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下田文代リーダーズストーリー
こんにちは、RKBアナウンサーの下田文代です。
この番組では、毎週お一人の福岡、そして日本の経済を支えるリーダーたちの
これまでの人生、そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます。
先週に引き続き、医療法人一之会理事長、
そして男たちの美容外科、院長の宮部崇さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
男たちの美容外科、これもストレートな名前ですけれども、20年ほど前に立ち上げられて、
男性も女性も、その美、健康に対する意識って変化を感じられますか?
そうですね。だから僕らが本当にこの美容の医療を始めた頃、
もう簡易する前になるんで、20年以上前ですけれども、
美容外科に行くっていうのは、ちょっと後ろめたい感じだし、
人目を気にしながら行くようなとこだったんですよね。
今やもう本当に、もう何か二重したい、脱毛したい、やったよっていうのは
もう普通に言ってるので、本当に日常の一部、本当にスキンケアだとか、
美容室に行くとか、それの一環として美容、医療ってのも根付いてきたのかなとは思います。
そうですか。そもそも宮部さんは、この医療の世界をどういうきっかけで進まれたんでしょうか?
もともとですね、うちの実家というか、もう本家というか、もともと医者家系なんですよね。
もう200年ぐらいは続いて。
そうですか。じゃあおじいちゃんの、その非おじいさんの、そのまた昔という。
別の道進みたいと思わなかったですか?
それがですね、結局僕の父親は直属というか、長男がいて次男だったんで、
大本の病院を継ぐのは僕のおじさんが継ぐ。
そうするとその次は僕のいとこが継ぐ。
そうすると僕はもうそんなに医者になる必要もないなと。
そういうのを高校ぐらいからちょっと思ってはいたのと、
僕でも文系だったんで。
文系で?
なんか結構物書いたりとか、本読んだりするのは好きだったんで。
その当時から、なんかちょっとミーハンなんですけど、
石原慎太郎さんみたいに少男の海見ながら海の男になって、
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職業は物書きですみたいな。ちょっとかっこいいなみたいな。
ちょっとひとつ橋でも行こうかなみたいな。
それぐらいでちょっと文系にはいたんですけど。
だからゆくゆくは東京に出るだろうなぐらいは思ってたんですけど、
なぜか高校2年生のときぐらいかな、
父親が急遽自分で開業すると言い出して、
それについて一人ではやれないんで、借金抱えるんで、
後で一緒に返していってもらえないかみたいな。
たかし頼むぞみたいな感じだったんですかね。
そうだったんですよ。え?って今から?みたいな。
ただ本当に父親から頼まれたっていうことがなくて、
頼りにされたっていうのもちょっと嬉しかったのはあった。
じゃあちょっともうなるかみたいな。
今度はやっぱり医者の方に進むようにはなったんですけど。
そこから文系から利点して実現するとなかなかなものかもしれませんけどね。
ちょっと大変なときもありましたけどね。
勉強して。
そうですか。
ただ本当に医者になった瞬間に僕の父親が他界したんですよ。
なので継ぐために医者になったんですけど、
継ぐ場所がなくなったんで、
そこからまた僕は自分探しの旅に出るっていう。
そこでうよ曲折あって美容の世界に飛び込んできたんですけど、
今では良かったなと思ってます。
そうですか。
さて、これからの夢、展望って何かお持ちですか?
もう本当にここまで美容診療にどっぷり使って、
そして美容医療っていうのが根付いてきたんであれば、
もっともっと変わっていって自信ついてとか、
人生歩き方が前向きだとか上向きになる、
一つの助けになればいいなとは思っているんですよね。
そういうので言うと、
違う方面からでもみんなの人生を勇気づける、
そこまで言うとちょっと大げさかもしれないんですけど、
美容医療ってそういう力もあるんだよっていうのは、
皆さんにお伝えできればなと思っています。
先週と今週のお客様は、
医療法人市野海理事長で男たちの美容外科委員長の宮部隆さんでした。
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ありがとうございました。
お相手は下田文夫でした。
それではまた。