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ゆとり世代、今年、35歳。
2026-05-13 1:19:18

ゆとり世代、今年、35歳。

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M48. 今回もパンス『「いまどきの若者」の150年史』を課題図書に、1991年生まれの同い年3人(シャーク鮫くん、柿内正午、本田受信料)が「ゆとり世代、今年、35歳」と題して、自分たちが「若者」だった時代を振り返り、語り合います。少し上の先輩たちの失敗や困難を観察して「いいとこ取り」をしながら生き抜いてきたという、ねじれた生存戦略。
子どもの頃から一貫して抱き続けてきた「未来は暗い」という確信に近い不安。
「旧作」と「インターネット」が作った情報環境。インターネットが生活に浸透する過渡期に育ったがゆえのSNSとの絶妙な距離感などなど……。
ゼロ年代の正体!とまではいかなくとも、それぞれの地方で育った3人の経験を語り、クロスさせることで浮かび上がるひとつの視点があります。ぜひともお楽しみください。

◆パンス「いまどきの若者』の150年史

《明治の書生から令和のZ世代まで。 「若者語り」をたどると、私たちの「いま」が見えてくる! 「いまどきの若者は〇〇である」

年長者からの視点と、若者自身からの主張が交錯し、時代の中で特徴づけられ、まとまると「世代」になる。 明治から今日までに至る「若者論」の系譜をたどり、成熟をめぐる日本の「現在」を浮かび上がらせる。 「日本の若者年表」を収録。

「かように「若者」をめぐる状況は複雑怪奇……と言えるでしょう。 しかし、いま「大人」、もしくは「高齢者」になっている人たちもかつては「若者」だったのは変えられない事実です。 そして、いま若者である人たちも、いずれ大人になっていくのです。 ここで一回、かつての歴史をどんどん遡り、そもそも「若者」という概念が形成されてから現代までの「若者」の「語られ方」の歴史を編んでみようと思います。 細かく見ていくと、思わぬところで今と一致していたり、まったく変化していたりといった側面が発見できるかもしれません。」》

ゲスト出演者:柿内正午
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ゲスト出演者:本田受信料
⁠⁠▶︎X⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

・『勝手に”ドキュメント72時間”をしゃべるラジオ』
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感想

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この番組、心の砂地は様々な文化や日常の築きをヒントに考え続けることで、言葉の記憶装置を目指す教養バラエティ番組です。
私、シャークくんです。
前回のエピソードに引き続き、今回は本を読んで話そうということで、書きない翔吾くんと本田受信料さんの二人に来ていただいております。
前回のエピソードは、パンスさんの「いまどきの若者」の150年史について感想会ということで喋ったんですけれども、
その本を受けてですね、91年生まれゆとり世代今年35歳になる私たちが思う私たちの世代の話ということを話していきたいなと思います。
今回は今回のエピソードで単独で成り立っているので、ゆとり世代の35歳がどんなことを言ってるんやと、どんな認識なんだというあなたにも楽しんでいただけるエピソードなので、ぜひとも聞いていただければなという感じでございます。
ではではですね、我々ゆとり世代今年35歳の我々が若者だった時代というのは話していければなと思うんですけども、
僕はね、やっぱりね、今回のパンスさんの本も読んでね、やっぱゼロ年代好きじゃねえなーみたいなことすごい思ったんですけど、二人ともどうですかね。
いやー、でも全然真正面で受け止められないです。やっぱり。
本に書かれてることもそうだし、やっぱりいろんなメモを読み返してみても、この世代にあったこととかそういう年表を引いても苦笑しか出てこないですよ。何だったっけこの時代。
確かにな。みんなそうなんかなとも思うんだよね。なんか若者時代の時代の空気みたいなものを本当にみんないいと思ってるのかなみたいなことを、
なんか僕は疑問に思うぐらい、自分が10代とかの世代の時代の空気とかを愛してるぜみたいな感覚が全然わからないみたいな感じなんだけど。
ちょっと下の世代の方と話すと結構好きですよね。
あーそういう感じの人もいるよね。
自分の若者だった時代の感じって結構ストレートにいいよねって言ってる人多いなーっていうのを感じるんで。
そこがちょっと僕らが特殊なのかなって思っちゃう部分の一つあります。
うーん。
カキン役はどうですかね。
僕はもう全部嫌いですね。
90年代後半から。
まあ時代みたいなものに関しては嫌ってことか。
うん。なんかね、ずっとなんか今嫌だなって思い続けてたんだけど、本当にずっとなんだなっていうのがよくわかるというか。
この35年間全部同時代性という意味では好きだった時代1個もないなっていう確認ができたかな。
なるほどなるほど。
僕とかは例えば10年代入ってから今の方がより良い今にしていきたいとかそう思うしかないみたいなところもあるけど、
なんか10年代半ばとかはやっとなんか時代のフィットする部分が出てきたかなみたいな。
好きなものと時代みたいなのがちょっとフィットする瞬間があったかなみたいな。
なんかそういう青春のようなその時代の空気と楽しんだ時期みたいなのがあるんだけど、
03:02
でもなんか同時に労働とかめっちゃしんどかったからそれはただの逃避だった説もあり、
同じような感覚がある。時代とか若者であった頃みたいなこととか、社会の空気みたいなこととフィットできたことはめっちゃないみたいな感覚はあるね。
やっぱりなんか自分が読んできた、ブックオフとツタヤによって育てられてきたから、
実はなんか同じその世代でリリースされたかどうかとかじゃないところで、
なんか情報環境作ってたんだなっていうのも改めて思った。
自分がこの年齢の時にもうこれ出てた。
その5年後6年後ぐらいに新しいものとして見つけてたわみたいなのもあったりするから。
旧作から情報を得るって感じでしたよね。
いわゆる新作ってなんかみんな借りてるし、そのお金もかかるので手を伸ばしてる量って限られるんだけど、
旧作だけはツタヤやブックオフやいろんなところに無限にあるっていう感じで、
それはなんか結構もう今のサブスク並みにリーチできるみたいなところはなんとなかったなと思っていて。
だからあと僕が一番思うのは、だいたい兄弟いる人とかでいくと、
お姉さんの同級生のお兄さんとかね。
そういうリーチってあったよなっていうのが、それがたぶんまさしく10校へとかだから、
それこそパンさんみたいな世代の人たちのものみたいなものを結構享受してたなと思っていて。
だからなんかスラムダンクとかああいう漫画とかって、
たぶんだいたいお姉ちゃんの同級生がお兄ちゃんが持ってて借りてきたみたいなものを家にあるから、
それを自分も一緒に読むとか、そういうのがあったから、
やっぱなんか旧作みたいなものの有難さの方が大きくて、
その時代にある新作バーンて出てるやつ、本当に我笑いになっちゃうなっていうのがありましたね。
これって俺ら独特のもんなんかな?どうなんだろうね。
いやでもそれ面白い。なんか今、ホンダさんとかサメ君の話す作品館で、ガンダムもそうだし、音楽も話もそうなんだけど、
自分たちが生まれたよりちょっと前ぐらいから話が始まるじゃない?
