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069.『予防接種について考える』part.2 わが子の命、諦めない。昭和の母親たちが起こした奇跡
2026-04-06 39:32

069.『予防接種について考える』part.2 わが子の命、諦めない。昭和の母親たちが起こした奇跡

前回に引き続き、予防接種をテーマにお話していきます。

今回の舞台は昭和30年代の日本。当時、幼い子供たちの命と未来を脅かしていたのは「ポリオ(小児麻痺)」の猛威でした。特に1960年、北海道を中心に5,000人を超える患者が発生する大流行となり、日本中のお母さんたちは「明日はわが子かもしれない」という恐怖に震えていました。

しかし、当時の日本にはワクチンがありませんでした。そこで立ち上がったのが、子供を抱えた母親たちです。「わが子を守りたい」という一心で始まった運動は、やがて国を動かし、日本医学界の歴史を塗り替える「超法規的措置」へと繋がっていきます。

今回の見どころ
* ソーク vs サビン: 不活化ワクチンと生ワクチン、それぞれの開発に込められた執念。
* 「太陽に特許はない」: 利益を捨て、人類の救済を選んだジョナス・ソーク博士の美学。
* 昭和の母の底力: 赤ちゃんを抱え、厚労省へ。ワクチンの緊急輸入を勝ち取った2,000万人の署名とデモ。
* 伝説の決断: 「責任はすべて私が持つ」当時の厚相・古井喜実氏が下した、法律を超えた救済策とは?
* 現代へのバトン: 私たちが今、当たり前に予防接種を受けられる背景にある、先人たちの闘い。
当たり前だと思っている現在の「日常」は、かつての母親たちの「叫び」と「愛」によって作られました。歴史を知ることで、予防接種の捉え方が少し変わるかもしれません。 ぜひ、昭和の母親たちの奇跡の物語を聴いてみてください。

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感想

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00:22
ようこそ、生命科学の冒険者へ。 プレゼンターのあきです。 アシスタントのとみーです。
今回からのシリーズは、予防接種をテーマにしています。 前回はですね、国民的な予防接種がどう始まったのかを知る事例として、
アメリカのですね、ポリオワクチン、ポリオについてですね、取り上げました。
アメリカではですね、市民が研究開発費を寄付してですね、ポリオワクチンの開発に成功して、
小児麻痺患者を激減させるというような成功を収めたわけですけれども、
それを前回ちょっとお話しさせていただきましたが、今回もですね、もう少しアメリカの話をさせていただいて、
その後にですね、同時期の日本の話をしたいと思います。
はい。鉄のカプセルみたいなやつ?鉄の灰か。すごかったですね。
そうですね。
今、あんな風に身動き取れない状態で人工呼吸器つけないから、すごいセンセーショナルだった、私にとって。
なんか、口から空気をグッと送り込むっていう発想じゃなかったんだなって。
体自体を陰圧・余圧で膨らまして縮こませてっていう発想だったんだなと思って、びっくりしました。
はい。鉄の灰の研究開発費とか、いろんな病院に設置されたお金もですね、
国民の10セント効果寄付運動、マーチョブダイムからですね、予算を経て行われているということですね。
それで、まだワクチンがない時代にはですね、多くの子どもがその恩恵に扱ってですね、助かったそうです。
ジョナス・ソーク博士のワクチンなんですけれども、これはですね、やはりその寄付金からですね、研究開発費が支払われて開発に成功したわけなんですけれども、
それが1955年ですね。これでワクチンの成功をしたよというところでですね、テレビ番組のインタビューを彼は受けます。
その時にですね、「このワクチンの特許は誰が持っているのですか?」というふうなですね、記者からの質問に対してですね、
ソーク博士はですね、「特許などありません。国民のものです。太陽に特許を出すことができますか?」というふうな形でですね、語ったそうです。
03:03
彼はですね、国民のお金でできたワクチンで利益を得るということを拒否してですね、特許を取得しなかったというような、そういうエピソードがあります。
ちょっとこれもね、胸厚な話かなというので挟ませていただきました。
これでですね、1938年にですね、マーチ・オブ・ダイムというですね、寄付運動が始まってから17年後にですね、誕生したポリオワクチンでですね、
アメリカからはポリオの恐怖がなくなっていくということになりましたよという形ですね。
よかった。
はい。
で、もう一つのですね、話ですね、日本の話に行く前にですね、もう一つのポリオワクチンについてちょっと紹介をしたいと思います。
はい。
