みなさん、 予防接種についてどんなイメージがありますか・・・? 「打ってもかかるなら意味がない?」という素朴な疑問から「予防接種」をテーマにお話していきます。
コロナやインフルエンザを通じた実体験をもとに、予防接種の本来の目的や、社会全体を感染から守る意義を考えます。親として悩む子供への接種判断基準や、SNSの情報に振り回されないための知識を整理。歴史的な事例として、かつて世界を震撼させ、現在は絶滅寸前まで追い込まれた「ポリオ(小児麻痺)」の事例を導入に、ワクチンの底力を再確認する冒険が始まります。
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00:06
生命科学の冒険者
ようこそ、生命科学の冒険者へ。
プレゼンターのあきです。
アシスタントのとみーです。
今回からのシリーズは、予防接種をテーマにします。
予防接種について、特に子どもに受けさせる予防接種について、どんなイメージがありますか?
子どもを病気から守るとか、社会全体の感染を防ぐと肯定的に捉える方もいれば、
生後2ヶ月から毎月のように注射するのはかわいそうとか、
一度に何種類も打って大丈夫かとか、ワクチン否定的な考えの方もいらっしゃるかなと思います。
そのあたりをですね、ちょっとこう、いろいろと歴史も交えてしゃべってですね、
まとめて、皆さんの考えをまとめていただければなと思って、このシリーズを作ることにしました。
で、これのシリーズを作るにあたって、
トミーにもいろいろと聞いてたんですけれども、
それで、とりあえずトミーからの疑問点、ワクチンに対しての疑問点なんかをちょっと、
しゃべってもらってもいいですか?
直近だとコロナワクチンとかになるんだけど、
最初はワクチンを打ったら、もうコロナにかからないみたいな感じで始まったはずなのに、
気づいたらワクチンを打つことで、離間しても軽症で済むよみたいな感じで、
なんか言い換えられてたりとか、
で、結局ワクチン打っても、打ってない人と同じぐらい症状が重い人もいたりしたなって、
そのコロナワクチンだったり、インフルエンザワクチンだったりに対して、
なんか見ていてそういうふうに感じるところがあって、
え、だったら打つ意味あるの?みたいな。
私は痛いのが嫌いなので、注射嫌いなんですけど、
でも打つ意味があるんだったら打つけど、
打ったって病気にかかったりするんだったら、
打たなくてもいいじゃんみたいな気持ちになってしまうので、
そのワクチンを打つ意義みたいなものとか、
それが打ったらもうその病気にかからないようなワクチンもあるのかとか、
そういうところを知りたいなっていう話を秋さんにしました。
はい、ありがとうございます。
ちょっと病気もいっぱいあって、
で、ワクチンの種類もその病気に対していろいろいっぱいあるんで、
確かに打ったけどもかかってしまうっていうこともあるし、
03:00
正直そのあたりはワクチンって一言で言われちゃってるけれども、
種類がまずいっぱいあるんで、
それを一個一個説明していかないといけないと思うので、
ちょっと長いシリーズになると思うんだけれども、
それをなるべく解きほぐしていけるように解説していきたいと思います。
あと、前回不妊治療がシリーズだったんだけど、
その中でも私たちもちょうど子どもを授かって、
今私がお腹で育てているところですっていう話をしたんですよね。
子どもの予防接種の話で言うと、
全部打つ人、もう言われた通りに全部打つ人と、
調べて考えて納得して全部打つ人と、
これは打つけどこれは打たないって決める人と、
ワクチンは悪だから全部打たないみたいな人と、
みたいな感じでやっぱりいろんなバリエーションがあるので、
私は今特に子どもの予防接種、
産んでからのワクチンラッシュに向けて、
判断基準をこのシリーズで得られたらいいなと思ってます。
SNSをちょっといろいろと見てみたんだけれども、
やっぱりそこで不安になっている人は多いんだけれども、
やっぱりこれもよくわからない意見に振り回されて、
打たないほうがいいのかな、打ったほうがいいのかなって、
本当に悩んでいる人たち多いなと感じたので、
