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#63いとうせいこう『想像ラジオ』を読む|ラジオは誰の声を届けるのか
2026-08-07 13:36

#63いとうせいこう『想像ラジオ』を読む|ラジオは誰の声を届けるのか

「雨の日には本をさして。」この番組は、読書と創作について語るポッドキャストです。


エピソード63

今回は、いとうせいこう『想像ラジオ』を紹介します。

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〈こんなこと話してます〉

いとうせいこう『想像ラジオ』/ラジオをテーマにした小説を書くための読書/文学フリマに向けた創作準備/DJアークと「想像ラジオ」という設定/想像力の中だけで聴こえるラジオ/聴こえる人と聴こえない人の違い/ラジオというメディアのメタファー/東日本大震災を背景に描かれる物語/生者と死者の声/第4章「僕」と「私」の対話/「生者と死者は持つもたれつ」という言葉/記憶と思い出の残し方/物を捨てることと記憶の関係/思い出は誰かと共有して初めて成立するという考え方/電源の入っていないラジオを聴く老人のエピソード/声だけのメディアだからこそ届くもの/ラジオドラマ『宇宙戦争』パニック伝説/メディアと真実の関係/想像力で受信するラジオという発想/自分が書きたいラジオ小説について/声をどう物語として描くか


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サマリー

このポッドキャストでは、いとうせいこうの小説『想像ラジオ』を紹介。想像力の中だけで聞こえるラジオ番組をテーマにしたこの作品は、東日本大震災を背景に、生者と死者の声、記憶、そしてメディアと真実の関係性を深く掘り下げています。聴こえる人と聴こえない人の違いや、声だけのメディアだからこそ届くものについて考察し、リスナーに読書体験を勧めています。

