耳をつんざく警報音と共に、ラボトロニカの天井に据え付けられたパトライトが、真紅の光を撒き散らします。
機密シャッターが重々しい音を立ててロックされ、空調システムが完全隔離モードへと強制移行しました。
この未曾有の危機に、完全密閉型防護服を着込んで滝のような汗を流しているのは、熱血とロマンで突き進むラボトロニカの研究員、潮目です。
ナギ君!微生物検知センサーと染料系の構成は完了したか!?
防護服のエア漏れチェックも頼む!
あるいは地球外生命体の有機分解プロセスの可能性すらあるぞ!
その隣で、同じく防護フィルターを装着し、平然とコンソールを操作しているのは、潮目を支えつつも、時に辛辣なツッコミを入れるサポートAIロボット、ナギです。
潮目さん、落ち着いてください。染料系はバックグラウンド値、空気中の浮遊細菌数も、バイオハザードレベルには達していません。
ですが、気発性有機化合物センサーの数値が、物理的な測定限界値を完全に突破しています。
カンスト突破だって!?
通りでバイザー越しでも目がチカチカして刺すように痛むわけだ!
アルファ、ベータ、ガンマ線は正常なのに、微生物現出センサーが不穏な数値を叩き出しているぞ!
未知の変異体化、あるいは危険な有機毒素の漏出化。
発生源の区画を絞り込みます。現在、汚染物質は、ラボの最深部、南西のバックヤード付近からじわじわと拡散中ですね。
すべては数日前、強烈な戦場降水体が関東を襲ったことから始まりました。
そして今、出張先から緊急通知を受けた最高責任者が、専用ヘリで帰還を果たします。
重々しいエアロックを脱げ、専用の防護服を身にまとい、凛とした冷徹なオーラをまとって現れたのは、
ラボトロニカの最高責任者にして誰もが恐れかがめるカリスマ、白波署長です。
出張先でこの緊急通知を受け取った白波署長は、即座にヘリを手配し、ラボトロニカへと急行したのでした。
ラボトロニカに到着し、閉鎖された隔壁内部に入るための大変面倒な手続きを経て、
ようやく潮目たちの居場所に到着した白波署長は、大変な疲労を覚えていたのでした。
潮目、ナギ、一体何をやらかしたの?
主役の補完手順を間違えたの?それとも怪しい深海生物のサンプルでも勝手に解凍したかしら?
署長、戻られたのですね。僕らは何もやらかしていません。
微生物の暴走化、あるいは科学兵器レベルの分解ガスが空調系統を占拠していて、原因不明なんです。
ボス、残念ながら今回は潮目さんのミスではなさそうです。
汚染物質は、ラボの最深部、南西のバックヤード付近からじわじわと拡散しています。
どの辺が残念なんですか、ナギくん。濡れ着布が晴れてよかったところでしょ?
南西の…
南西の角。そこは普段誰も立ち入らないデッドスペース。
白波署長は思い出したのです。
自腹で購入し、人目を盗んで持ち込んだ私物の小型冷凍ストッカーを。
そしてその中に、極秘で取り寄せた置きずり用の置き網ブロップ4.5kg、およびロゴスの氷点化保冷剤を隠していたこと。
あなたたちはこの場に待機なさい。私が南西バックヤードを確認します。
危険です、署長。未知のバイオハザードですよ。
来ちゃダメ!部下を危険な目に合わせるわけにはいかないわ!
私はラボトロニカの最高責任者よ!
ここに私がいる以上、私が先陣を切る必要があるの!待機していなさい!
南西バックヤードに駆け込んだ白波署長の目に飛び込んできたのは、白い小型冷凍ストッカーでした。
そして、その足元、プラグに直結されたポータブル漏電遮断器のリセットボタンが跳ね上がり、通電を示す緑のランプは完全に消灯していたのです。
ひっ!
署長、通信モニターを繋ぎました。計測値によると、まさにその冷凍庫が汚染の中心地です。
漏電遮断器が落ちて電源が切れてますよ。
冷凍庫自体の漏電ではなく、別の物理現象が原因のようですね。
学術プラットフォームのアカデミア・エデュに掲載された論文によると、電子負荷やインバーター機器が存在する回路では、
高周波の漏れ電流や回来サージによって漏電遮断器が不要作動、つまりゴトリップを起こす現象が報告されています。
なるほど!2週間前の激しい雷雨で、サージ電流が一般配線に回り込んだんだ!
ラボの保護電源系ではなく、壁のコンセントに直結されていたせいで、安全装置が誤作動を起こして電源が完全に落ちてしまったんだね!
ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい!2週間前からずっと常温放置!?
冷凍庫の電源が切れた場合、温度が常温に戻るのは平均的に36から48時間!
2週間前に電源が落ちたとすると、少なく見積もっても通り…
ポータブルガスクロマトグラフィー質量分析系の初期データが出ました。画面に転送します。
硫化水素、メチルメルカプタン、それに高濃度の酸化脂質由来の揮発性アルデヒドを検出。
デカスなオンパレードだ!まるで地獄の窯が開いたような成分構成だよ!