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五山送り火の夜、バイクの向こうに見えた「大」の文字からロケ地を探して…小説 と映画『お引越し』で京都・滋賀巡り【物語の路地を歩く⑤お引越し/ひこ・田中】
2026-10-20 51:21

五山送り火の夜、バイクの向こうに見えた「大」の文字からロケ地を探して…小説 と映画『お引越し』で京都・滋賀巡り【物語の路地を歩く⑤お引越し/ひこ・田中】

📚お引越し/著者:ひこ・田中

🎬監督:相米慎二 出演:中井貴一・桜田淳子・田畑智子ほか(1993年制作)


今回は原作だけじゃなく映画のお話も/映画も小説もどっちも読んだ・見たタイミング/4Kリマスター版の受賞歴/今は電子書籍と古本のみ/京都の風景、驚くほど変わっていない/学校歴史博物館がそのまま/鴨川デルタ、再び/河川敷のテニスコート/京都ドラマあるある、急にロケ地がワープする/お父さんの引っ越し先は?/問題の送り火のバイクシーン、どこだった?/五山の送り火の点灯順/祇園祭から送り火、京都の夏/心理描写の小説、動き回る映画/「ワコさん」の存在感/お父さんのインパクトは中井貴一さんのおかげ?/お好み焼き屋かバブリーなレストランか/お父さんの会社と公衆電話/巡行の日、どうやって撮影した?/「桂は京都市内?」洛中洛外論争再び/滋賀パートは映画だけ、大津の船幸祭/異世界に迷い込むクライマックス/廣瀬の考察:「魔女の宅急便」とつながる成長の描き方/「母さん」が「ナズナさん」に変わる瞬間/お父さんの一人称は「父」/エンドロールのロケ地は…

※収録日:2026年9月29日


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サマリー

今回は、ひこ・田中の小説『お引越し』と、相米慎二監督による1993年の映画版を取り上げ、親の別居・離婚に巻き込まれる11歳前後の蓮子の視点を軸に、原作と映像の違いを語る。映画では鴨川デルタや学校歴史博物館など京都の風景が印象的に映る一方、地理的には離れた場所がつながって見える「京都映画あるある」も話題になった。五山送り火の夜、父親と蓮子がバイクで走る場面の背景に見える「大」の文字からロケ地を探すが、通りや橋の特定には至らず、点灯順や撮影方法も推測にとどまる。小説では蓮子の内面や母娘関係、若子さんの存在が丁寧に描かれ、映画では走る蓮子や父娘の場面など、動きと俳優の存在感が強調されている。映画後半の滋賀では、大津の船幸祭を経て、蓮子が現実から異世界のような水の世界へ迷い込む。両親ともう一人の自分が現れるクライマックスは、自分との対話を終えて成長する瞬間として、『魔女の宅急便』のキキの描写とも重ねて考察された。小説で「母さん」が「ナズナさん」に変わる呼び方や、父親が自分を「父」と呼ぶ距離感、エンドロールのロケ地についても話し、京都・滋賀の風景と登場人物の成長を振り返った。

小説と映画『お引越し』の概要
安部さん。
こんにちは。
こんにちは。
はい。
今日は、物語の路地を歩くなんですけれども、
前回のおさらいからちょっと入りたくてですね。
はい。
というのも、前回は、綿谷梨沙さんの
天の平の都を預かったんですけど、その中で
五山の送り火の話をね、
はい。
しましたね。
はい。
それで、なんか違う作品の話をちょっとした時に、
どうだったっけみたいな、
という話になったよね。
なったんですよね。
ね、原さんね。
はい、そうです。
あの、原さんがいなかったら、
たぶんお引越しの話、
振らなかったんじゃないかなと思ってて、
そうですよね、たぶんね。
えー、どういう話やったかな。
お引越しってもう言っちゃいましたけど。
えー、そんなわけで、京都新聞Podcast。
あ、大丈夫?
ちょっとすいません、僕あの、
今日パソコンもいじりながらなんで、
ちょっと上の空になってたとこもあるんですけど、
はい、大丈夫だと思います。
たぶんその、渡江さんの作品の話をして、
送り火を見るシーンの話をする時に、
あ、違うよきっと。
えー、西鎌とかあっちの方、
舞台になってる作品ってなかなか少ないよね、
みたいな話から、
いやでも彦田中さんのお引越しは、
あそこに家がありました、
っていう話をして。
そうでしたっけ?