これがですね、開発した博士はですね、アルバート・ザビン博士という形で、
これはですね、ソーク博士のやつはワクチンを殺した後のワクチン、ワクチンじゃなくてウイルスを、ポリオウイルスを殺した後ですね、不活性化って言いますけれども、
殺した後のウイルスの殻をですね、ワクチンとして使うというような形のワクチンだったんですけれども、
ザビン博士が開発を目指して、それで成功したものはですね、生ワクチンというような形でポリオウイルスの病原性を減らしたウイルスなんですね。
ポリオウイルスなんですけれども、そのウイルスにかかっても神経性の毒性は出ないというような、そういうワクチンになり、そういうものになります。
そういうものの開発を目指したという形で、まさにウイルスです。
ソーク博士はウイルスの、死んだウイルスをワクチンにして、ザビン博士はウイルスを弱体化させて、
弱毒化って言いますね。弱体化でもいいと思います。
させて、それをワクチンにしたと。
彼は1931年にニューヨーク大学でポリオウイルスが腸管から感染する。
口から入ったポリオウイルスが腸の中で増えて、それで感染してしまうということを証明します。
これが、彼にとっては生ワクチンを開発しないといけないんじゃないかと考えたきっかけとなります。
全然、そのつながりまだわかんない。
06:01
口から入るんだったら生ワクチンって、やぶからぼうだった、今。
ちょっと後から説明しますね。
その後に、第二次世界大戦中は、米陸軍の軍医として、日本農園やデング熱のワクチンの開発に従事して、ウイルスに対しての知見を深めていくということになります。
先に申し上げた、ジョン・エンダース、ノベル賞を取られた研究者になりますが、
非神経組織でのウイルス培養、ポリオウイルスがバイオ細胞でも培養できるということの報告を受けて、
試験管内で大規模な弱毒化実験をしようと考えます。
これはどういうことなのかというと、
ウイルスって何回も何回も細胞に感染させて、こういうウイルスができますよね。
そのウイルスをまた細胞に感染させてということを何度も何度も繰り返していくと、
そのうち、毒性が薄まった弱毒株が取れることがあります。
コピーを重ねていくと画質が荒くなるみたいな話?
そうかな。そんなイメージかもしれない。
子供ができていくに従って、毒性が抜けていくというようなことがあるんですね。
一番最初にこの現象が見つかったのは狂犬病ウイルスで、狂犬病ウイルスを繰り返し動物に感染させるということをすると、
狂犬病ウイルスにかかっているのに狂犬病にならない動物が現れ出すんですけれども、
これがワクチンに使えるなということが後々わかってくるんですけれども、
それと同じことをポリオウイルスでやろうと考えて実際に実施したということになります。
これを何度も何度も感染させて、神経毒を失わせた株が取れてきました。
1954年にその株が出来上がったので、
オハイオ州の刑務所の受刑者の方々に対してボランティアを募集しまして、
この方々に最初の弱毒株の安全性を確認する試験を実施したということになります。
ここで安全性が確認されまして、
09:01
1954年にその実験を開始したんですけれども、
1955年にはライバルのソーク博士の方の不活化ワクチンがもう既に承認されてしまいました。
ですが、サビン博士は私のワクチンの方も必要だということで開発するのをやめませんでした。
1956年になりまして、アメリカとしてはワクチンが出来上がってしまって、
それが社会一般に出回り始めていて、
どんどんみんな集団免疫を獲得していっている段階でしたので、
このワクチンを大規模に治験することができなかったんですね、アメリカでは。
もうソークワクチンが普及していたら、
わざわざ別のワクチンの安全性を試して必要ないじゃないかということだったんですね。
なので、ソ連のウイルス学者のミハエル・チマコフという方と共同で研究することにしまして、
その方にこの弱毒株、サビンワクチンを分尿しまして、ソ連で治験をしてもらうことにします。
ソ連での治験と、世界保健機構WHOの支援を受けて、
メキシコで数千人規模のもう一つ予備的な治験を実施いたします。
1959年、ソ連で大規模臨床試験が始まりまして、
1,000万人の子どもにこのサビン株が投与されまして、
それで安全性と有効性が証明されます。
今度アメリカに戻ってきまして、1960年にシンシナシチにおいて、
全市の子どもを対象としたアメリカでの大規模な地域接種を実施いたします。
アメリカでサビン株の生ワクチンが承認されるということになります。
というような形で、ついに生ワクチンも世の中に登場してきたということになります。
これですね、さっきトミちゃんが疑問に思った、
なんで腸で増えるっていうところがわかったから生ワクチンが必要なんだというところなんですけれども、
まず一つは、不活化ワクチンは血液の中で注射でワクチンを打ちます。
12:07
それはどっちも?