それはやっぱり年長の親類だったり身近な人間関係があるってでかいんだなって思ったね。
なんか今一番上なんだよ、親戚の中でも。
土町なんだから、なんか今の時代嫌だなって思いつつ、参照するべき先行世代みたいなものを見つけてこれなかったなーみたいな感覚があって、
たぶんちょっとそこら辺はお二人と旧作に対しての感覚とかも違いそうな気がしたな。
まあでもなんか、ロールモデルとするというよりは、いいとこだけかさらってるみたいな感覚だから、
リソースだけだよ。
たぶん柿内君がほぼ日見てたりとか、穂坂和志読んでたりみたいなところと、
たぶん物が違ったりアクセスの仕方が違うだけで、たぶんその辺はわりと近しい感覚ではあるのかなーみたいな、
06:06
俺の認識ではって思ってるんだけどね。
なるほどねー。
まあでも確かに実態があるかないかっていうのは、若い時は影響はされるので、
僕は今そういう認識だけども、人に何かを借りるみたいなところは結構力としては大きい影響ではあるかなとも同時には思うかな。
どうでしょうかって感じはあるか。
なんかそれこそ自分の世代って何なんだろうなっていうのを今回起きに改めて考えてみて、
自分なりに思ったのは、ずっと未来は暗いと思い続けていたなって思うのよ。
自分たちが幼稚園とかの頃にいじめ問題が進行不可し出すとか、それこそ炎上交際とかそういうものが出てきたりとか、
サリン事件もそうだけど、とにかく外に出ると怖いことがたくさんある。
で、学校に行くといじめられるんだ。
で、バタフライナイフとか持って自衛していかないと中学生活を生き延びることはできない。
で、あっという間に死んじゃうみたいな。
そういう負の、自分のちょい先の未来に対してすごい嫌なイメージだけ持ってた。
中学に入学するとき、どうやったらナイフを調達できるかすごい真剣に悩んだもん。
でもわかるよ、その感覚。
どう暴力から逃れるかっていう感覚が全然ある世代だからね、私たちはね。
で、自分たちが大学時代には、年越し派遣村とかもそうだし、ワーキングプラみたいなことが出てきて、
就職活動自体も辛そうなのに、就職できたとしても結局なんかそこで使い潰されて死ぬんだ、
ブラック企業しかないんだ、みたいな感覚になっていて、
実際、そういうような形で一個先の自分のステップに全く楽しみを見出せない。
ろくでもないんだ、暗いんだって思い続けて、
で、中学に上がると中学生は小学生に敬拝されたようなやつしかいないから、
割と大したことないし、大学も意外と大したことないし、
就職しても思ってたほど殺されるってことじゃなかった、みたいな感じで、
未来をめっちゃくちゃ暗いものとして想像し続けては、
実際その場に行くと思ったより悪くないなって片透かしをずっと喰らい続けてるみたいな感覚があるんだよ。
これが自分の世代的特徴なのかな、みたいな風に仮説を立ててね、
今日ここに挑んでるんだけど、
もしかしたらそれは本当にほんのちょっと上の世代の生身の人間と接していると、
それこそいいところかすめとれるみたいな、悪いことばっかりじゃないみたいなことわかるわけじゃない?
それが不在だったからこそね、
小学校のところは中学校に行ったらもう死ぬんだって思ってたし、
中学校の頃は高校に入ったらもう楽しいことないんだって思ってたし、
延々とそういう未来への不安が先取りして、
入ってみると思ったより楽しめちゃうみたいな。
それはね、就職までずっと繰り返し続けてるなっていう感覚があるんだけど、どうですか?
柿内さんって周囲に3つ4つ上ぐらいの友達みたい仲いい近所のお兄ちゃんとお姉さんみたいなのもあんまりなかったんですか?
09:09
なかったんですよ。クラブ活動とか部活もやってなかったですからね。
なるほど。
やっぱり田舎度合いっていうのも多分あると思うよね。
私とか京都のめっちゃ田舎。
ほんの君もまあまあ田舎やもんね。
まあ田舎っちゃ田舎ですね。
ちょっと茶伯さんオードじゃないと思うけど。
場所としてはね長崎という西の果てなんで。
長崎のシティボーイ的な田舎っていうことやなって感じ。
柿内君は多分もうちょっとシティなんだよな。
だいぶシティですね。名古屋市内ですね。
だからこれやっぱりそこでまずズレがあるは多分あるだろうな。
名古屋のシティっていう感覚が多分また違うというか。
だから俺とかはもう完全に全然その昭和的な世界観だったからね。
2000年代も。
だからある種本当に距離感がすごく近いし荒いしっていう感覚だったから。
すごいそれが嫌だったけど助けられたところもあるみたいな。
距離感が近い上にね。っていうところがあったけど。
まあその辺が違うのかな。
でも未来が暗いみたいなことはすげえよくわかるね。
柿内君が今喋ってくれたところの大まかは大体同じ感覚だなって思ったかな。聞きながら。
だしなんかこれ多分世代、俺らの世代で一回なんかポロッとツイートしたら軽くバズったこともあるんだけど、
中学生ぐらいからゆとり世代って俺ら言われすぎてんねん。
社会からぶっ叩かれすぎてて十何歳の時から。
そうね。
だからあれはね多分強烈な体験だったと思いますよ。
だからなんかこう俺らはもう失敗作なんだみたいなさ。
なんかそういう感覚ってあったと思うな。
僕らってゆとり世代っていう明治的に言われ始めたのっていつ頃からで、そこからまたさらに弥生的なのが含め始まるっていつ頃でした?
