クレフェリカの糸口 第6回は
・オリジナルの挨拶
・自分の名前
・魔道具店のファンネーム?
についてお話ししています。
今日お話ししたことが、どこかであなたの物語とつながりますように。
クレフェリカの糸口ではみなさんからのおたよりも募集しています。
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サマリー
このエピソードでは、オリジナルの挨拶、自分の名前、そして魔道具店「クレフェリカ」のファンネームについて掘り下げています。パーソナリティは、配信者独自の挨拶を使う際に感じる「自分が使っていいのだろうか」という心理的ハードルについて語り、それが自分の名前やファンネームといったアイデンティティに関わる問題へと繋がっていきます。自身の名前の由来や、インターネット上での活動名「中途」に込めた意味、そして魔道具店という設定の中でファンネームをどう捉えるかについて、自身の経験を交えながら考察しています。
オリジナルの挨拶への心理的ハードル
クレフェリカの糸口。 このポッドキャストは、私、中途が日々の中でふと心に引っかかった話題を、糸を手繰るように少しずつほぐしていく時間です。
何気ない出来事の中から、新しい発想の糸口を見つけていけたらいいなと思っています。 みなさーん、こんちゅーとー。
って、なんか、なんか嫌ですよね?いや、こういう挨拶そのものが嫌なわけではないんですけど、なんか響きがしっくりこない。
私が毎回配信を始めるたびに、「こんちゅーとー。」って言い出したら、どう思いますか?
多分、みなさんも笑っちゃうと思うんですけど、それよりも私が笑っちゃう気がします。
でも3回ぐらいやってたら慣れるんですかね?
今回はそんな、「こんちゅーとー。」という言葉が登場するお便りをいただきました。
内容自体はね、「こんなに何?」みたいな。
配信者さんの独自の挨拶をなんとなく使いづらく感じちゃうかも、みたいなお話でした。
このお便りを読んで、私もね結構わかるなぁ、みたいなところがありまして。
でも考えてみると、ちょっと不思議なんですよね。
普通の、「こんばんはー。」なら特に何も考えずにコメントとか書けるのに、
配信者さん独自の挨拶になると、なんか私がこれを使っていいのかな?みたいな身構えがある感じ。
みなさんはありませんか?そういうの。
ただの挨拶ですし、使ったらその配信者さんはきっと喜んでくれるはずなのに、
どうして私はハードルがあるような感覚になってしまうんだろう?みたいな。
そういうのを考えていたら、挨拶だけではなくて、
自分の本名とか中途っていう名前、そしてファンネームとかについてまで思考が広がっていきました。
ということで今回は、オリジナルの挨拶、自分の名前、魔道具店のファンネームについて話していこうと思います。
オリジナルの挨拶。まずはいただいたお便りをご紹介します。
クレイトネーム、指3本ゆえお箸持つのが苦手。日本で生きづらいザウルさんからです。
恐竜だから指3本。ありがとうございます。
配信の挨拶について、いつも楽しく拝聴しています。
最近思うこととして、配信の挨拶について気になっています。
いわゆるコン○○のような、配信者由来のものみたいな挨拶のことです。
結構見に行く配信でも恥ずかしいというか、めっちゃファンみたいなそこまでの辞任がない部分があって、
使うことを敬遠してしまい、無難な挨拶のコメントをしています。
メンバーシップに専用の挨拶スタンプなどがあればスタンプなどが押しやすいのと、
メンバーシップに入るくらいのファンという辞任からか使用できているのですが、
別に困るとかではないんですけど、もし突然中人さんの配信開始時の挨拶が
コン○○みたいなのになったらどうしようと、本当に意味のないことを考えています。
いや、でも中人さんはそういうのをやらないイメージなので、突然挨拶がコン○○になったらめっちゃ面白いかも。
すごい笑っちゃうかもしれません。
もしそうなったら頑張ってコンチュートってコメントしますね。
というお便りです。お便りありがとうございます。
オリジナルの挨拶ってありますよね。
VTuberさんだと特にお名前になぞらえて設定している方が多い印象があります。
そしてなんとなく送りづらい気持ち、私もありますね。
他の方の配信を見ている時、コメント欄を開いて周りの方がその配信独自の挨拶を書いているのを見て、
少し考えた後、結局普通にこんばんはって送っちゃうことありますね。
途中から配信を見始めた時とか特にそうですね。
オリジナルの挨拶が嫌いなわけではないんですよ。
その配信者さんのことも好きですし、みんなで同じ挨拶をしている光景も雰囲気が良くて楽しそうだなって思ってます。