違った。
どうやったかな。
ちょっと記憶が曖昧なんですが。
確かなのは、私も安部さんも、
このお引越しっていう映画が好きだったんですよ。
それは確か。
それは確かにお話ししてて感じました。
で、渡江さんの作品で北大島氏が出てきて、
北大島氏ってあんまり文学作品とか、
テーマになりにくいね、
みたいな話をしている中で、
確か僕が、
あのお引越しのあの名シーンは、
北大島氏だったじゃないか、
という話をしたんですね、きっと。
そうでした。
で、終わった後復習してて、
いや、あれ北大島氏かどうかわからんぞ、
っていうので、
まあ、それで今回お引越しをやりましょう、
っていうことになったんですが、
はい、お引越しお引越しって言ってるけど、
説明していただくと。
はい、では説明に入りたいので、
タイトルコール参ります。
京都新聞ポッドキャスト、物語の路地を歩く。
この番組は、京都や滋賀にまつわる小説について、
長く文芸担当されていた安部さんと一緒に語られます。
挨拶遅れましたが、広瀬です。
あ、安部です。
原です、どうも。
今日は3人でお話しします。
よろしくお願いします。
お願いします。
改めまして、
今日紹介します作品は、
お引越し、彦田中さんの作品です。
ちょっとあらすじ紹介します。
福音館書店さんのホームページから
引用させていただきます。
水曜日、今日、父さんがお引越しをした。
父さんと母さんが離婚した。
お家が2つになった。
主人公の蓮子は11歳の女の子。
当事者でありながら、優れた観察者でもある、
彼女の凍てつした眼差しを通して、
80年代の京都を舞台に、
親の離婚に巻き込まれた子供の現実が、
多感な少女の心模様とともに、
みずみずしく描き出される。
はい。
で、今回は、その小説作品とともに、
映画お引越しについても話しましょうと。
そうですね。
こちらは、早苗慎二監督、1993年制作。
主演は中井圭一さん、桜田純子さん、
そして田畑敦彦さん、他ということで。
ちょっと彦田敦彦さんのプロフィールも、
ちょっと過去紙面にあったので、
簡単におさらいしておきます。
1953年大阪府生まれ、同社大学卒業。
お引越しで無垢波途中児童文学賞。
5面で産経児童出版文化賞、JR賞など、
著書多数ということでございます。
はい。
今日は、映画と小説と、
どっちも当然ですけど、
映画のね、ロケ地にも共闘。
それから、詩画もね、たくさん出てくるということで、
まあ、比較じゃないですけど、
どっちもちょっと感想を話したり、
あと前回の北大島詩、
ほんまやったんかどうか、
確認なんかもちょっとやりたいんですけれども。
これ安倍さんは、映画も原作の本も、
最初からというか両方読んで見てて。
ああ、元々昔映画も見てたし、
映画は結構何回も見てるような気がするな。
小説も、映画が先だったと思うけど、
原作の小説も読んでいて、
で、今回これを取り上げるっていうので、
原くんも映画は?
映画は、そうですね、3回ぐらい見ました。
小説、原作あるというのが知らなくて、
安倍さんに公開聞いて読んだっていう感じですね。
私は小説も映画も完全初見でしたが、
映画は京都シネマさんに見に行ってまいりました。
今もじゃないわ。
本日収録日、9月29日なんですが、
もうやっていないと思います。
私が行ったのは9月の上旬、中旬ぐらいだったので、
もう終わっているんじゃないかと思いますが、
現在はNetflix、YouNextとか、
有料配信サービスで見ることができますと。
知らなかったんやけど、これあれなんやな、4Kで。
リマスター版ですね。
それが去年、おととし、もっと前か、2023年か。
ヴェネチア国際映画祭クラシック部門に出品され、
最優秀復元映画賞というのを受賞したということでした。
多分それに伴ってリマスター版の公開があって、
私はそこまで見たと思いますね。
その前にももちろん見てたんですけど。
これ映画の公開93年やね。
小説は90年とかやったっけ。
90年8月25日、初版発行って書いてあります。
しんどくならないニュースの予告の方では多分私喋ってるんですけど、
ちょっと本の方は今のところちょっと各出版社さんに。
品切れ、版元品切れ。
品切れになっていて、増版の予定もないので、
現状は電子書籍での販売。
あと古本があるかなないかなというような状況ですということは、
ちょっと改めてお伝えしておきます。
変わらない京都の風景とロケ地
さっきあらすじの紹介で80年代の京都を舞台に水しくって言ってたけど、
出版は90年で、映画は93年で、
多分ロケも当然90年代で。
あんまり80年代周はしなかったよね、映画は。
そんなことはない。
私も生まれたの92年なので、そこの違いはもうだいぶ曖昧というか。
なるほど、確かに。
あと京都の風景全然変わってないやんっていうのを映画見て思ったんですよ。
変わってないよね。
変わってないですね。
印象的でなんか明らかに違うなっていうのは公衆電話のシーン。
あー確かに。
ああいう雰囲気はちょっと時代感を感じたけど、今の風景と変わらず。
れんこの家が、小説も映画もおそらく西鴨のあたりになるんですよね。
あのあたりだなと思って見てると、
カメラ回ってる背景とかを見ると、鴨川のこのあたりだなっていうのがすぐわかるというか、
周りの風景が2010年代以降の京都しか知らない私が見てもすぐわかるくらい、
変化がなかったというか、それは面白かったですね、見てて。
確かにね。
学校もね、今はもう学校じゃない施設になってますけど、
見た目はあのままでね、京都市学校歴史博物館として残ってるんですね。
もうちょっとそのあらすじというか、説明をすると、この主人公のれんこというのが、
離婚したというか、離婚は正式にはしてないのかな、別婚。
離婚、もうするという。
離婚届が何度か映し出されるけれど、そういう中でれんこは小学校に通っていて、
その小学校がおそらく、ロケ地はその学校歴史博物館のところ。
ただ住んでる家は西我望だから、校区は明らかに違うし、
京都の人じゃない人だったらリアルに見れるのかもしれないけど、
シーンが明らかに繋がれていて、不自然というか、
実際のリアルな行動とは違うのかなという。
これ映画版の話ですね、小説のことになります。
でも映画の方では、鴨川デルタが印象的に橋を渡ってれんこが走っていくシーンとか、
その後2つに分かれた鴨川の方、鷹の川じゃなくて鴨川沿いをれんこが走っていたりとか、
京都らしい風景というのがかなりいろんなところで映し出されるけど、
意外に見た目が変わっていない。
鴨川の河川敷にテニスコートがあるというのを皆さんご存知ですか?
