生命科学の冒険者
ようこそ、生命科学の冒険者へ。
プレゼンターのあきです。
アシスタントのとみーです。
この番組では、生命科学における画期的なブレイクスルーを成し遂げた偉大な研究者たちの人生と、その背後にあるドラマをお届けします。
はい、それではですね、パスツール界いよいよですね、パスツール最大の発見というか、とされたですね、ところにちょっと入っていきたいと思います。
今までのは、まだ最大じゃなかったんだ。
まだ最大じゃなくて、さらに最大があります。
パスツールといえば、みたいなやつ?
パスツールといえばっていう話ですね。
白鳥首フラスコの話がすごく有名な気はするけど、その後は、カイコの話とか、カイコの病気を解明したとか、この間は炭素病ワクチンの話をさせてもらいましたけれども。
若干嘘つきだったやつね。
若干嘘つきというか、若干どころかかなり、今だと人の手柄横取りっていうところで、学会から追放されるんじゃないかなっていう気はしますけどね、もしかしたら。
みたいな話を。
はい、前回はさせていただきましたが、今回はですね、動物ではなく人間にかかる病気ですね、狂犬病に対して彼がどのようにここに立ち向かっていったのかという話をさせていただきたいと思います。
ちょっとその前にですね、炭素病ワクチンの公開実験で、パスツールはですね、人のやり方をパクったわけですが、この公開実験で名声はかなり高まりましたよというところで、彼自身は絶頂期を迎えているというところになります。
1883年にですね、エジプトのアレクサンドリアですね、これらが流行ります。
パスツールはですね、弟子のエミルルーとか、弟子たちに命じてですね、パスツール研究室のメンバーを現地に派遣して、これらの原因を特定するという、原因金を見つけに行くという調査団を派遣させます。
フランスがですね、このような動きをしている中、ライバルのですね、コッホを率いるドイツの調査団も現地入りするという形で、フランスとドイツの方でですね、それぞれ調査団を出して、コッホじゃない、これらのですね、原因金を突き止めるというような競争が行われます。
残念ながらですね、パスツールの研究室ではですね、送り出したうちの一人の研究者、チュイリエという方なんですけれども、その方がですね、調査中にこれらにかかってしまって、亡くなってしまうという悲劇に見舞われてしまうということになります。
逆にですね、コッホの方は、このエジプトではですね、どちらのチームもですね、原因金は見つけることができなかったんですけれども、その後ですね、インドのカルカッタでもコレラが発生しまして、コッホのチームはそれを追いかけまして、インドでコレラ菌の特定に成功するということになります。
ちょっとここではコッホに負けてしまったよ、というようなことがありました。
その後、取り掛かったのが狂犬病ということになります。
狂犬病というのはですね、今ではどうですかね、犬を飼う方なんかは狂犬病のワクチンを犬に受けさせないといけないということで、ご存知の方もいるかなと思うんですけれども、あまり今となっては忘れられたような病気になりますけれども、非常に怖い病気でして、狂犬病にかかった動物に噛まれると発症するような病気になります。
で、共水症とかっても呼ばれまして、水が怖いというような症状が出てきます。水が怖いというかですね、水を飲もうとすると喉が激しく軽減するということから共水病というふうに言われたりとかもしています。
水を恐れる病気で共水病ですね。
そうですね。狂犬病そのものによる死者の数というのは、当時のフランスでも年間数十人程度という形ですごく多い病気というわけではなかったんですけれども、死に方がですね、喉をかきむしって死ぬとかですね、狂ったように死ぬとかというような形で、非常に見た目が怖い死に方をするので、非常に怖い病気として恐れられていました。
かつ、狂ったような狼とか犬とか、そういった動物に噛まれてからですね、発病するまでに数週間から数ヶ月かかるというようなことで、変な動物に、狂犬病と思われる動物に噛まれてしまったというところから、自分はおかしくなって死んでしまうんじゃないかということでですね、恐怖にずっと苛まれるというようなですね、そういった怖さもある病気でした。
はい、これ、今聞いてて思い出したんですけど、今、世界旅行というか海外旅行で田舎に行ったときに犬結構話しがいだったりするじゃないですか、あれで噛まれると怖いなって思う旅行者結構いるようなって思いました。
そうですね、今でも東南アジアとかアフリカとか、発展途上国と呼ばれる地域では未だに狂犬病は存在してまして。
犬がワクチンを打ってないと噛まれたら発症する?
発症します。
あと、野生動物がですね、距離的に近い地域?