でも自分がその挨拶を使うとなると、急に私が使っていいのかなっていう気持ちが出てきちゃうんですよね。
特にその人の初配信とかからリアルタイムで見ていなかった時、
初配信から見ていてその挨拶が決まる瞬間に言い合わせていたり、
みんなが最初に使い始めるところっていうのを一緒に見ていたりすると、
自分もその場にいたので割と自然に使える気がします。
でも既に活動が続いていて、常連のリスナーさんとかもいて、
コミュニティの形が出来上がっているように見える場所に後から私が入るみたいな感じだと、
私みたいな新参者がこんな挨拶使っていいんですか?みたいな気持ちになっちゃいますね。
多分単純に恥ずかしいっていうのと少し違って、
挨拶を口にすること自体が、その独特な挨拶を口にすること自体が、
自分のキャラクターに合わなくてちょっと恥ずかしいみたいなのも少しはあるんですけど、
それよりも私みたいなのがこの場所の一員みたいな顔をしていいんですか?みたいなちょっと怖さというか恐縮みたいなのがある気がしていますね。
っていうのを感じるんですけど、配信する側として考えると全く逆なんですよね。
私の配信に初めて来た方が、もし私にオリジナルの挨拶があったとして、
概要欄か何かに書いてたとして、それを見つけて初めましてコメントから使ってくれてたとしても、
私は普通に嬉しいと思います。
いや、初めましてなのに、みたいな。そういうことは全然思わないと思います。
わざわざ概要欄確認して挨拶を探して使ってくれたんだな、嬉しいなって思うと思います。
新しく来た人でも昔から見てくださっている方でも使いたいと思ってくれて、使ってくれているのであれば、
それでいいと絶対思えると思うんですよね。
っていう配信者さん側の気持ちはわかっているはずなのに、
自分がお客さん側になるとなんか急にできなくなっちゃうという相反する気持ちがあります。
名前の由来と自己認識
お手寄りにはメンバーシップの挨拶スタンプなら使いやすいという話もありました。
これもなんとなくわかる気がしています。
スタンプなので文字を自分で打つよりも気軽に送れるっていうこともあると思いますし、
メンバーシップに入っている時点で、私はこの人を応援していますっていう形が目に見える形でありますし、
だからその専用の挨拶もコミュニティに入ってますよっていう状態でもありますし、
だから専用の挨拶も使いやすいのかもしれないですね。
その一方で私自身、メンバーシップのバッジが付いている人と付いていない人がいるコメント欄では、
自分にバッジがないことでコメントしづらく感じたこともあります。
挨拶とか関係なくね。
でも実際にはコメントしてる人にバッジが付いてるか付いてないかって誰も気にしてないと思うんですよ。
メンバーシップに入るか入らないかっていうのはそれぞれ事情もありますし、
入っているかどうかで好きの大きさとか応援する気持ちの大きさみたいなのが全て決まるわけでもないですし、
でも結構私の場合なんですけど、この人を好きだって言ってるのにメンバーシップには入ってないんだって思われちゃわないかな?
思われたらちょっと嫌かな?みたいな気持ちがふんわりあったりして、そういうのを考えてしまうことがあって、
自分でもこれは考えすぎだなっていうのはわかってるんですけど、
ふとそう感じてしまってね、なかなかそういう場、そういうコメント欄もちょっとコメントしづらいかな?みたいな気持ちになっちゃったりしたりしています。
挨拶の話に戻ると、普通のこんばんはっていうのはただの挨拶、一般的に使われている挨拶。
でもオリジナルの挨拶を使うってなると、結構私はこの人のファンです、私はこの場所の一員ですみたいな意味というか、
もう少し意味が付随される感じがありますよね。
だからといって自分がこの人のファンだって思われたくないっていうわけでももちろんないんですよね。
多分ただ自分の中で勝手に、私の場合はこの挨拶を使うための資格が自分にはないみたいな、そういう気持ちが発生しちゃっている気がします。
私よりその人のことを好きな人がいるから、私はその人のことを好きだって名乗るほどではないんじゃないかみたいな感覚ですね。
そんなことはないんですけどね、好きになる資格とか。
こういうことをちょっと前のくれかしという配信の番組でも話したことがあったかなと思うんですけど。
でもそういう気持ち、無意識に生まれてしまう自分の中の感情をね、全部きれいに制御できるほどの人間でもないので、
まあそう感じてしまうことがあるっていう、ただそれだけの話なんですけどね。
昆虫島で初めて見たこの話の始まりでしたが、
