1. 京都新聞Podcast
  2. 近未来的SFの舞台になぜ京都が..
近未来的SFの舞台になぜ京都が選ばれたのか?知ることの本質・AI時代を考えてみる【物語の路地を歩く③京都とSF作品】
2026-08-18 41:51

近未来的SFの舞台になぜ京都が選ばれたのか?知ることの本質・AI時代を考えてみる【物語の路地を歩く③京都とSF作品】

📕今回紹介した作品

野崎まど『know』(早川書房)/京都SFアンソロジー:ここに浮かぶ景色(Kaguya Books)


■訂正

8月17日に配信した音源の中で、『京都SFアンソロジー』の「第二回京都西陣エクストリーム軒先駐車大会」について、「著者はブログを見て作品を書いた」との発言をしていますが、これは間違いでした。ブログは編集者向けの参考資料として示しただけだったにも関わらず、会話のなかではあたかも「ブログから着想を得た」との印象をリスナーに与える表現になっていました。お詫びして訂正いたします。また、この作品の著者である溝渕久美子さんのお名前の表記についても、概要欄に書いていたものに誤字がありました。こちらもお詫びして訂正いたします。誠に申し訳ございませんでした。

※2026年8月28日に音源を一部差し替えました。


※収録日:2026年7月28日

出町座の書店「CAVA BOOKS」での再会/野崎まど『know』から/SF文学初心者がお届けします/SF代表作「日本沈没」「戦国自衛隊」にも京都/守られる街並み、数百年後も変わらない舞台装置/修学旅行生の数<外国人観光客の数/「電子葉」の仕組み、難しかった/13年前に描かれた「知る」ことのリアル/寄稿「天眼」から/検索エンジン→AI→その先は…/夜の京都御苑は結構怖い/溝渕久美子『第2回京都西陣エクストリーム軒先駐車大会』/野咲タラ『おしゃべりな池』/初心者でも覚えていられる大名作「時かけ」


📰今回紹介した記事・関連記事

寄稿「天眼」 永田和宏:「知る」とは 「知らなかった自分」を知ること

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/1759341


📰京都新聞デジタル:⁠⁠⁠https://www.kyoto-np.co.jp/⁠⁠⁠

📒月額プランの詳しいご案内:⁠⁠⁠https://www.kyoto-np.co.jp/list/corporate/price_navi⁠⁠⁠


📨番組の感想はこちらまで↓

⁠⁠⁠https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfBd0YWOd6t0FTkvxgu9NlxwD95xd7rmONpWCanLfDvjxu1Kw/viewform⁠