その辺りの手助けにもなれればなというふうに考えてます。
早速なんですけれども、歴史を踏まえるという意味で、
一つの病気を取り上げて、その事例について
ご紹介していきたいと思います。
予防接種ですね、わりと子どもの初期にやる予防接種で、
ポリオというのがあるんですけれども、
初期というか小学校に入ってからやるのかな、今だと。
ちょっと後からそれはちゃんと順を追って説明します。
ポリオという病気がありまして、
今では世界の中ではアフガニスタンとパキスタンだけに
存在している病気で、ほぼ根絶されたと言われている病気です。
WHOという世界保健機構では、天然痘に続いて
根絶を宣言したいなと考えている、そこの手前まで来ている、
ほぼ絶滅できそうな病気という形になります。
なので、ほとんどの人は知らないんじゃないかなと。
おじいちゃんおばあちゃん世代だと、
小児麻痺という言葉でポリオというのを知っているかもしれないなと。
小児麻痺は聞いたことがあるわ。それとポリオは一緒なんだね。
小児麻痺のうちの一つの原因という感じですね。
06:04
ポリオは、まず蛍光摂取ですね。
汚染された水とか食べ物から口に入ることによって
ウイルス性の感染性の病気になります。
ポリオウイルスは症状などで増殖して
普通はそこで人間の免疫がかかって
無症状で終わるというのがほとんどの病気なんですけれども
増殖したウイルスが血液に乗って全身に回っていった場合に
中枢神経、神経細胞に侵入してしまうと
非常に重篤な病気になります。
ウイルスが赤髄の全角細胞、運動神経に到達してしまうと
そこで神経細胞を乗っ取って運動神経を破壊するということで
麻痺が起こってしまうという形ですね。
麻痺が呼吸の筋肉に及ぶと自力で息ができなくなるという形で
その場合には助けるためには人工呼吸器が必要で
かつては鉄の灰といわれる子どもを
鉄の土管みたいな形のチューブの中に入れて
陰圧と溶圧を繰り返しかけて
それで呼吸をさせるという人工呼吸器があったんですけれども
そういった鉄の塊の中に閉じ込めて
子どもたちを助けるということも行われていました。
このポリオのワクチン開発に関してお話をしていきたいと思います。
アメリカで有名な第32代大統領
フランク・リンデラのルーズベルト大統領ですけれども
この大統領は歴史的には第二次世界大戦の時に
アメリカを指揮した大統領として有名な方なんですが
この方は39歳の時にポリオを発症して
その後生涯車椅子で生活を余儀なくされています。
歴史資料映像とかで
日本が真珠湾を攻撃してきたというような時とかに
アメリカの議会で演説しているような映像がありますけれども
実は車椅子に乗ってられます。
車椅子に乗ってそれでも大統領を務めた方という形になります。
この大統領がポリオだったということで
ポリオに対して何かをしないといけないというような形で
09:01
彼がポリオのシンボルとして
吊り上げられるというわけでもないですけれども
ポリオをなくそうという形の旗振り役として活躍するということになります。
当たり前ですけれどもポリオはお金持ちでも貧乏人でも関係なく
やってくる病気だったという形ですね。
ルーズベルト大統領はポリオの治療法を見つけて
患者を支援するために全米承認麻痺財団というのを設立します。
この財団が当時人気のコメディアンのエディ・カンターという方が
10セント効果運動を始めます。
これはマーチ・オブ・ダイムという名前の運動になるんですけれども
マーチというのが行進ですね。
ダイムというのが10セントという意味なんですけれども
これはみんなわずかなお金でもいいから
ポリオのために寄付しようという草の根運動で
それをコメディアンの方が呼びかけたという形になります。
そのおかげで何百万通もの手紙がホワイトハウスに届いて
中には10セント効果が同封されているというようなことで
この運動が始まってから1948年の時点では
累計6700万ドル、今の価値に直すと
1200億円以上のお金がこの草の根運動によって
集まったというふうに言われています。
これが財団の活動資金になりまして
いろいろな研究者に研究費を配るということができるようになります。
まずその研究費を使って一つ目の成功が現れます。