あれ、私最初知ったときびっくりしたんですけど、予約とか全くいらないんですよ。
そうなんですか?
そうなんです。行った人が順番、空いてたら使えるし、後ろに誰か待ってたら譲り合いで使うみたいな感じで、
中高生とかが練習で使っていることがすごく多いんですけど、
私も何回かそこでテニスをしたことがあって、
そうなんですね。
でも、下手くそだと川にボールが飛んでいってしまうので、上手にならないと使えないという。
でも、あの辺の鴨川の河川敷って、いろんな中高生から大学生ぐらいまでの人がサークル活動の場所として使っているよね。
そうですね。
よさこいね。
よさこいもやってたりして。
よさこいめちゃくちゃやってますね。
あれ、もうちょっと下流の方じゃないですか。デルタよりも南の方から。
ああ、そうかな。
でも、その鴨川沿いの河川敷の風景とかは驚くほど変わってないよね。
変わってないですね。
やっぱり絵になるというところもあるしね、京都だと。
山上通りからダーッと走っていって、次は鴨川デルタのシーニパってなるんですけど、
それ、よく考えたら違和感はあるけど、京都の話だなってすぐね、分かりやすいかな。
でも、あれも山上通りっていうのも分からないけどね。
パッと見ただけで。
住んでる人だけか。
そこは普通に見てたら別に違和感ないのか、あれは。
でも、あるあるというか、初回の鴨川ホルモンの時も式紙パトルみたいなことをした後に、
シーンがパッと変わると急に違うロケーションになって、「あ、そこ行くの?」っていう。
そこ走っていけないんじゃない?っていう映画体験は何回か知っています。
あれは京都ドラマ映画あるあるみたいな感じで。
どうも知れないですね。
船越英一郎さんがめっちゃ走って、擬音のあたり走ってたと思ったら、嵐山にいるみたいな。
なるほど。
あれ、刑事ドラマですかね。
いや、画の話だけど、ありそうだなっていう話。
あったと思います、なんか。
確かにね。
でも、それで言うと小説の方は、
なんかそういうわかりやすいキャッチーな京都のシーンってそんなにやや少ないかな。
そのデルタも出てこないし。
こっちの西鴨周辺というところをあんまり離れてないイメージというか、
お母さんが友達と出て行くシーンとかもしかしたらね。
高島屋に行くとかね。
そうですね、高島屋は市場ですね。
小説ではお父さんの引っ越し先が伏見のあたりじゃない?
でした、そうでした。
だから西鴨からバスに乗って京阪三条まで行って、
京阪三条から京阪電車に乗って移動するみたいな記憶やけど。
ありました、ありました。
でもこの映画の方って、追い越しの追い越し先ってどこやったっけ?
ちょっと厳密にわからなかったような気がするんですけど。
アパートというかマンションの上から京都の市内が見えたよね。
見えた。
落差位ではないよなというか、
マンションが結構、予想のマンションが見える立地やったような気がして。
ニュータウンか?いや違うな。
全然もうちょっと街中やったと思う。
そうですよね。
というのでこの映画のロケ地はなかなか特定が難しいのが多くて、
難しかったですね。
五山送り火とバイクのロケ地探し
それの最大の今回のきっかけになったのが送り火の日の移動。
そうなんですけど。
ここで一点訂正です。
この後、お父さんの役名、舌の名前をケンジと広瀬が呼び続けますが、
正しくはケンイチでした。
収録が終わるまで誰も気が付かず、最後までケンジと呼び続けているんですが、
正しくはケンイチでした。大変失礼いたしました。
それでは続きをどうぞ。
引っ越しの映画にはレンコとナズナとケンジ。
ナズナがお母さん。
そうですね。お母さんの名前がナズナと言うんですけど、
3人でお好み焼き屋さんに行ってお好み焼きを食べた後に、
送り火の妙法の妙ね。
妙を見に行くというシーンがあって、
その後にケンジお父さんのバイク、お父さん1人で帰るんですけど、
そのバイクにレンコを乗せて、レンコがお父さんに捕まって、
2人乗りして、
来年も見ようって言うんでしたっけ、確か。
そのシーンの2人の向こうに大の字が見えるんですよね。
走っているバイクの後ろ姿で、背景とか奥に大の字が見えて、
僕はそれが北大島市あたりだろうと思ってたけど、
改めて今回見てみると、
どうももうちょっと南じゃないかなと。
今出川通りなのか丸田町通りなのか、
少し南の通りを東に向けて走っていて、
ただやっぱりあの映画ってすごく色々印象的なシーンがあるけれど、
あの大の字が揺らめきながらバイクで走っているシーンというのがすごく印象に残っていて、
だから今回見直す前はそれこそ10年以上は見てなかったけれど、
この間渡谷さんの話をしたときに、
そのシーンを思い出すぐらい印象深かったので、
どこなのかなというのが結局結論的には不明。
分からないですね。
そもそもですけど、
明を見た後に大がまだ灯っているのか問題というのが一つあって、
そこは多分演出として。
点灯順番的には明は?