そうなんだよ、話しがいなのか野良犬なのかが分からなかったりする時があって、そうすると怖いなって思ったのを今思い出しました。
そうですね、なので本当東南アジアなんかでは犬に噛まれると、もしかしたら狂犬病の犬かもしれないので、それは対処するべきだと思います。
可能ならその犬を捕まえてですね、狂犬病かどうか調べて、狂犬病であるということが分かれば対処するっていうのが一番なんですけれども。
治療法もですね、現在でも結構治療は難しいような病気になります。
発病してしまったらですね、もうほぼ対処ができない形なので、
ウイルスが神経の中に入り込んで、徐々に徐々に手足噛まれた場合なんかは、そこから神経にウイルスが入り込みます。
狂犬病ウイルスがですね、それが徐々に脳の方に近づいていくということになりまして、
1日数センチから10センチぐらいずつ脳に近づいていくと言われています。
なので発病するまでに数週間から数ヶ月かかるということになるんですけれども、
それで脳に到達すると脳が侵されて狂い死にするというようなことになるんですけれども、
それまでに狂犬病ワクチンを注射してしまって、先にウイルスを殺す免疫を体につけさせると脳に到達する前にですね、
それで対処するっていうのが今の基本的な治療法になります。
最初、今となってはあんまり身近ではないみたいな感じで秋さん導入してたけど、
私旅行の時に思ったことあったわ怖いなって思い出しました。
僕もメキシコをですね、自転車で旅行していたことがあるんですけど、
よく野良犬がワンワンワンって言って自転車を追っかけてくるようなことがあってですね、
その時は非常にこいつら狂犬病じゃねえよなと思って怖かったんですけれども、
そういうふうに襲ってくる犬に対してですね、
僕の場合はパッと取り出せるようにヌンチャクを持ってまして、
それで飛びついて噛みつこうとする犬の頭をですねヌンチャクでぶつというようなことでですね、
なんとか逃げてたことがあります。
というのが現実の話ではありますが、話を戻しましょう。
当時はですね、どういう治療をしてたかというと、狂った犬とかに噛まれた傷口ですね、
これをですね、焼けた鉄とかもしくはですね、フェノールとかですね、
非常に激薬を使って傷口を焼くというですね、小薬って言うんですけれども、
そういった治療法しかなかったということになります。
これがですね、
効くのかわかんないね。
効くのかわかんないっていうか、
一応若干効くとは言われています。
傷口をですね、素早く洗い流すとかっていうのは今でもやられることで、
洗い流したりとか消毒するっていうのは、ある程度の効果はあるとは言われてるんですけれども、
深く入ってしまったり、もうウイルスが入ってしまったりとかしてたらですね、
もうどうにもならないんですが、多少は効果があっただろうとは言われております。
すごい痛そう。
めちゃめちゃ痛いですよね。
当時の治療法って結構過激なものが多くて、
血抜くとかね。
射血は結構最近までやられてましたからね、っていうのもありますけれども。
これはじゃあ、火傷をさせて。
火傷をさせて、菌を消毒するというような機能はあったのかなというところですね。
次はこいつに対してワクチンを作り出して、
ウイルスにかからせても病気にならせないようにするというところに進んでいくことになるわけですけれども、
その時にファッスルたちが取った方法というのが、
まず感染させて死んだウサギの脊髄を取り出します。
その脊髄の中にはウイルスがいっぱいいるわけですけれども、
これを乾燥剤とともにガラス瓶の中で乾燥させるという方法をいたします。
脊髄を乾燥させるとウイルスはだんだん弱っていくということが起こるわけですけれども、
乾燥させる日数が長くなるほどその毒性は弱まっていくというふうに彼らは考えます。
そして14日間乾燥させた脊髄は毒性がほとんどなくて、
1日しか乾燥させていない脊髄はほぼ元のままの強い毒性を持つということを
動物実験から導き出します。
このようにウイルスを弱らせて作ったワクチンが本当に効くのかどうかというのを
パスツールたちはまず健康なものを使って確かめることにいたします。
まず乾燥期間の長い毒性の弱い脊髄から注射をしていきまして、
日を追うごとにより毒性の強い脊髄へと切り替えていくということを
およそ2週間かけて段階的に注射していくということをします。
こうして予防接種を終えた犬に対して今度はその犬に頭蓋骨に穴を開けて
脳に直接弱めていない本物の狂犬病ウイルスを送り込むという方法で試してみたところ、
ワクチンを受けた犬は発病しないということができました。
同じようにワクチンをせずに直接ウイルスを送り込んだ、注射した犬は発症するということで
これはワクチンが完成したのではないかということで
1884年パスツールはこの成果を科学アカデミーに発表いたします。
そして政府が組織した委員会の立ち会いの下で行われた実験でも
同様の結果を出すことができました。
これなかなかすごい成果だなと思います。
ただこれもちょっとパクリ疑惑がありまして
この乾燥法についてはもともと助手のエミル・ルーが
パスツールとは別に独自に実験をしていたみたいなんですね。
あるときルーの実験室にパスツールが入ってきまして
ルーが留守の間に彼の実験室に入りまして
瓶の中で乾燥しているウサギの脊髄をじっと見て
それから何をしているんだということがパスツールにはおそらく分かりまして
それでパスツールはこの実験をパクりますという形で
助手のアイデアをパクった実験じゃないかというふうに言われております。
ちょっとさっきのすごい返してほしい。
最初のアイデアだからエミル・ルーがやったということで
エミル・ルーは非常にこのことに対しては強い不満を持っていたみたいですね。
持つでしょ。
師匠が弟子の手柄を横取りしたようなそんな感じになっております。
補足をしておきますと
パスツールは当時自分の方法によって
50匹の狂犬病の犬を治療したというふうに言ってたわけですけれども
パスツールの実験ノートを詳しく調査した結果
50匹もやってなかったみたいですね。
嘘つき?
