1. 生命科学の冒険者
  2. 021.日本の細菌学の父『北里柴..
021.日本の細菌学の父『北里柴三郎』:Part.6~免疫血清療法
2025-05-05 30:04

021.日本の細菌学の父『北里柴三郎』:Part.6~免疫血清療法

前回に引き続き、日本の細菌学の父・北里柴三郎をご紹介していきます。

今回のエピソードでは、北里柴三郎が破傷風菌の純粋培養を成功させるまでの苦悩と挑戦をお送りします。今では当たり前となっている「免疫血清療法」は北里柴三郎が開発していました!

シーズン2
「ノーベル賞に最も近づいた最初の日本人、北里柴三郎」
の参考図書は

ドンネルの男・北里柴三郎
山崎光夫
東洋経済新報者

北里柴三郎 感染症と戦い続けた男
上山明博
青土社

質問などはSNSよりお寄せ下さい
X(Twitter)   Threads
No+e
No+eで有料ファンクラブ始めました
PodCastの運営にはそれなりにお金がかかりますのでご支援いただけると助かります
ニーズ度外視で各回の文字起こしを有料記事にしてます
ファンクラブ会員はそれを全て読めます
徐々にファン限定のコンテンツも増やして行きます

Podcastはお好きなアプリで
生命科学の冒険者
と検索してみて〜!
Apple Podcast  Spotify

YouTube
ポットキャスト以外にも以前やっていたPCRなどの解説動画もあります

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:06
生命科学の冒険者
ようこそ、生命科学の冒険者たちへ。
MCの金澤秀明です。
アシスタントを務めます、山崎愛子です。よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
ちょっと先に、お詫びを申し上げたくて。
すみません。
前回、北里さんが一緒に、あのー、研究さん。
研究してた。
エミール・アドルフ・フォン・ベーリングですね。
そうですね。
ベーリングって会社もありました。すみません。
ドイツで同じくベーリンガーっていう会社があるので、
そっちだと思って言ってしまったんですけど。
すみません、ちょっと僕も訂正できずに。
ベーリングっていうですね、結成会社がまた別に。
はい、別に存在しております。
ここだけ訂正させてください。
そちらの設立者ですね、
二成が北里の同僚だったっていうところで、
彼は最初のノベル医学生理学賞を獲っております。
はい。
前回は、いよいよ北里さんが、
破障風菌の検疫性ではないかっていう。
そうですね、はい。
検疫性ですね。
ところから実験に移っていくっていうところからのスタートですね。
はい。
ではちょっとですね、
実験機器を作っていくというところをちょっと説明していきたいんですけれども、
その水素を押し出すためにですね、
キャップの装置という装置を使います。
キャップの装置はちょっと特徴的なところを一点だけ言っておくとですね、
機体を発生させるために、
熱っていうんですかね、
火を燃やさないでもいいっていう形ですね。
化学反応で、
鉄にですね、
硫酸とか塩酸とかをかけると水素が発生しますけれども、
その水素の発生、
そういうふうな化学的にですね、
水素を発生させるっていう手法を使って機体を発生させることができる。
他にもいろいろな機体を発生させることができますけれども、
固体と液体を混ぜると機体が発生するっていうですね、
そういう化学反応を使ってコントロールすることができるというものですね。
で、ちょっと複雑な装置になりますけれども、
機体が発生しすぎてもう止めたいっていうふうになるとですね、
コップを閉めてやると、
液体がですね、固体と触れないような形になりまして、
それで反応が止まるので、
それ以上機体が発生しないというような仕掛けになっています。
03:02
火を使わないでいいというところでですね、
非常に安便にというか、コントロールがしやすく、
実験が機体を作ることができるという、
そういう手法になります。
それを使ってですね、水素を発生させて車輪の中の酸素を押し出そうというふうに
来たとは考えるんですけれども、
次に問題になったのがですね、車輪を水素で満たしてですね、
水素をバーっと車輪に入れてやって、
蓋パカッと閉めてもですね、ガラスの蓋だったら水素も軽いですし、
あっちゅう間に隙間から出ていってしまって、
また空気が戻ってきてしまいますので、
これ密閉した車輪みたいなのをですね、
作らないと無理じゃないかというふうに考えたんですね。
北里が考えたのはカメノコシャーレというものになります。