でも2番目なのか。
だから消えてはいないと思うけどね。
登場する順番が明大というのがちょっと違和感というか、
もう大明やろというふうに。
これもしかして大が左大文字という説はない?
左だとしたら。
左の大文字の前にあんな大きな塔ではないか。
いや、どうやろう。
補足するとですね、
五三の繰り木というのは8時に一番大きい大の字がついて、
そこから5分ごとに明宝、その5分後に船形、
その5分後に左大文字、
最後に鳥居がついて終わりという順番があるんですよね。
30分は止まり続けますって書いてありますね、ネットの情報ですけれど。
だから一応五三全部がついている時間があるはずだから、
そんな辻褄とかを話してもしょうがないかもしれないけど。
でもあそこ本当にいいシーンでしたね、お父さんとマインクリームってね。
めっちゃいいシーンなんですけど、
橋の特定にはいたらずということで。
そもそも橋かどうかもわからなかったよね、改めて見ると。
あんなに綺麗にどこで撮ったんだろう。
合成したのかな、そんなことないですよね。
いや、違うと思うな。
あれ1日で撮ったっていうことでしょ、きっと。
京都で。
そうですよね。
おくれ日ともる日って1日しかないんだから。
その明と大のシーンは。
確かにそれはそうね。
だけど撮影順番はどうかわからないですよね。
というので。
こういう話でいいんでしたっけ。
前回のロケ地考察の答え合わせはこんなところしておきたいんですが。
でもおくれ日の日というか、
映画のお引越しは夏が舞台というか夏だよね。
そうですね。
1週間くらい映画ない時間で。
いやでも祇園祭りがあっておくれ日まであるから
1ヶ月以上。
でも最初の梅雨のシーンから始まるんじゃなかったでしたっけ。
雨降って嫌だみたいな。
そうや。
窓の向こうが。
だから一夏の出来事っていう感じですかね。
そうよね。
季節の変化っていうのは京都すごいわかりやすいですよね。
で祇園祭り始まって、巡行があっておくれ日があって。
この映画でいうと最後シガのお祭りのシーンがあるんですけど。
あれはおくれ日の翌日に行われるお祭りのようで。
そう考えると何も説明なくても日付までわかるっていうね。
わかりやすさはありますね。
確かに。
原作の心理描写と映画の動き
小説版は冬じゃない。
冬ですね。
秋口かな。
でも冬らしい最後の植物園のシーンとかあれ良かったよね。
結構映画と原作の小説って重なってる設定はもちろんあるけれど、
意外に改めて見直して読み直してみると違うなって気がした。
この映画と小説を2,3週間の間に一遍に読んだっていうのはこの3人の中で私だけだと思うんですけど、
見比べてこの小説をそういうふうに解釈して取るんだっていうのにすごくびっくりしたというか、
小説の方ってどっちかっていうとずっと心理描写で続くじゃないですか。
連呼の主観でずっと子どもらしい言葉でというか、
それを映像化した時にこうなるんだっていう感動したんですけど、
2人どうでしたか。そんなことないか。
確かにもう小説と映画っていうメディアの違いで、
なかなか映画でこういう心理描写ってできないから、
むしろ映像でっていうのはそうなのかなと思いながら、
ただなんか小説は映画に比べたらもうちょっと静かな感じっていうのかな。
映画は結構動くんよね。走ってるシーンが象徴だけど、
なんか連呼がもうちょっと生き生きしてるというか動き回ってる感じがするけれど、
小説はどうとせいで言ったらせいのような感じがしたかな。
確かに。
あとなんか時代の感覚は小説読んでると80年代っぽいなっていうのは思ったよね。
80年代の少女漫画の空気があるなっていうふうに思ったかな。
その言葉遣いとかも含めて。
それはめっちゃ思いました。
それで言ったら映画はそういう感じが全然させないの不思議だなっていう気もしたけどな。
なんかこの若子さん、ぬのひき君という、
ケンジの大学時代の後輩のパートナーの方。
だから親子3人と、あと主に登場人物としてはその2人やね。
その若子さんとぬのひき君っていう大人2人が、
お父さんお母さんよりちょっと世代が下なんかな、ぬのひきさんは。
恋人の若子さんはだいぶ下ないね、あれ。
10歳以上離れている。
父娘・母娘の関係と時代感
あと小説版で言うとお母さんのお友達。
