ランチミーティングなのに、ランチの食べどきがわからんくてパニックになる。
私は要領が悪い。その代表格が「ランチミーティング」という、人類が生み出した最も残酷なシステムだ。ミーティングというからには話すべき大事なことがある。しかし、目の前には美味しそうなランチが並んでいる。私は一体、いつ噛んで、いつ飲み込めばいいというのか。
「話す」と「食べる」を両立するのは難しい。
口は一つしかないのに。
そもそも、二つもある耳ですら、違うことを一度に聞けないのに、口がそんなに器用なことできるはずがない。
もし、その日のランチのメインの一番デカい欠片を口に放り込んだ瞬間に、相手から難しい質問を投げかけられたら?
せっかくのメインを急いで胃にウォータースライダーしなければいけなくなる。
私は獲物を加えたまま巣に戻る親鳥、あるいは頬袋をパンパンにしたリスのような顔を晒しながら、白目を剥いて咀嚼を急ぐしかない。リスの顔でビジネスの核心を突くことなど、果たして可能なのだろうか。
口の中を見せるといけないと思って片手を犠牲にすると、ナイフとフォークを使う食べ物だったらその作業をしてる暇もなく、口に入れる前準備もできずに余計にパニック。
スープとて油断はできない。相手がよそ見をした隙に、器から直接ダイレクトに流し込めば時短にはなる。しかし、それがポタージュだった場合、器の縁に残る「流域の残像」が、私のガサツさを雄弁に語ってしまう。
「噛む」という行為は、時に思考を妨害する。らっきょうをボリボリと噛み砕く音は、相手の大事な話をかき消すロードサイドの「バ〜ニラバニラ高収入〜〜」のような広告トラックのようなものだ。
舌だけで粉砕できるほど柔らかい、「歯いらずフード」の高級肉だけが供されるミーティングに呼ばれる身分にならなければと、血眼に決意。あるいは、舌だけでヒレカツを粉砕できるほど舌の筋肉を鍛え上げ、フェイスリフトアップと効率的な咀嚼を同時に手に入れる。後者の方が現実味があるので、舌トレしよう。
それこそが、ランチミーティングという荒野を生き抜く唯一のサバイバル術なのかもしれない。
失われたチュッパチャップスと、コインランドリーと化すの打ち合わせ前の舌
私は、飴という存在の魅力に、おそらく人類最高齢で気づいた女である。
私の高校時代、世の中は「片手にチュッパチャップスを持って帰宅する」のが女子高生のステータスであり、全盛期だった。制服を着て、飴を舐めながらタピオカ屋に寄る。そんなキラキラした計画は、ベッドの上で過ごした私の暗黒の青春によって霧散した。私はチュッパチャップスを経験せぬまま大人になり、飴の食べ方を知らないまま社会に放り出された。
先日、オンライン会議の5分前に、計画性を持って、さすがに会議前には舐め終わってると思い、飴を口に入れた。3分もあれば溶けるだろう。そう高を括っていた私は、形が丸ではない飴のタイプの執念を甘く見ていた。会議開始1分前、口の中にはまだ八割の飴が鎮座している。私は焦った。舌をコインランドリーの脱水機のように激しく回転させ、摩擦熱で飴を溶かそうと試みたが、飴は微動だにしない。
結局、会議開始のチャイムと共に、私は涙ながらに飴を「ペッ」と吐き出した。
飴デビューが遅すぎた私は、その造形によって溶ける速度が異なることすら知らなかった。予定の前に飴を舐めるなら、絶対に「まん丸」を選びなさい。これは、失われた青春の空白を埋めるために、必死で舌を回転させた女が辿り着いた、人生の教訓である。
【食い意地ラジオについて】
9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。
自我強くてごめん。
食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。
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