キャリーはですね、PCRで注目されて以来ですね、
いろいろなメディアに出て、いろんなことを喋ってたみたいなんですね。
サーフィンが好きというような話はよくしてたし、
あとガールフレンドが結構いるよっていうのも言ってたらしいんですね。
ここのあたりはですね、ノーベル財団からしたらちょっと望ましくはないけれども、
まあ許容範囲だろうと。だけど、君はさらにLSTをよくやってると。
これはまずいよと。サーファーで女好きで、その上LSDまで好きだというふうになると、
ノーベル財団としてはちょっとふさわしい人物じゃないというふうな形で
前を潜めると思うよという形でアドバイスを受けたそうです。
ただですね、相変わらずキャリーはですね、特にテレビなんかに出るときにですね、
そういったことを隠しもせずに取材を受けていたということです。
1993年のですね、10月の13日ですね、ノーベル賞は毎年冬に発表されてですね、
日本人が取るかもしれない大騒ぎになりますけれども、
そのちょっと前ですね、10月13日の朝6時15分にですね、電話が鳴ったそうです。
で、早朝だしファックスが来たのかなと思ってですね、その電話を無視していたら
留守電話になりまして、そこにメッセージが含まれたと。
ノーベル財団ですと。で、キャリーは慌てて飛び降りて起きてですね、電話を取ったんですが、
残念ながら同時に電話が切れてしまったそうなんですね。
で、ノーベル賞の受賞連絡をですね、取り損ねたっていうふうにですね、
思って非常に落胆したところで、もう一度電話がかかってきたそうです。
多分ですね、切れた瞬間に、あ、向こうが繋がったって思ってですね、
それでかけ返してくれたのかなというところなんですけれども、
もう一度ですね、ノーベル賞の方が電話をかけてきてくれて、
おめでとうございますと、キャリー・マリス博士、あなたがノーベル賞を受賞されたことを
ここにお知らせしますというふうに言ってくれたそうです。
キャリーはそれでですね、答えます。もらうよもらうってですね、慌てて言ったみたいですね。
で、キャリーは答えてですね、そういうふうに答えてから、
それを知らせてくれた人間としばらくしゃべります。
で、彼は最後にですね、アドバイスをしてくれたそうなんですけれども、
これからですね、マスコミが殺到するでしょうから、
それに向けて準備をしておいてくださいというふうに言ってくれたそうです。
ちょっと思ったんですけれども、
ノーベル財団側もですね、心得たものだというか、
そういうふうにですね、アドバイスしてくれるんだなというふうな形ですね。
確かに、そういうのって研究者の方は特に慣れないので、
やっぱり驚いてしまうというか、
例えばそれこそ、お家族の方がそれに対応しないといけないというケースもあると思いますので、
やっぱり、そういったところって、
身構えておく必要があるんだろうなというところですよね。
そうですね。日本でもやっぱりね、
ノーベル賞を受賞されたっていうふうになると、
主催人に殺到するみたいですもんね。
ちょっと言っといてくれるってありがたいのかなと思うんですね。
本当に研究者って別にね、マスコミに普段から出てる人間じゃないので、
慣れてないですもんね。
そうですね。やっぱり山中先生も、
IPSサイトで受賞されてから、やっぱりメディアの露出がすごい増えたかなと思うんですけれども、
そのあたりから、研究者の立場として彼を見たときに、
やっぱり候補担当になったというか、
研究者というよりかは、いい意味でも悪い意味でも、
そういうふうに言われることがありますね。
やっぱり、そこはターニングポイントになるんだろうなっていうのは思います。
そうですね。その研究の顔になりますもんね。
そうですね。
良くも悪くもですけどね。
そうですね。やっぱり研究からは遠ざからないといけなくなってしまうので、どうしても、
あまりそこが良くない点なのかもしれないですし、
ただ、そうやって皆さんに科学技術を知っていただいて、
社会に広めていくという活動に軸足を移すということは、
それはそれで、社会全体として見ればいいことなのかもしれないですよね。
そうですね。研究もやっぱり税金から研究費をもらってやっている部分も大きいと思いますので、