あの人も結構気になる形で出てきますね。
若子さんが何やったっけ。
若子さんっていうふうに恋子はそこで呼ぶんですけど、
恋子が小説版はどっちかっていうと、
母親とこれからどう暮らしていくっていうことに結構しっかりフォーカスしていってるイメージがあって、
母親と自分、
若子さんは母親と自分の間ぐらいの世代の女性として描かれるじゃないですか、
こういう相談できる女性というか、
お姉さん的な存在みたいなものがすごい大事だっていうのが、
小説では結構しっかり描かれてるんですけど、
映画にも若子さん出てきますよね。
出てくるんですけど、こんなにちょっと昔やんちゃしてたんだよねとか、
小説版ではそういう昔話をするシーンがあるんですけど、
そういうのもなく、
どっちかっていうと、
両親と恋子、
3人の関係性みたいなものを映画は多分しっかり描いてて、
確かにな、小説はそうかも。
若子さんが結構重要な役回りな気がするな。
あと、ケンジの影がちょっと薄くないですか、小説の方。
薄い、めちゃくちゃ薄い。
すごい薄いですよね。
映画だから撮ったら変かな。
やっぱり中井圭一さんが演じてるからっていうそのインパクトがある。
確かに。
どちらかと言えば、お母さんが桜田純子さんだけど、
お父さんの方が印象に残ってるって言ったらあれかな。
父娘の関係と母娘の関係って言ったら、
両方じゃないですかね。
お母さんがケンポを作ったっていうシーンがあるじゃないですか。
2人で生活するのに約束ごとをまとめて。
それは小説でも結構、第2章が丸ごとそういうことを決めるパートになってたと思うんですよ。
新しい2人の生活を約束ごとを決めて。
どっちがお風呂を掃除するんだとかご飯を作るんだとかいう中に、
ケンカした時にお父さんに会いに行ってはいけないとか、
どうかなみたいなルールがちょっと混じってたりするシーンがあって。
そうか、そう言われてみると、
これやっぱり男性女性で見方というか印象的なあれが違うのかな。
やっぱり父娘のシーンが何となく記憶に残ってるかな。
これ滋賀に行って、今は亡きロイヤルオークホテルやったっけ。
あそこでお父さんとれんこがちょっと美学館に出てくるシーンとか、
あそこもなんかすごく印象に残ってるけど、
あれも父娘のシーンやな、考えてみれば。
映画を見た時はすごく父娘のシーンはシーンで印象に残るし、
お母さんとの距離感みたいなのはわかるなっていうところとか、
いろいろあって思いながら見たんですけど、
見た後に小説戻ってくるとどっちかっていうと女性文脈が強い。
お父さんの存在感は薄いな、確かに。
原くんはどう?
どの辺のシーンが、一番最初に見たのってリアルタイムじゃないよね。
レンタルビデオか何かわかんないけど、そんな感じで見た気がしますね。
何回も見るってことはやっぱり好きな映画やったってことやな。
何が魅力的な?
お父さん、何考えてるのか、何をしてるのか、
いまいちお母さんに比べるとわかんないところもなくなかったですから。
でも蓮子とは固い絆があって、そこも面白いなと思うんですけど、
母親との関係と父親との関係っていうのが。
仕事何してるのかな。広告代理店?
広告代理店で、それは一応小説とも設定通じて。
そうね、アドウルシバから買ったから。
自宅で何かやってるみたいな感じですよね。
やっぱり90年代とかあの辺の時の自由人じゃないけど、
やや新しい職で、あまり古い働き方に縛られないみたいな、当時でいうと。
という感じの、ある意味、ろくでもないというか、
愛想もつかされたりするのかなっていう、その描き方じゃないかな。
そうですね。離婚に至る理由も、
なんかすごい明確な何かがあるっていう感じでもないじゃないですか、なんとなく。
その辺もなんかぼんやりしてて。
これも小説でもないよね。
なんか性格の不一致?みたいなことがあったけど、
子どもたちが自分たちで喋るというシーンはありますけど、
ちゃんとは描かれないですよね。
あんまりだからそこが主眼ではないよね。
多分関係ないんですね。
小説版は若干、女性の独立みたいなところは若干入っているのかもしれないなと思いましたけど、
自分で稼げるような仕事を見つけてみたいな。
でもそれは映画でもそういうセリフってあったんじゃない?