生ワクチンは口から食べるんですね。
だからあんまり痛みもないワクチンになります。
不活化ワクチンは注射で打って血液で分布されていく?
血液の中にウイルスの死骸が広がって、
そしたら免疫細胞たちが敵が来たぞってなって、それに対しての抵抗性を獲得します。
ただそれは血液の中で起こる現象なので、血液中にある免疫細胞は頑張って働いてくれるんですね。
でも腸にはいかない?
腸にはいかないということになります。
ただサビンワクチンの場合は生ワクチンですので、
まず口から入りまして、これはシロップの形だとか角砂糖にちょっと液を垂らしたりとかして、
それで子どもたちが甘いって喜んで食べて、
それでっていうようなワクチンなんですね。
食べるワクチン?
食べるワクチンになります。
この場合はその後でどうなるかというと、
ワクチンですが弱毒株のウイルスですので、
腸の中で増えます。
普通のポリオウイルスと同じように、
弱毒だけどもポリオウイルスなので腸の中で増えます。
そうすると腸の中の免疫細胞がやべえということで、
ポリオに対して免疫を獲得します。
要するに最初の感染経路の入り口のところで止めてくれるというような免疫が働く形になります。
もう一つすごいのは、生ワクチンがすごいのは、
早期ワクチンの場合はウイルスの死骸を注射しているというような形になりますので、
なかなか1回で免疫がバチッとつかないんですね。
なので抗体価を上げるために3回注射が必要です。
対してサビンワクチンは腸の中で増えてくれるので量がかなりたくさん入るんですね。
なので1回取れば免疫をつけるだけのウイルス量が体の中で勝手に増えていってくれるので、
十分な免疫が獲得できます。
それだけ聞くと便利と思うけど、増えすぎたら普通にポリオになるってこと?
ただ、神経に入り込んでしまって腸で増えたウイルスが血流に乗って神経細胞に入り込んで、
15:03
神経細胞を破壊すると小児麻痺が起こってしまうんだけれども、
この弱毒株は神経に入り込んで毒性を出すまでの能力はない。
だから病気にはならない。
つまりは小児麻痺が起こらない。
あと呼吸器系の麻痺とかも起こらない。
っていうような形のウイルスなんですね。
なんか都合良い感じしますね。
そして都合が良いものって疑ってかかりたくなる気がするのは何なんだろうね。
なんかモヤモヤがあるよね。
そんな上手い話あるんかいなみたいな気持ちで今聞いてるけど、どうなんですか?
まさにおっしゃる通りで、ごく稀にウイルスが腺蔵外炎を起こして、
麻痺を起こすリスクっていうのが実際報告されてます。
やっぱそうじゃん。怖いじゃん。
っていうのがありますよっていう形ですね。
ただもう一つのメリットもあって、それは当時の衛生状況に鑑みた話でもあるんだけれども、
生ワクチンは腸で増えますっていう話をしたけれども、
腸で増えた後、糞便で出ていきますよね、ウイルスが。
それが何らかの経由でまた別の人の口に入ると。
そうすると二次感染、三次感染が起こるんですよね。
なんか現代では起きづらそうだけど、
例えばお仏処理を今みたいな日本の下水環境じゃない場所で、
例えばその辺に埋めてたりとかしたら、
そこで育った野草を食べてる人とかの口に入るみたいなことですね。
それとかうんち拭いた手をしっかり洗わずに、別の人と握手したりとかして、それで広まるとか。
手は洗いましょう、皆さんちゃんとね。
お子さんにも、子どもたちも手をちゃんと洗ってくださいね。
そうするとですね、これ弱毒ウイルスなので、
打ってないというか、生ワクチンを接種してない人にも免疫を獲得できることになるんです。
でも一応、病気を起こさない程度の弱毒化したウイルスだし、
しかもさっきの話で言うと、感染を繰り返していくとさらに弱まっていくから、
そこは大した問題じゃないんだけど、
回数が何万回も弱毒化するためにやってるから、
18:04
だから1回、2回では大したことはないんだけれども。
だって今ので、うんちで出てたウイルスが誰かに入った時に強くなってたら、
むしろ感染爆発が起きるじゃない?