多分中学ぐらいから言われた。小泉政権の時にも言われてるから。
2004年5年ぐらいの時に言われ出していて、それは中1中2ぐらいでしょ。
で多分その間弥生になってきたりするのは高校生ぐらいじゃないのかな。
だから2008、7、8ぐらいになってくるんじゃないかな。
だからちょうどほんと思春期ど真ん中みたいなところになり出すみたいな。
僕のちょっと体験で言うと、俺大学入ってバンドとかでやった時に自主の企画ライブとかあるわけ。
それぞれバンドやってる人とかが集まってライブしますみたいな。
そういう時に企画のタイトルにゆとりって言葉をつけることがむちゃくちゃ多かったのよ。
だからみんな劣化版銀杏BOYZみたいなことやってるんだけど、
そういうねじれた自意識みたいなものを自分たちの世代でくくろうと思った時に、
ゆとりって言葉を逆にポジに使ってやろうみたいな意識がある同世代があって。
僕はそれもそれでダサいなと思ってたから、僕はちょっとそれに乗れなかったんだけど、
でもその感覚めっちゃわかるっていう。
12:02
うんわかる。しかもパンさんの本の中でもさ、
パンさんが自分の世代っていうのがわけわかんない、得体の知れない世代みたいなイメージがルフしすぎていたけど、
それに対して違えなって思いつつも、自分たちの個性として逆にアイデンティティとして取り込んじゃうみたいな記述もあったけど、
やっぱりそういう外から言われてるものをあえて自分で着こなしてみようとしちゃうみたいな感覚は、
確かにそれぞれにあるんだろうなって感じがするし、ゆとりは言われすぎてるから、
だったらあえてそれをポジに変換してやろうみたいな意識は持ってた気がする。
そうそうそう。だからそういう感覚は残しとかないとなというので喋れますけども。
だからいろんな世代でもそういうことを言われてたりとかっていう感覚とかってあると思うんだけど、
でもネガティブにゆとりってめっちゃ言われまくったし、
だからお前らはもう勉強やってないバカなんだみたいな感じの感覚っていうので、
かきなえくんが言ってたようなぼんやりとした未来への不安みたいな、
そういうのを抱えて育ったみたいなのはめっちゃでかいと思うんだよな。
確かにね。だって教育受けてる最中から教育失敗してるって言われてたわけだからね。
言われてたからね。
でも僕らってゆとり世代の一番トップオブトップの世代じゃないじゃないですか。
たぶん三つ四つ上ぐらいの人が。
僕結構年上からなんかいいとこだけ盗んでるなって思うのは、
実際にゆとり世代だなんだって言って社会の荒波に一番最初に叩かれたのって、
だから三つ四つ上ぐらいとかの先輩とかじゃないですか。
そうだね。
大きな流れで言うと僕らもその最初に叩かれた世代ではあるが、
実際に細かく見ると四つ上ぐらいの先輩とかお兄ちゃん世代みたいな人たちの挙動を見て修正していったみたいなところってあんのかなっていうのは思っていて。
このドラマも最初出てきたときすごい名前だけ嫌だったんですけど、ゆとりですけど何か。
ゆとりですが何か。
ゆとりですが何か。タイトルの時嫌だなと思って。
思ったよね。
後々見たら結構いいドラマだったんですけど、
あれも多分僕らの四つ上ぐらいの先輩たちが主人公なんですよ、三人の。
そこに新入社員で入っていく仲野太賀っていうモンスター後輩みたいなのがいるんですけど、
あれが逆に言うとどっちかっていうと僕らなんですよ。
そうだね。
ゆとりの中でも多分一番トップオブトップのゆとりの世代の人たちが一番割り分かってると思います。
確かにな。だからちょっとそういう傘に隠れられたみたいな。
2011年に震災があってみたいなさ、だから大学のちょっと上の二つ三つ上の先輩とかって、
それで就活とかちょっと厳しかったみたいな時期があったじゃないですか。
15:00
で、俺らぐらいになると2014年卒だから、
いや新卒はなんだかんだ取っていかない、あかんかなっていうのを広げてるみたいな感じ。
だから一つ上二つ上よりはちょっとマシみたいな感じの就活だったと思うんだよね。
そういう意味でも同じ世代のちょっと上の人らが先に、
もうあんまりこういう言葉使いたくないけどマジでその時は思ってたから使うが、
その時の戦場に送られていってるみたいな。
で、それを見て俺らがどういう風に動くかっていう、
だからちょっと掠め取りながら生きたみたいな感覚はすごいある。
で、さっき垣内君の話で聞いてちょっと俺と認識、環境が違うから仕方ないがっていうのは、
やっぱ社会出たときはどんきつかったね。
会社はめっちゃきつかったし、
なんかこの話を僕は何度でもしますけども、
やっぱあの電通の高橋まつりさんが自殺した事件の時は、
本気で、なんか俺の代わりにこの子死んだなってほんまに思った、僕はね。
誰か死ぬなって思って、
その代わりに、俺とかの代わりに死んじゃった子がいるっていう感覚がすごいあるから、
やっぱ完全に社会狂ってるなっていうことを誰かが証明してくるまで、
一人の子が死ぬまでそういったことが修正できなかったんだみたいな、
っていう感覚がすごいあったなっていう感じがあるかな。
なんかその辺は残しておきたいとこですね。
それは本当に僕も入社の1,2年目はかなりきつかったからね。
そのきつかったのも2年で終わった感があるっていうか、
それこそ高橋まつりさんの以後、
めちゃくちゃ早く労働環境も変わっていって、
そのあっけなさにそんな変えられるもんだったら、
なんでこれまで残ってたんだよみたいな。
いやー思ったよね。
巨脱感はかなり強くあったからね。
やっぱりそこの評価としては、
僕はその1,2年で、1,2年だけ耐えれば楽になるタイミングだったんだな、
みたいな感覚が結構強い。
それより前からずっとそこでやってきた人たちとはやっぱり面構えが違うからね。
確かになー。
だからやっぱあの進撃の巨人の面構えが違うみたいなんてさ、
野遊的にさ、ネットミーム的にさ、
ゴールデンウィークも働いてたやつらだ、みたいな感じで使われたりするけどさ、
でもあれって多分本当にさ、そういう感覚を描いてるよね、
あの漫画とかはさ。
そうそう。
やっぱりね、自分たちよりちょっと上の世代がめっちゃ辛そうにしてるのを見て、
自分たちはそこまでではないみたいな、
そういう相対評価を割と下しがちな気がするね。
いやーわかるわかる。
なんかこのエンタメの作品の話で言うとさ、
やっぱ僕、富野由悠季とか宮崎駿とかに完全に乗れなくて、
押井守に思い入れがあるってやっぱそういう感じだよね。
18:00
そういう学生運動的なもんに乗れないちょい下の世代だからこそ、
っていうなんかコンプレックスが多分押井さんの中には多分すごいあって、
その中で自分なりの考えたこととか、
かっこいいと思うことを全力でやるみたいな。
で、だからその先行世代のなんかちょっと嫌な部分は反対っこするみたいな。
そのフェティッシュみたいなのも、
なんか多分押井守が大人の女性好きなのって、
絶対に上の世代がちょっとロリコンっぽいから、
それが嫌だからわざとそうやってると思ってるのね、俺はね。
なるほどね。
なんかそういうところとか、そういうかっこつけ方みたいなのも、
俺はそこにすごいライドするとこがあって、
なんか押井守派としてやってるとこがあるんだけど。
なんかそういう感じがあるかな、俺はその91年生まれとして。
で、ちょっときつかったはきつかったけど、
上ほどではないって思ってるみたいな感覚。
このねじれた感覚みたいなものを我々は持ってるみたいなのは、
語られないことだから残しておかなければとは思っているみたいな。
さっきのそれこそ、2011年の震災とかはさ、
上の世代に対して、先輩たちに対しては、
その就活へのダイレクトな影響があるけど、
下の後輩たちからするとさ、入学式が飛んでるとかさ、
大学のスタート時点でなんか上手くスタートが切れなかったみたいな体験としてさ、
残ってたりするわけだよね。
そっちにもそっちで、なんだろう、
めちゃくちゃつらいところに、
それこそサメ君の遺活で戦場に送られていく先輩方を見つつ、