カメノコシャーレというのはですね、
ビール瓶みたいなものを想像していただいて、
それのですね、注ぎ口が上と下にあるものをまず、
頭の中で想像してほしいんですけれども、
そのビール瓶の丸いこの太い胴体部分ですね、
それを踏み潰したような形ですね。
カメノコだからカメの形ってことですね。
そうですね、カメの形で首があって尻尾があるみたいな、
そういうような形になるんですけれども。
その首の部分がですね、水素の注ぎ口になりまして、
カメのその胴体部分ですね、
そこがですね、栄養のゼラチンとか寒天を入れる場所になります。
で、それからですね尻尾の部分、そこがですね、
押し出された空気、酸素とかを含む空気がですね、
出ていく蓋がついているというような形ですね。
で、キャップの装置から発生した水素をですね、
この頭の部分からシャーレンの中に満たしまして、
空気を押し出してやります。
そうするとですね、無酸素状態の環境が作れるということになる。
まずカメノコシャーレンの中にですね、
ダザトはゼラチン、肉汁を入れて作ったゼラチンを入れまして、
そこにですね消費風菌を塗り付けます。
そして首の部分からですね、
キャップの装置で作った水素を送り込んで酸素を追い出します。
で、空気のですね、逃がし穴を塞いでやって、
シャーレン内に酸素のない環境を作り出すんですけれども、
この尻尾の部分ですね、ガラス管がピューと伸びている部分を蓋をするのにですね、
06:08
バーナーを使って炙ってですね、それでガラスを塞いでやるということをします。
溶かしちゃうってこと?
そうですね、溶かしちゃうってことをするんですね。
当時としてはそういうやり方しかどうもなかったのかなと思うんですけれども、
これ水素を出しているところで火を使うので非常に危ないんですね。
水素はもう爆発しちゃいますんで。
でですね、庵野城北里は何回も実験装置を爆発させています。
そうなんだ。
そしてですね、爆発したガラス片を浴びて、怪我も結構したみたいです。
なんですけれども、それでも負けずにですね、何回も実験を繰り返したみたいなんですね。
へー、爆発。
ゴム栓で塞ぐとかそういう方法でいいんじゃないのって思うんですけども、
当時そういうやり方しかなかったのかなと思うんですけれども。
でも考えて考えてそれに至ったってことでしょうね。
そうですね、後々いろいろと改良はしていったみたいなんですけどね。
にしてもちょっと無謀すぎるだろうと思うんですけど。
しかもこれそのためだけに作った、前からあったのかな?
カメノコシャーレって。
そのためにカメノコシャーレを開発してます。
開発してますね。
これちょっと今見てもらってるのが、これがキャップの装置ですね。
そこから2回水で置換してる装置ですかね。
こうしまして、カメノコシャーレを何個も何個も繋げていくっていう感じですね。
一番端っこは最後、木を使って木を閉じたということをしてるというところですね。
なるほど。
これで酸素のない環境を作り出したカメノコシャーレを、
20度から25度ぐらいの環境において培養して観察をしました。
そしたらある日、一つのカメノコシャーレの中でコロニーが育っているのを発見しました。
やっと。
やっとですね。
顕微鏡で観察すると、さっきのマチボみたいな形の5ミクロンぐらいの大きさの波長風景であふれかえっていたということですね。
1889年の4月ですね、世界初の波長風景の純粋培養に成功しました。
09:01
すごいね。
すごいですね。この成功をすぐに国庫に報告しに行きます。
しかしですね、国庫は最初信じられなかったみたいですね。
テーマを与えてわずか2ヶ月経ったんですね。
すごいね。2ヶ月だもんね。年とかじゃなくて。
年とかじゃなくて2ヶ月ですね。ちょっと早すぎるだろうと。
ちなみにですね、国庫は後にですね、日本を訪問してるんですけれども、
その時にですね、岸田里の皇帝となるですね、志賀にですね、この時の驚きを語ってるんですけれども、
岸田里は最初ですね、波長風景の純粋培養に成功したといって、一本の試験券を示した。
しかし老練の古木教授ですね、数年苦労してですね、ついに成功してなかったので、すぐには信用できなかったと。
まあできないですよね、プライドもありますし。
まもなくですね、波長風景のゼラチン培養をですね、亀の子シャーレを持ってきて、研究成果を告げたみたいなんですね。
ただ国庫はですね、この時もまだ半信半疑だったんですけれども、
この培養で作った菌でですね、動物実験をしてみたところですね、
見事に波長風のですね、固有の症状をその動物が示すということでですね。