企業の場合は別かもしれないですけれども、
そうなってくると、やはり自分が発見したものが何なのかっていうのを広報して、
税金をくれた国民に還元するというのは非常に重要なことだと思うので、
そういうふうな立場になるというのも、どうしても必要なことなのかなと思いますよね。
いつまで裏に隠れてはいられないというか。
そうですね。でも本当に、ノベル賞の受賞って、私も指導教官の先輩ですかね、
がいつも候補者に上がるので、そのお話を聞くことがあるんですけれども、
どうしても、例えばマスコミに受賞だって書かれてしまうと受賞できないでしたり、
年齢が若いと受賞できないとかっていうことも昔は言われてたんですね。
というのは、死んでしまってから受賞されている方ももちろんいらっしゃるんですけど、
できればご存命の間に受賞していただきたい。
ただ、やっぱり社会に還元されるまでの期間が昔は長かったので、
どうしてもお亡くなりになるケースもあるっていうこともあって、
年功序列じゃなくても順番にお亡くなりになる前に渡していくってなると、
ご御礼の方から順番になるので、山中先生だとまだお若すぎて受賞できないんじゃないかとか、
あの当時は言われてましたよね。
まさにそうですね。キャリー・マリスも非常に若くしてもらったので、
それは本当、慰霊中の慰霊というか、いろいろな待たれている方を飛び越えて実装されてるんでですね、
そういうこともそれぐらいノベル財団から見れば、
意義を落とした大きいっていうふうに考えたんでしょうね。
そうですね。
そんな感じでマスコミが殺到するから準備してくださいっていうふうに言われてですね、
電話を切ってですね、どうしようと、
とりあえずはノベル賞を受賞したよっていうのをお母さんに知らせてようと思ってですね、
母親にですね、電話をかけようと受話器を上げた途端にですね、
別の電話がかかってきたそうなんですね。
それはAP通信からだったみたいなんですけれども、通信社からの取材ということですね。
しばらく喋って受話器を置いた後でですね、
よし、もう一回お母さんにかけようというふうに電話器を上げようとしたところまた電話が鳴って、
次はUPI通信からだったそうなんですね。
その後もですね、ひっきりなしにマスコミから電話がかかり続けてきまして、
もうちょっと対応しきれねえと思った時に、
サーフィン仲間がですね、
家にサーフィンしに行こうぜっていうふうに誘いに来てくれたそうです。
一旦マスコミから逃げるためにサーフィンに出かけます。
彼はですね、
サーフィンに出かけるというか、
友達はサーフィンにキャリーを誘いに来てる車の中でですね、
ラジオでですね、マリス博士がノベル科学賞を受賞しましたというような報道を聞いたらしくてですね、
キャリーがノベル賞を取っちゃったみたいなんだよって言ったら、
ああ知ってるよっていうふうに答えてくれたらしいんですね。
サーフィンをしばらく楽しんでですね、海から上がるとですね、テレビ局のクルーがですね、もうすでに待ち構えていたそうなんですね。
彼らはですね、キャリーの家に突撃してきたんですけれども、そこにキャリーがいないというふうに分かるとですね、近所で聞き込みをして、
サーフィンに行ったんだろうっていうふうに、近所の人から聞いてですね、海岸に来てたそうです。
で、海から上がるサーファーを見るたびにですね、その取材人はキャリー・マリスさんですかっていうふうに声をかけていたそうでですね、
多分科学者って結構みんなムツリだと思うんですけれども、ムツリっていうか男はムツリなんですけどみんな。
なかなか女性に声をかけにくいようなオタッキータイプが多いような気はするんですが、
女性関係も派手というか、女の子に声かけるの大好きですし、サーフィン大好きですしっていうような感じで、
そういったところが彼の魅力だったり面白さなのかなと思います。
本当にこのサーファーっていうのは彼が最初で最後な気がしますね。
それぐらいなかなか珍しいことな気がするので、彼のサーファーでノーベル賞を受賞したっていうのは、
彼の代名詞みたいなものになる可能性が高いかなと思いますね。
そうですね、もう本当に代名詞ですね、彼がサーファーっていうのがですね。
いろいろニュースを聞きつけた友達たちがシャンパンを手に持って集まってくれたみたいで、