下の世代は下の世代で、今僕らが行ってきたような、
モラトリアムを味わいそびれてる後続世代を見つつみたいな。
なんかね、本当にだからこう、上手い具合に逃げれちゃってるというか。
そうだね。
一番がっつり被害を受けるみたいなところから、
いないで住んでるみたいな感覚がある。
なんか割合強くある。
それは下ってあれですよね。
コロナ禍みたいなところもそうじゃないですか。
そこで新卒入社とか、大学入学とかっていうのにがっつりハマっていった人たちは、
やっぱり本当にモラトリアムの時期とかそういうのを全部キャンセルされているので、
結構今そういったところでの、今で言う若者みたいなところは、
その大変な青春の隔たりがあるっていうのはあるんだけど、
僕らそういうのないですもんね。
がっつり大学4年間楽しんで、
まがりなりにも就職して、
対面でやり合うみたいなことを何年かやったわけなんで、
そこは違うんじゃないかなと思います。
確かに確かに。
なんだろうね、この3人に今共通している、
なんか俺らはある程度甘えてきたみたいなこの自罰的な感覚は何なんだろうね。
今話してきたことなんだろうけど。
なんかちょっと過剰に俺らも持ちすぎてるのかなと思う。
なんか今しゃべれながら思ったな。
21:00
本当に最近になっていろんな世代の人とお話ししたりとかするようになって、
なんか改めて思ったんだよ。
なんで自分はこんなに自罰的なんだろうみたいな。
確かにな。
わかりやすくするとそのゆたり世代って中学から言われすぎてたみたいなさ、
生まれた時からずっと暗いみたいなのは多分大きな起因にはなってるけども、
それだけでは多分なんか説明がつかないような何かがあるから、
それはいろいろ話していきたいところではありますね。
あと追加すると僕の個人的な感覚としては、
大学時代って結構かなり暗い中でも希望なことも結構あったなっていう印象はあって、
それはちょっと多分それぞれの過ごしてきた場所とかで違うのかもしれないんですけど、
僕、大学、広島の大学に行ってて、
すごい牧歌的ないい国立大学でぬくぬくさせてもらったっていうのもあって、
非常に楽しかったんですけど、
その時に全然日本の話ではないんですけど、やっぱりオバマ政権みたいな、
すごい象徴的だったんですよ。
やっぱりアフリカ系出身の方が大統領になるっていうことの、
これからへの展望みたいなものとか、
大統領が広島に来るっていうのもあったし、
あとは環境問題の話とか、もちろん原発とかそういう悲しいことはあれど、
そういうことに際して、やっぱり環境的なムードとかそういうのがあって、
これから良くなっていくのではないかってちょっと思えてたんですよ。
そこだけは、私の感覚の中では。
で、就職とかも大変ではあるけど、
先輩たちも結構生き生きと帰ってきて、
そういう話をしてくれるとかっていうところもあって、
そこはお二人の話と僕がちょっと違うなって思うところが、
大学時代の明るい感じっていうところは、
なんか少しあるのかなと思うんですけど、
でも逆にフリコで、その14年、13年ぐらいから、
嫌韓とかが流行っていくんですよ。
韓国を嫌と書いて、嫌韓?
ヘイトスピーチとかね。
ヘイトスピーチとか、
あれで僕は結構絶望したというか、
同時に同世代がめちゃめちゃ保守化していったんですよね。
そうだね。
本当にオバマからトランプみたいな話を、
外国の話ではあるんだが、
結構自分の実感としてすごい重なっていて、
あれだけ自由に外に開いていくっていう感覚とか、
あとスマホ元年みたいなところもあって、
いわゆるiモードから解き放たれて、
インターネットで世界に繋がるって、
パソコンでは繋がってるんだけど、
スマホの登場によって、
より未来が明るくなっていくって思ったところに、
どんどん保守化する日本みたいな、
ガラパゴスがより強まっていくっていうところに、
逆に2014年、5年ぐらいからまたショックがひどかったですね。
24:00
なるほどね。
そこだと私結構できる話があって、
2012年、13年ぐらいのヘイトスピーチ、
在都区会のヘイトスピーチとか、
現場は大阪の鶴橋とかがメインであるんだよね。
それで、あの若い10何歳の女の子が、
そういう虐殺すんぞみたいな発言をしてる、
ショッキングな動画っていうのがある。
その子に言わせてるんだけども。
そこに映ってる動画の中に、
俺のじいちゃんがやってた店とかも映ってるエリアではあって、
遊び行ってるエリアだから、
うわ、なんかやばいことになってるみたいな。
鶴橋って俺にとっては割と、
じいちゃんの店とかがあって、
近くの韓国の人とかにのちじみ買って、
遊んでもらう思い出の店みたいなのが、
大人になって住むようになって、
行ってなかったけど気づいたらこんなことになってるみたいな、
すごいショックな事件で、
それに反対する、
今、柴木隊っていう言葉のね、
また今違う名前になったけども、
そういう人たちとかの運動の人っていうのは、
また全然別で、
僕がデイリーしてたバンドのシーンの人とかも結構いたし、
大学の近くでバイトしてたカフェの常連とかの人、
そういうサハ系の人がよく来るところだったんだけど、
っていうのがあって、
ああいうレイシストに対するカウンターデモっていうやつ。
だからデモをやってるところの外線の道路の近くとかで、
帰れとかめっちゃ言うみたいなところっていう運動っていうのは、
僕も結構行っていたし、
行ってなんかワーワー言うよりはとりあえず居るだけでもいいし、
別に帰ってもいいけど、
思う答えになったら来いみたいな感じで行って、
近くで見たりとかプラカード持ったりみたいなことは、
当時20歳とか21歳ぐらいの時にそういった活動を見たし、
ちょっと参加したこともあるみたいな距離感だったから、
確かにそれはそれこそグッと政治の方に行くっていう、
俺の中のスイッチでもあったかな。
で、SEALSもそのままの流れであったでしょ。
っていうのはSEALSとかは東京だったから、
僕はそんなに乗れなかったけども、
神戸大とか関西の方のそっちの、
そういった感覚のある子たちもいて、
そういった子たちの話とかも聞いたりとかもしてたし、
いろんな人ともすれ違ってたりしてたけど、
だからそういうので、
実際そういった動きが評価されたりとか、
ちゃんと形になるみたいな、
ある種の希望みたいなものは感じつつも、
でも同時にめっちゃ絶望してるみたいな。
そうですね、やっぱり動員の時代が始まるんでね。
そうそうそう。
で、そこで上の世代とかはそういったことでもっとさ、
引っ張られるってことわかってるから、
そこをすごくシニカルに見てるし、
僕もそれは分かりながらも距離感を持って見てた。
これはちょっと話を分けないといけないんだけど、
ヘイトスピーチに対するカウンターっていうのは絶対に必要だったと思うし、
そこは俺はフルコミットできるんだけども、
27:01
アンプ縫製とかシールとかの動きになると、
もちろんそれは俺はすごいリスペクトがあるけども、
ちょっと持ってかれるところがあるなっていうところで生還してたみたいな距離感があって、
周りにはフルコミットできるやつもいてるけども、
俺はそうはなれないみたいな。
普通に生活も続けたい。
その時はバンドもやりたかったし、
普通に楽しくバンドがやりたいだけなのになぁ、
みたいな気持ちもあったみたいな。
でも大学は終わっていくし、
働かなければならないみたいな。
そこの逃避としてずっと踊っていたり、
ずっとバンドをやっていたりみたいな感じの、
すげぇ楽しい日常ではあったんだけども、
これは別に青春が終わるっていうよりは、
本当に殺されに行くみたいな。
社会に行って俺は死ぬんだみたいな、
死刑台に上がるような気持ちの日々みたいなんで、
頭おかしくなりそうだったなっていうのは、
20代とかのホロモンバランスとかもあんま良くなかったと思うんだけど、
そういった20代前半があった、
ギリギリだった20代前半があったっていうこと?