それが1949年なんですけれども
ジョン・エンダースという研究者なんですけれども
この方がポリオウイルスを神経組織以外で
培養することに成功します。
この業績で後にノーベル賞を取るんですけれども
これ以前ポリオは神経細胞でしか増やすことができなかったんですね。
神経細胞にポリオウイルスを感染させて
それでポリオウイルスを増殖させると。
なので研究のその素材としてのポリオウイルスがないことには
ポリオの研究ができないんですけれども
その研究をするためには神経細胞が必要という形で
これがマウスの脳を使ってやるわけですけれども
とにかく大量の生きた動物が必要になると。
12:00
最終的にワクチンが完成した場合にも
それが神経に対して毒性を持たないのかどうかを調べるために
今度は猿の脳みそにそれを感染させて
毒性がないのかというのを調べたりというような形で
後にちょっと触れるんですけれども
生ワクチンの開発に成功するアルバート・サビン博士なんかは
自分が開発した生ワクチンの安全性を確かめるために
赤毛ザルとかカニ食いザルと言われる猿を
約1万頭、それからチンパンジーを160頭も使って
その効果を確かめたというふうに言われるぐらい
とにかく神経細胞が当時必要だったんですね。
なんですけれどもこのジョン・エンダースが
要はバイオ細胞でポリオウイルスを増やすということを成功させた
いろんな細胞で試したんだと思うんですけれども
それで最終的にバイオでポリオウイルスを増やすということができたということで
これは後にこの業績を評価して
ノーボリス賞を受賞するということになります。
まずこれがこの財団が行った資金によって生まれた一つの成果になります。
はい。
1952年、まだポリオウイルスを増やせるようになったというところなんですけれども
アメリカでポリオが過去最悪の流行を記録します。
5万8千人の方がポリオにかかるというような状態になります。
この時に開発されたのが鉄の肺という先ほど申し上げた機械ですね。
首から上だけ外に出して体全体は鉄の缶受けといったらあれですけれども
鉄の箱の中に体を収めます。
箱の中の気圧を高めたり薄くしたりという形で気圧差を作ってやることによって
肺を膨らませたり、肺をしぼませたりということができるようにしたんですね。
ポリオに感染すると肺の動きが悪くなってしまうから
それを強制的に収縮死管させるための装置という感じですね。
筋肉が、横隔膜が動かなくなって肺が膨らんだりしぼんだりというのが
自力でできなくなるので、それを補助するためにそういった装置が作られたという形で
15:02
今は口とか鼻から気圧の無理やり空気を流し込んでやって
それで呼吸させますけれども、この当時はその考えがなくて
逆に体自体を気圧の薄いところに入れてやることによって肺を膨らましたりとか
逆に気圧を高くしてへこましたりとかというような形で酸素を取り入れさせるということが行われていました。
なので本当に病院に鉄の棺桶みたいなのがどんどん並べられて
ポリオにかかってしまった子どもたちが首だけ出してそれで過ごすと
それで治療を受けるというような状態が起こっていました。
これってこの装置から出たら呼吸が止まっちゃうということですね。
今私は写真を見ながら話を聞いているんですけど
体を動かさないことってそれ自体にものすごい弊害があるじゃないですか。
寝たきりだと1日で筋力は落ちるし、寝返りも打てないとトコズレとか出るし
排泄もこれどうやって排泄するんだろうという感じだし
排泄は横にある穴から排泄したら看護師さんが処理してくれるという形ですね。
中でくるくるひっくり返ったりとかはできるんだけれども
本当に非常に自由が制限されるんだけど
当時は人工呼吸器としてはこれしかなかったので
入ったら出れない。
実際この装置の中でずっと生活して老人にまでなった人もいらっしゃいます。
基本的にはポリオにかかっている間にこの装置の中に入って
回復した後で神経が回復したりとか別のルートができたりとかして
自発的呼吸ができるようになることも多くて
一生という人は滅多にはいないんだけれども
ポリオは薬とかを使わなくても治癒する方も結構いる?