国庫はこれを見てですね、すぐに北里の部屋に行ってですね、大成功を祝したと。
この時の国庫自身もとても良い弟子を持ったということで喜びが大きかったようです。
そうでしょうね、すごいな。
国庫はですね、北部を称賛してですね、
この4月27日にですね、ベルリンで開催される第18回のですね、
ドイツ外科学会でこれを発表しないかというふうに申し掛けてくれたそうです。
すごい、4月に成功したんですよね。
そうですね、4月の月内に発表したという形ですね。
スピード感が。
スピード感がすごいありますね。
この発表はですね、ドイツの新聞で非常に大きく取り上げられたらしいですね。
学問を深く極めるために、当地ベルリンで勉強中の東京からやってきた若き日本人医師、
北里柴桜が、化症風の病原体の純粋培養に世界で初めて成功したという形で記事になります。
これはですね、ドイツの医学雑誌にも速報されてですね、
学会の講演概要が載ったみたいですね。
すごいな、一気にデビューしたって感じですね。
12:03
そうですね、一気にデビューですね。
北里はこれでですね、もう一回細菌学会のスターダムに登りつめます。
でですね、同僚の多くがですね、この時思ってました。
北里は純粋培養、化症風のですね、純粋培養に成功した。
次はですね、どういう病気の菌をハンティングしてくるだろうかというふうにですね、思ったんですけれども、
北里はですね、思っていることが違いました。
彼はですね、次の研究課題として当てたのは、
化症風菌のですね、特性を研究してその治療方法を確立するというふうに考えたんですね。
やっぱここがあれですね、研究者の視点の違いなんでしょうね。
そうですね。
確かに。
もう細菌ハンターとして活躍するっていうのではなく、せっかく発見したこの化症風菌が、
これをですね、それで苦しんでる人たちをですね、助けたいっていうですね、
彼自身が若い時に書いた異動論ですね。
医学の基本は、病を治療して予防することにあるというその信念に基づいて、
次の研究テーマを考えます。
なるほど。
選びますということですね。
治療のためのヒントをですね、探るべくですね、
ただとはですね、化症風にかかった動物の介護をいたします。
多分いろんな介護をしたんだと思うんですけども、
菌をですね、下半身に打たれた動物はですね、
後ろ足が硬直して痙攣して、その後、頸部ですね、首の部分の筋肉がおかしくなって、
明らかにですね、神経が侵されているというような症状を示します。
ただ、神経が侵されているはずにも関わらずですね、
解剖して神経を観察してみても、神経の中からですね、
化症風菌が発見されない。
そして筋肉の経練が起こっているので、
じゃあ筋肉にいるのかというふうに筋肉を見てみても、そこにもいないと。
で、この時にですね、
これはですね、毒物による中毒症状と非常に似てるなというふうに考えます。
で、彼はですね、ここで仮説を立てます。
化症風菌は体内で増殖しながら、毒素を出すんじゃないかと。
その毒が神経を侵してしまうのではないかというふうに考えるんですね。
菌自体じゃなくてってことですね。
そうですね、菌自体じゃなくてですね。
そこでですね、この仮説を検証するために実験を組み立てます。
15:06
まずですね、液体売地で純粋した培養から、
化症風菌と売地成分を分離するということをします。
まず、液体売地の中でですね、化症風菌をどんどんどんどん増やすわけですね。
そしてそこから菌を取り除いて、
液体売地だけの成分を残すということをするということですね。
で、今だと遠心器使ったりとかっていうことでできるよねって思うんですけれども、
この当時はそういう機会ないので、
またですね、彼一流のですね、装置まで開発しちゃうっていうところですね。
すごいな。
細菌ろ過器を開発します。
細菌ろ過器。
で、ヒントになったのがですね、
サンベランのろ過器という装置がこの当時ありまして、
透気性のろ過、透気でですね、ろ過すると、
艶気の透気ですね、で、ろ過するとですね、
細菌は透気でトラップされて売地だけが、液体だけが出てくるというのが
もう分かってたみたいなんですね。
なので、これでまず1回ろ過をします。
これで細菌を取り除くんですけれども、
これ自体をですね、動物に打ってもちょっと毒素が薄すぎるのか、
あまりこう、反応がないんですね。
なので、
もっともっとこれを、この毒素を濃縮しないといけないなっていうふうに考えます。
で、水分を追い出すためにですね、まず熱をかけて蒸発させてみたんですけれども、
そうすると、全く毒性がなくなってしまうのか、
おそらくタンパク質毒なんでですね、
タンパク質が変性してしまって、