そう、私のチャンネルには今のところオリジナルの挨拶がありません。
VTuberとして活動を始めてから、周りのVTuberさんとかね、オリジナルの挨拶だったりファンネームがあることを知って、
私もね、何度か考えようとはしました。
年に1回くらいね、考えてます。
でも、中途って挨拶にしづらすぎるんですよね。
昆虫島って、なんか昆虫みたい。
あとやっぱり直接的というか、安直な感じが、
和道具店グレフェリカとかの世界観に合わない感じがして、
なんか嫌で、決めれてません。
そう、中途っていう、アレンジしにくい名前なんですけど、
その名前はね、VTuberになるために作った名前ではありません。
私は結構かなり前から長い間、インターネット上でこの名前を使っています。
だから今では活動名っていうよりは、もう本名と同じくらい、自分を指す名前になっています。
仲のいい人ほどね、今では私のことを中途と呼んでおりますし、
身バレ危ないですね。
オリジナルの挨拶について考えていたら、
そういえば私は本名に対しても、その名前に見合う自分なのか、
みたいなことを考えているなって思いました。
ということで、次は親からもらった本名と、
自分で選んだ中途という名前について話してみようと思います。
自分の名前、私の本名には両親の名前にも使われている共通の漢字が一字入っています。
両親の名前に同じ漢字が入っていたので、子供にもその字を入れたかったらしく、
私と弟と両親の4人には全員同じ一字が使われています。
その上でそれぞれに、私と弟それぞれに、
こういうふうに生きてほしいという意味を持つもう一つの字が組み合わさってできている本名なんですね。
私はこの名付け方自体は結構好きです。
家族として共通するものが一つあって、
その上で一人一人にどう生きてほしいみたいな願いを込める、
生まれた直後に送られる名前としてはいいものなんじゃないかなと思っています。
一方で私の夫の家族は全員全く違う響きの名前ですね。
家族で同じ音とか漢字とかを使うのではなくて、
それぞれにどんな人になってほしいかっていうのを考えて名前を付けたっていう感じみたいです。
私の名前自体もね、たまたま両親が同じ漢字を持っていたっていうところからのアレなので、
普通に一般で見ればね、家族で同じ一字全員使ってるみたいなのの方が珍しいと思いますけど。
家族とのつながりを残したり、育ってほしい姿、願いを込めたり、
響きとかね、呼びやすさっていうのを大切にしたり、
生まれた季節とか思い出から選んだり、
名前に何を込めるかはその過程によって全然違いますよね。
名前にはその人が生まれた時に名付けた人が何を大切にしていたのかが少しだけ残っているのかもしれないです。
私の本名に使われている家族で共通する一字は、
良い意味があります。
名前に付けられるような文字、漢字なので、それは当たり前なんですけど、
悪い意味で使われることっていうのはあんまりない感じだと思います。
私は子供の頃からずっとこの漢字一字の由来というか、
私に名付けられた由来、家族で共通している以外にもちょっとあるんですよね。
それの意味がなんかちょっと自分はこの名前に負けてるなぁみたいな気持ちがあったんですね。
由来とかって、小学校とかで自分の名前の由来を両親に聞いてこようみたいな授業があったりすると思うんですけど、
最近はないのかな、どうなんでしょう。
あったんですけど、私の場合はね、多分その授業とかの前から弟が生まれたからですかね。
それで私は結構、母親からこういう意味で、あなたの名前はこういう意味で付けて、
弟の名前はこういう意味で付けたんだよ、みたいなことを定期的に聞いて育ってたんですね。
その由来は聞いてたんですけど、親からその名前の通りに行きなさいよ、みたいなことを言われたわけではないです。
周りからも名前負けしてるね、みたいな意地悪なことは言われたことはもちろんないんですけど、
勝手にね、本当に自分だけが勝手にその一時の方の由来をね、意識しちゃってたんですね。
別に珍しい名前っていうわけでもないですし、その漢字を使うのが珍しいってわけでもないですし、
まあ、〇〇ですって名前を聞いただけで、周りの人が由来まで考えるような、そういう特殊な漢字の名前でも全然ないです。
私だけが良い由来ではあるけど、この一文字の意味まで人に話すとなんかちょっと自分に合ってない気がして気まずいな、みたいなのを心の中で思ってたんですね。
でもそう思ってても本名が嫌いなわけでは全然ありません。良い名前をいただいたと思っています。
名前って結構、なんだろ、その人っぽい名前みたいなのあるじゃないですか。
