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093.【見えない敵】顕微鏡でも見えない病原体に、パスツールはどう挑んだのか『ルイ・パスツール09』
2026-09-21 32:24

093.【見えない敵】顕微鏡でも見えない病原体に、パスツールはどう挑んだのか『ルイ・パスツール09』

炭疽病ワクチンの成功で名声を高めていたパスツールでしたが、その絶頂期に思わぬ挫折が訪れます。エジプトでのコレラ調査は失敗に終わり、若き弟子を病そのもので失うという悲劇にも見舞われました。

そんなパスツールが次に挑むのは、これまでとはまったく違う難敵でした。炭疽菌のように顕微鏡で観察することさえできない、正体不明の病——狂犬病です。菌の姿すら見えないまま、パスツールたちはどうやってこの病に立ち向かったのでしょうか。

そして1885年、ある少年の存在が、この研究を一気に人類の歴史を変える出来事へと導きます。医師免許を持たないパスツールが下した、重い決断とある疑惑とは。

【今回のハイライト】
・顕微鏡でも見えない相手に、パスツールが編み出した意外な研究手法
・9歳の少年を救うため、パスツールが下した重い決断
・公表された成果の数字に隠された、意外な実態
・ロシアから駆けつけた19人の農民の運命
・栄光の陰で医学界を二分した、激しい論争 ・伝説と史実、ある門番の最期に隠された物語

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サマリー

パスツールは名声の絶頂期に、1883年のエジプト・コレラ調査でコッホのチームに敗れ、弟子のチュイリエを失う悲劇にも見舞われた。その後、顕微鏡で見えない狂犬病ウイルスに対し、脳へ直接注射して実験期間を短縮する方法と、感染ウサギの脊髄を乾燥させて毒性を弱めるワクチン法を編み出した。1885年、狂犬病の犬に14箇所を噛まれた9歳のジョセフ・マイスターに、医師グランシェの協力で段階的な接種を行い、少年は発症せず回復した。ただし、乾燥法は助手エミル・ルーのアイデアを横取りした疑惑があり、パスツールが犬50匹で成功したという発表にも実験記録との食い違いが指摘された。治療を求めて患者が集まり、ロシアの狼に襲われた19人の農民のうち16人が助かった一方、治療人数や成功率には過大報告の疑いもあった。医学界では安全性と科学的根拠をめぐる批判が続いたが、グランシェ医師の擁護などで受け入れが進み、1888年にパスツール研究所が設立された。後に研究所の門番となったマイスターの最期についても、パスツールの墓を守って自殺したという伝説と、家族の安否を誤認して絶望したという説明が紹介される。

コレラ調査の敗北と狂犬病
生命科学の冒険者
ようこそ、生命科学の冒険者へ。
プレゼンターのあきです。
アシスタントのとみーです。
この番組では、生命科学における画期的なブレイクスルーを成し遂げた偉大な研究者たちの人生と、その背後にあるドラマをお届けします。
はい、それではですね、パスツール界いよいよですね、パスツール最大の発見というか、とされたですね、ところにちょっと入っていきたいと思います。
今までのは、まだ最大じゃなかったんだ。
まだ最大じゃなくて、さらに最大があります。
パスツールといえば、みたいなやつ?
