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098.【遺伝子工学の歴史01】小さな腸内細菌が、遺伝子工学の扉を開いた
2026-10-26 25:17

098.【遺伝子工学の歴史01】小さな腸内細菌が、遺伝子工学の扉を開いた

今回から新シリーズ「遺伝子工学の歴史」がスタートします!}
DNAを切ったり、つないだり、増やしたりする遺伝子工学。その舞台で、いつも研究者たちに使われる生き物が大腸菌です。

研究者たちが遺伝子の研究をするとき、欠かせない存在となった大腸菌。
どのように発見され、研究され、遺伝子工学の主役になっていったのでしょうか。
【今回のハイライト】
・腸の中のありふれた菌、大腸菌
・固形培地と純粋培養が細菌の研究を変えた
・小さな環状のDNA、プラスミドとは?
・細菌だってSexをする まずは大腸菌を知ろう!

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サマリー

遺伝子工学の歴史をたどるシリーズの初回として、大腸菌が研究材料として重要になった経緯を説明する。1885年、テオドール・エシュリヒが固形培地と純粋培養によって、健康な赤ちゃんの腸に常在する大腸菌を見いだした。大腸菌は増殖が速く安価に培養できるため遺伝学研究に適し、1946年にはジョシア・レダーバーグらの実験で、菌同士が接合してDNAを受け渡す現象が明らかになった。さらに薬剤耐性の受け渡しに関わる小さな環状DNA、プラスミドが見つかり、後に遺伝子を運ぶベクターとして遺伝子工学に利用されるようになった。