蓮子が閉じこもって、家の中で労場しようとするんやね。失敗するけれど。
その時にお父さんも駆けつけてきてっていうシーンでは、
そういう経済的な自立みたいな話とかはしてたよね。
なんか映画の方がお母さんを稼いでそうだって思ったというか、
当時のバリキュアリー女性って子供のイメージだったのかなと思いながら、
映画を見ました。
だからちょっとだけ時代が違うせいなのか分からないけど、
初めて母娘で食事に行くシーンが、
映画と小説でおしゃれ度が違うよね、明らかに。
小説だとお好み焼き屋さんに行くんですよ、2人。
でも映画の一番最初に2人で、
今日は2人の門出屋みたいな感じで行くレストランは背もたれが長くて、
机もちょっと透明で、
洒落た、ちょっと予算いりそうなあれなんですよね。
でもバブルっぽい。
バブル感はありますね。
映画のポスター、当時から一緒なのか分からないですけど、
特徴的な三角の二等辺三角形のテーブル、
3人座ってるやつ、
あのテーブルとかすごいバブルやなって感じ。
あんな角ピンピンの机も今あんまりない。
そういう意味では印象に残ったのは、
あれは確か蓮子が学校から出てきた、
さっき言ってた公衆電話で電話をかけるシーンやったやん。
お父さんの会社の前でかける。
あのお父さんの会社ってバブリーじゃない?
全面窓ガラスの。
あれってその辺ですよね?
その辺ですよね。
お池通りの辺?
お池通りかな?
お池の境口とかどっか。
今はないビルなのかな?
ないのかな?
電話ボックスは多分ないですよね。
昔の蓮津の関西京都支社みたいなところだった気がするんですけど。
調べたわ、この間。
蓮津京都ビルですね。
今マンションなんじゃない?
ビルは2014年までに解体が完了しましたって書いてある。
今はないんですね。
それっぽいよね。
この辺から電話してて、向かい側に電話ボックスがあるんですよね。
電話ボックスというか。
公衆電話。
ちょうど箱が通るよね。
そう。
ちょうどその前を箱が通るから、箱町のビルで。
あれって巡行の日ってことですか?
巡行の日で撮ってるんやと思うで、ちょっと。
にしては空いてますよね、今から考えたら。
確かに。
そうやな。
全然人いないって感じ。
今そんな余裕ないでしょ、きっと。
撮り方の工夫なんかな?
いや。
どうなんやろ。
でもめっちゃ普通に人歩いてるというか。
そうやったっけ。
混雑はしてるっぽいけど。
お祭りの日ぐらいの人手ではあるけど、
れんこが電話の横に立っていられるぐらいの人の集まり方というか。
今、会社のビルと巡行が映るシーンをちょっと確認しましたが、
たぶん巡行のほこが映るところと別々で撮ってるんじゃないかという結論になりました。
映画ってすごいなっていう感想を。
さっきバグリーなビルやなっていう話から、
その真横ほこが通ってたし、どうやって撮ったんやろって話をしたけど、
別々に撮っていたんでしょうねというのが結論ですかね。
すごいよね。
全く映画内では一緒に撮られてるような気がしたし。
さっきの安倍さんの映画ってすごいなっていう一言撮っとくべきやったなって思ったんですけど。
あと映画的といえば、これ最初の方にも話したけど、
全然地理的に違うところがつながっていて、映画内ではまっすぐ近くっていう、
映画内の京都の世界ってあるやん、この作品の中で。
それで言うと、れんこが川に入ってザリガニ鳥かどうかはまだ分からないけど、
何かを作って上から実ると話してるシーンってあったやん。
あれどこかなって気になって。
あれは多分疎水な気がするね。
銀角地、哲学の道とかあの辺りじゃないかなと思って。
でもあれもあたかも家の近所で遊んでる感じじゃない?
でもあれ京都のこう西と東…
これまた2つ確かなこと言ってまた続編やらなきゃいけないかもしれないけど、
何かね、多分そんな気がするな。
女の子の友達と一緒にスーパーに行って帰っていくシーンとかの。
サリーと。
あれも坂道で雨が突然どしゃぶりになるシーンも、
あれも東山じゃない?
上がったところに鳥居があって、
あれぐらいの急勾配の坂って、
鴨川のこの左岸右岸で多分結構あるじゃないですか。
うちの近くにも…うちって言っちゃった。
ある?
あるんですけど、
うちの近くかなと思って見てたら全然違ったんですよ。
そうなの?
あれぐらい割と坂はありふれてるかもしれないですね。
でもうちは落中だからあんまりそういうとこないよ。
ちょっとすいません。
落中トークで言うと京都の中で、
京都人はこんなことせえへんねん、こんなこと言わへんねんっていうセリフが結構多かったですよね。
小説で。
小説はね、ここにも落中落害話が出てくるんですよ。
かつらをディスってるシーンとか。
とか、お父さんケンジが五生の近くで生まれた人やから、
どうやって言う。
そんなくだりあった。
そんなくだりもありましたね。
3年前まで私はここに住んでた、
れんこがかつら駅に降りたときのセリフで、
かつら言うたら京都の人は市街やと思わはるけど、
京都市西行区やから一応京都市内なんや。
五生の近くで生まれた父さんはいつもそう言ってた。
私は京都の人は市街や思わはるけど市内言うのがよくわからなかった。
母さんに尋ねたら、
昔からずっと京都に住んでる人は、
五番の目になってる道の内側、
つまり東西南北に平安時代からある王子の家だけが京都やと思ってるの。
だからかつらなどは町の外、田舎も田舎、大田舎と思ってあるのって教えてくれた。
なるほど。
これでね。
すごいお話だね。
ザ・京都ですね。
祇園祭から滋賀・大津の祭りへ
植物園のカフェを、
こんなところ京都人はいかへんみたいな。
それもありました。
辞めようも。
京都はみんなの心の中にあるということでね。
でも、そろそろ市街に移動してもいいんじゃないかなと思うので。
市街の話をしないといけないんですよ。
小説はずっと京都だけなんですけど、
映画のすごく大切なシーンと言いますか、終盤に。
あれだよね、お母さんとれんこの二人で行くけれど、
そこにれんこがお父さんも呼んでるっていうところだよね。
そうでしたね。
で、三人が合流するのがロイヤルウォークホテル。
で、ロビーで話をした後、
お父さんとれんこだけ外に出て、
ひとしきり話をすると。
で、その後はお母さんとれんこが二人で大津を移動するというか、
これ世田谷のお祭りやんな。
大津のホテルから、
母なずなと一緒に大津のお祭り、
先行祭に出かけていくというシーンもありながらという。
これ、私見に行ったことないですね。
安部さんありますか?