パスツールといえばっていう話ですね。
白鳥首フラスコの話がすごく有名な気はするけど、その後は、カイコの話とか、カイコの病気を解明したとか、この間は炭素病ワクチンの話をさせてもらいましたけれども。
若干嘘つきだったやつね。
若干嘘つきというか、若干どころかかなり、今だと人の手柄横取りっていうところで、学会から追放されるんじゃないかなっていう気はしますけどね、もしかしたら。
みたいな話を。
はい、前回はさせていただきましたが、今回はですね、動物ではなく人間にかかる病気ですね、狂犬病に対して彼がどのようにここに立ち向かっていったのかという話をさせていただきたいと思います。
ちょっとその前にですね、炭素病ワクチンの公開実験で、パスツールはですね、人のやり方をパクったわけですが、この公開実験で名声はかなり高まりましたよというところで、彼自身は絶頂期を迎えているというところになります。
1883年にですね、エジプトのアレクサンドリアですね、これらが流行ります。
パスツールはですね、弟子のエミルルーとか、弟子たちに命じてですね、パスツール研究室のメンバーを現地に派遣して、これらの原因を特定するという、原因金を見つけに行くという調査団を派遣させます。
フランスがですね、このような動きをしている中、ライバルのですね、コッホを率いるドイツの調査団も現地入りするという形で、フランスとドイツの方でですね、それぞれ調査団を出して、コッホじゃない、これらのですね、原因金を突き止めるというような競争が行われます。
残念ながらですね、パスツールの研究室ではですね、送り出したうちの一人の研究者、チュイリエという方なんですけれども、その方がですね、調査中にこれらにかかってしまって、亡くなってしまうという悲劇に見舞われてしまうということになります。
逆にですね、コッホの方は、このエジプトではですね、どちらのチームもですね、原因金は見つけることができなかったんですけれども、その後ですね、インドのカルカッタでもコレラが発生しまして、コッホのチームはそれを追いかけまして、インドでコレラ菌の特定に成功するということになります。
ちょっとここではコッホに負けてしまったよ、というようなことがありました。
その後、取り掛かったのが狂犬病ということになります。
狂犬病というのはですね、今ではどうですかね、犬を飼う方なんかは狂犬病のワクチンを犬に受けさせないといけないということで、ご存知の方もいるかなと思うんですけれども、あまり今となっては忘れられたような病気になりますけれども、非常に怖い病気でして、狂犬病にかかった動物に噛まれると発症するような病気になります。
で、共水症とかっても呼ばれまして、水が怖いというような症状が出てきます。水が怖いというかですね、水を飲もうとすると喉が激しく軽減するということから共水病というふうに言われたりとかもしています。
水を恐れる病気で共水病ですね。
そうですね。狂犬病そのものによる死者の数というのは、当時のフランスでも年間数十人程度という形ですごく多い病気というわけではなかったんですけれども、死に方がですね、喉をかきむしって死ぬとかですね、狂ったように死ぬとかというような形で、非常に見た目が怖い死に方をするので、非常に怖い病気として恐れられていました。
かつ、狂ったような狼とか犬とか、そういった動物に噛まれてからですね、発病するまでに数週間から数ヶ月かかるというようなことで、変な動物に、狂犬病と思われる動物に噛まれてしまったというところから、自分はおかしくなって死んでしまうんじゃないかということでですね、恐怖にずっと苛まれるというようなですね、そういった怖さもある病気でした。
はい、これ、今聞いてて思い出したんですけど、今、世界旅行というか海外旅行で田舎に行ったときに犬結構話しがいだったりするじゃないですか、あれで噛まれると怖いなって思う旅行者結構いるようなって思いました。
そうですね、今でも東南アジアとかアフリカとか、発展途上国と呼ばれる地域では未だに狂犬病は存在してまして。
犬がワクチンを打ってないと噛まれたら発症する?
発症します。
あと、野生動物がですね、距離的に近い地域?