基本的には免疫で治るのは治るんで
そうなんだ
ただ重篤な症状になった場合に神経細胞は壊れちゃったら治らないんで
例えば足に来ちゃったら小児麻痺で一生車いすになったりとか
杖をついて歩かないといけないとか
手に来ちゃったら手が動かなくなるとか
そういった症状が出てしまうんですね
呼吸器に来た場合には息ができないからそのまま亡くなるということも起こります。
子供がかかることが多いの?
子供がかかることが多くて
18:01
割と軽症で済む人が多くて
そうすると免疫を獲得しているからかからないという形で
なかなか大人はかからない
子供の時にすでに知らずに経験していることが多いんだよね
ルーズベルトさんは39歳で離間しているけど
それは多いケースではないんだ?
そうは言っても大人でもかかる人はいるんだけど多くはない
だからこの当時は知らない間にポリアンにかかっているポリオサバイバーの人が多かったんじゃないかなと思います
自然に免疫を獲得していた人が多かったんじゃないかなと思います
なので基本的には子供の病気ですね
こんな感じでポリオにかかった人を助けるために
財団は鉄の灰を開発するための資金を提供したりとか
あと病院に鉄の灰の設備人工呼吸器を入れるために
教学の資金を投じるということをして
多くの子供がポリオにかかってしまっても
息ができなくなるということを避けるために
そういったことをしていました
まだワクチンはこの段階ではできていないという形ですね
1953年にいよいよ財団が資金提供して
ジョナサン・ソーク博士という方がワクチンの開発に成功いたします
彼の経歴などを挟んでお話をさせていただきますと
1930年代の後半なんですけれども
ジョナス・ソーク博士はニューヨーク大学医学部に在学中に
ウイルスを殺して不活性化というんですけれども
ウイルスを殺してしまっても
そのウイルスを注射すれば免疫反応を引き起こせるのではないかというアイデアを思いつきます
当時の主流は生きたウイルスでなければ免疫はつかないという考え方だったんですね
なので一番最初に開発された天然党のワクチンも
天然党によく似た牛刀という牛の天然刀を人間に感染させて
ナイフで傷をつけてそこに牛刀の汁を
牛刀のウイルスを埋め込むというか感染させて
それで天然刀にかからせるというような形が最初だったので
21:05
ワクチンはその病気に軽くかからせるというやり方が主流だったので
完全に殺してしまったウイルスはワクチンにならないというふうに思われていたんですけれども
それをジョナス・ソーク博士はウイルスを殺しても免疫反応は引き起こせるのではないかというふうに
アイデアを考えついたという形です
その後1940年代の前半なんですけれども
ミシガン大学でインフルエンザワクチンの開発に従事することになります
ここでホルマリンを使ってウイルスを不活性化させる
ウイルスを殺してしまうということの経験を積みます
この経験が非常に生きてきます
彼自身がボスとなってピッツバーグ大学の医学部に研究室を設立しまして
先ほどの全米商人被災団で10セント高価で積み上げた資金から資金援助を受けまして
ポリオの研究を開始します
まず最初ポリオウイルスの型分類プロジェクトに参加します
世界中からいろいろな患者さんからウイルスのサンプルを集めてきまして
それをいろいろと分類していきます
そうするとポリオウイルスには3つの型が存在する
逆に言うとそれだけしか存在しないということが分かります
この3つの型に対してワクチンを作れば全てのポリオを抑えれるということになります
1949年先に申し上げたジョン・エンダースランによる
神経組織以外でのウイルスの培養ができるということの報告を受けて
ソーク博士はこの技術を取り入れて
ワクチンの生存に必要な大量のウイルスを確保するための体制を整えるということを行います
とにかくウイルスを不活性化させてワクチンを作るという形なので
ウイルスは大量に必要なのですよね
それを大量に培養して作れるだけの体制をまず整えたという形になります
そのウイルスを持って大量に作ったウイルスを使って
今度は1950年から1951年にかけて
ホルマリンを用いてウイルスを殺すプロセスを
プロトコールを作るという感じですね
24:01
これはホルマリンを使ってウイルスを殺してしまうわけですけれども
ウイルスは殺しても人間の免疫反応には反応する程度に殺すという感じですね