しかもそんなギリギリの自分よりも、
人種とかで差別されてるみたいな人がいるんだみたいな、
そこに対する意義通りみたいなのはすごいあったし、
そういうことを思ってたのが、
10年代前半かな。
何だろうな、でもこの時の時代、
もう既に今気づけば10年ぐらい経ってるわけなんですけど、
いまだに正面で受け止められないとか、
冷静に見れない感じはまだありますね、
その時代の今言ったような話とかって。
本当に深く心に自分も刻まれてたし、
まさしく生活続けたいけど、
よりどんどん周囲が動員されていくというか、
そういうのを見ていて、
なんかきついなーっていうのはあったし、
それこそ押しじゃないけど、
押しの立ち位置に立たねばみたいなのはありましたよね。
学生運動みたいなものを端に見る、
あの形を僕らはこのシリーズみたいな、
動員の時代に思わなければいけないみたいなのは、
なんとなく強く指針にはなってましたけどね。
鍵屋君はそのあたり聞いてみてどうでしょうか。
僕はね、学生時代は本当にその辺に鈍感だったなーという感覚が強いんだよね。
端的に何も考えてなかった。
で、どちらかというと、
これが自分たちの世代の話なのかも疑いがあるというか、
ちょうど2010年ぐらいに大学に進学したところに、
その時できた友達たちとやり取りするために、
ツイッターのアカウントを作ったんだよね。
で、2011年の震災後あたりから、
ここが一番情報早いぞみたいな感じで、
それこそいろんな人がツイッターを使い出す。
30:01
このタイミングで、
自分の両親とかもツイッターを使い出したんだよね。
そこで自分たちの両親の同級生で、
それまですっごい何も成人興味なさそうだった人たちが、
にわかに安倍政治を許せないって言い出した。
みたいな話を両親がしてたりするのを聞いてたわけだよ。
なんかその情報環境の違いとして、
生活と政治の距離っていうものが、
こんなに近いんだっていうことの感覚っていうのは、
たぶんそこでかなり変更があった感じがする。
ずっと地続きなんだけど、
とはいえ言ってその生活と政治っていうものとは別に、
割と距離があるものみたいな感覚が、
ツイッター以前は結構強かったのを覚えていて、
それはこの世代関係なしにね。
僕はツイッター始めてからも、
しばらく政治にSNSを通じて何か動員されていって、
そこに何か問題に対して意見を持って何か声を上げてみたいな、
その動員の一連の流れそれ自体にピンとくるまでかなり時間かかったんだよね。
当時のそのやり取りの時に、
それぞれ自称に対して思うところだったり、
自分の意見だったりっていうのはもちろんあるんだけど、
そこで自分も何か行動を起こさなきゃいけないとか、
自分の立場を表明しなきゃいけないみたいなプレッシャーに対して、
ずっと嘘臭さを感じていて、
ずっとその違和感を持って、
それこそずっと生活のことだけやってよみたいな方向に引きこもっていた時期が、
ちょうどこの今話してる時期の自分の阻止方だったなっていうのを。
確かに確かに。
うん、思うな。
うーん、そうね。
今はやっぱSNSについての話、
これだけ毎回しちゃうと話が終始しちゃうから、
それだけの話にしたくないが、
たぶんSNSとの距離感みたいなのって、
我々は所詮SNSと思っているし、
SNS、面白い、最高と思っている部分もどっちもあるみたいな世代でもあると思ってるんだよね。
だから当たり前にインフロみたいなものだと思ってもない。
ただあることで繋がれたし、面白いなと思っているみたいな。
現実、リアルとSNSっていうものの距離がまだあった時代を知っているから、
それが全てじゃないっていうことが感覚としてまだわかっているし、
それだけやってても社会変わらんやろうとか、
別にそれが生活ってわけじゃないだろうみたいな、
それはシニカルな感覚みたいなのもあるかもしれないけど、
っていうのも持ちつつ、
そういうふうにツイッターがガンガン使われるときのメインプレイヤーでもあったみたいなところ。
親世代とかが急にネタを読んじゃうとかって、
急に出てきたから、テレビみたいなものがこっちに移り変わったんだみたいな感覚とか多分あって、
33:04
めっちゃ信じちゃうとか。
下の子とかはもう完全にインフラとかしてるから、
もうそこが世界っていうことで、
コミュニティとか社会が始まってますみたいな感覚があったりすると思うんだよね。
だからある意味ネットリテラシーみたいなところでは、
我々は、何度もこの話をしたけど、
恵まれていた世代だという認識が僕はあるんだけども、
その辺はどう思いますでしょうか。
僕一個面白い話していいですか。
ネットリテラシーを、
多分二人とかはこんな世界にいることが絶対ないと思うんで、
紹介しておくと、
フェイスブックってあるじゃないですか。
今でもガンガンフェイスブックのコミュニティページみたいなのがあって、
何々が好きな人がとか、
どの辺に住んでる人がみたいなのがあるんですけど、
僕は趣味趣向がそういう感じなんだよ。
例えばドキュメント72時間とかね。
あと相撲ですよ。
相撲のコミュニティページみたいなのがあるんですよ。
そこで何が行われてるかっていうと、
ネットリテラシーの一切ない老人たちが、
日々血で血を争うバトルを、
フェイスブックのね。
そう、フェイスブック内で相撲で、
放送流はイカンみたいな、モンゴル出身だからイカンみたいなことを投稿してる、
ヘイトスピーチオヤジが現れて、
それに対してそういうことはいかがなのでしょうか。
だからあなたはダメなんですみたいな、
人格否定だけでやりやがった反対性がおりみたいな、
バチバチのネットリテラシーゼロの距離感ゼロバトルが繰り広げられていて、
これは本当に僕らの世代では絶対やんないよなって思うことを、
分からないから、
そのまま隣の床屋で話してる人かのように勝手にやっちゃって、
お互い差し合うみたいなことを、
上の世代はね、今でもケンシロウの世界をやってますよ。
今のフェイスブックのコミュニティーページっていうさ、
それこそアテンションエコノミーとか言われるけど、
そんなんの全然端っこにあるのに、
そういうことをやってるみたいな。
誰も見てねえみたいなものなのにそういうことをやってる。
誰も見てないのにお互いをくびしめ合ってるって。
確かにね。でもそれを俺らは爆笑できちゃうぐらいの距離感ではあるよな。
そうそう。
確かにそれこそ、僕はネットの称号からやってる。
かけあい君もほぼ日見てるの早いよね。
そう。マックのおにぎり型のさ、スケルトンのアイマックが。
後ろのスケルトン。あれオシャレだったよ。
あれをね、大須観音の商店街で買ってきたのが、
うちにパソコンが来た最初って、子供も触れるパソコンが来た最初だったね。
誰が来た?98年?