そうなんだよ、話しがいなのか野良犬なのかが分からなかったりする時があって、そうすると怖いなって思ったのを今思い出しました。
そうですね、なので本当東南アジアなんかでは犬に噛まれると、もしかしたら狂犬病の犬かもしれないので、それは対処するべきだと思います。
可能ならその犬を捕まえてですね、狂犬病かどうか調べて、狂犬病であるということが分かれば対処するっていうのが一番なんですけれども。
治療法もですね、現在でも結構治療は難しいような病気になります。
発病してしまったらですね、もうほぼ対処ができない形なので、
ウイルスが神経の中に入り込んで、徐々に徐々に手足噛まれた場合なんかは、そこから神経にウイルスが入り込みます。
狂犬病ウイルスがですね、それが徐々に脳の方に近づいていくということになりまして、
1日数センチから10センチぐらいずつ脳に近づいていくと言われています。
なので発病するまでに数週間から数ヶ月かかるということになるんですけれども、
それで脳に到達すると脳が侵されて狂い死にするというようなことになるんですけれども、
それまでに狂犬病ワクチンを注射してしまって、先にウイルスを殺す免疫を体につけさせると脳に到達する前にですね、
それで対処するっていうのが今の基本的な治療法になります。
最初、今となってはあんまり身近ではないみたいな感じで秋さん導入してたけど、
私旅行の時に思ったことあったわ怖いなって思い出しました。
僕もメキシコをですね、自転車で旅行していたことがあるんですけど、
よく野良犬がワンワンワンって言って自転車を追っかけてくるようなことがあってですね、
その時は非常にこいつら狂犬病じゃねえよなと思って怖かったんですけれども、
そういうふうに襲ってくる犬に対してですね、
僕の場合はパッと取り出せるようにヌンチャクを持ってまして、
それで飛びついて噛みつこうとする犬の頭をですねヌンチャクでぶつというようなことでですね、
なんとか逃げてたことがあります。
というのが現実の話ではありますが、話を戻しましょう。
当時はですね、どういう治療をしてたかというと、狂った犬とかに噛まれた傷口ですね、
これをですね、焼けた鉄とかもしくはですね、フェノールとかですね、
非常に激薬を使って傷口を焼くというですね、小薬って言うんですけれども、
そういった治療法しかなかったということになります。
これがですね、
効くのかわかんないね。
効くのかわかんないっていうか、
一応若干効くとは言われています。
傷口をですね、素早く洗い流すとかっていうのは今でもやられることで、
洗い流したりとか消毒するっていうのは、ある程度の効果はあるとは言われてるんですけれども、
深く入ってしまったり、もうウイルスが入ってしまったりとかしてたらですね、
もうどうにもならないんですが、多少は効果があっただろうとは言われております。
すごい痛そう。
めちゃめちゃ痛いですよね。
当時の治療法って結構過激なものが多くて、
血抜くとかね。
射血は結構最近までやられてましたからね、っていうのもありますけれども。
これはじゃあ、火傷をさせて。
火傷をさせて、菌を消毒するというような機能はあったのかなというところですね。
見えないウイルスへの実験手法
狂犬病の研究っていうのはですね、
今までパスツールがやってきた炭素菌の研究とかニワトリコレラの菌と違ってですね、
病原体はウイルスになりますので、
当時の光学顕微鏡では見ることができないものになります。
パスツールは一生懸命、狂犬病の症態、病原体を見ようとして、
顕微鏡で見たと思いますが、菌の姿は確認できなかったということになります。
狂犬病の動物間の伝播の研究では、
獣医師のピエール・ビクトール・ガルディエという方がですね、
1879年から先行研究を行っておりまして、
1881年にはすでに羊やヤギでワクチンの接種が成功したというふうに、
彼は報告していたのですが、
一応ここにも先駆者はどうやらいたかもしれないというふうに言われています。
ウイルスはですね、犬に噛まれたりとかして感染した場合には、
ちょっと先にも言っちゃいましたけれども、
神経を伝って脳にたどり着くまでに、
数週間から数ヶ月かかるということになります。
これを動物実験をしようとすると、
とにかく狂犬病にかかった動物から健康な動物に噛ませて、
それで病気を発症させるということをしないといけないわけですけれども、