課題だった母親に連絡が取れたのはこの日の午後だったということですね。
友達たちが持ってきてくれるシャンパンで、2日間続けてずっと延々とパーティー状態になってしまったそうです。
いろいろ場所を移動しながらパーティーは続いていきまして、近くにワイナリーがあったらしいんですけれども、
そこがですね、また会場になってワインをたらふく飲まされたらしいんですね。
あまりにも飲みすぎてですね、寝てる時にはずっと看護犬の中で横たわっているというような夢を見たそうです。
キャリー・マリスのですね、やっぱりパーティー好きな友達たちが集まってきてくれたっていうのも、なんか彼の人柄だなと思います。
そしてですね、あの場面はちょっと移りまして、いよいよノーベル賞受賞式のストックホルムに行くという話をしていきたいんですけれども、
ストックホルムで行われるノーベル賞の受賞式には、彼はですね、2人の息子とマリスの息子たちの妻ですね、
元妻ですね、2番目の妻で息子たちの母親のシンシアを連れて行きます。
それとですね、当時付き合い始めていたガールフレンドのアイン・ホップも連れて行くという形でですね、
元カノと今カノを連れて行ったというような感じですね。プラスアルファで自分のお母さんも母親も連れて行ったということですね。
ノーベル賞をですね、一部門でですね、同時に2人が受賞するということがよくあるんですけれども、
この時もですね、ノーベル科学賞も同時受賞でした。で、その際にですね、同時受賞したマイケル・スミス博士という方なんですけれども、
イタリアンスーツの店に発注をして、で、これをですね、もう出来上がりがギリギリになるということで、
スウェーデンに直接送ってもらうことにします。
で、これはなんとか休場をしないだ、しのいだっていう形なんですけれども、
ちなみにですね、この白の塩ビ服はですね、結局そのまま使われることはなかったということではなくてですね、
キャリーの3回目の結婚式で見事使うことができました。
ちなみにですね、キャリーはその3回目の結婚も離婚してですね、
最後にもう1回結婚して、生涯でですね、4回結婚をしております。
なかなか女好きキャリー・マリスの一面を発揮しているかなと思います。
アメリカ人のですね、ノーベル賞受賞者っていうのはですね、スウェーデンに行く前にホワイトハウスに招かれてですね、
で、大統領夫婦と面会するっていうことができるらしいんですけれども、
その際にですね、クリントン大統領とヒラリー夫人に、当時の大統領とその夫人ですね、
に会えることになってました。
でですね、クリントン大統領は非常に忙しくてですね、
一人一人とですね、握手をして写真を撮って、おめでとうっていうふうに言ってくれた後にすぐに去っていったそうなんですけれども、
なんかここらへんちょっとアメリカっぽいなと思ったんですけど、アメリカっぽいなと思ったっていうかですね、アメリカだなっていうのが、
ノーベル賞って多分アメリカ、毎年誰かアメリカ人取るんでしょうね。
なのでこういったのが恒例行事になってるのかなと思います。
で、一人一人と握手をして写真を撮りっていうふうに書いてありましたけれども、
つまりはですね、ノーベル賞を受賞する人数、人間っていうのがですね、複数人、アメリカは毎年いるのかなっていうのでですね、
本当にアメリカの国力を思い知るなという感じですね。
日本の場合は日本人が取ったって言ってですね、その都市を大喜びするわけですけれども、
アメリカではもう毎年行事なのかなっていう感じですね。
クリントン大統領は一人一人と握手をしておめでとうと言って、すぐに去っていったみたいなんですけれども、
代わりにというわけではないんでしょうが、ヒラリー夫人とはですね、いろいろとお話ができる機会があったみたいですね。
またキャリーはですね、いたずら心がむくむくと湧いてきます。
ちょっとヒラリー夫人を試してやろうっていうふうに思ったみたいですね。
特にですね、ヒラリー夫人は当時ですね、アメリカの医療制度改革を、
夫人なのに政治的なことも行うんだなってちょっとびっくりしたんですけれども、
医療制度改革を行っていたらしいんですね。
なので、この人にそんな知識とか知恵があるのかというふうに思ってですね、