遺伝子工学の出発点と大腸菌
生命科学の冒険者
ようこそ、生命科学の冒険者へ。
プレゼンターのあきです。
アシスタントのとみーです。
今回からですね、新シリーズに入ります。
科学系ポッドキャストの日などにもですね、引き続き参加したいので、
途中でそちらを挟みながら進めていくことになると思いますけれども、
遺伝子工学の歴史をですね、順番にお話ししていきたいと思います。
はい、もう遺伝子工学っていう言葉から、もう私はわからないです。
っていう感じになると思いますが、
僕がですね、学生の時に、本当にこんな風な仕組みで生物って動いてて、
それをハックして、その仕組みを利用して、
DNAを色々操作して、薬を作ったりとかしてるっていうのをですね、
習いまして、非常にこう、面白かったんですよね。
はいはい。
で、正直すごく難しいって話ではないと思うんです。
あ、そうなの?
と、僕は思ってるんだけど。
もう一回喜び。
まあ、基礎知識があれば、分かることも多くなるんじゃないかなと思うので、
なんとかちょっとそこを、僕の力で頑張って説明できるかどうか、やってみたいと思ってます。
はい。
だから、ざっくりとこんなことができるんだなみたいな、そんな雰囲気で聞いてもらえればありがたいなと思います。
はい。
まず、遺伝子工学の出発点なんですけれども、
最初に説明したいのが、DNAを特定の場所、狙った場所で切って、
それから繋ぐということ、切り張りができるということが最初できるようになったのが、遺伝子工学の出発点になります。
はい。
それの道具が発見されましたよというところで、それをちょっと回を重ねて説明させていただきたいと思います。
はい。
それで、ハサミとなるものが、制限酵素と言われる酵素なんですけれども、が見つかったということ。
それから、糊の方はリガーゼという酵素が見つかりました。
この2つを使って、DNAを切ったり張ったりすることができるようになったよというのが、
まず最初の道具になります。
この道具を使って、どういったことをやるのかというところで、
その舞台となるのが、大腸筋をよく使います。
なので、この大腸筋を、まず今回はご説明したいなと思います。
後々、制限酵素の話とかに繋いでいきたいと思っております。
はい。お願いします。
固形培地と大腸菌の発見
大腸筋の発見について、まずちょっとご紹介したいと思うんですけれども、
1885年、19世紀末のドイツで、小児科医のテオドール・エシュリヒという方が、
赤ちゃんの下痢の症状の原因を探っていたと。
その時に、当時ロベルトコッホとか、その周辺の人たちが病原菌を次々に発見していたような時代でした。
そして、病気になる場合には必ず犯人の細菌がいるはずだというふうに考えられていた時代です。
当時、病原菌を調べるための培養法というのがどんどん整ってきていました。
具体的には、固形培地というんですけれども、いわゆるシャーレといわれる平たいお皿のようなところに
パカッと蓋をかぶせられるようなものです。
シャーレというものが出てきまして、その中に寒天で固めた栄養たっぷりの培地というのを
ゼリー状の感じで流し込んであるようなものを、これが固形培地になります。
この固形培地というのが、初めて候補たちが使い出していくわけですけれども、
これはどういうメリットがあるのかというと、例えば腸内細菌を分離したいというふうに思った時、
腸の中にいろんな種類の菌がいます。
これを培養しようとすると、混ざったままになっちゃうんですよね。
いろんな菌がそれぞれのスピードでどんどん増えてしまうということで、
とても1種類だけの菌を取り出してくるということはできません。
なので、これを例えば便から何回か希釈しまして薄めるわけですね。
薄めて、菌の濃度が10ミリリットル中に10個とか100個とかそれぐらいの量まで薄めます。
それから固定培地、シャーレの上に振りかけてやります。
そうすると菌というのはそれぞれ1個1個が独立してシャーレの上で存在していることになります。
寒天の上なので菌は動くことができなくなるんですね。
液体の中だと自由に動いてあちゃこちゃ動きますけれども、寒天の上なので足止めされてしまいます。
栄養はあるという状態になりますので、それでその場所でだけ栄養を使ってどんどん増えていきます。
そうすると目に見えなかった細菌も増えていくとコロニーという形で点のようなものが出てくることになります。
これがコロニーと呼ばれるものなんですけれども、そうするとこれは1匹から増えてきたコロニーなんだなというのがわかります。
そうするとこの1匹から増えてきたということは同じ種類の菌だよねということが言えると思います。
それを分析してやることによってこれは乳酸菌だなとかこれは大腸菌だなとかそういうふうに分類できるようになりました。
なのでこの固形売地というのがすごく重要になります。
ちなみに最初の頃はこういうアイディアがなかったので、じゃがいもをスライスしてそこに菌を植えていたみたいです。
じゃがいもの澱粉で増えてくるんだけど同じようにゼラチンと同じように菌はそこから動けないので、なのでそこで増えていくということでじゃがいもを使って最初はやられてたらしいですね。
それでエシュリヒはこの固形売地シャーレを使いまして赤ちゃんの便を使って純粋培養を試みます。
そうすると健康の赤ちゃんの腸からいつも必ず見つかる菌がありました。肝菌というのは棒状の形をした菌が見つかりました。
必ずこの菌は見つかるということでこれを普通の大腸菌という名前で必ず見つかるよということで報告をいたします。
病気を起こす菌ではなくてお腹に普通に住んでいる菌に目を向けたのは当時としてはかなり先見的なことでした。