じゃなくて、それによって衛生管理が悪いことがひるがえて、
集団免疫の獲得につながるっていう話?
そう、非常に素早く集団免疫を獲得できるというメリットもありますよ。
それは1960年代、50年代ぐらいだと起こり得た話なのかな?
結構起こり得る話。
今でも、ノロウイルスの感染とか汚物とか、
トイレでの下痢から再感染することは知られているので、
そうかなと思います。
一生懸命トイレ掃除しても死ななかったりするからね。
ノロで感染しているやつは弱毒化してないからね。
はい、というようなことですね。
集団免疫を獲得するためには生ワクチンの方が早いっていう。
1回で済むし、場合によっては他の人も、
打ってない人も、打ってないというか食べてない人も免疫を獲得できる可能性があるので。
集団免疫を獲得するために生ワクチンの方が早いっていうのが、
サビン博士の考えで、だから開発は諦めなかった。
だから先を取られて、ワクチンいいじゃん、できたからって、
ソークワクチンできたからいいじゃんってなったところを、
これは必要だからって強い信念を持って開発にこぎつけたと。
ということですね。
結果的にどっちの方が良かったんですか?
どっちもいい。
みんな違ってみんないいみたいな話になるの?
結論だけ先に言っちゃうと、
日本はですね、この後、日本というか世界、
世界では生ワクチンが主流になります。
ポリオに関して?
ポリオに関して。
というのがとにかく1回で済むと。
だから1回で済むから大量にいろんな人に一気に運べると。
ワクチンを接種することができると。
あと注射というような高度な医療行為が必要ない。
食わせりゃいいっていうところで、
世界では生ワクチンの方が主流になっていきます、この後。
21:05
そして食べてない人も感染するというところで、
東南アジアとかアフリカとかまだまだ衛生的じゃない地域、
特にこの当時余計に衛生的じゃない地域にとっては、
非常にポリオを抑え込む力が期待できたんですね。
なので生ワクチンの方がどんどん普及していきます。
という話ですね。
このサビンワクチンももちろんマーチン・ダイムの支援を受けております。
日本の話をしたいと思います。
1945年8月15日に太平洋戦争が終結いたしますけれども、
その10年後、1955年に即ワクチンが成功して
アメリカではポリオの恐怖が徐々になくなっていくということになりますが、
日本では相変わらずポリオが猛威を振るっているというような状態です。
1960年なんですけれども、北海道を中心に5600人もの患者が出る大流行が起こったという形になります。
あちこちに麻痺した子どもの話が出るようになりまして、
日本の母親たちも自分の子がいつ動けなくなるのかという恐怖に怯えるようなことになりました。
当時、ようやく少しだけ輸入されてきた早期ワクチンなんですけれども、
これは先に申し上げた通り3回の接種が必要で、量もそれほどたくさん入ってこなかったんですね。
なので、社会的に早くワクチンを入れてくれというような圧力が非常に高まったという形になります。
その中でちょうど生ワクチンが出てきたという形の時代背景となります。
お母さんたちはまだ承認されていないかもしれないけれども、
早期ワクチンの方は日本で承認されていたんですね。
だけれども、量が入ってこないし、承認されていない生ワクチンを早く輸入してくれという形で、
全国のお母さんたちが厚生省に赤ちゃんを抱いて集まってデモを行うというようなことが行われました。
ちょっと一回聞いていいですか。
この時ってインターネットとかないじゃないですか。
世界のニュースで入ってきてたの?
多分、新聞とかテレビで報道されてたんじゃないかなと思いますね。
24:03
ポリオの生ワクチンがソ連であるよっていうのも報道されてたんだと思いますね。
今はウェブニュースとかあるけど、この当時テレビも人の家に見に行ったりするくらい?
そうだね。
一家に一台テレビはまだないよね。
一家に一台はまだない時代だと思いますね。
だから新聞とかなのかな。
ラジオとか?