はじめに:『想像ラジオ』を読むきっかけ
どうも、yoyoです。この番組は、読書と創作について語るポッドキャストです。
今回は、いとうせいこう想像ラジオを紹介していきたいと思います。 最近ですね、文学フリマに向けて小説とかを売ったりするイベントですけど、
そこに向けて小説を書いたり、批評を書いたり、仕事も忙しかったりする中で、いろいろ頑張っているんですけど、
今回はラジオをテーマにした小説を書いてみたいなと思って、いろいろ資料を読んだり、小説を読んだりしている中で、この小説を手に取ってみました。
もともとちょっとずんどくしていて、ずっと読みたいなとは思ってたんですけど、ちょっとこれを機会に読めてよかったです。
2013年に発表された小説で、ベストセラーになったということで、題名を知っていたり、もう読んだって方もいるかもしれないんですけど、非常に今読んでも考えさせられる小説だなと思いました。
『想像ラジオ』のあらすじと設定
あらすじというと、深夜2時46分、海沿いの小さな町を見下ろす杉の木のてっぺんから、想像という電波を使ってあなたの想像力の中だけで聞こえるというラジオ番組のオンエアを始めたDJアーク。
彼の声というのがどこに届いていくのかというのを追った小説ではあるんですが、
突然ですね、杉の木のてっぺんから、想像ラジオを始めますって言って、私はじゃあパーソナリティ名はDJアークで、みたいな感じで、じゃあこの曲聴いてくださいみたいな感じで、
いろいろ曲、想像の中で聴いてね、みたいな感じで始まっていくんですけど、それで人に届くんかいと思ったら、どしどしお手紙も聞いて、私のところにも届きました、
私も聴いてます、みたいな感じで、こういうエピソードあったよね、みたいなことを共有していくんですけど、そんな感じでいいんだ、みたいな感じになるんですけど、
ラジオのメタファーと聴こえる/聴こえない人
この想像ラジオって聴ける人もいる一方で、聴けない人もいる、そういうラジオで、それってなんだろう、想像ラジオだからっていうことじゃなくて、
ラジオのメタファーになってるんだろうなぁと思ったんですよね、 今って
ラジコだったりインターネットラジオだったり、ポッドキャストもそうですけど、音ってすごいクリアに聞こえるし、
聴けないものってないと思うんですよ、 ただ昔って、
それこそ私が小さい頃って、電波に合わせても雑音が入ったりとかクリアに聞こえるってことそんななくて、
私本当にラジオが好きで、昔その授業で作った、それこそハンダコテして作ったラジオをずっと丁寧に使って、
大学生ぐらいまで使ってたのかな、 聴いてたんですけど、
やっぱりその天候だったり、 それこそ聴いている場所であったり、
使っている電気の状態だったりとかで雑音が入ったりノイズが入ったりなんてことはしょっちゅうで、
聴きたくても聴けないってことはよくあったなって思ったんですよね。
ひるがえってみると、想像ラジオって自分の想像力によっているから、
別に何か機械があるわけでも、何かポータブルラジオがあるわけじゃなくて、
自分の耳でジュンして、今この曲が流れているある男の声がするんだみたいな風に言われると、
なんで私には聞こえないんだろうみたいなのがあって、
聴こえる人、聴こえない人、その違いって何なんだろうっていうのをすごく考えさせられました。
東日本大震災と生者・死者の声
その2013年ってことで、何を契機にされているかというと、東日本大震災。
これを背景に、生きている人と亡くなってしまった方の声っていうのを描き出した小説になります。
最近だと熊本の震災もあって、非常に心を痛めているというか、
私もなかなかそういうニュースが少し苦手なので、あまりしっかり見れているわけじゃないんですけど、
生きている人の声と亡くなってしまった人の声っていうのをどうやって聞いたらいいのかっていうのを向き合った小説だと思います。
DJ ARKって人もまた聞きたい声があるんですよね。
震災を経て経験した絵、自分は今杉の上にいるわけだが、なんで杉の上にいるのか、ぜひ読んで知ってほしいなと思うんですけど、
これ、こんなに盛り上がっている創造ラジオなのに、全然自分の家族からのお便りがない。
それは一体どういうことなのかっていうのがだんだん明らかになっていくんですけど、
お父さんとかお兄さんとかも、ずっと杉の上にいる彼を迎えに来て、そんなことやめなさいって言うんですけど、
いや、俺はやめないって言って、妻の子供の声が聞きたいんだっていうのをずっと言ってるんですけど、
皆さん知りませんか?みたいな感じで言ってて、その声が本当に聞けたのかどうかっていうのは最後まで読んでわかってくるんですけど、
第4章:生者と死者の関係性、記憶と思い出
私特にその第4章がすごい、この小説は第1章から第5章まであって、いわゆるその短編が連なってて、連作短編みたいな感じになってて、時々視点も変わるんですけど、
第4章は会話だけで成り立っている小説で、僕と私の掛け合いで成立してるんですけど、読んでいくうちに、僕は生きてて私は亡くなってるんだっていうのがわかってくる小説になります。
その中で、どうやったらその声が聞けるのかっていうのを表してるんですけど、いいなと思った表現があって、ちょっとそれを読みたいと思います。