たぶんそんなもんだと思いますね。
だから7歳とかか。そのぐらいからかな。
だからまあ、自営の仕事とかだったから諸々とかもあったんだろうけど、
確かに自営業の子供ってパソコンあんだよな、だいたい。
そうそう、パソコンあった。文芸ジャンキーパラダイスとか。
36:00
サイトね。
ほぼ日刊いとい新聞とかをひたすら見てて。
僕とかけあい君はその辺は割とエリートで、
本田君は断絶されてたから大学生くらい、2010年代くらいからスタートするみたいな。
この辺のグッと違うっていうのも俺ら世代のあれかもしれないな。
そういう奴がでもゼロじゃないのよ。
それなりにいたんだよ、そういう奴が。
クラスの何人か、3分の1とかそういうぐらいのネットと距離感あるみたいな人はいたもんね。
僕の体感ではもう半分以上ですよ、逆にネットと距離感。
僕の仲いい友達に話聞いても、やっぱそんなにネット触ってましたみたいな人少ないですよ。
でも携帯のiモード的なものはやってるやんな。
それはもちろん入ってますね。
今のようなインターネットじゃないけども、ドメスティックなインターネットを使ったコミュニケーションみたいなことはやってるけども、
いわゆるネットカルチャーとかに含まれるニコニコ動画だったりチャンネルだったりみたいなものとか、
そういうテキストサイトだったりみたいなものっていうのとはまだまだ距離感があるっていう人は、
クラスの半分って言ったらいいかもしれない。でもそんなものだと思うな。
詳しい奴と全然知らない奴がいるっていうぐらいの割合だったと思うね、僕らの世代ってね。
携帯で見るインターネットって何なんですか?ミクシー?
ホーノアイランドとか。ミクシーも減るかな。
これだから結構僕らの世代が一番解像度高いと思うんですよ。
インターネットとiモードみたいなものは違うみたいなね。
インターネットは本当に外に開かれていて、いわゆるそのネットを見る、
2ちゃんねる文化を中心としたインターネット文化とか、
本当にその全然日本の中でも場所の違う人と繋がるみたいな、
そのチャットとかですね、そういうコミュニティがある、
オフ会とかがあるっていうのが当時はインターネットで、
柄系から繋がるiモードっていうのは、リンクを知らないと到達できないような感じなんですよ。
だから今のSNSの延長っていうか、SNS的なものがiモードなんですよね。
そのマホーノアイランドとか、全略プロフみたいな、
同じ地域の別の高校の同級生の子が、
中学校時代一緒だったか、そこからリンクで追ってって、
バスケ部のプリクラの写真がアップロードされてるみたいな、
そういうものなんですよ。
それってインターネットではないんですよ。
ワールドワイドウェブを使ってるはずなのに。
拡張現実なんですよ。現実の延長でしかない。
自分が今いないところで行われている、同じ地域の別のことが分かる程度であって、
本当にネットミームで繋がるとか、おしいの話をするとか、
そういうことにはならないんですよね、iモードなんか。
だから僕がすごくインターネットで大学入ってから触って、
39:04
全能感みたいなのを感じたのは、ずっとiモードの抑圧みたいなものを
僕は感じてたっていうのは結構多いし、
それがそういうもんでしょって思ってた同級生とか結構たくさんいたと思います。
なるほどなるほど。
めちゃくちゃ面白い。
そうだわ。
僕、携帯、インターネット繋げなかったんですよ。
電話とメールするだけで通信料かかるから、
バケ放題ね。
バケ放題とかは高いからわざわざやる意味わかんない。
だってMacあるんだから別に家でパソコン使えばいいじゃんみたいな。
そっちでメールしろよと。
でもそうすると、だからそれこそiモードで、
クラスのみんなが携帯でポチポチやってる世界のリンクも知らないし、
確かその時パソコンで見えないですよね、携帯のサイトって。
見れなかったと思う。
見れるやつもあってましたけど。
何とか見つけ出してみようとしても見れなくてみたいなので、
クラスの中でのネットワークに全く入れないまま、
ワールドワイブウェブだけは僕をちゃんと中に入れてくれるみたいな感覚が結構強かった。
大学入った時にツイッターを初めて初めて感動したのは、
みんながらけでポチポチやってたのとか、
教室の外でみんなでやりとりしてたのってこういうことだったんだって思って。
僕にとってのiモード体験はツイッターから。
これはすごいな。
俺はやっぱりどっちもやってるから、
携帯のもやってたし、パソコンもやってたしみたいな。
ヨナヨナ2ちゃんねるも見てたしみたいなと。
女くんは逆にパソコンなかったからっていう。
かけあいくんはiモード的な世界ないからみたいな。
面白いね。
でもそういうやつがいても別に見てないなってやつもいる世界だったからな。
みんな同じもの見てるっていうのは、
でもテレビとかも、高校ぐらいになってテレビの話ばっかりしてるやつみたいなのも少なくなってたし。
そういうバラバラ感みたいなのはあったよね。
確かに面白い。
当時パソコンやってるやつが、
それこそオタクとかって携帯ゲームとかのことを馬鹿にしてたからね。
やっぱりゲームっていうのは家庭用ゲーム機、
プレステーションとかでやるもんで、
スマホゲームみたいなものとかってすげえ馬鹿にされてて。
俺覚えてんのが、
もしもしっていう揶揄の言葉あったからね。
もしもし。
携帯ゲームのことをもしもしって言ってんのよ。
もしもしでゲームやってるやつみたいな。
もしもしのゲームだろみたいな。
そういう揶揄があったのよ。
たぶん2chで。
いやだから、パズドラの登場って本当に僕だからすごい馬鹿にしてましたよ。
いやでもそうやんな。
パズドラってしかも象徴じゃないですか。
まさしく花束に出てくるように、
あの時代ぶち上げたスマホゲームで、
それこそ僕もそのいにしえのオタクとしては、
もしもしのゲームでみたいな。
42:00
そういう感じだよね。
もしもしのゲームで、
パチンコみたいな麻薬みたいなゲームを、
パチンコならまだしもパチンコ店にしか行かないとできないのに、
もう日常ずっとあの麻薬やってるっていかがなものかと思ったのに、
やっぱ同世代で爆発的な人気でした。
確かに。だから俺やったことないもんね、パズドラ。
その感覚めっちゃわかるし。
そうなんだよね。
で、柿内くんがメモで書いてくれてたんで思ったのが、