この普通の大腸菌という名前なんですけども、その後その功績をたたいて学名には彼の名前がつけられることになりまして
エシリシアコリという風に名前がつけられます。
エシリシアはエシリヒの名前をちょっとラテン語風にした感じなのかなと思います。
それとコリなんですけれどもこれは大腸のっていうような意味があります。
これもラテン語由来ですね。
これを略して研究者の方はイーコリと言って大腸菌のことを言ったりします。
イーコリって初めて聞いた時にコリ犬を思い出してそんなかわいいものじゃねえのになって思った覚えがあります。
大腸菌は長さが2マイクロメートルほどで幅が0.5マイクロメートルほどというような形で本当に顕微鏡で見ると棒のような形をしております。
人間や動物の大腸に普通に住んでて、ちなみに腸の中にいる菌のポピュレーションとしては1%ぐらい。
非常に本当に大腸の中では少ない部類になりますけれども、こいつらは大腸の中ではほとんど酸素がありません。
酸素がない状態でも生きることができる菌なんですけれども、ベンなんかと一緒に排出されて酸素がある状態になると一気に爆発的に酸素を使って増えることができるというそういう菌、細菌になります。
大腸の中は基本的には無酸素状態なので、無酸素で検気成菌というんですけれども、無酸素で増える菌が非常に多いです。
その子たちは外に出てきてからも酸素があるので、酸素毒なのであまり増えることができないんですね。
大腸菌は酸素を利用すると一気に爆発的に増えることができるので、それで検出しやすかったというのもあると思います。
なので、大腸菌というふうに名前がついて、普通の大腸菌というふうに最初石里肥さんはつけたわけですけれども、それはたまたま酸素があるところで培養しやすかったから早く見つかったということになります。
大腸菌の遺伝学研究と接合
発見されてからしばらく、大腸菌というのは、衛生学とか食品の分野で、糞便汚染の指標として使われるような地味な存在でした。
天気は1940年代に起こります。大腸菌は20分で分裂して倍に増えるという、非常に分裂の早い生物になります。
かつ、ブドウ糖と色々な種類の塩分だけで育てられるような、非常に安い場合地で育てられるというようなもので、安上がりに使えるし一気に増えてくれるというので、研究するには非常に便利だったんですね。
どんどん世代が移り変わるというところなので、遺伝子学者にとっては、遺伝子がどう変わっていくのかを研究する材料として非常に便利でした。ということで、大腸菌をこの時代に研究する人たちが増えていきます。
1946年、大学院生のジョシア・レダーバーグという方と、その指導教官だったエドワード・ティムタムという方が、大腸菌のK12株を使ってある実験をいたします。
このK12株というのは、大腸菌のファミリーネームみたいなもんだと思ってください。特に意味はないんですけれども。
このK12株にX線を当ててやります。そうすると、大腸菌の中のDNAが変異を起こします。X線を当てると変異が起こるんですね。
DNAの一部が書き換わっちゃったりとか、一部が欠落、亡くなっちゃったりとか、そういったことが起こります。
死んでしまう菌もいますが、生き残る菌もいるという形で、ただDNAに損傷は起こっているというところになります。
いろいろな栄養が入った配置を用意します。その中で一部欠落している配置も用意しておきます。
例えば、ビタミンじゃないか。タンパク質はアミノ酸からできていますけれども、アミノ酸って20種類ありますけれども、
アミノ酸が20種類全部入っているものを入れている配置と、何か1種類ずつ抜いている配置みたいなのを用意したりとかします。
そうすると、全部揃っている配置だと生きられるのに、例えばトリプトファンというアミノ酸が欠落していると生きられない株が見つかるわけですね。
普通の大腸菌の場合だと、もともとX線を当てていない計12株だと、アミノ酸が入っていなくても自分の体の中でアミノ酸を作り出してタンパク質を作り出すことができるので、
同等だけの配置で生きられたりとかするんですけれども、それを外から取り込まないと生きれない株というのが出てきます。
そういった何かが欠落している株を、それぞれ違う栄養を要求する株というのを2種類用意します。
2種類の違う栄養を要求する株を用意しまして、これを一緒に買います。
この時は固定配置、固形配置、ゼラチンの上じゃなくて液体配置で、菌が自由に動いてひっついたり離れたりできるようにしてやります。
片方の細菌は生きられない条件の、例えばトリプトファンを要求する株、とある栄養を要求する株を入れてやるんだけれども、その栄養は入ってない配置に入れてあります。
もう片方のやつはその栄養は要求しない株なので生き残ることができます。
こういうふうにして買ってやると、片方だけが通常生き残るというふうに考えられますが、
これが作れない栄養を要求するはずの株が別の混ぜたほうの株とひっついて、その形質を受け継いで、何か情報を渡してもらって、
元の先祖外で起こすみたいな、栄養を要求、X線を当てる前の状態に戻っちゃったみたいなことが起こりました。
これは栄養を作り出すところの遺伝子が潰れていたはずなのに、また別の株からそこの部分のDNAをもらって、自分の能力にしたんだというふうに仮定できるということで、
その後、いろいろ証明実験をするわけですが、結果としては、菌と菌がひっついて、片方から片方に遺伝子をあげているということが分かりました。
はい、これは一回ここまでで、なんとなく私がこういう理解でいいのかなっていうのを喋っていいですか。