毒がなくなってしまうんだと思われます。
でですね、この毒を濃縮するために、
他の方法で水分を追い出さないといけないなというところで、
ヒントになるのがソーセージでした。
ソーセージ。
ソーセージですね。
で、ソーセージの中の種類でですね、
これヨーロッパ人がたまに食べてるとか、
日本でも売ってることがあるんですけれども、
塩が固めたソーセージってあるんですけれども、
食べたことありますか?
ないです。
ないですか。本当に真っ黒なソーセージなんですけれども、
真っ黒なんですね。
真っ黒ですね。
それはですね、動物の腸にその動物の血を詰めるんですけれども、
そうするとですね、
血の中の水分がどんどん外に出ていってですね、
18:02
血の固形物だけがソーセージの中に残っていくんですね。
それは腸の、あれですね、ソーセージで腸だから。
そうですね、腸ですね。
腸のですね、成分というか、
酵性が半頭膜なんですね、あれは。
なので水分だけが外に出ていくと。
タンパク質というか、タンパク質とか脂質とか、
そういう固体成分はそのまま中に残るということが起こっているんですけれども、
これを毒素を濃縮するのに使えないかというふうに考えます。
これはですね、今はもうよくやられる透析の原理ですね。
透析の原理をさざとはじめて、タンパク質の濃縮に使ったということになります。
それでですね、そうやって濃縮をかけた毒素をですね、
さらにきちんと顕微鏡でですね、
破傷風菌が残ってないかっていうのを確認した上でですね、濃縮したその液体をマウスに注射します。
そうするとですね、マウスは見事にですね、低廉してですね、そして死亡するということが起こりました。
ということで、破傷風菌が出した毒素が病気を起こすんだということが証明できたわけですね。
すごいな。
すごいですね。
細菌と毒素を分けてってことですもんね。
そうですね。細菌と毒素を分けて、かつ毒素を濃縮させてというこの2段階にですね、やったわけですけれども、
その濃縮させるところで創生時がヒントになるっていうのもですね。
すごいな。
すごいですね。なんかいろんなことがヒントになるもんだなと思いますね。
そうですね。
これでですね、毒素が原因だというふうなことが分かったわけなんですけれども、
さらにですね、キサザとは多分いろんな濃度でですね、注射したりとかしたんだと思うんですね。
さっきの菌の実験と同じで、いろんなパターンを作り出したんだと思うんですけれども。
で、そしたらですね、マウスにですね、致死量の倍値を注射してもですね、
たまに死なないマウスっていうのが出てきたみたいなんですね。
で、これは何でだろうというふうに考えます。
そしてですね、死なないマウスに対してですね、再度、やはり致死量の毒素を注射してみます。
21:02
でも、やっぱりですね、こういう強いマウスはやっぱり死なないみたいなんですね。
何度やっても死なないってことですね。
そうですね。なので、ここに治療のヒントがあるんじゃないかというふうに彼は考えます。
で、それでですね、多分いろんな論文を当時頑張って読んでたんだと思うんですけれども、
この時ですね、彼が思い出したのは、この時すでにですね、コカインとかモルヒネといったですね、
ドラッグに溺れる人たちっていうのがいました。もうすでに発生してたんですね、そういう人たちが。
で、彼らはですね、最初は少量で麻薬が効いている状態になりますけれども、
そのうち慣れてしまってですね、どんどん量を増やさないと飛ばなくなる、効かなくなるという形が観察されていました。
で、この麻薬になれるような状態がマウスの知らないマウスでも起こっているんじゃないかというふうに仮説を立てるんですね。
なるほど。致死量が違うと。
そうですね。で、効かたとはですね、ウサギを用いてですね、最初は薄めた毒素を注射して、
死なない程度の毒素を注射するという形ですね。そして徐々に毒素を強くして、強く濃くしていくということを実験で行います。
そうするとですね、最終的にはこのウサギはですね、致死量の20倍の毒素にも耐えて死ぬことがなくなりました。
すごい。20倍。
20倍ですね。
で、またですね、対象実験というか、別の実験も行ってまして、
売地だけを何度注射しても生き残るマウスに対してですね、今度は破晶風菌ですね、菌自体を注射してみます。
しかしこのマウスはですね、破晶風にならなかったんですね。
なるほど。
北里はですね、この生き残るマウスとか毒素に慣れさせたウサギをですね、徹底的に解剖してですね、
どこで毒に打ち隠す物質が出ているのかを調べます。
で、細胞臓、リンパなどをですね、徹底的に調査してですね、