あとはもちろん口コミの力なんかも強いと思うし。
確かに。それで一回で済むワクチンあるらしいよみたいな。
っていう話は多分あったと思うし、
あと当時はどっちかっていうと、
左側の報道が多かったからソ連と結構つながりが強かったのかもしれないなと思うしね。
なるほど。
それは僕の勝手な想像です。
当時生ワクチンはソ連には大規模にできていたので、
政治家の決断としてソ連から薬を輸入しようというような形で、
まだこの薬自体が日本国内で日本人に対しての安全性とかの確認ができていない段階だったんですね。
なので超法規的措置って言うんですけれども、
法律を超えた措置ってことですね。
法律を超えた措置という形で、当時の古い厚生大臣が責任は全て私が持つと宣言して、
法律を飛び越えてソ連とカナダから1300万人分の生ワクチンを緊急で輸入します。
そして1961年の夏に全国の子どもたちにこのシロップ状の生ワクチンが一斉に投与されると、
数ヶ月で流行は収束してしまうということが起こります。
ちなみに超法規的措置って結構日本では日本籍軍のテロに対して使われたことがあって、
例えば有名なのはヨド号ハイジャック事件って言って、
飛行機ハイジャックした日本籍軍というテロリストたちが当時いたんだけど、
学戦運動からどんどん発展したテロ組織があったんだけど、
その人たちが飛行機をハイジャックして人質を盾にして、
北朝鮮への亡命を申請して、
あとプラスアルファ5区に繋がれていた仲間たちを解放しろっていうのを要求したことがあるんだけども、
27:00
これが例えば成功しちゃったりとか、
それも超法規的措置という形で行われました。
他にも何件かテロ関係で日本政府は腰折れになって、
法律を飛び越えて牧畜からテロリストの仲間を解放して、
外国に送るっていうようなことをやっています。
2、3回あったんじゃないかなと思うんですけれども。
この生ワクチン、ワクチンとしては超法規的措置、
厚生省がやった超法規的措置はこれだけじゃないかなと思います。
なんせお母さんたちが自分の子供を守るために政治を動かしたという感じですね。
という形で、日本の患者数の推移をちょっと見てみますと、
1960年に5606人という最大規模の小児麻痺患者が出た年になります。
この時には319人が亡くなっています。
1961年に生ワクチンが緊急輸入されて一斉投与されまして、
患者数は2436人、死亡者数は188人。
これが次の年、1962年には患者数が289人、死亡者数が25人という形で
10分の1ぐらいになったという形ですね、前年から比べても。
なので生ワクチンの力はすごいなみたいなことになります。
日本国内では1980年に1人だけ患者さんが出ていまして、
亡くなっている方はゼロ人という形で、国内における野生株の最終例が1980年。
日本はポリオが撲滅した国となりました。
ということでアメリカでも日本でもポリオは収束して、
今ではアフガニスタンとかパキスタンの一部の地域でのみ残る病気となっております。
今日本の予防接種でポリオって入っているの?
入っている。
生ワクチンなの?
入っていると思います。
そこも含めてお話しますけれども、まず悪いニュースというか悪い話もしたいと思います。
ここがワクチン規避派というかワクチン否定派の人たちが
やっぱりワクチンって怖いじゃんって思うところなのかなと思うんですけれども、
それは解決されているよというところも含めて聞いてほしいんですけれども、
30:00
まずカッター事件というのが1955年に起こるんですけれども、
もう名前が物騒だよね。
そうですね。カッター事件ってカッターナイフのカッターじゃないんですけれども、
名前?
カッター研究所というところで生存した不活性化ワクチンですね、これはソークワクチンの方ですね、
がワクチンを殺すプロセスの一部でちょっとミスがあって、
生きた野生株のウイルスが混入してしまうという事件が起こりました。
なのでワクチンだと思って注射したら、実は病気になるためのウイルスを注射されていたみたいな。
めちゃくちゃ怖いじゃん。
めちゃめちゃ怖い事故が起こったんですね。
このせいで接種後に麻痺を発症した子どもというのが200人いまして、
10名も死亡者が出てしまったんですね。
これカッター事件で、カッター研究所というところが生存したからカッター事件なんですけれども、
このために死亡者が出たということで、どうしてだどうしてだというので調べて、
結果としてここの研究所のやつだったというのが分かったんですけれども、
一旦接種プログラムが中断されて、その後で原因究明が行われて、
その後、米政府はワクチンの検定とか検疫体制を大幅に強化しまして、
現在に続く厳格な安全基準というのが作られたという形になります。
なんかソークワクチンの方だったんだなっていうのが意外。
意外ですね。
生ワクチンの方がリスク高いのかなって勝手に思ってたので、
弱毒化と不活化だと弱毒化の方が加減が悪かったみたいなのがありそうなのに意外です。
ただこれは不活性化させるワクチンを殺すためのプロセスの手順をちょっとミスったというか謝ったということなので、
生ワクチンと比べて不活性化ワクチンの方が危険ということではなくて、手順をミスったのがダメだったということなので、
それで今では本当に手順をミスってないか、ちゃんと不活性化させているのかというのは、
不活化されているかどうかを確かめる検査みたいなのが必ず行われています。
なのでご安心くださいと。
これ以降にポリオワクチン以外のワクチンでも同様の事件があったりするんですか?