悪役例上っぽい名前とか、なんだろ、勇者っぽい名前みたいなとか、なんとなくあるように、ぽい名前みたいなのあると思うんですけど、
自分がその本名っぽい人みたいに慣れていない気がして少し気になってたのかな。
でも本名につかれている、こう生きてほしいみたいな方の由来の一つの字については、気づけば割と良いも悪いもその由来の通りに生きているかもしれないなって思うところもあります。
片方の字にはずっとこう自分が負けているような気がする、慣れてないような気がするけど、もう片方の方はまあその通りになっているかもなぁみたいな感じです。
なので総合するとまあいい名前で良かったねでは思っています。
これが2文字ともね完璧な超人を表すような意味だったらどうしてたんでしょうね。
そんな人にはなれません無理ですってなってたかもしれないので片方だけで良かったですね。
それかも本当にそういう完璧な人を目指してたのかなどうなんでしょう。
まあまあそんな親からもらった本名がありつつ、それとは別にね皆さんの前にいる時の名前中途という名前をね自分でつけたわけなんですけれど。
紐に途中の途と書いて中途と読みます。
紐がね中って読むんですけど時々なんだろうカネヘン?金って書いてる方のカネヘンの中っていう字にたびたび間違えられちゃって。
紐です。紐の方で覚えていただきたいんですけれども。
まあその中途という名前決めた当時の私は自分のことをねすごい中途半端な人間だと思ってました。
今でも思ってますけど。
でその糸でもなく縄でもない太さ?みたいな。
いろんなことに興味はあるけど何かで一番になってるわけでもなくて何かを極めているわけでもない。
いろんなものの中間というか途中にいるような自分っていうのを指す名前として決めていました。
本名がまあこういう人になってほしいとかこう生きてほしいみたいな未来に向けた名前になっていたのに対して
中途はその時のね自分のねなんだろう現在の自分そのままありのままにつけた自分でつけた名前。
だから中途ですって名乗る時は本名を名乗る時のようななんかこの名前に見合う人間だろうかみたいなのは全然考えなくていいんですね。
もともとねそのままの自分につけた名前なので。
最初は結構中途半端っていう自重的な意味でつけた名前だったんですけど
この名前で長く過ごすうちに途中という言葉のね意味というか私の途中っていう言葉の解釈捉え方みたいなのも少し変わってきたかなと思っています。
最初はね本当に中途半端道半ばみたいな結構悪い方の意味のイメージで考えてたんですけど
今は割とこうまだ途中だったら伸びしろがあるとか途中だからこそ方向転換してもいいしみたいな
ここまでねなんとなくなんとかなってきたからこの先もまあなんとかなるかもしれないみたいな
あと中途半端でもとりあえずここにはいていいんだみたいな風に思うため思えるような名前にもなっている気がします。
実は実際の生活でも本名よりも中途の方が自然に感じてしまっている自分もいたりします。
まあなぜかというと家族以外の人からね本名で呼ばれる機会が今すごい少なくて
日常的に私のことを本名で呼んでくれているのがまあ夫しかいないですね。
両親とかは遠方ですしそんなに頻繁に通話みたいなのをする感じでもないですし
そうですね夫しかいないかも。
普通にね友達も今仲良くしている人たちって結構中途って自分のことを呼び始めてから出会った人たちが多いっていうのもあって
普通に中途って呼ばれているので友達からもしかしたらどこかで聞かれちゃうかもしれないですね。
あれ中途って聞こえたぞみたいなのがあったら心の中にしまっておいてください。
はいということで親からもらった本名と自分でつけた名前についてでした。
魔道具店とファンネームの考察
皆さんがインターネット上で使っている名前だったりゲームのプレイヤー名として使っている名前とかどうやって決めているのか気になってきました。
もしよかったらお便りとかコメント欄からぜひ教えてください。
オリジナルの挨拶と並んでファンネームというのも今ではかなり一般的になっていますよね。
同じ人や同じ作品を好きな人同士がお互いを見つけるための目印にもなるファンネーム。
先日とあるVTuberさんにご招待いただいて歌を中心に活動されているVTuberさんVシンガーさんたちのライブを見に行きました。
出演者の皆さんがステージを作ってファンの皆さんが歓声とか拍手とか声かけそういう様々な反応でそれに応えるVTuberさんたち。
出演者の皆さんとファンの皆さんの両方がその場の空気をね一緒に作ってライブを作り上げている感じの雰囲気とっても素敵でした。
私はこう出演する側ではなくて完全に見る側だったんですけどね。