そして、どうも血液の中にですね、破晶風菌とかその毒素を打ち消すですね、物質があるのではないかというふうに仮説を立てます。
血の中に。
血の中に何かがあるんじゃないかということですね。
我々はもうね、すでにこれは免疫反応だなということで、抗原抗体反応で抗体が殺してくれているのかなというのが、
我々としては答えは知っているわけですけど、この当時はまだそれがわかりませんから、
それをどこにあるのかというので血液の中だろうというふうにですね、細胞から見出すわけですね。
24:03
すごいなぁ、もうここまでの道だけでも気が遠くなりそうな道のりですけどね。
そうですね。
いやぁ、さすがマウスフェルト先生がですね、最初に熊本医学校でですね、
解剖学が大事だというので、一生懸命たたき込んだのがこういったところで生きてくるんだなというのもありますね。
本ではね、さらっと書かれているけど、肺と脾臓とリンパ節と調べるのもそこそこ時間かかりますもんね。
まあ、ほんと一生懸命切片を作っては、顕微鏡で眺めてっていう形で、
ここでどうも筋が壊れてるんじゃないかとか、見てたんだなぁと思うんですけどね。
次にですね、血液の中にあるかもしれないということで、
今度は破晶風毒素に慣れさせたウサギの血をですね、マウスの腹空に注射します。
で、そのマウスにですね、24時間後に破晶風毒素を注射します。
このマウス自体はですね、その機に慣れさせたマウスとかではありません。
毒素をあらかじめ慣れさせたマウスではなくて普通のマウスですね。
で、そこに対してウサギ、破晶風の毒素に慣れさせたウサギの血液を注射したわけですけれども、
そのマウスにですね、破晶風の毒素をマウスに注射したけれども、死ななかったんですね、このマウスは。
で、同じくですね、破晶風菌を混ぜて注射しても死ななかったんですね。
破晶風毒素に慣れてしまったウサギの血液の中には、毒素とか菌に対して対抗できる何かがその中にいるんだろう。
ということは、それをですね、あらかじめ注射しておくと、後から破晶風の毒素が来てもそれに対抗できるということがわかったんですね。
そしたら今度これ、血液の中にですね、さらにどこに毒素に対抗できるものがいるんだろうということを北里は考えてですね、
血液をさらに分解するということをいたします。
で、ウサギの血液を放置しまして凝固させます。
それでですね、上積みの血清をネズミに注射してみます。
そうするとですね、通常の血液を注射されるよりもですね、多くの毒素を注射しても生き残ることがわかります。
わかりました。
つまりその上積みの血清ですね。
血清の中には、中により毒素を中和する物質があるんだろうということが推定できます。
27:06
北里はこれを高毒素と名付けてですね、感染症の治療に使えるのではないかということを世界で初めて明らかにします。
すごいここまで来た。
来ましたね。
これがですね、今では当たり前となるですね、免疫血清療法になりますね。
それこそコロナの流行っている時もですね、
いち早くこの中和抗体薬っていうのが出てきましたけれども、今でもこの技術は使われております。
こういうところで北里がですね、免疫血清療法を開発したというところで今回は終わりにしたいと思います。
いやーすごい。この道のり。
これはちなみに何年何ヶ月経ったんだろう。
これはですね、もう全然時間経ってないですね。
経ってないんですね。
1年ぐらいでやってたんじゃないですか。
1年ぐらいですね。発表が1890年。
そうですね、これ4月、1889年で、1890年に発表しているので。
すごい。
すごいですね。
1年以内。
1年以内ですね。
4月、すごいですね。これは恐ろしい速さですね。
恐ろしい速さですね。
なんかすごい、さらっと流せば流せるけど、ものすごい実験量だったんだろうなっていうのが。
いやーですよね。
体の一部から全部取り出して。
どこに血清というか、固体がいるのかっていうのを見ていってっていう感じですね。
体内からすべての臓器見てってものすごい時間かかった。
最初からたぶんチリとかってはいかないでしょうし。
そうですね。どこだどこだっていうのもいっぱい見まくったんだと思うんですけどね、本当に。
さすがですね。
ほーっとしか言いようがない素晴らしい行跡ですね。
きたるさんは実験をちゃんときれいに実験器具を洗ってからスタートして、ものすごい時間かかったんだろうなということがこの部分で判断できます。
じゃあいよいよ次がどうなっていくのかというところをまた楽しみにしたいと思います。
はい、お聞きいただきましてありがとうございます。
ありがとうございました。
30:04

コメント

スクロール