📷SNSはこちら↓

切り抜き動画、収録・編集裏話もあるかも👀

⁠https://www.instagram.com/kyoto_news_studio/⁠⁠

⁠⁠https://www.threads.com/@kyoto_news_studio?hl=ja

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
安部さん、映画はお好きですか?
映画は好きですが、あんまり見てないな、最近は。
そう、最近の作品で急に具合が悪くなると。
京都のワチがロケ地になった作品でね、賞を取られたりして話題になりましたけど、
見てませんが。
見てないですか。私はすぐ見に来ました。
で、その本編の上映と別に、
デマチザっていう映画館、ミニシアターありましたよね、マスカッタ商店街には。
そこで、濱口隆介監督の過去作品の企画上映と、あと5本にいらっしゃる舞台挨拶があったので、見に行ったんですよ。
で、デマチザの1階には、サバブックスさんっていう本屋さんがね、入ってて。
で、上映はちょっと時間があったので、そこで本見ながら過ごしてたんですけど、
そこで、これ買おうかなと思って、本をレジまで持って行って、お会計を待ってたら、
レジのお姉さんに、この間お会いしましたよねって言われて、
こっちは全然記憶がなくて、誰だっけって思ってたら、
実は、このポッドキャストを始めたっていうことを、お話を大学のほうに講義でお話しさせていただく機会があって、
その授業に出られてた方が、
学生さん?
そうです。デマチザでアルバイトされていたということで、だから私は覚えてなかったっていう話で。
デマチザのサバブックスさんのアルバイト?
厳密に本屋さんのアルバイトと、映画館のアルバイトさんと同分けて貼るのかちょっと確認できなかったんですけど、
声かけられた。
こんな偶然があるんですねということで、盛り上がったんですが、
その時に私が買おうとしていた本が、
ネットフリ好きのためのアメリカ文化コーナーって言ってたんで、
アメリカ文化よくわからずに、ジョリックス見てるやつが京都新聞にいるんだっていう、
ちょっと恥ずかしい話がありましたということで、
急に本屋で声かけられるというお話でした。
京都新聞ポッドキャスト、物語の路地を歩く。
この番組は、京都や滋賀にまつわる小説について、長く文芸担当されていた安部さんと一緒に語られます。
こんにちは、広瀬です。
安部です。
今日もリサーチャーは原さんにお願いしています。
03:11
ちょっと雑談から入るというトリッキーな感じですが、どうですか?
皆さん、こういう話面白いですか?
さっさと本題に入ってくれということは、そういうご意見もありますので、ぜひコメント欄でお願いします。
はい、今回は京都を舞台にしたSF作品ということで、
3作品をちょっと紹介していこうかなと思っています。
ちょっとあらすじね、最初に全部言っちゃうと、ごちゃごちゃするかなということで、
ちょっと1作品目から順番に紹介したいんですけど、
一つ目は、ノウ。野崎真人さんのノウですね。
K-N-O-W。
うん、知るという意味の英単語のノウ。
あらすじを早川文子さんの公式のものをちょっと読み上げます。
超情報化対策として人造の農用でいいんですかね。
農用でしょうね。
電子王の遺植が義務化された2081年の日本京都。
情報庁で働く官僚の尾釣れるは、情報組織のコードの中に恩師であり、
現在は行方不明の研究者三千代上一が残した暗号を発見する。
その旅先で待っていたのは一人の少女だった。
三千代の真意もわからぬまま、尾釣れるはすべてを知るため、彼女と行動を共にする。
それは世界が変わる4日間の始まりだった。
これ2013年が初版ですね。
今から13年ぐらい前の作品ということでございます。
今回SFということでかなり変化球というか、京都とSFってあんまりイメージないのかなと思うけどどうですか。
そうですね。
京都舞台でSF作品って。
近未来やるなら東京じゃないって。
もうちょっと都会都市的なところっていうイメージがあります。
もちろんありますけど。
ちなみに広瀬さんはSFはあんまり読んだことがない。
実は小説、ロボットアニメとか広角機動隊とか。
ゲーム作品で言うと、なんかデトロイトビカムヒューマンとか、わかる人は多分わかると思うんですけど。