ない。
これが、でも17日、送り火の翌日にやるのね。
そうですね。
だから、映画内での設定としても、
送り火の終わって、
しがに遊びに行ってっていうので、
このシーンにつながってるんだよな。
これ今、過去記事の紙面見てますけど、
この弧岸で見る人、橋の上から見る人っていうのがいるんですね。
きっとね、このお祭り。
で、このお母さん、橋の上で走っていくシーンがあったでしょ。
人かき分けて、下に。
ありました。
れんこが下にいて呼びかけるシーンがあったよね。
こういう状況なんでしょうね。きっと猫も。
それ、唐橋?
これは世田の唐橋一帯で営まれたって書いてありますね。
世田の唐橋をくぐり、世田川を望む、進む船です。
そう、だから原作にはしがが出てこなかったけれど、
映画は後半から終盤にかけて、
しがのこの大津かな、基本的には、
結構重要な舞台というか。
そうですね。
この後、ホテルを抜けてお祭りに行って、
お祭りに行くときにれんこは一人になるよね。
父母と別れて、おじいちゃんに会うやん。
出会いますね。
あの辺のシーンとかは結構、
それこそれんこのお父さんお母さんの船かと、
新しい別々の暮らしみたいなところの心理描写と、
結構重なり合うんかなという気は、見てて思うけどな。
そうですね。
異世界の水の場面と蓮子の成長
すごく幻想的なというか、現実と。
そうそう、この後、完全に幻想的なというか、
リアリズムじゃなくなるというか、
山の方にれんこが一人で分け入って入っていくと、
また全然違う水のお祭りをやってるっていう、
あそこまで行くと、
現実世界じゃないように見えてくるけど、
その世田のあたりから、
なんかちょっと異世界に迷い込んだみたいな、
撮り方をしてるのかなと思って。
橋のたもとでれんこが倒れるんかって、
おじいちゃんの家に運ばれて、
仰がれてるシーンあるよね。
老夫婦が解放してくれて、
息子さんの話をされるんだけど、
今どこにいるのって聞いたら、
空の上やでっていうシーンがあって。
もうあのあたりからなんとなく、
異世界に迷い込んでるような、
不思議な空間になってて。
だから京都と対比的にシガに行って、
現実から少し離れたような、
世界に迷い込んでるような、
舞台装置にシガがなってるのかなと。
どうですか?
ずっと湖のお祭りを映し、
その後山に湧き行った後も、
川に自分の足を浸すようなシーン、
確かありましたよね。
ずっと湿度が高いようなシーンというか。
あともうちょっと後に、
クライマックスだと思うんですけど、
船と自分の両親と、
もう一人の自分がそこにいて、
一緒に水遊びしてるみたいなシーンがありましたよね。
その後に船と一緒に両親が、
湖なのかね、海の向こうに消えていって、
残された自分を蓮子が抱きしめるというシーンがあって、
すごく印象的だったというか、
子供が大人になるというか、
一つ、自分を受け止めるということを、
映像で撮るとこうなるんだ、
すごくいいなと思ったというか、
自分との対話が終わっていくというのを、
一つ成長の瞬間として描くとこうなるんだな、
というのをすごい感じましたね、あのシーンは。
あのシーンも正直よくわからないシーンだったんですけど、
私、あそこはわかるというか、
女の子と限定していいのかわからないんですけど、
私、スタジオジブリすごく好きなんですよ。
魔女の宅急便でっていう作品はご存知ですか?
さすがに知っております。
ストーリーもご存知ですか?
主人公のキキという女の子が、
飼い猫の言葉がわからなくなるシーンがあります。
それは、それが何でなのかということを、
プロデューサーの鈴木敏夫さんが解説している本があって、
要するに猫は自分の分身だったんだと、
自分が考えていることを猫が喋っているということで、
猫と会話ができていると思っていたんだけど、
それがわからなくなるということは、
自分との対話が終わったということなんだ、
みたいなことを解説されていて、
なるほどと思って、
そういう同じような、
一個、自分で受け止めるみたいな成長のシーン、
成長の象徴みたいな、
描き方なのかなと思って、
すごい見入ってしまいましたね、
映画館にいた時はね。
なるほど。
この映画って多分、
れんこは11歳?12歳?小学校?