ホルマリンに長時間つけているとウイルスが分解されてしまって
免疫が反応しなくなっちゃうぐらいまで分解しちゃい意味がないのですけれども
だけどもホルマリンをつける時間が短くて
ウイルスが感染性を持ってしまっても困る
要は死にきっていなくて感染してしまって
体内でウイルスが増えてしまったら困るわけですよね
なので反殺しというわけでもないんだけど
ウイルスは死んでいるんだけれども
人間の免疫細胞は反応してくれるという
その絶妙な頃合いが必要で
それはどれぐらいホルマリンに何分間つけたらいいのかとか
ホルマリンの濃度はどれぐらいがいいのかとか
というプロトコールを完成させます
ちょっと話の本筋とずれちゃうんだけど
これさ第二次世界大戦真っ只中に研究してるのね
これ結構すごい
私たちは日本で生まれ育っているから
1930年代の後半から1945年までって
戦争以外のニュースがあまり習ってないじゃない
日本に対しては
だけどアメリカではもちろん戦争は戦争でやってるけど
こうやって技術の開発だったり
科学を深めていくみたいなことが
同時進行で起きてたんだな
日本はどうだったのかちょっとわからないけど
もう医学をきちんとそこでもやってたんだな
すごいなって思いますね
国土が広いし人も多いっていうのもあるのかもしれないけどね
このアメリカの底力っていうのを感じますね
とにかくこの旗振り役になったルーズベルト大統領自身は
第二次世界大戦を指示
指揮を取ってる大統領だからね
それを戦争をしながらも
ポリオを根絶するための活動もしてると
ご自身も車椅子で生活されてたんだもんね
っていう感じですね
彼自身は第二次世界大戦中に亡くなってますけれども
27:05
なのでアメリカの勝利を見ることはなくなくなってるんですけどね
ちょっと話が脇道に反れたんでプラスアルファで言っておくと
今ジュッセント効果の人物に描かれてるのが
ルーズベルト大統領です
運動を推進したので
ジュッセント効果の表紙が変わったっていうか
彼に変わったんですよね
ちょっと話を戻しまして
そんな形でウイルスの形までは壊さずに
感染性だけを殺すっていうプロトコルが完成して
彼自身はこれをテストに回すという形
このポリオを復活化っていうんですけども
ポリオウイルスを復活化したワクチンをテストしていくことにします
ジョナス・ソーク博士ですね
最初はこのソーク博士のソークワクチン
すでにポリオにかかってしまって
回復している子どもたちを対象にこのワクチンを試します
これはどういう意味があるかというと
1回ポリオにかかって治っている子たちは
ポリオに対する免疫を持っているので
もし復活化が不完全でウイルス感染が起こってしまっても
治る可能性があるというか治るでしょう
自力で免疫を獲得しているから
安全でしょう
そこに対して追加でポリオワクチンを打ってみたら
どうだろうかっていうのをまず確認をしたということです
そうするとこのワクチンを打った子どもたちの抗体
ポリオワクチンに対する抗体を測ってみたところ
抗体っていうのは免疫の力なんですけれども
免疫の力を測ってみたところ
もともと持っているんですけど
それの上昇が確認できたということで
これはワクチンとして十分使えるなということになります
その頃にアメリカでは過去最多の
ちょうど同時期にアメリカでは過去最多のポリオ患者が発生していて
ワクチン開発でとにかく頑張ってくれという形で
30:02
社会的な圧力が最高潮に達しているような状態になっています
ソーク博士はこのポリオワクチンをもう大丈夫だろうということで
自分とあと妻と3人の息子に注射します
安全性を自ら証明するということを始めたという形ですね
これ結構センセーショナルじゃない
ワクチン開発者って結構自分の子どもに打ってみたりとか
そうなんだ
ソーク博士自身は自分がポリオウイルスの研究者なので
間違って自分の体にウイルスがついて
家に持って帰って子どもが小児麻痺になるのをすごく怖がっていたみたいで
なので一番最初に守ってやりたい
多分本人自身ももういけるって踏んだんだろうなと思うんだけど
成功確信してそうな
それ以前にポリオを回復した子どもたちに打っているので
なのでそこでもう安全だろうっていうのは
もう多分見通しがついてたんだと思うんだけども
家族を守るっていう意味もあるし
もちろん自分の家族を最初の実験台にしたというのもあるのかなと思うんだけども