ロボット系の近未来SFみたいな作品、映画とかアニメとかいっぱい多分見てるんですけど、小説ってあんまり読んでないなっていうのを今回すごい感じまして。
なのでちょっと途中理屈が難しいなと思いながら、スーッと読んだところもあったりして。
06:02
だから余計に東京とか大阪じゃなくて京都なんだって思いながら読みましたね。
ちなみに僕もSFはほとんど読んだことがない。
なんでだからSFに選んだのかっていう話もあるんですが、
だからあらかじめ言い訳というか、それほどSFに詳しくない2人が語りますという。
ちょっと私安部さんすごいSF好きなのが気が付きます。
いや、SF読みでは全然ないです。
ちなみに強引にさっきの枕の話とつなげると、サバブックスの店長さんってうちにも寄稿してもらってて、
あの宮坂さんだったかな。
彼はすごいSF読みで、海外SFをよく紹介してもらってたような気がします。
というので、2人で話すにふさわしいかどうかは分かりませんが、今日は少しSFの話をしてみましょう。
京都でSF馴染まないなと思いながらも、このNOという作品、昔読んだ時にすごく面白かった記憶があって、
これをちょっと話してみたいなと思って改めて考えてみると、
ちょっと事前のメモでもお伝えした通り、小松佐教の日本沈没、これは比較的序盤から京都が出てくるというか、
あの作品も今さらネタバレもないからいいかなと思うと、
日本各地で最終的には沈没に向かっていく前兆としていろんな地震とか火山とかが起きる中で、
序盤あたりかな、中盤か、京都大地震が起き、確か午前の送り火の日に京都が地震に遭われるみたいなシーンがあったなというのを思い出して、
パラパラとその辺の記述は確認をしていて、ある意味日本で一番有名なSF作品なのかなと思う。
そうですね、そっか。
あともう強引につなげると、半村城さんの戦国自衛隊も、SFの代表作の一つかなと思うけど、あれも、
舞台は?
あれはね、確か新潟とかあっちの方が舞台だけど、
終盤になって京都に自衛隊が、自衛隊がというか、自衛隊員が戦国武将的な形に変わっていくのかな。
京都に最後は訪れ、このままネタバレなのかな。
これでも名作、名作というか、何度も何度も映像化されているものではありますよね。
09:09
ということでというか、強引に言うと京都って別にSFに馴染まないわけでもないのかなというふうに改めて思います。
さっき原さんとも話してたけど、イメージ的には都会とSFっていうマッチするけど、
京都で意外にいいのは、風景が変わらない。
そうですね、なんて言うんですかね。
さっき東京とか大阪で、木村SFやったらいいやんって一瞬思うんですけど、みたいなことを言ったんですけど、
でも京都でやる意味としては、今私たちが2026年に見ているお寺さんとか、
ご子息ですかね、が、たぶん100年後とか200年後もおおよそ変わってないだろうというか、
たぶん残しているだろうみたいなことが、残ってるという設定を使うことができるってことですよね、きっと。
そうそう、あんまりたぶん無理がない設定になるのかなというのは。
現状すでにもう200年ぐらい残ってる、もちろん回収とかしてるんでしょうけど、
残されているものがきっと、このSF設定の先にもおそらくあるだろうみたいな願いなのか、
SFってどうしても現代から離れちゃうから、読んでる人と物語の世界観をつなぐものがないといけないんですよね。
そういう役割なのかなと思って読んだんでしょうね。
おそらく風景っていうのは、自然の風景とかは大きく変わらないから、
それはいいんだけど、やっぱり人工物っていうのはどんどん変わっていくけれど、
京都なら残ってて変わっていない風景をかけちゃうかなっていう、
なんかフックになるのかなという気は読んでいて思って。
それで言うと、この能は、
あの、喫茶店の新神堂が京大の北門前。
これがだから作品世界では、なんだ、創業百何年って、
えっと、まず作品の舞台が2081年でしたかね。
この時も同じように喫茶店があり、象徴的なシーンとして登場するという。
創業1930年なので、150年。
だから今、2026年って考えると創業90。
もうちょっとで100年ですね、90。
だけどこの作中世界では創業150年ぐらいで出てくるのかな。
12:01
おそらくなっているという。
確かそういう記述で出てきていたので、