その場にはそのVTuberさんを知っているファンの方が集まるわけですね。
そのVTuberさんと私は知り合いということでVTuberとしての私を知っているファンの方っていうのも何名かいそうだったので。
できるだけ息を潜めていろいろな人の背後で楽しく拝見しておりました。
ライブの途中の休憩の時とか終わった後とかファンの方同士がファンネームを呼び合ったりして。
ファンネーム行ってこの何々民の方ですかみたいなそういうのをきっかけに挨拶をしていたり。
あとねその後一緒にねそのファンネームの方同士で打ち上げを楽しんでいるみたいなのをSNSで見かけたりしてね。
それがねとってもあったかくて素敵だなぁと思ったんですね。
活動者本人がねその場にいなくてもファンの方同士でお話したり一緒に何かを楽しんだりできる。
その会話のねきっかけとかになるものの一つがファンネームでもあるんだっていう気づきを得ましたね。
私はこれまでオリジナルの挨拶と一緒にファンネームを一緒に何度か考えてきたんですけど。
ただ結局ね良いものが思いつかず決めないまま現在に至っております。
今回のライブを見て改めてファンネーム作ろうかなーみたいな気持ちにちょっとなったんですよ。
なったんですけど。
でも自分の活動について改めて考えてみると今の私はね単純にVTuberの中途としてチャンネルを開設して活動しているっていうよりは
魔道具店クレフェリカ店主の中途ですっていうね。
そういうものとしてVTuber活動をしているっていう感覚が自分の中に結構強いことに気がつきまして。
私がこうありたいと思っている魔道具店クレフェリカっていうのは路地裏にある小さな魔道具店なんですね。
そこでその小さい魔道具店を偶然見つけてくれた方に見つけてくださったんですね。
ありがとうございますどうぞお気軽に見ていってくださいみたいな気持ちで迎えるお店のイメージなんですよ。
配信をね見に来てくださる方についても私の中ではご来店くださったお客様という感覚があります。
実際にこう魔法の器とかをご依頼してくださる方もお客様ですけど配信見に来てくださる方もご来店くださったお客様っていう認識がありまして。
そう考えた時にここにファンネームをつけると急にお店のカード会員じゃないですけどクラブ会員みたいな感じになるかみたいな気持ちになっちゃって。
そう思い始めてしまって。
この扉をくぐりたければ合言葉をみたいな魔道具店に少し寄っていきそうな気配があるんじゃないみたいな感じで。
ほぐ圧の量の入り口みたいな。
いやこれはね完全に私個人の感覚ですよ。
ファンネームを設定している方の活動が一元差をお断りに感じるっていう話では全然ないです。
むしろファンネームがあることで初めて来た人も輪に入りやすくなるっていうのもあると思いますし、
ファンの方同士がお互いを見つけやすくなる良さっていうのもライブで今回改めて感じたことでありますし。
ただ私が今やってる魔道具店クレフェリカっていうので考えてしまうと、
路地裏の個人店が急にクレフェリカ公式クラブ会員みたいな制度を始めるような感覚になってしまって。
それはそれでちょっと面白いと思うんですけどね。
お客様感謝でとかね。面白いと思うんですけど。
私はなんか路地裏にある小さいお店で待ってて、
皆さんがフラッと立ち寄ってくれたら嬉しいなみたいな気持ちで活動を5年前に始めたんですね。
VTuberとして活動すること自体が目的っていうよりは、
クレフェリカだったり自分が作っているものを知ってもらうために始めた部分も大きかったんですね。
開店していたら気軽にお話しに来てくれると嬉しいし、
おしゃべりしなくてもお店の中でゆっくり過ごしてくださっていてもいいですし、
ちょっと通りかかったけど今日は気分じゃないな、また今度にしようみたいな。
そう思ったら素通りしてもいいみたいな。
そういう雰囲気のお店が私には合っていると思って始めましたし、
その感覚は今も変わってないんですね。
まあでも魔道具店なら、怪しいと言うとあれですけど、
会員制のお店みたいな雰囲気も悪くないと思うんです。
知る人と知るみたいな。
それなのにどうして私は最初からファンネームとかクラブ名みたいなものを用意しようと思わなかったんでしょうね。
で、改めて考えてみると、私自身がすでに形の出来上がっているコミュニティに参加するのをちょっと苦手に感じているからかな、みたいな。
そういうのもあるかもしれないですね。
だから5年前の私は自分の活動でも和や境界線みたいなものをあんまり用意したくなかった。
最初から用意したくなかったのかなって思います。
和があると、そこへ入る時には和に入ることになりますよね。