生き残った人の思い出もまた死者がいなければ成立しない。だって誰も亡くなっていなければ、あの人が今生きていればなぁなんて思わないわけで。
つまり、生者と死者は持つもたれつなんだよ。決して一方的な関係じゃない。どちらかだけがあるんじゃなくて、二つで一つなんだ。
っていう風に話していて、私すごく記憶って何なんだろう、過去って何なんだろうって、ちょっと最近批評で考えてて、過去とどう折り合いをつけるのか、思い出をどう思い出すのかって、すごく難しいなぁと思ってて。
私は物に思い出が残ってる状態があまり好きじゃないので、今まで使ってたものとかそういうものも結構定期的に捨てちゃって、記憶を生産してるところがあるんですけど、
ただ思い出したい思い出をどうやったら思い出せるのか、そのものに紐づいてる思い出っていうのをどうしていくのかって、なかなか難しいなぁって思ったし、またその紐づいてない思い出、
特に人との思い出は、ことさらやっぱり誰かと共有しているものであればあるほど思い出しにくくなっていくわけで、思い出したいとかそういう風に思っても思い出せなくなっていくんだなと思うときに、やっぱりどちらか一方が存在しててもあっても成立しないんだなぁとは思いましたね。
電源の入っていないラジオと声だけのメディアの力
他にもね、いろんなラジオにまつわるエピソードってのがあるんですけど、そのおじいさんのエピソードがこの第4章にも語られてて、そのおじいさんのエピソードがすごくいいなぁと思ったんですけど、
そのおじいさんはその病院に入ってて、テレビもない真っ暗な部屋にずっとその耳にラジオのイヤホンをずっとしてるんだそうです。右耳にずっとイヤホンを入れてずっと診察の時もずっと聞いてるんだけど、一体何を聞いてるんだって言っても絶対話してくれない。
絶対教えてくれないんだけど、よくよく見てみるとラジオにはスイッチが入ってない、オンになってないんですよね。
けど、なんでその音がしてないラジオに夢中になってるんだろう?何を聞いてるんだろう?っていうのをこの僕と私はずっと話してるんですけど、お父さんには何かが聞こえていたんじゃないかっていう話になっているんですが、
ラジオって本当に生活のインフラというか非常に大事なものなんだよなぁっていうのを改めて思って、声だけのメディアだけど、声だからこそ信じるしかないというか信じたくなるというか、
一社の声が届くっていうのも声だからなのかなぁとか思ったりもして、そこが想像ラジオにもつながってくるんだろうなぁとは思ったんですが、
宇宙戦争っていうね、小説をラジオドラマにしてパニックになってしまったっていう話がね、よく語られていて、私はそれを本当だと思ってたんですよね。よく語られるから、そういうことがあったんだ、ラジオってやっぱり信じられてるメディアなんだなって思ったんですけど、
調べていくと最近はそれはデマですっていうふうに言われてて、今借りてる本でそのパニックになった状況を研究した本があるって読んでいるんですけど、まさかこれも嘘だったのかって思うとなんか難しいなぁと思って、
ラジオだからそういうふうにパニックになっちゃうっていうふうに信じられるぐらい力があるんだろうなぁとは思ったんですけど、やっぱりメディアがそういうふうにかきたてればかきたてるほどそれが真実になっちゃうっていう悪い面もあったのかなぁとは思ったんですけど、
想像力で受信するラジオと今後の創作
それだけなんだろう、声だけのメディアだからこそ人に刺さるものになっていくんだろうなぁと思ったんですが、想像ラジオってのはもう想像力だけで聞くラジオなので、なんかこう聞きたくても聞けないってなった時にどうやったら聞けるんだろうなぁと思って、自分は聞けれるんだろうかとか思ったりもして、
最終的にそのDJ ARKが聞きたかった声ってのがどうなるのか、それはぜひ読んでみて確かめてほしいなぁと思います。
これを受けてどんな小説が書けるんだろうなぁとか思ったんですけど、私は結構小説を読む上でその感覚っていうのを見てるなぁと思って、
そのラジオを介してどういう声を聞くのかっていう、それをどういうふうに落とし込んでいくのかっていう感覚を抽出できたらいいなぁと思うんですけど、
なかなか何山でもあるので、もう締め切りが迫っているので、ちょっとできたらまたそのについてお話ししていきたいなとは思うんですが、
今日はこんな感じで、ちょっと短めですが、伊藤聖光の想像ラジオについてお話ししてきました。
どういう物語があたらんでいるのか、ぜひ読んでみてもらいたいと思います。
番組情報とエンディング
はい、それでは終わりにしてきます。
ここまでお聞きいただきありがとうございました。
雨の日に本をさしては毎週木曜日に更新しています。
Spotify、Apple Podcasts、Listenなど各Podcastアプリで配信しています。
概要欄にメッセージフォーム、ハッシュタグアメフォンなどで質問や感想をお待ちしております。
それではまた来週。バイバイ。
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