まあこういう京都なら変わらない風景、建物、人工物っていうのが残っているだろうっていうのは、
なんか一つ京都でSFが描かれる理由なのかなと思ってみたり。
確かに。
なんか東京とか大阪とか福岡とか名古屋とか、
ああいう町って、そんなに一生懸命残さないといけないほど、
多分、史跡がたくさんないですよね。
だから、まっすぐ都市開発しようと思った時に、
まっすぐそっちに進んでいける町でもありますね。
そこまで生きていったらわからないけど。
そんなことないぞということあるかもしれないですけど。
でもイメージとしては、
どんどん開発とか古いものが更新されていく町っていうイメージとは、
少し京都は違う。
そうですね。
そういうのは、おそらく読者に共有されているという、
ベースがあるのかなという気はしますね。
確かに。
なんかNOを読んでて、
もちろんこれがたぶん13年前の作品だからっていうのがあると思うんですけど、
人ごみに、身を隠さないといけない場面になった時に、
主人公と一緒に行動している女の子が、
修学旅行生の格好に噴水みたいなシーンが確かあったと思うんですけど、
今だったら、たぶん海外の観光客の方に会った方が
紛れられるよなって思ったりして。
というのは、修学旅行生とすれ違うより、
そういう観光客の方とすれ違うことの方が、
なんか感覚的には多くなったかなという気がしてて。
確かに。
これは時代の変化ですよね、結構。
この執筆した当時であれば、あまり想像されなかったことなのかもしかしたら。
かもしれないですね。
まだ2010年代って、
それこそほんと修学旅行生が道わからずパタパタかけていくっていうのを、
よく見かけたよね、確かに。
見かけました、ほんとに。
でも今ね、タクシーで反行動するとか、
なんかそういうのがトレンドになったりとかして、なかなかね。
タクシー反行動はもう、
もう長いですか?
かなり前からのトレンドじゃないかな、わからないけれど。
だけど、街で修学旅行生、もちろん今もたくさん見かけるけれど、
意識としてもっと目につくのは、海外からの観光客のような気がしていて。
これ作中で、この作品紹介するのも難しいけれど、
主人公は官僚なのかな?
そうですね、情報庁という核の省庁があって。
15:00
そこの若い男性が、この少女と共に行動するという場面が、
京都の街中で繰り広げられ、
その時に、どこまでネタバレなのかな?
他人の周りの人の脳を操作して、自分たちの存在を隠そうとすると。
その時に、周りには修学旅行生に見えるように、
二人は行動しているという場面だったっけ?
そうですね、木を隠すなら森の中だという話で、
どういうふうに周りに見せているかというギミックまで、
私はきちんと理解できなかったですけど、
そういう技術がどうやらあるという世界観ですね。
これどうなのかな?
僕もどこまで理解しているかって難しいけれど、
人の脳の中に電子網というものを埋め込んで、
そこでいろんな情報が、
リアルな脳の神経回路と結びついているのかな?
そういうことなんですかね。
情報阻止という行動。
ちょっと壮大な誤解をしている可能性もないかもしれない。
難しいというか、
コードを書くという作業が、
身近な方にはわかりやすい理屈なのかなと思いながら読んで、
でも、そうですね。
端的に言うと、タイトルの脳もあるけど、
知るということが、
情報?
人間の脳の神経回路の中で起こっている出来事っていうのを、
ある程度外部化して埋め込んでしまうっていうのが、
一般的な世界の話。
だから、若い人でもそういう電子網というのを埋め込まれていれば、
ある種、世界のあらゆることは知っている状態であるっていう世界の話を描いていて。
情報へのアクセスがものすごく簡単になったという世界なんだなっていうぐらいの、
ふわっとした理解で読んでました。
僕もそれぐらいの理解ですが、
知るっていうことが、今、ネットで検索すれば大体のことがわかるとか、
AIに聞けば大体のことがわかるっていう世界よりももう一歩進んでて、
それがもう脳内で完結してしまえる世界になっている。
だから、AI時代と、なんていうのかな、
宣言的に描いているといえば、
今、ハラサンダしてもらっているけど、
脳の中にチップを埋め込んでみたいなことも、
結構今、全くのフィクションとは言えない社会になっていて。
18:01
なんか、どんどんデバイス類、情報を得るための、