それで打って安全性を自ら証明してみせたということを行います
1954年ポリオパイオニアと呼ばれる
全米180万人以上の児童を対象にした
史上最大規模の臨床試験を行うということになります
この臨床試験を組織したのは
全米小児麻痺財団マーチン・オブ・ダイムになります
このマーチン・オブ・ダイムが主導して行われた
この試験で
まず試験の客観性を担保するために
これの効果を測定するのは別の博士がやります
それがトーマス・フランシス・ジュニア博士という方なんですけれども
彼がポリオワクチン評価センターというのを作りまして
その責任者としてデータの収集と分析を指導するという形になります
ワクチンの試験のやり方についてちょっと説明をします
まず試験設計として
試験の正確性を期すために
2つの異なる手法を並行して実施するということをいたします
1つ目が二重盲検比較試験というやり方になりまして
これを行われたのが小学校の1、2、3年生を対象に行われました
33:04
子どもたちをランダムに2つのグループに分けて
1つには本物のワクチンですね
もう一方にはプラセボ
ただの食塩水を注射するということをします
医師、看護師、子ども、保護者のいずれも
誰がどちらを接種したかというのは知らされない状態で
経過を観察するということをいたしました
これ今もよく使いますね
比較試験でダブルブラインドテスト
そうですね
もう1つが観察対象試験というやつですね
これは対象は小学校2年生だけにワクチンを接種しまして
比較対象としては接種を受けない小学校の1年生と3年生を対象群として
自然な発症率の差を比較するという形で
こちらはプラセボを使わないやり方になります
こういった形でワクチン接種群とプラセボと
観察対象群という形に分けて
人数はそれぞれワクチン接種群が62万人で
プラセボが20万人
それから観察対象ですね
接種を受けていない人たちが100万人以上というような形で
観察されるという形になります
ワクチン接種群は3回ですね
プラセボの人たちも3回注射を行われたという形になりますけれども
この人たちの血液サンプルを定期的に接種して
抗体化の推移が観察されたという形ですね
もちろん病気にかかった
この中からどの子たちが病気にかかったのかというのも
もちろん観察されたという形になります
1955年ですね
1年かけて調査が行われまして
ワクチンの安全性が確認されました
それがワクチンは安全であると
要はワクチンを受けたことによって
何かの病気にかかった人というのはいませんでしたよ
というのが1つの結果としてありまして
あとポリオの発症を防ぐ効果というのが
80%から90%の確率で
ポリオから来る麻痺を防ぐ効果があるということが発表されます
1955年の7月12日に
不活化ワクチンの有効性と安全性が公表されて
全米で接種が開発されるということになりました
36:06
このような形で
もう一気にアメリカで子どもたちに
この後どんどんワクチン接種が進んでいきまして
1952年5万7879人の感染があって
麻痺が残った方が2万1269人出たというような形です
死亡した方も3145人という
1952年が史上最悪のアメリカでは
ポリオの患者がいた年になりますけれども
早期ワクチンが入ってきた1955年には
患者数は2万8985人
それが翌年の1956年だと
1万5140人
半減しましたね
これがですね
約5年後6年後ですけれども
1312人という形で
10分の1以下に20分の1ぐらいになった感じですね
1961年
1961年には2万8000人が1300人という形なので
相当患者もいなくなったという形で
どんどん病気になる人が減って
アメリカ大陸の方では
撲滅されていきつつあるのかなという形で
本当にワクチンが大成功した例かなという形になります
これがですね
実践と効果を寄付するという運動がアメリカで起こっていて
戦争の裏でもワクチンが開発されて
大成功
最終的にはアメリカで
ポリオ患者がいなくなっていくという過程を
たどっていく大成功の道の
まず第一歩となりましたよというところになります
これに対してですね
次回ですね
日本の話をしていきたいと思います
というところで今回はこの辺にします
ありがとうございました
38:55
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