ただそれだと数週間から数ヶ月病気になるまでにかかっちゃうということで、
実験時間が長すぎるんですよね。
そこで脳に病変が最終的には及んで、狂い死にするというところから、
ファッスルたちは動物の頭蓋骨に穴を開けて、
狂犬病にかかった犬の唾液とか犬の脳をすりつぶしたものを、
病気になった動物の脳とか唾液を直接注射するという方法を編み出します。
こうすることによって、神経を伝って脳にウイルスが伝達するというのを待つことなく、
最初から脳に直接ウイルスを送り込むということで、
発症までの期間を大幅に短縮することができまして、
安定した実験系を作ることができました。
なかなか残酷な実験になりますけれども、
これを20回以上ウサギからウサギへ携帯していくということをしていくと、
発症までの期間がおよそ8日間でできるようになったということになります。
ファッスルたちはこの方法を固定ウイルスというような名前で呼びました。
この実験方法によって、とにかく病気を次々起こして、
安定的に動物実験を病気にさせることができるようになったんですけれども、
乾燥脊髄ワクチンの開発
次はこいつに対してワクチンを作り出して、
ウイルスにかからせても病気にならせないようにするというところに進んでいくことになるわけですけれども、
その時にファッスルたちが取った方法というのが、
まず感染させて死んだウサギの脊髄を取り出します。
その脊髄の中にはウイルスがいっぱいいるわけですけれども、
これを乾燥剤とともにガラス瓶の中で乾燥させるという方法をいたします。
脊髄を乾燥させるとウイルスはだんだん弱っていくということが起こるわけですけれども、
乾燥させる日数が長くなるほどその毒性は弱まっていくというふうに彼らは考えます。
そして14日間乾燥させた脊髄は毒性がほとんどなくて、
1日しか乾燥させていない脊髄はほぼ元のままの強い毒性を持つということを
動物実験から導き出します。
このようにウイルスを弱らせて作ったワクチンが本当に効くのかどうかというのを
パスツールたちはまず健康なものを使って確かめることにいたします。
まず乾燥期間の長い毒性の弱い脊髄から注射をしていきまして、
日を追うごとにより毒性の強い脊髄へと切り替えていくということを
およそ2週間かけて段階的に注射していくということをします。
こうして予防接種を終えた犬に対して今度はその犬に頭蓋骨に穴を開けて
脳に直接弱めていない本物の狂犬病ウイルスを送り込むという方法で試してみたところ、
ワクチンを受けた犬は発病しないということができました。
同じようにワクチンをせずに直接ウイルスを送り込んだ、注射した犬は発症するということで
これはワクチンが完成したのではないかということで
1884年パスツールはこの成果を科学アカデミーに発表いたします。
そして政府が組織した委員会の立ち会いの下で行われた実験でも
同様の結果を出すことができました。
これなかなかすごい成果だなと思います。
ただこれもちょっとパクリ疑惑がありまして
この乾燥法についてはもともと助手のエミル・ルーが
パスツールとは別に独自に実験をしていたみたいなんですね。
あるときルーの実験室にパスツールが入ってきまして
ルーが留守の間に彼の実験室に入りまして
瓶の中で乾燥しているウサギの脊髄をじっと見て
それから何をしているんだということがパスツールにはおそらく分かりまして
それでパスツールはこの実験をパクりますという形で
助手のアイデアをパクった実験じゃないかというふうに言われております。
ちょっとさっきのすごい返してほしい。
最初のアイデアだからエミル・ルーがやったということで
エミル・ルーは非常にこのことに対しては強い不満を持っていたみたいですね。
持つでしょ。
師匠が弟子の手柄を横取りしたようなそんな感じになっております。
ジョセフ・マイスターへの接種
1885年の7月4日なんですけれども
9歳の少年のジョセフ・マイスター君が
近所の食料品店の店主が飼っていた犬に
14箇所も噛まれるという事故が起こります。
地元の医者はすぐに傷口をフェノールで焼いたわけですけれども
噛んだ犬を調べたところ、この犬は狂犬病だったということが確認されます。
助かる見込みがほとんどないということを知った母親は
このまま発症してしまうと息子は死んでしまうということで
わらにもすがる思いで
当時実験動物で狂犬病の治療法を開発しているという