今、スマホがメインかもしれないですけど、
スマートグラスとか、あとリングとか、
とにかく体の中にどんどん入ってくるような、
開発の方向には進んでますよね、いろんな。
で、その中に多分、AIの技術もあって、
情報にアクセスすることとか、
何かを理解するためのラグっていうものを、
限りなくゼロにしようとしているんですよね、多分。
そういう、今の私たちが、
もう目の前に感じている開発の話と、
限りなく近い世界観が、
13年前にもう書かれていたんだっていうのが、
この作品のすごいところというか、
もうなんだっていう、というか。
その当時ってどうだったのかな?
だって、まだまだでしたね。
Google検索を上手に使って。
どうやって上手に使えるかみたいな話があったし。
今ね、大学生レポートとか、
何かAIで書いちゃうみたいなこと言いますけど、
私たちの時はWikipedia、コピーペーストが何か問題でしたよね。
誰かがまとめてくれるということはなかったので、
ソースだけ自分で探してきて、
あとどうくっつけるかみたいなこととか。
まあでも、そういうのって大体先生にすぐバレちゃうっていうのはね。
あんまり今も変わらないみたいですけど。
で、この作品ではそういう世界の中で、
そもそも知るっていうのは、
人間が物事とか何かを知るっていうことはどういう意味なのかっていうのを
結構深く問いかけている作品なのかなと思って、
今読んで改めて面白いかなという気は。
そうですね。
私は覚えとくことは結構苦手なんですよね。
個人の特性として、
何か発達特性なのか何か分からないんですけど。
覚えとくことっていうのは暗記が苦手ってこと?
そうです。
シンプルに暗記がすごく苦手で、
だからAIとか、
さっと情報が引き出せるということの恩恵を結構受け付ける本なんですよね。
本当は多分普通の人が100覚えられることを、
私たぶん50くらいしか持続して覚えていられなかったりするなって思うことが、
仕事始めてから余計増えて、
だから、ありがたいっちゃありがたいけど、
それって咀嚼して、
共鳴として自分の中に残っている部分って少ないんだよなっていう実感はいつもあって、
でも、何て言うんでしょう?
今、人間が処理しないといけない情報の量って、
どんどんどんどん増えていってるから、
そこを苦手に感じている人にとっては、
助かるなって思う部分もあるのかなと思いながら、
でもね、昨日の朝刊ですかね、7月…
21:03
一昨日かな。
一昨日かな。7月26日の京都新聞の朝刊で、
転眼という気候ですかね、
気候があるんですけど、
それで、まさにこの知るということについて、
中田和弘さんがお話しされてるものがあって、
安部さん、これまさにこの話してましたよねって、
確か打ち合わせの時おっしゃってましたけど、
これどうですか?
だから、AI、生成AI、今実際にプライベートでも業務でも触るようになってきて、
すごく便利だし、驚くほど分からないことが分かる。
間違っていることももちろんあるかもしれないけど、
そういう時に、なんというのかな、
知ることとか知っていることっていうことの意味みたいなものって、
やっぱり考えてしまうなと思って、
その中で、脳はこれ、知ることの本質みたいなものが最後、
視察的に示されるし、
この今広さん言ってくれたその転眼で、
中田さんの転眼は、知るっていうのは知らなかった自分に出会うことであると。
そうですね。
でもそれも確かにそうで、
あんまり知っていることの優位性って今なくなっている社会で、
調べればだいたい分かるんだから、知らなくても、
必要な時にAIに聞けばいいと。
だけど、物を知っていくっていうのは、
それまで知っていなかった自分ということに気づいて、
自分を問い直すことだみたいなことも、
それも一つ、知ることの一側面というか、
なのかなと思って、興味深く読んだんですが、
なんか、これって生成AIに限らず、
検索ができる社会になった時に、
だいぶ今までの知識とかが変わった気がして、
昔、いろんなことを知っている人っていうのは、
すごい博覧狂気って言われたりして、
ある種、経緯を持たれていたけど、
今、検索して調べればだいたいのことは分かるっていう時に、
その価値って落ちているのか、どうなのかな。
検索して調べられるっていうことが、
私、今、34歳なんですけど、