俺らってiPod nanoとかシャッフルとかって、
クラシックとかそれぞれ持ってないけど、
iPod touchっていうのが出たわけよ。
で、iPhoneになるわけだけど、
そのiPod touchとかiPhoneって、
なんかそうやってAppleに親しんでたはずなのに、
なんか急にダサく感じたっていう感覚あったんだよね、俺。
あった。iPod touchダサかったね。
し、なんかそのiPhoneみたいな、
こんなオタクくせいアイテムを携帯に使う奴らがいるのかみたいな。
携帯がかっこいい携帯であるみたいなのが一つファッションだったっていう話もあるんだけど、
なんかそういう感覚あったなってこととか思い出したな。
iPodクラシックみたいなものはかっこよかったのに、
touchになった瞬間ダサくなったっていう。
なんかtouchダサいと思った俺、やっぱ。
液晶をこう触って、
なんか何やってんだみたいな感じの感覚あったね、俺。
なんかね、iPodの画面が、
iPodの最初のクラシックって白黒で、
ジャケットの写真とかも白黒なんだよね。
そうそう。
で、それがカラーになった時にちょっともうすでにちょっとダサかったのに、
そっからさらにそのカラーの画面が全面化してボタンとかなくなっていくと、
なんかすごいダサさの極みみたいな感覚があったね。
なんかオタクっぽいアイテムっていう感じ。
だからさ、アメリカ映画とかで出てくるギークがなんか持ってるみたいな、
なんかそういうアイテムに見えて、なんかダセえもんだって思ってたみたいな。
でもこれは今喋りながら何を出したいと思っているのか全く分からない、今俺は。
でもそういうの。
やっぱり、2人はインフォバーみたいなやつもすごいオシャレなものだという感じだったってことですか?
と思ってたね。
携帯じゃないやつみんな持ってたじゃん。
なんていうんだっけ、お名前忘れちゃった。
ウィルコム?
ウィルコム、ウィルコム、ウィルコム。
やっぱりイケてるやつはみんなウィルコム持ってたじゃん。
ウィルコムで電話するっていうね。
ウィルコムボタンいっぱい付いてる。
なんかああいう感じね。
だからやっぱ、世界の終わりがドラゴンナイトでトランシーバーで歌うみたいな、あれなんか俺そういう表出だと思ってんだよね。
携帯電話みたいなものがかっこいいみたいな、トランシーバーで歌うみたいなのがかっこいいみたいな。
あの世代ちょい上だけど、なんかそういうもんだと思ってて、ちょっとすごい恥ずかしい気持ちになりながら見てたっていう。
あれ死ぬほど恥ずかしかったですけど。
いや、恥ずかしかったよね。
でもあれはさ、インフォバーかっこいいみたいな感覚がそのまま音になるとああなるんだよ。
45:04
ああ、なるほどな。
繋がったな。
いや、なんかああいうのを一度もオシャレだと思ったことがなかったんで。
ああ、そっかそっか。
iPodタッチになった時に初めて僕はAppleに触れたし。
素晴らしいみたいな。
あの時やっぱりギーク的なかっこよさの方が素晴らしいっていう感覚が内面化されてたな。
なんかすごいオタクなんだな。
なんか、いにしえのなんか。
ああ、まあまあ、そうね。
インフォバーとかもやっぱりその、いや結局なんかもしもしでしょみたいな。
まあまあ、たしかにね。
実用性いかにみたいな、なんかことを思ってたのに。
iPodタッチになった瞬間なんかいろんなアプリとか、なんかそれこそ。
今だともうスマホすぎてわかんない感覚だと思うんですけど、
携帯の中でインターネットに接続できたんですよ。
そうだね。
ガラケーってインターネットをWi-Fiでつなげられないですからね。
だからiPodタッチからWi-Fiにつないでメール送ったりとか、
インターネット、SNS、Twitterとかもそうだけど、そういうのができたんで。
なんかやっぱりそこに輝きを感じてたんで、
ダサいなっていう感覚が1ミリもやっぱりなかった。
たしかに、やっぱりその辺の解像度も低いからさ、よくわかってなかったんだよね。
うん、そうね。面白いな。
液晶しかないのがなんかすごい嫌だったんだよな。
たしかに。
いやでもなんか、その細かい嫌だったみたいなのって10代多いし、
なんかそういうのあったのかな。
僕はその前本田君と2人で喋ったさ、
鬼だの恋だの面白いだのと思ってなかったはずだっていう回があるんだけど、
なんかそういうちょっとカッコつけるみたいな、
そのテレビが用意してるような若者のカッコよさみたいな、
すごい恋愛に振ってるものとかすごい嫌だと思ってた感じを持ちつつも、
なんかその周りの同級生とかにこう影響されて、
なんかすごく恋愛とか吉本的な笑いみたいなところをある程度、
なんか内面化してた部分があったんだと思うんだよね。
これはダサいとかにすごい敏感だったみたいな。
そういうことでその技術的なカッコよさみたいな、
オタクカッコあるべしって思いながらも、
いやでもこれやってたらダサいと思われるとか、
モテないやつだと思われるみたいなことを気にしてたのかもしれないなって話しながら思ってた。
たしかにでもその圧が、
オタクっていう言葉はもう僕らの世代って本当にいろんな価値観の捉え方、
関係性を直接受けてるから、
高校生ぐらいの時ってまだオタクと呼ばれたらイコール死を意味するみたいなところありましたよね。
全然そんなもんだったし。
オタクの認定イコール死だから、
逆にその強いオタクの辞任がある自分としては隠さなければいけなかったものでした。
蹴取られてはいけないみたいな。
そうそうそう。
なんかそういう隠れキリッシャーみたいな感じ。
あいつ萌え系のアニメとかめっちゃ見てるらしいみたいな発言とか聞いたことあるしね。
48:06
あいつ実はオタクらしいみたいなことを、
あいつヤバい宗教やってるらしいぐらいの感覚で、
高校生でもあったと思うんだよな。
そういう言葉とかあって、
それこそ一人では立ってられへんみたいな。
大人からとかからの圧があるから、
同世代でもある程度共同体の中で、
自分のポジションを見つけなければならないみたいなプレッシャーもあっただろうから、
だからそういうオタクであるみたいなことは、
かなりヤバいことだみたいな感覚があったんだよね。
あったね。
大学入った時びっくりしたもんね。
初めてオールでカラオケ行くときにさ、
みんなボカロカにそんしか歌わないんだよ。
そんなことありえなかった。
そんなことありえる?