ここら辺ももうちょっと数は少なかったようです。
マイスター少年の例があまりにも劇的にうまくいったから
時点としてはでかく発表しているみたいですけれども
時点というか世間に対してもでかく発表したんですけれども
パスツールは結構内密に人間への治療をこの前にもやってたみたいです。
近所の女性が動物に噛まれたとか
というような時とかもやってたみたいなので
マイスター君の治療をするのに非常に悩んだが
この子が死んでしまうからやったんだっていうのは
後から発表する時に
私はちょっと人間性を
自分の人間性もよく見せるための発表だったのかなみたいな気がしますね。
こういう風に飾り立てる部分は非常によくあったのかなと思います。
パスツールはまずこの成果を科学アカデミーで発表いたします。
同じ頃にもう一人同様の治療を少年に対して行います。
その少年はジャン・バティスト・ジュピーユ君になります。
彼は狂犬病の犬に襲われた小さな子供たちを守ろうとして
自分が噛まれてしまったということで
こちらもうまく回復させることができました。
ジュピーユ君は後にパスツール研究所の中で
生涯働くことになりまして
現在もパスツール研究所の中庭には
彼が狂犬病の犬と格闘する姿を
銅像になって残っているそうです。
ちょっと見に行きたいなと思っています。
いつかフランスに行きたいなとこれを見にですね。
この発表がフランス中そしてヨーロッパ中に広がるという形で
パリには狂犬病治療を求める患者が殺到するようになります。
中でも1886年にロシアで
一頭の狂犬病の狼に19人もの農民が襲われるということがありまして
彼らは民間からの寄附を募ってパリまでやってきまして
パスツールからの治療を受けることになります。
結果としては19人のうちの16人が助かったそうです。
3人は残念ながら亡くなってしまうというような形になります。
この治療成果をきっかけに
当時のロシア皇帝のアレクサンドル3世が非常に感動いたしまして
後にパスツール研究所を設立するということになるんですけれども
この時に10万フランをの寄附を行ってくれたそうです。
またどんどん治療を求める人が来まして
最終的には1886年の12月までの統計では2164人が治療を受けて
ほとんどの人が治って29人が亡くなったそうです。
死亡率にしてみれば1.3%で非常に大きな成果を上げたということになります。
それまではもう噛まれたら死ぬみたいな感じだったんだもんね。
ただこれもパスツール自身が結構大きく言ってるんじゃないかと言われてまして
2164人はおそらく犬とか動物に噛まれたんだと思うんですけれども
実際ただ噛まれた場合と狂犬病の動物に噛まれた場合とでは全然違うわけで
狂犬病に噛まれてない人も治療したんじゃないかと言われてます。
なので治療成果は結構大きくなっているんじゃないかなと言われております。
そうは言ってもやっぱり医学界の中ではこの治療法を完全にすごいと歓迎したわけでもなく
当時医学アカデミーの医師のミシェル・ペテールさんという方をはじめとする
一部の医師の中にはパスツールの治療で亡くなった患者を挙げて
この方法自体は危険でまだ科学的にも十分証明されてないという批判もされました。
当然かなとは思います。
こういった対立も出てきたわけですけれども
最初の証明に注射をしたグランシェ医師は
1887年の1月11日に医学アカデミーの場でパスツールの治療法が非常に効果があると擁護をしてくれまして
このグランシェ医師は当時ネッケル病院というところで
200床の患者を受け入れることができる当時の大病院の準教授という立場にありまして
パリの小児病院の小児化臨床講座の教授にも選ばれているというような方でしたので
この先生が言うんだったら間違いないでしょうという形で
科学アカデミーの中でも徐々にこの治療が受け入れられていくことになります。