小学生ぐらいの時に、パソコンの授業みたいなのがあって、
だから、検索してものを調べて、
情報を得るっていうことがもうベーシックになってから、
もうだいぶ経ってる世代だと思うんですけど、
勉強していると、
その知識は検索で得たものなのか、
それともその人が体系的に学んで、
24:04
教養として持っているものなのかっていうことには、
ものすごい違いがあるように感じられるんですよ。
何が違うのって言われると難しいんですけど、
なんていうんですかね、
やっぱり、つけ役場的な知識って、
その人の表にしかついていないものに感じられるっていうか、
そう、難しいというか。
そうなんですよ。そこは明確に何か違うんだけど、
でも、今、AIとかを使うことが簡単になった子どもたちに、
じゃあ、なんでそれじゃあかんのって言われたら、
それはそう感じるまで、自分で勉強してみた方がいいよ、
以外のことが多分言えないような気がするんですよ。
それって結構、無責任だし。
でも、知らないことがあっても、調べればわかることを、
なんで覚えなきゃいけないんですかって言われたら、難しくない?
でも、難しい。
今、しかも日常でも、覚えとかなくてもいいことを調べたらわかることっていうのは、
学ばなくなっていない。
そうなんです。
ものすごくレベルの低い話で言ったら、電話番号って覚えなくなったよ。
そうですね。
そういうレベルで、これってどこかでアクセスできると思うことっていうのは、
どんどん節約していくというか。
これ、完全に個人的な感覚として、
自分の好きなものとか、知りたいことを結構一点集中で、
一生懸命掘り下げている人っていうのが、
喜ばれる時代になったような気がするんですよね。昔に比べると。
だから、すごい、
まんべんなく強要がある人っていう人の素晴らしさを、
私はわかるつもりなんですし、自分もそうありたいなと思うんですけど、
でもなんか、なんて言うんですかね。
難しいな。
個性トッピーな人というか、それ以外のことなんもできないんだけど、
それさせたら、その人すごいねみたいな人が喜ばれてる感じもあって、
AIが便利がられて、
わからんことはわからんでいいし、AIに聞いたらいいけど、でも好きなことは一生懸命やんなさいっていう人の育て方が何か種類になっていくんだとしたら、
なんか時代にもあってきてることなんかなって思ったりしますけど、
ちょっとここ自信ないんで、後でカットするかもしれない。
肌たんですね、完全になんか。
27:00
まあでも、ちょっとどういうところに向かっていくのかっていうのはわからないけれど、
このNOという作品は、それを大胆に一つのフィクションとして、
結末は結構びっくりすると言えばびっくりするんですか。
この作品で京都はだから新進道も出てくるし、
終盤の舞台として大きいのは、京都漁園、漁師の部分。
これもその舞台としてはすごい印象的だなと思ったんやけど、どうでしたか。
夜の御所へ。
そうですね、行ったことある方はわかると思うんですけど、まず広さにびっくりしますよね。
こんなとこに昔住んではったんやっていうことと、
あとなんかこう、この作品結構終盤はバトル漫画家出てきますよね。
そういう描写に、この広いロケーションぴったりだったんだろうなっていう気はちょっとしましたね。
しかも夜ですよね、夜なんですよシーンが。
そうやね、ここバトルシーンなんよね。
そうですね。
漁園で繰り広げられるのは。
だけど、夜の京都漁園の中とマッチするなというふうに思って読んだんだけど。
暗いですよね、とにかく。
街灯あんまりなくて。
ものすごいね、夕方から夜にかけて漁園内とかって、
結構人、散歩してる人もいれば、あそこって生活道路になってる部分もあって人はいるんだけれど、
日没前後ぐらいから夜にかけてだんだん人が減っていくと、結構異様な空間になる。
そうですね、地面全部砂利なので、歩くとこう、ジャリジャリ音がするし、
なんか不思議というか、ちょっと怖いぐらいの感じがありますよね。
広大な空間が、特に県令門に向かって広い通り、作中の舞台になってるけれど、
あれって、時代祭りとかの行列の出発してくるところで、昼見ると華やかな感じがするけど、
夜は独特の怖さっていうのが、それがうまくこの舞台とマッチしてるなっていうのも、
確かに。
作品、1作品で終わってしまいそうですが。