小説だと11歳の設定なんですね。
小学校6年生なのかな。
映画は5年生って言ってたっけ。
ちょうどだから大人になるというか、
大人じゃないかもしれないけど、
成長の物語であるのは間違いないのかなと思うけど、
どうなのかな。
自立の映画ってまとめてしまっていいのかは、
なんとなくよくわからないなと思いながら。
呼び方とエンドロールのロケ地
小説版はわかりやすい成長の姿というところで言うと、
お母さんのことをなぜなさんと呼び出すタイミングがあるんですよね。
そうなの。
この最後の方でお母さんと呼ばなくなっちゃうんですよね。
そこで自立というか成長の感じがわかるような感じになってます。
そうなのかな。
それで言ったら話どんどんずれるけど、
これってお父さんが一人称を父って言うよね。
あれはどういうことなのか。
すごい不思議な感覚があるなと思って。
お二人はごさんいらっしゃいますけど、
いいね、自分のことなんておっしゃってるんですか。
父は何か言わへんよね。
言わないです。
そこにもちょっとした違和感というか、
それが微妙な距離なのかわからないけど。
パパはって言う人いません?
いるよ。
いますよね。
パパはと父は全然違うより子供に。
近いやつなのかなって今ちょっと思ったんですけど。
パパ今日は遅くなるよっていう人はいるけど、
父今日は遅くなるよって子供に声かける人いないだろうきっと。
そうですね。
いるのかな。偏見かな。
うちの父はお父さんはって言ってましたね。
カットかな。
でもわかりますよ。
距離感、客観視してるような雰囲気が出ますよね。
自分ごとじゃないっていうか。
距離感があるようなイメージは若干あるけど。
実際言ってる人見たことないもんな。
自分で父はとか。
ドラマとかではたまにあるけど。
あるかな。
子供が親のこと父母って呼ぶようなパターンはあるよね。
それはあるよね。
ちょっと個性的なキャラクター付けみたいなのにはいいもんじゃないですかね。
お父さんはちょっとフラフラしてるような感じはあるよね。
そこが映画版の中生記事はすごいいいんだよな。
魅力ではある。
フラフラしてる感じ。
見た目も若い頃の中生記事。
見た目これ好きだっていうのもあるけれども。
すごいいいなと。
私の現代っ子の印象として。
そんなにめちゃめちゃフラフラしてる人にも見えないというか。
仕事してないタイプのフラフラしてるなのかなと思って見始めたら。
そうではないと。
収入はあって。
ただ謎々と性格が合わなかったっていうことなんかなって思ったんですけど。
当時のファッションを知るお二人からするとあの感じはフラフラしてそう感あるってことですか。
フラフラしてそうというか。
でもやっぱり90年代の頭の雰囲気の中でいうとちょっとチャラチャラしてるというか。
東京であれを撮ったら業界人的な感じの人なのかなっていう。
そういう造形じゃないですか。
違うかな。
真がない感じはする。
高倉健とかと比べたら。
高倉健の前だとみんな真なくなっちゃうんじゃないですか。
話強引に戻すと成長とか自立とかっていうのはよくわからないにしても
でもエンディングのエンドロールのシーンに印象的じゃなかった。
あそこもすごい好きで。
あれってさ、ロケ地ってどこ?植物園?
植物園かなって思いましたけどね。
あれは確かに出町柳の脇の。
あそこ昔あんな今ほど綺麗じゃなかったんですかね。
もうちょっとしかも距離が広いやろ。
植物園の北側の門に向かう通り。
南側からやろ。
南側の門だ。
南側の門を南から北に向かって、車通れる通りやな。
あそこかなって思いました。
でもちょっと今とは違うね。
ただあそこをあの通り沿いに歩行者天国みたいにして
カフェのテーブルみたいに置いたりとか花屋さんがあったりとか。
あそこ植物園のところやと思ったんやけどな。
違うのかな。
そこのシーンがすごい印象的でしたという話です。
こんにちはとか言っていくんですよね。
いろんな人に声かけて子供生まれたんですかとか言ってありがとうございますとか言ってね。
いやだけどその何?これネタバレ?
いいでしょうもんね。
何十年も前の。
でもちょっと衝撃的じゃなかった?あの最後のシーンって。
そうでもない?
そう言われたら楽しみ。
やっぱりもうハッとさせられたわ。
映画を最後でシーンが出てくると。
というのでまあやめておきましょうか。
ちょっとなんかしゃべり足りない感じも上がりますけど。
今回は彦田仲さんのお引越し。
それから同盟映画。
相前真嗣監督による同盟映画についてお話ししました。
京都、滋賀のロケ地の話をつらつらしてまいりましたが、
皆さんは印象に残ったシーンなどございますでしょうか。
ぜひコメントとかあと感想フォームなんかから送っていただければなと思います。
ここまでお聞きいただきありがとうございました。
お二人ともありがとうございました。
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