パスツールの評判を聞きつけまして
研究所へこの少年を連れて来ました。
パスツールは今まで人間にこの治療法を試したことはありませんでしたので
非常に人間にあってもいいのかと悩んだと言われております。
彼自身、このまま何もしなければ子どもの死は避けられないと思われたので
私は深く激しい不安に抱えられながら
犬に対して一貫して成功してきたこの方法を
マイスター君に試すことを決意したというふうに
彼の辞典の中では言っております。
最終的にパスツールはお医者さんの
ジャック・ジョセフ・グランシェという方に相談しまして
その医者もこのまま何もしなければ
ほぼ確実には少年は死ぬでしょうという診断を下して
治療を進めることにします。
今まで何度も犬で試してきたことを
いよいよ人間に持っていくということになります。
そしてワクチンをこの少年に注射したのは
医師のグランシェさんになります。
パスツールは医師資格は化学者ですので化学者ですので
医師資格は持ってなかったので注射はしなかったと
できなかったそうです。
この時代でもちゃんとそういったのあったんだなと思って
ちょっと驚きました。
でも実験そんなにしてない状態で
いきなり人間に打てちゃうんだっていう
驚きの方が今強い。
これをするまでに一応パスツールの研究所では
50匹分犬で試したというふうには
人間の臨床にいきなり持っていくのに
結構そんな急な話なんだみたいな。
今だととりあえず猿で試すとかしそうな感じではありますけれども
治療はこのジョセフ・マイスター君に対しての治療が始まりまして
10日間でおよそ13回徐々に毒性が強い
ワクチンを打っていくということを行いまして
犬と同じやり方ですね。
結果これは成功しまして
マイスター君は発症することがなく
健康なまま回復することができたということで
人類史上初めて狂犬病の発症を予防できたという事例となりましたよ
ということになります。
成果の数字と医学界の論争
補足をしておきますと
パスツールは当時自分の方法によって
50匹の狂犬病の犬を治療したというふうに言ってたわけですけれども
パスツールの実験ノートを詳しく調査した結果
50匹もやってなかったみたいですね。
嘘つき?
ここら辺ももうちょっと数は少なかったようです。
マイスター少年の例があまりにも劇的にうまくいったから
時点としてはでかく発表しているみたいですけれども
時点というか世間に対してもでかく発表したんですけれども
パスツールは結構内密に人間への治療をこの前にもやってたみたいです。
近所の女性が動物に噛まれたとか
というような時とかもやってたみたいなので
マイスター君の治療をするのに非常に悩んだが
この子が死んでしまうからやったんだっていうのは
後から発表する時に
私はちょっと人間性を
自分の人間性もよく見せるための発表だったのかなみたいな気がしますね。
こういう風に飾り立てる部分は非常によくあったのかなと思います。
パスツールはまずこの成果を科学アカデミーで発表いたします。
同じ頃にもう一人同様の治療を少年に対して行います。
その少年はジャン・バティスト・ジュピーユ君になります。
彼は狂犬病の犬に襲われた小さな子供たちを守ろうとして
自分が噛まれてしまったということで
こちらもうまく回復させることができました。
ジュピーユ君は後にパスツール研究所の中で
生涯働くことになりまして
現在もパスツール研究所の中庭には
彼が狂犬病の犬と格闘する姿を
銅像になって残っているそうです。
ちょっと見に行きたいなと思っています。
いつかフランスに行きたいなとこれを見にですね。
この発表がフランス中そしてヨーロッパ中に広がるという形で
パリには狂犬病治療を求める患者が殺到するようになります。
中でも1886年にロシアで
一頭の狂犬病の狼に19人もの農民が襲われるということがありまして
彼らは民間からの寄附を募ってパリまでやってきまして
パスツールからの治療を受けることになります。
結果としては19人のうちの16人が助かったそうです。
3人は残念ながら亡くなってしまうというような形になります。
この治療成果をきっかけに
当時のロシア皇帝のアレクサンドル3世が非常に感動いたしまして
後にパスツール研究所を設立するということになるんですけれども
この時に10万フランをの寄附を行ってくれたそうです。
またどんどん治療を求める人が来まして