そうでした。もう少しライトなというか、もうちょっと短めの作品も2作品、実は読んできていて、
1つが、京都SFアンソロジー、ここに浮かぶ景色というタイトル、要するにいろんな作品が入った。
30:03
短編集というか、いろんな作家さんが短編を寄せているというアンソロジーで。
カドヤブックスさんですね。
から、2作品、おしゃべりな池、野崎太良さん、それから、第2回京都西陣エクストリームの岐崎駐車大会、
水口久美子さんの2作品も読んでまいりました。
どちらでもどうでしたか?
私はこのエクストリームの岐崎駐車大会好きだったんですよ。
っていうのも、ポッドキャスターのチームの何人かで安部さんの家に遊びに行ったこと何回かあるんですけど、
安部さん家の車どうやって止めてるのか、いつも思ってたんですけど。
というか、安部さんのご自宅に限らず、京都ってやっぱ大きい通りから1本入ったところに民家たくさんあって、
それぞれ皆さんね、車、お家の前というか、前という、なんて言うんですかね、このスペース。
まあ、だから軒先駐車。
いっぱいあるんですね。その話ですよね、これは。
あらすじも一応じゃあ読んでもらいましょうか。
本の中についているあらすじですね。
京都市の街の中心部は古くから細い道路の両側にみっちり家が建っています。
西陣もそんな地域の一つで、駐車場を作るスペースもなく、
1メートル足らずの狭い軒下に車を止めるエクストリーム軒先駐車を多数見かけます。
本作は自動運転が普及した社会が舞台。
祖父母の世代がやっていた軒先駐車をスポーツとして蘇らせた主人公たちは大会に向けて訓練に励むのですがと。
はい、これは短い短編ですけど非常に面白いですね。
未来に便利になることとして想像しやすい本の話。
自動運転もいつかこれやってくれるんだろうなっていう気はしますが、
でも確かにこの技術自動化できるのかって、今写真見ててちょっとほんまにできるやろうかってくらいすごい。
結構だからこの京都の駐車でぴったり1ミリの隙間もないぐらい止めてるっていうのは有名なというか面白がられてるよね。
確かに。
それをフィクションに落とし込んで自動運転が普及した中で自力でどれぐらいできるのかみたいな話だけ言うとバカバカしいような気がするけど。
33:01
でも京都の街並みをよく知っている人からすると、
これ京都のSFですねって感じがするんじゃないかなと。
そうそう。それでうちもそういうせっかくにあり、かなり難易度の高い駐車を私はしていますが。
本当に。頭から入れるのか、尻から入れるのか、歯っていうのが分かれて練習するんですけどね。
ただこの作品でやっぱりいいなと思うのは、その技術っていうのが、これネタバレかな。
街の風景とか街を知ることっていうのと密接に結びついているっていうところの物語がいいなというふうに思って。
いわゆるSFっぽさはないよね。何かこう、近未来の技術が出てくるというよりは近未来の技術の中で古い技術とか古い知識、
知恵みたいなものの大切さみたいな話なのかな。
私たちの暮らしで当たり前にやっていることが、太古の昔の技術になったらどうなるのかっていう逆転の視点みたいな感じがしましたね。
だからたぶん理解しやすかったんですね。
その意味でいうと、もう一作品。
はい。おしゃべりの池。
これもあらすじを。
言っておきますか。
はい、お願いします。
京都の南には昔、小倉池という巨大な池がありました。
近代の観宅事業によって亡くなった小倉池の跡地がある久美山が本作の舞台です。
久しぶりに久美山にある祖父の家に滞在することになった主人公は、無口な祖父との距離を縮めるためにいろいろなアプローチをするのですが、なかなかうまくいきません。
ところが、二人で訪れた美術館の展示を前に、これまでの無口が嘘のように祖父が話し始め、ということで。
小倉池ってちょっと、宇治市になるんですかね。久美山町をまたがっているんですかね。
またがっているのかな。
場所的にはね。
不死身宇治久美山町にまたがっていると。
この作品も僕は好きで、なぜかというと。
育ちが宇治だったので。
そうでした。
これ、宇治で育った人ならわかる話ですが、この小倉池管択授業という、確か戦前かな、戦中かな、1940年ぐらいなんだけど、
この管択授業については必ず地域の学習で、宇治の人たちというのは学ぶんです。
僕も小学校時代、遠い昔なので、どんなことを学んだか覚えてないんですけど。
36:05