ワクチン怖いじゃんみたいな。
都度何だかんだあるとは思う。
ワクチン怖いじゃんって思っちゃうんですけどね、私はそういうの聞くと。
33:01
得体の知れないものじゃんみたいな気持ちになりますけど。
ただどんどん安全性は高まっていますよということは。
ポリオに関してはその後は起こっていませんということですね。
あと日本における事例なんですけれども、これは生ワクチン関連麻痺が起こっています。
生ワクチンに含まれる弱毒ウイルスが接種した患者さんの聴観で増殖しますけれども、
その時に先祖返りするという話はさっきちょっと言いましたけれども、
先祖返りすることが本当に稀に起こります。
1961年から2012年までの間に累計で90件ですね。
ちなみに接種者数でいうと数百万接種に1人の割合というような形なので、
そうは言っても出たことは出たんですね。
私の中のゼロリスク信仰が胸騒ぎを覚えています今。
なのでゼロリスクというのはないんですよね。
打たなかったらかかる可能性は当然あるし、
打ったとて数百万分の1の割合でこういうことが起きていたよということですね。
それをリスクを天秤に乗せて選択が必要という話ですね。
それは2012年までの間に起きていたと。
逆に言うと2012年まで生ワクチンを使っていたということですね。
さっきも申し上げた通り、
稀ではあるけれども先祖返りすることがあるということなので、
生ワクチンのほうが不活性化がきちんとされているのであれば、
3回打たないといけないという手間はあるけれども、
リスクは少ないと。
不活化ワクチンのほうがリスクは少ないと。
毒性はきちんとされていればゼロなので、そちらに関しては。
こっち側は稀に先祖返りしてしまうと、数百万件に1件とはいえ。
ということなので、
なぜここで社会的に撲滅されていたポリオなのに、
かかわらず継続的に生ワクチンを使っていたのかというところで、
1回決めてしまって大成功してしまった道のりなので、
日本としてはなかなかそれをより安全な方向にいって舵を切るということを
怠ったのかなというふうに僕はちょっと思っていて、
36:04
1度決まってしまうと帰れない問題みたいなのが、
ここでも発揮されちゃったんじゃないかなという、
ちょっとそれは思いました。
アメリカの方はそれよりは結構早く2000年に、
もう完全に不活化ワクチンの方に切り替えが行われていたんですけれども、
とはいえアメリカも2000年なんですね。
そうなんですよね。だから意外と遅いなという気がします。
だからそのリスクがあったのが、
1961年から2012年までの間の日本の話だったじゃない、さっきの。
先祖帰りで感染というのが。
だったら1980年くらいにはアメリカももう切り替えているのかなって勝手に思っていたけど。
まだ切り替えていなかったんだなというのが結構びっくり。
アメリカですら2000年までは生ワクチンを使っていたよと。
日本ではそれから12年遅れてようやく不活化ワクチンだけに移行がされましたという形ですね。
というところがポリオを通じてのワクチンの話となります。
最後に怖い話をしちゃったので、ワクチン嫌だなというか、ワクチン会議派になっちゃう人もいるかもしれないんですけれども。
社会的に集団免疫を獲得しておくというのは非常に大事で、
残念ながらまだ世界でポリオウイルスは根絶されていないんですね。
パキスタンとアフガニスタンには残っているという形なので、
もしここから日本社会としてポリオを打つのをやめてしまって、
一人でも感染者がポンと入ってきたときに、
打ってない人たちというのは一気に広がってしまうということが起こるので、
僕の考えとしては、まだ全世界で撲滅されていない限りは、
今としては安全性の高い不活化ワクチンが使われていますので、
怖がらずに子どもに打たせてほしいなとは思います。
もちろんそれぞれの親の判断にはなると思うんですけれども。
というのが僕の考えですね。
もう一つは、やはりこれほどまでに怖かった病気を、
予防接種というのは抑え込むことができるんだ。
そしてそれは母親たちの力でアメリカでも日本でも達成したんだよということをお伝えしたくて、
39:02
まずはポリオワクチンがいい例かなと思ったので、
この回を作らせていただきました。
ということで、ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
39:32

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