最終的には1886年の12月までの統計では2164人が治療を受けて
ほとんどの人が治って29人が亡くなったそうです。
死亡率にしてみれば1.3%で非常に大きな成果を上げたということになります。
それまではもう噛まれたら死ぬみたいな感じだったんだもんね。
ただこれもパスツール自身が結構大きく言ってるんじゃないかと言われてまして
2164人はおそらく犬とか動物に噛まれたんだと思うんですけれども
実際ただ噛まれた場合と狂犬病の動物に噛まれた場合とでは全然違うわけで
狂犬病に噛まれてない人も治療したんじゃないかと言われてます。
なので治療成果は結構大きくなっているんじゃないかなと言われております。
そうは言ってもやっぱり医学界の中ではこの治療法を完全にすごいと歓迎したわけでもなく
当時医学アカデミーの医師のミシェル・ペテールさんという方をはじめとする
一部の医師の中にはパスツールの治療で亡くなった患者を挙げて
この方法自体は危険でまだ科学的にも十分証明されてないという批判もされました。
当然かなとは思います。
こういった対立も出てきたわけですけれども
最初の証明に注射をしたグランシェ医師は
1887年の1月11日に医学アカデミーの場でパスツールの治療法が非常に効果があると擁護をしてくれまして
このグランシェ医師は当時ネッケル病院というところで
200床の患者を受け入れることができる当時の大病院の準教授という立場にありまして
パリの小児病院の小児化臨床講座の教授にも選ばれているというような方でしたので
この先生が言うんだったら間違いないでしょうという形で
科学アカデミーの中でも徐々にこの治療が受け入れられていくことになります。
パスツール研究所とマイスターの最期
狂犬病治療をとにかくさっきも述べた通りで
狂犬病になっちゃった場合には劇的に死ぬというんですかね
なのであまりにも動物に噛まれた後の恐怖というのは当時すごかったんだと思うんですけれども
治療を求める患者数というのはどんどん増えていきまして
ヨーロッパ中から患者が来るというようなことになってしまいます
研究室のスペースではとても対応しきれないということで
正式な研究所を設立しようということで
1888年の11月 いろいろ資金を集めまして
パッスル65歳の年にパッスル研究所というのが出来上がります
建設費用はフランス国内それから世界中から寄附を集めて
それによって設立されました
先ほどのロシア皇帝アレクサンドル3世とか
フランスの実業家のブシコ夫人という方
デパート・ボン・マルシェで財を成した人物だそうですけれども
彼らなんかも支援してくれたそうです
ちなみに最初に治療を受けた
実際は最初じゃなかったんですけれども
最初に治療を受けたとされている
ジョセフ・マイスター君なんですけれども
その後はパッスル研究所で門番として
長年働き続けてくれることになります
ちなみに彼の最後は1940年
ナチスドイツがパリを占拠した時に
ドイツ軍がこの研究所に来まして
パッスルの墓を開けろと命じたと言われておりまして
マイスターはそれを拒んで自ら命を絶ったと
伝説的には言われております
実際はパリ選挙の戦慄の混乱の時に
マイスターは家族の身を案じて
先にパリから脱出させてまして
自分は研究所に残ったみたいなんですね
その中で家族がドイツ軍に捕らえられたか
命を落としたというニュースが入ってきたのか
思い込んでしまったのか
もう生きててもしょうがないというふうに絶望して
自ら自殺されてしまってたそうです
マイスター君はこの時64歳になってたみたいですね
彼の家族は数時間後に
普通にパリに戻ってきたみたいで
全くデマのために自ら命を絶ってしまった
というようなことになります
はい
こんな感じで
狂犬病ワクチンを弟子の手柄だと思うんですが
それを横取りして
結果さらになる名声を得るということで
パスツールはここで
初めて人間の病気の予防というか
治療に携わりましたよというところで
今回は締めたいと思います
次回はですね
この後大きな成果というのはないわけですけれども
徐々にパスツールの体は弱っていきますよというところで
どのような最後を迎えたのかというところを
お話しさせていただきたいと思います
ありがとうございました
ありがとうございました
32:24

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