だけど、小倉池っていう言葉の響きには、なんか独特のこの失われたものっていうイメージはずっと持っていて、
かつてあったものがなくなったっていう、子供時代に植え付けられた象徴的なものなのかな。
そこへのある種のノスタルジーじゃないけど、失われた池の記憶みたいなものをうまく物語化しているのがこの作品で、
無口な祖父、おじいちゃん、祖父っていうのがこの小倉池の池があった時代を知っている人で、
そこに若い研究者である孫にあたるのかな、主人公が、
その小倉池の記憶と現在を結びつけていくみたいな話で。
この、私、久美山と宇治、本当に短い間でしたけど、
あ、そうか、初任時。
2ヶ所目だったかな、あったんですけど、
東芋洗いという南独地名、あの子、学びましたね。
東一口と書いて芋洗いって呼ぶっていう、この多分芋洗ってたのもこの辺ですよね、おそらくね。
それこそこの作品の中で芋洗いの古言についての話も出てきたよね。
まあ確かに南独漢字。
懐かしく読みました。
なんかこれも、いわゆるSFとはちょっと違うというか、
SFあんまり読んだことないのに、そんなこと言っていいのかわからないけれど。
なんか、その西陣の話もそうだけど、
なんか失われていく風景とか、失われつつあるものとかみたいなものを物語にしている。
そうですね。時代系、何て言うんですか。
移り変わっていくものに着目して展開していくっていう。
そうなんです。SFの定義って広いなっていうのが、そうなんです。
アニメとかで最近見るものって、どうしてもちょっと今より科学技術が発達した先の話をメカニックに描いたりとか、
それこそ起きるものとかで動くとか、そういうなんか超エネルギー的なものばっかりをSFだと思い込んでたところがあって、
確かにこの今紹介したアンソロジーのほの2作品もSFなんですよね。
だからファンタジーとSFってどういう風に区別するのかな。
それこそ前話した秋目さんの作品とかも、ある種SFやん。
確かに。サイエンス要素がどこかっていうものなんですかね。サイエンスフィクション。
39:01
森美さんの四畳半身は大気って、
タイムリープものなんですよね、あれは。
あれは平行世界ものっていうのかな。
だからもうまさに設定的にはSF的なんだけど、あんまりSFとは語られないのかな。
えっと、なんか多分近い作品で時をかける少女があると思うんですけど、
あれも一応SFなんですよね、国理的には。
あれはまあ多分一般的にはSF、タイムリープものは比較的SFという風に。
ね、そうですよね。でもなんかSF苦手自覚がある私があれを覚えてるっていうのは、
やっぱりあのSFっていうこのギミックの部分ではなくて、
こう主人公たちの感情の動きとか、ナラティブ的なところにやっぱ大向けが置かれていて、
やっぱ時かけはこう主人公がこうギミックに気づいて、
もうこの人と会えないんだみたいな、っていうところがやっぱクロイマックスになってくるじゃないですか。
とか、そこが強いと多分SF苦手自覚を覚えていられるというか、
なるほど。
分かりよいんだなって思ったりしましたね。
だからあんまり苦手意識持たずに気づいたらSFだったっていう楽しみ方がいいんだろうなと思ったり、
ちょっとあの話の主題から逸れてきましたが、すいません。
なかなかまとまらないですよ、また毎回ですが。
みなさんの好きなSF作品ありますか?
共通、舞台じゃなくても全然いいのでこんな作品好きですとか、
SF苦手な広瀬さんにこれはどうですかとか、そんな提案もお待ちしております。
はい。
はい。今日はこんなところで。
そうですね。
原さん、よかったですか?
はい。
では今日の物語の路上歩くは京都を舞台にしたSF3作品をご紹介しました。
ここまでお聞きいただきありがとうございました。
京都新聞ポッドキャストではリスナーの皆さんからの感想を募集しております。
概要欄のフォームから番組の感想などお気軽にお寄せください。
また京都新聞デジタルでは京都、滋賀、大阪を中心に毎日新しいニュースを配信しています。
有料プランに初めてお申し込みいただくと最初の月額料金が無料になります。
京都新聞の紙面を宅配購読していただいている方は月額480円でお読みいただけます。
こちらも概要欄のリンクからご覧ください。
では次回の配信でお会いしましょう。
ありがとうございました。
41:51

コメント

スクロール