そしてそこから離れようってなると、この和から離れたいっていう決断をすることになっちゃう気がします。
でもそもそも目に見える和や境界線がなければ、お互いに気づいたらしばらく離れていたなーくらいで離れる時の決断とかがないわけですから。
それでまた見たくなった時には特に何かを決断し直さなくても戻ってこれるみたいな、そういう感覚になれるというかなるんじゃないかみたいな。
もちろんファンネームが必ず境界線にね、ファンかファンじゃないかみたいな境界線とかにはなるわけではないんですけど、
ファンネームがあるから閉じた場所になるみたいなことではなくて、むしろ入り口になっている場所もたくさんあると思います。
あくまでね、私が自分の活動につけるとなると、なんか私自身が必要以上に名前をつけることによって境界線みたいなのを意識してしまうんだなーみたいな、してしまいがちだなーみたいな話。
なのでファンネームの有無が自分にも来てくれる人にも見えないような状態の今の状態が、私がやっていく魔道具店グレフェリカに考えてみると合っているのかなーみたいな。
他の町へ長らく出かけていたけど、たまたま近くを通りかかってお店が開いてたからちょっと覗いていこうかなーって覗いていくみたいな。
そのくらいのね気持ちで離れたとしても戻って来られる場所でありたいなーって思います。
なので結局VTuber中途の魔道具店グレフェリカへようこそ!で始まる活動には正式なファンネームを作るかって言われると、もうちょっといろいろ考える必要があるかもっていう結論になっちゃいました。
まあでもこれはね魔道具店グレフェリカっていう枠で考えるとそうなっちゃうかもみたいなのがあるだけで、
グレ菓子とかねお店っていうよりはメンバーみたいな気持ちでやっていることについてはちょっとファンネームとかあってもいいのかもって思ったりし始めました。
皆さんはどう思いますか?
もしファンネームつける、作るとなったらどんなのがいいみたいなありますか?
リクエストがあったら前向きに検討したいと思います。
ということでファンネームについてのお話でした。
名前と在り方についてのまとめ
はい、ということで今回はいただいたお便りをきっかけにオリジナルの挨拶、自分の名前、魔道具店のファンネームについてお話ししてみました。
最初はどうして私は配信者さん独自の挨拶を使うだけでこんなに身構えてしまうんだろうっていう話でした。
こうして考えてみると私は名前とか呼び方がつくことで、そこに結構ね自分に対して強い意味とか役割とか責任とかが生まれるように感じてしまいがちなのかもしれません。
自分に対しては特にこうするならこうあらねばならないみたいなのを勝手に条件増やしちゃうなぁみたいなのがあります。
いいのか悪いのか。
そういえば私はね今まだYouTubeを収益化していないのでYouTubeのメンバーシップもないんですけど、
メンバーシップのバッジがついていないことになんとなく罪悪感のようなものを感じてしまうねっていう話もしたと思うんですけど、
そういう自分の感覚を思うと解説できるようになったらどうするかっていうのをちょっと迷っていたんですけど、
罪悪感はメンバーシップを好きの大きさってなんとなく私がね感じてしまっていたからなのかもしれませんね。
そうじゃなくてただ単に限定コンテンツを利用するための簡易賞って考えたら、
まあマゾグテン・クレフェリカでも自然ではあるかもなぁと思い始めました。私の中でね。
まあそれは収益化できてから考えましょうっていう話なんですけどね。
いろいろまだ考えて途中ですからね。
はい、ということでお便りを送ってくださった方や私以外の方もオリジナルの挨拶やファンネームを使うときに
なんか少し身構えちゃうかもみたいなことはありますか?
あとは皆さんのお名前にはどんな由来がありますか?
本名以外に使っている名前がある方はどうやってその名前を決めたのでしょうか?
もしよかったら皆さんにとっての名前とあり方についてのお話も聞かせていただけたら嬉しいです。
このポッドキャストでは専用フォームからお便りもゆるく募集しています。
感想でもテーマのリクエストでも日常で気になったことでも何でも大丈夫です。
もしこのポッドキャストを聞いて私に伝えたいこと、聞いてみたいことなどがあればぜひお気軽に送っていただけると嬉しいです。
それでは今回はこのあたりで。
ここまでお聞きくださりありがとうございました。
今日お話したことがどこかであなたの物語と繋がりますように。
それではまた次の糸口でお会いしましょう。バイバイ。
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