい人だけ聞く
あるいは読みたい人だけ読むっていう プラットフォームなので
営業とかと違いますよね。 どっちかというとマーケティング
みたいな感じ。 なので聞きたい人が聞けるような情報発信で
いくら情報を発信しててもそれは個人の自由なんで大丈夫なんですけど、今回で言うとですね、そのコミュニケーション場面において
1対1の特に、 会話するってなった時の話にちょっと限定して話したいと思います。
で結論から言うとですね、2つ軸があると思っていて、一つが相手の抽象度ですね。
相手の抽象度。 もう一つは相手のゴールですね。相手のゴール。
これそれぞれ説明していくと、まず
抽象度に関しては私の動画とかいろいろな
ところで説明してるんですけど、 まあ
犬より哺乳類、哺乳類より生物、生物より物質みたいな感じでどんどん
カテゴリーを大きくしていくのが抽象度ですね。 情報量自体は減るんですけどそれに包摂される潜在的情報量は増える
わけですよ。 例えば
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何月何日にどこどこで見た
何色のミケという猫みたいな感じで言うと、すごい限定されて具体的ですよね。
具体的になればなるほど抽象度は下がっていくので、反対に具体性が下がるほど抽象度は上がっていくって言い換えると
ポテンシャル、可能性は増えるけど確定しないっていうふうにも言えると思うんですね。
例えば何月何日にどこどこで見たミケという猫と、猫って言った場合は猫の方が
情報量が少ない、それだけだと具体的によくわからないっていうのが抽象度になります。
この抽象度が高いとですね、それは言ってることは正しくなるんですね。
つまり猫であっても犬であっても哺乳類ではない猫や犬はいないわけなので基本的に上位概念の方が
該概念にとっては全て正しくなる。なので正しいかどうかだけで言うと抽象度の高いことを言えばそれは正しくなるんですけれども
会話の場面でですね、抽象度が必ずしも高いだけでは不十分なんですね。
例えば飲み物、中身の見えないカップで飲んでいたときに、何飲んでるのって聞いたときに飲み物とか液体って言われたらそれは正しい情報を提供していることにはなりますけど
聞きたかったことではないですよね。
つまり今回で言うとコーラだったりお茶だったりアイスコーヒーだったりそういった具体的な飲み物の名前まで教えてほしいわけなんですよ。
確かに何の飲み物飲んでいるのというふうな質問じゃなくて何飲んでいるのだけだと飲み物って答えても間違いとは言えないんですけど
それだとですねちょっと意味わかんないってなっちゃいますし逆に具体的すぎても困るわけです。
例えばなんとかなんとかで生まれたなんか焙煎にこだわったブルースペシャリティコーヒーっていうカテゴリーの中であるそれの中でも特別な何月何日のどこどこの店舗で入れてもらったアイスコーヒーなんだけど
ちなみにこのアイスコーヒーってどの今度どの今度みたいな始まると情報量が今度は多すぎてそこまで切らないんだけどっていうことになっちゃいますよね。
つまりどういうことかっていうと相手の質問してる人あるいは聞き手の抽象度を見極めてそのポイントで話さないと
ちょっと疲れてしまったりあんまり話うまくないなみたいな印象になってしまったりすることがあると思うんですよ。
これがまず抽象度の軸でもう一つゴールについてはとはいえですねその抽象度が合わなかったとしてもあるいは合ってたとしても
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その質問者の方のゴールが方説されているような内容あるいはゴールその方が持っているゴールと関わりのあるテーマだったら聞きたいと思うわけですよね。
例えば何飲んでるのっていうふうに聞いたときにその聞いてる人がですねその美味しいアイスコーヒーを探してるっていう背景があったとしますよね。
それだったらさっきの説明っていうのも全然くどくないわけですよ。
情報量が増えてるけどむしろその人がその時に聞きたいと思ってた以上のことを提供できる。
その人が本当はその情報が欲しかったんだけどそのことに自分で気づいてないってパターンもあるわけですよね。
そういった場合はむしろそうやって具体的にそこまで言ってもらえると1を聞いて10答える。
つまり自分が質問という形で言語化できなかったものも含めて教えてくれる人みたいな感じにもなるわけなんですね。
つまり抽象度を見極めるだけじゃなくてその人のゴールがどこにあるかっていうのを見極めてる。
これも1個うまく教えるっていうテーマでいうと非常に重要なポイントかなと思います。
ということは結局自分が高いゴールを設定して普段から高いゴールというのは抽象度が高いゴールですね。
それに向かっていっている人間であればこれって別に特に意識しなくてもカバーできることが多いんですね。
つまり抽象度が高いゴールっていうのは多くの人のゴールを包摂するゴールになりますので
個別にもちろんこの人はどういうゴールを持っているんだろうと分析してそれに向かって話すことも重要なんですけど
例えばこれが人数が増えたときに共通点だけ下がるとめちゃめちゃ狭い範囲の話になってしまう。
ところが共通点ではないけどその人たちのゴール全員に関係するようなことを言うことは可能で
それは何かというとそれなりのゴールよりも高いゴールに関することを話せば関係するということになります。
関係するというのは要は無関係、自分のゴールと無関係の話がきついわけなので
あるいはいらないと感じるわけなのでそういうことは防げるということですね。
そうすると冒頭にお伝えしたそれ知ってるよとかそれ関係ないんだよみたいな話につながってくるんですね。
つまりそれ知ってるよっていうのは自分のゴールが小さすぎるから
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小さい限定的な範囲の話だったら多くの人がもう知ってる可能性が高いんですね。
それに関係する情報というのは。
そうではなくて自分が知らなかったそういうことだったんだっていう驚きとか発見とかがある話が教えるっていう観点では一つ重要なので
そういった面ではこの抽象度の軸とゴールをどういうゴールなのかっていうゴールの種類の軸っていうのが一個ポイントかなと思います。
もちろん情報のやり取りだけではないのでコミュニケーションっていうのは
例えばただ雑談して共感してお互い仲良くなるとか好きにするとか気分展開になるみたいなことはあるわけなので
全部が全部これをやらなきゃいけないってわけではないですよね。
ただそういった場合は教えたがりの人はそこの部分も意識しないといけないんですね。
つまり教えることが相手が望んでないときに教えようとしても迷惑なだけのことが多いわけですよね。
結局自分視点ってことになって結局それは自分視点ってことは抽象度が低いってことなんで同じことではあるんですけども
なので教えたがりの人はまず自分のゴールを更新してそこに向かっていく。
でビッグな人間になっていくっていう方が先なのかなというふうにも思いますし
でもこれ繰り返しなんですけど自分で情報発信する分にはいいんですね。
そうするとそのゴールがどこかで重なる人が集まってくるっていうことになるので
一概にこれが正しいこれが間違いとかもないので結論は自由に各々がやったらいいと思うんですけども
こういった知識も一個役立つことがあるかなと思うので今回話してみました。
私の場合はですね話す雰囲気だったり人間例えばコーチング受けようとしたときにどういうコーチなのかなっていうふうに参考になる一つの材料として情報発信しているという側面もあるので
何が学べるというよりもこういう雰囲気なんだなとかそういった非言語的な情報
あとは継続すること自体にパワーがあると思っているのでその継続しているという実績を示すために情報発信をしています。
はいというわけでまた明日も明日から土日ですけど引き続きコンスタントに更新していきたいと思います。
ありがとうございました。