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2026年5月4日放送  ライジングゼファーフクオカ株式会社 代表取締役社長 古川 宏一郎さん
2026-05-04 08:07

2026年5月4日放送 ライジングゼファーフクオカ株式会社 代表取締役社長 古川 宏一郎さん

ライジングゼファーフクオカは、福岡県を拠点とするプロバスケットボールチームです。2006年に「ライジング福岡」として創設され、現在はB2リーグの西地区に所属しています。呼称は「ライジングゼファー福岡」。現在の本拠地は福岡市東区香椎照葉の「照葉積水ハウスアリーナ(福岡市総合体育館)」です。

社長の古川さんは、早くから海外に出て働きたかったこともあり、外資系の携帯電話会社にエンジニアとして就職しました。2年目の夏にイギリスに転籍。その後、日産自動車への転職を機に帰国し、商品戦略の仕事をしていましたが、日産自動車がオーナーであるプロサッカーチーム「横浜F・マリノス」の代表に就任し、スポーツビジネスに転身しました。

その後、日産を退職し、Bリーグ理事などを経て現職へ就任。今年で5年目になります。現在はBリーグの組織変更を受け、専用アリーナの建設も予定しています。

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サマリー

ライジングゼファー福岡株式会社の代表取締役社長である古川宏一郎氏は、エンジニアからスポーツビジネスの世界へ転身した異色の経歴を持つ。日産自動車時代に横浜F・マリノスの代表を務めた経験からスポーツの持つ感情の動きに魅了され、現在はプロバスケットボールチームの経営に情熱を注いでいる。福岡への深い縁を感じながら、Bリーグの組織変更に対応し、専用アリーナ建設も視野に入れている。

オープニングと自己紹介
ね、一人暮らし始めたって聞いたけど、親心配してない?
意外と大丈夫。ちゃんと仕組みがあるから。
仕組み?
親に送る写真だけはもらない。今の自分をそのまま届ける。それがマイルール。
仕事だってなんだって、離れてても安心できる仕組みがあると強いでしょ?
それソラコムみたいじゃん。
え、ソラコム?
繋がる通信と確かなITで、ビジネスの安心を支える。
IoTならソラコム。
誰もやったことがない挑戦、それは勇気がいる一歩。
でも、その一歩が世界を変える。
ヤッホー!ソラコム!
ソラコムは、繋がる通信と確かなITで、あなたのビジネスの挑戦をサポート。
IoTならソラコム。
下田文夫。リーダーズストーリー。
古川氏の経歴:エンジニアからスポーツビジネスへ
こんにちは。RKBアナウンサーの下田文夫です。
この番組では、毎週お一人の福岡、そして日本の経済を支えるリーダーたちの
これまでの人生、そしてこれから開く未来のストーリーを語っていただきます。
今日のお客様です。
先週に引き続き、ライジングゼファー福岡株式会社、
代表取締役社長古川光一郎さんです。
今週もお願いいたします。
よろしくお願いします。
ライジングゼファー福岡、これプロバスケットボールB2リーグ所属ということですね。
ホームタウンは福岡市のアイランドシティのテリ波積水アリーナがメイン会場となっていますけれども、
古川さんご自身は、もともとはエンジニアでらした?
そうですね。大学の時は理工学部で電気電子工学科におりましたので、
新卒で入社した会社は携帯電話の会社でソフトウェアのエンジニアをしていました。
海外で仕事をされていたということですか?
学生時代、バックパッカーで貧乏旅行がすごく好きだったので、
いろんな海外を回っている中で、早く自分も海外に出て仕事をしたいというふうに学生時代思うようになりまして、
早く海外に行けるような会社ってどこだろうというふうに考えたときに、
外資系の会社であれば、チャンスがあれば、本国で働ける機会が若い段階でもらえるんじゃないかなというふうに思ったんですね。
そして携帯電話の会社のエンジニアから転職もされたと。
そうですね。その時に日産自動車がちょうどカーナビが流行ろうとしていた時で、
自動車会社にこれまで通信のことを分かっている人間というのはいなかったんですよね。
大量に採用していて、その時に通信の企画とかそういうのが分かっている人間で、
商品戦略を考えることができるバックグラウンドを持った人間を探しているということで、
日産自動車に転職をして、商品戦略の仕事をしていました。
日産自動車時代にスポーツビジネスとの接点ができたわけですね。
そうですね。日産の子会社でJリーグの横浜マリノスというクラブを所有していたのが、
結果的に子会社の責任を持つポジションをやりなさいという社名が下った時に、
たまたまそれがマリノスだったというのはあるんですけれども。
スポーツビジネスの魅力と転身の理由
実際にスポーツビジネスに携わられて、
今はサッカーからバスケットボール、Bリーグということなんですけれども、
どうですか?スポーツ界での経営とか、そういう企画というのを実際に体験されて。
自分がマリノスに行った時に、最初の1年間で5回ぐらい涙が出たことがあって、泣いてしまうことがあって、
自分が仕事で泣いたことってなかったんですね。
それまでも悔しい思いとか、達成感を感じたりというのはもちろん多々ありましたけれども、
それでも自分が泣くということがなかったんですね。
スポーツの世界に来た時に、自分は選手でもないし、もちろんチーム監督でもないし、
ある程度客観的な距離を持って見ている側、それでも提供する側なのに、
こんなに心が動くのかと、嬉し涙、悔し涙、悲し涙もいろいろありましたけれども、
いろんな種類の涙を流すことがあって、こんなに感情が動く仕事に携わることができているという、
好きなみな言い方をすると感動を届ける仕事の一部になっているというところに、
すごく幸せだなというふうに感じまして、それで日産に戻るのを辞めて、断ってですね、
スポーツ界でもっとやっていきたいなというふうに思ったんですね。
福岡との縁と趣味
さて、非常に忙しくお過ごしなんでしょうけど、ヨカってどんなことされてますか?
ヨカが欲しいですね。
欲しいですね、ほんとそうですね。
ヨカが欲しいんですけど、最近ちょっと行けてないんですけれども、
サーフィンを福岡に来て本格的に始めて、47歳で始めましたね。
あ、そうですか。
福岡で新しくできた友人から、携帯からもパソコンからも解放されて、
でもただただ波だけを見て、海の中から見る朝日は本当にきれいだというふうに、
すごく誘ってもらってですね、朝早く起きて冷たい海に入るなんてバカじゃないのって思ってたんですけども、
めちゃくちゃハマりましたね。
そうですか。ご出身福岡だということですが。
生まれは浮気派ですね。当時吉井町というところで。
母方の実家がそちらにありましたので、里帰り出産という感じですかね。それで生まれました。
ただ転勤族でね。
そうですね。父親が転勤族だったので、私自身はふるさとがないというのがコンプレックスで、
小学校も札幌と名古屋と神奈川県の方に行ったりして、ふるさとが幼馴染がいないんですよね。
そういった意味では。ただ両家の祖父母が福岡だったので、毎年お盆の時には福岡に帰る。
変わらない帰る場所というのが自分にとっては福岡で、生まれた場所でもあり、古賀家の墓もありますけれども、
本当に今回この仕事を5年前にいただいた時も、両親も博多区に住んでいるので、今も試合はいつも見に来てくれるんですけれども、すごく縁を感じますね。
エンディングと番組告知
先週と今週のお客様は、ライジングゼファー福岡株式会社、代表取締役社長古川光一郎さんでした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
お相手は下田文夫でした。
それではまた。
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