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モータ。MOTAで検索。下田文代。リーダーズストーリー。
こんにちは、RKBアナウンサーの下田文代です。
この番組では、毎週お一人の福岡、そして日本の経済を支えるリーダーたちのこれまでの人生、そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます。
先週に引き続き、株式会社なの花九州代表取締役社長大野繁樹さんです。
株式会社なの花九州は、2025年4月1日にこの名称になり、前身は株式会社トータルメディカルサービスという名前で桜薬局を運営しておりました。
その桜薬局は町財薬局事業で78の薬局、九州一円ですかね。
そしてフードサービス事業、これは病院給食です。
それに健康食品事業、桜本舗の栄養補助食品を展開されていますが、大野さんご自身は北九州市のご出身だということなんですけれども、若い時、高校時代と大学時代とどのようにお過ごしでしたか。
高校2年の時に麻雀を覚えてしまったのが、つまづきの始まりというか、高校時代もほとんど勉強などもせず、大学時代はアルバイトしてるか麻雀してるかというほぼほぼそんな生活でして、おかげさまで大学は5年間行かせていただいております。
長く勉強されたんですね。ですが、卒業されて就職もされた。
はい、就職はですね、牛肉とかそういうの輸入業とそれから製造業ということで、その会社入ったはいいんですけども、今でいうともうブラックどころの騒ぎじゃないぐらいの感じでして、同期100人入社したんですけども、
その年のお盆までに95人ぐらい辞めてました。そんな会社。結局1985年のですね、あの年に会社がその年に倒産して。
しかしながらその超罪悪局を展開する社長さんになられているんですが、その後何があったんでしょう。
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それで当時、倒産した時の会社の上司だった人がそれまでまだ大阪に残っておりまして、私に1本の電話があって、その明日福岡空港にちょっと迎えに来てくれないかと。
大阪から帰るのでということで、分かりましたと言って、迎えに行ったらちょっとこの足で北九州まで行こうかと言って、別にいいですけどと言って、連れて行かれた先が旧小文字病院、小倉北区にありました治癒会の小文字病院というところ。
今これ文字に移転しておるんですけども、そこに連れて行かれて、上司だった方が委員長から仕事を手伝ってくれということで呼ばれて行って、そしたらもう一人連れて行きたいのがあるけど連れて行ってもよかろうかと言って、僕は何にも聞かされずにそれで連れて行かれて。
その日の晩、もう夜中まで小倉の街を本当3時ぐらいまで引っ張り回されて、翌日の朝どんどんどんって、今はもうないんですけど、止水ホテルというのがありまして、ドアをノックされて海水パンツ持ってこられて、今から泳ぎ行くぞと言って、その後委員長が僕の部屋に来られて。
プールで泳いで、お前はいつから家に来るんだみたいな話になって、そんな話僕何にもしてませんけどっていうような経緯があって、それでまず病院に入ったんですよね。
病院ジムを扱うような。
いわゆる医療ジムですね。いや俺、そんな医療の命も知らない人間が1年でそんなことできるのかなって思ったんですけど。
そして医療ジムをしていたのに、町財薬局を。
少し違うことをまたやりたいみたいな気持ちがありまして、その当時広がりつつあった医薬分業の仕事をやってみないかということで、じゃあわかりました、やってみたいと思いますということで始めた季節があります。
なかなか留店の人生でしたね。
なかなかですよね、なかなかだと思います、本当に。
町財薬局を運営する会社の社長さんだったら、薬学部かなーなんて思ったりするんですけどね、マージャンがお好きな高校時代だったっていう。
小学部、小学科、学籍番号は81-5260です。忘れることができません。
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さて大野さん、これからどうでしょう?ご自身でやりたいことですとか、仕事面でもプライベートでも何かお持ちですか?
個人的な夢というか、最近旅行なんかもずっとここ数年があんまり行けてなかったので、コロナも目処が立っていることですし、そろそろあちこちまたウロウロしようかなというふうに思っています。
どこ行きましょう?
どこ行くんですかね、そうですね、少し年も年なので、あまりハードなところではなくて、少しゆるい感じのところをウロウロしようかなというふうに思っています。
先週と今週のお客様は株式会社菜の花九州代表取締役社長大野茂さんでした。どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
お相手は下田文夫でした。それではまた。