K12株を変異させて栄養を作れないK12株、K12株ダッシュみたいなのを作ったとして、それが元々のK12株とくっついているという話?
元々のK12株と栄養が作れないK12株ダッシュを同じところに置いておいたら、何かしらの情報交換が行われて、K12株ダッシュがK12株に戻ったみたいな話?
そうですね。正確に言うと、その理解でほぼ良くて、実際はね。本当はそれぞれ違う栄養要求株、トリプトファンが欲しい株とリジンが欲しい株みたいな
じゃあ、K12株αとK12株βを一緒に置いておいたら、お互いに情報交換してK12株無印に戻ったみたいな
戻ったみたいな、そんな感じになります。
すいません。ありがとうございます。
なかなかちょっと例えるのが難しいんですけれども、右手がない人と左手がない人を一緒に入れてたら、お互いに両手が戻ったみたいな、そんなことが起こったんですね。
これは接合というふうな現象で説明されておりまして、筋と筋がひっつくんですね。ひっついた後に片方が持っているDNAをもう片方に送るということが観察されました。
これはその後、どうもひっついてるなっていうのがわかって、それから無理やりひっついてる途中でミキサーかけて剥がしてやるみたいなことをしたりとかして、DNAがどっちにどうなってんだみたいなのを調べたりとか
したらしいんですけれども、
いろんな実験をやって、それでどうもちゃんと遺伝子を送り出しているということがわかりました。
ちなみにこのせいで、今体制筋って結構問題になってますけれども、薬剤体制筋ってやつですね。これ大腸筋だけで起こる話じゃなくて、別の筋と別の筋がひっついて薬剤体制を受け渡しちゃったりとかもするんですよ。
ということが微生物の世界で行われてて、なのでなかなか厄介な問題なんですけれども、このようにして微生物は遺伝子を受け渡すと、我々の場合は有性性色なのでセックスをして卵子と精子で新しい個体を作りますけれ
ども、
彼らは大人同士で遺伝子をやりとりして自分の形を変えていくみたいな、そんな進化をしているということがわかりましたよということになります。
これは後々、我々が大腸筋にDNAを送り込んで、その大腸筋に薬を作らせるということができるようになる足掛かりとなります。
というところで、接合ということがわかりましたということで、結果この実験によってジョシア・レダーバーグはノビル賞を受賞するということになります。
おめでとうございます。
大学院生だったのに、なのでかなり若い時に成果を出して、その後、この人はAIとか宇宙の方に行ったりとかもして、宇宙生物学っていうのを立ち上げたりとか、
あとAIの方にも知恵を貸したりとかっていうような形で、その後いろいろと活躍される方になります。
2008年に亡くなってるんですね。
そうですね。亡くなられてますね。
プラスミドと遺伝子工学への道
その後、大腸筋を使って、DNAの中にDNAポリメラゼっていう、DNAを胃型にしてDNAを作るっていうような機構が見つかったりとか、
ちょっとこの辺りはあまり詳しく説明しないんですけれども、あと遺伝子のスイッチングの仕組み、ラクトスオペロンっていうのが見つかったりとかっていうような形で、
大腸筋を研究することによって、いろいろな生物の仕組みっていうのが解き明かされ出します。
大腸筋で正しいことは象でも正しいというような言葉が生まれたぐらいですね。
大腸筋は生命の基本原理を調べるための共通のモデルとなりました。
大腸筋で使ってる仕組みっていうのは、我々の体の中でもいまだに進化した、だいぶ離れた生き物となりましたけれども、
それでも大腸筋で使われていることは、我々の体の中でも使われている例が結構あります。
このDNAを受け渡すという時に、プラスミドっていう大腸筋の中のDNAっていうのが見つかりました。
これは結構日本人が活躍をしておりまして、1950年代に秋葉友一郎先生っていうのと、
落合邦太郎先生、渡辺つたむ先生という方たちが、
セキリ筋の薬剤耐性筋が筋から筋へ移っていくということを見つけました。
この耐性がプラスミドと呼ばれる、普通最近は自分が生きていくための大きなDNAを持っています。
これは染色体といいますけれども、大きなDNAの塊を持っていて、
この染色体ももちろん接合の際に受け渡しをしているんですけれども、
もっと受け渡しをするためにコンパクトにしたDNAというのも持っているということが分かりました。
それがプラスミドと呼ばれるものになりまして、本当に小さな環状、輪っかの形になっているDNAになります。
これを接合したときにひょいと受け渡しているということで、
セキリ筋が薬剤を無力化するためのDNAをプラスミドという小さなパッケージにして、他の筋に渡しているということが見つかります。
このプラスミドというのが後々、遺伝子工学の中では遺伝子の運び屋として、
我々が薬として作りたいための情報を載せた小さなDNAというのを作ってあげて、
それを大腸筋の中に送り込んであるというような運び屋、ベクターといいますけれども、
そういったものに使われるようになります。
こんな感じで、大腸筋の中からいろいろなものが見出されました。
今日のポイントとしては、大腸筋からプラスミドというものが見つかったというところを最終的にはお話したかったというところと、
あと、DNAを使って大腸筋の性質を書き換えることができるんだよということをお伝えさせていただきたかったなというところになります。
ここからどんどん話は進んでいきました。
最終的には、DNAの糊とハサミの話につなげていきたいと思います。
ありがとうございました。
25:17

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