マクロスにも歌ってたね。
そうそう、マクロスとか。
それって多分俺ら世代の衝撃だよね。
みんな好きだったんだみたいな感じ。
後でみんな隠してたから。
みんな隠してたから僕気づかなかったんだよね、そもそも。
普通に気持ち悪いものだと思って避けてたからさ。
大学に入って急にそれがスタンダードの教養になった途端に、
慌てて履修しだすみたいな感じだったから。
確かにな。
柿内君にとってゼロ年代は割と後で履修したもんみたいな感覚が結構あるみたいな話もあったもんね。
確かに大学になった時にAKB時代が来るじゃないですか。
それはショックでした、私もね。
あれは最悪のやつだよね。
多分これによってみんなオタクであるということを公表していいとか、
恥ずかしいような曲も大声でカラオケで歌っていいってことにやっぱり時代がなっていったから、
それまでは友達と行くカラオケではオレンジレンジとかミスチルとか歌わなきゃいけなかったのが、
一気にガラッと変わったっていうのはその象徴としてはAKBだと思いますね。
分かる分かる。
多分2人と違って俺はAKB時代に乗るのよ。
じゃあAKBのオタクやるって言って俺やってんのよちゃんと。
それって、これ世代としての話もすごくいじわって、
俺はどこまで行っても80年代とか90年代の大阪パンクシーンの先輩とかにどう頑張っても、
それを経験してなかった人らには語れへんと思ってたわけ。
高校生ぐらいの時から。
で、「お前はお前の思うことをやるのがベストや。」みたいなこと言われるわけよ。
でも俺にはテーマにするものとかないわけ。
周りに。
そういうヒリヒリしたものがないわけ。
で、バーンってAKBとかが来た時に、
この上の先輩たちに勝つためにはこっちをインストールしかないって思ったのよ。
ガッツリオタクっていうのをやりながらパンクとかをやってる人はいないと思って、
じゃあそっちに乗りますみたいなちょっと不純な動機もありで、
51:02
そういうアイドルオタクをやるみたいなことを選ぶんだよね。
で、意外とそういうふうにやってみたら、そういうやつだらけになっていくっていう。
みんなそう思ってるんかい!みたいなさ。
みんな割とオタクみたいになってて、
俺の見立て違った!みたいな感じはあったけど。
でもそういう武器として俺はAKBを取るみたいな感覚があったけどね。
なるほどね。
そうですね。
同時に僕らやっぱり大いなるオタクたちによるマウントを取られまくった世代でもやっぱありますよね。
いろんなジャンルでこうなんだよみたいな大体ゴールデンエイジの話をされ、
お前らは知らないもんな!みたいな、
オタクマウントみたいなのが横行してた世代でもあるから、
それに擦り切られた時に、じゃあ僕ら世代で一番最新で、
他の人も誰も知らないでしょ。だって今これが最新なんだからっていうのが、
結構その当時でいえばAKBとかっていうアイドルカルチャーだったりもしたよなぁと思いますね。
うん、まさしくそうですね。
そういう最先端のものに飛びつくっていうことが、
だからそれこそ本当に若者らしい若者であるっていうことに、
俺は義体しようとした時期が明確にあるね。
それこそそういう昔のもんが好きすぎたし、
年早く取りたいと思ったし、若者に見られたくないみたいな感覚が10代の時は多分あったんだよね。
そろそろグッと上の人たちの感じになりたいと思ってた。
それが嫌だったんだけど、でもなんかそういう、
それを振りかざしていいっていう風なゴールデンタイムみたいなのが大学生になってきた時に、
じゃあそれをやりますみたいな感覚があったなぁ。
なるほどね。
それとかかなぁ。
わりと私たちの世代の話とかに終始どうしてもしてしまうところがあるんですが、
パンスさんの本とか読んで、
僕とかは明確にわりと80年代、90年代、
まあそれこそ80年代後半から90年代前半みたいなものに、
これはフェティッシュ的なのとか、絵としてとかそういうのでいいなって思う年代みたいな。
この時代のこの辺のアートワークとか服装とか音楽の音とかがいいなって思う世代がなんとなくあったりするんやけど、
二人はなんかそういうのあったりします?
かぎやい君とかなんかあったりしますか?
僕はずっと60年代がフェチを持ってたなぁ。
だからやっぱりね、学生運動のメンタリティで、
なぜかずっといたんだよね、学生時代とかも。
この辺が寺山修司から始まりの左翼運動みたいな。
なんか知らないけどその時期に対して一体化してる感覚がね、
小中高とずっとこうあった感じはして。
だから70年代以降なんか不潔って思ってた。
54:00
だからそういう夢が終わって、
そのまま何をだらだら生きてるんだ表現者たちはみたいな感じを持ってたみたいな。
でもやっぱあるけどね、60年代、
ロックの人とかって基本やっぱウッドストックとかいう人多いから、
そこそこビートレスが活動してた時代っていうのもありますし、
そこの大きいロマンとしては持つ人は多いなぁと思う。
ちょっと違う話になるんやけどさ、
同世代とかでもさ、かぶれて和服着るやつとかいるやん。
いますね。
ホンダ君とかって別に和服着てただろうみたいな感じの感覚勝手に持ってるんやけど。
和服、和装はしてないですけど、和は結構。
やりたいなっていう気持ちみたいなのもあるみたいなさ。
全然あります。
でも今はさ、別にそれでいいと思うんやけどさ、
2周年の時とかって俺なんかそういうさ、
まんま歴史インストールするやつまんまやってるやんみたいなのめっちゃ嫌やってんの。
何まんまやってんだよと思ってたよね。
バンドのやつとかってやっぱウッドストックとかヒッピーかぶれみたいな感じさ、
ベルボトム履いてみたいなさ。
気持ちだけそれすぐやっちゃうみたいな。
そういうの何軽薄なことやってんだみたいな怒りがすごいあって。
なんで俺は怒ってたんだって思うのは多分、
いや俺らは俺らの世代の物語を紡ぐべきだろうっていう。
何まんまやってんだみたいな。
ちょっとアレンジしてるんだったらまだしもとか思ってたんだけど。
こういう感覚って俺特殊やったんかな。
同じ感じはあるんですけど、その方向性がちょっと違うというか、
全く同じようにそういったものを見ていたけど、
僕が思うのは、こいつら本質を亡き気にして表層だけ取り入れやがってみたいなことをずっと思ってましたね。
その年代の和装だったら、和装でそんな人いなかった。
大学時代に和装してきてるやつとか、普通に着付けとかおかしいとか、
ちゃんとクルメガスリだったらクルメハンのこととか調べたみたいなのとか。
ややこしいオタクなんですけど。
何をもって今その帯を選んだのかとか、そういうのってあんのかなみたいなのを思ってたことはありますね。
陰役はどうですか、その辺。
僕はそれこそ常に自分の時代に背を向けて生きてきたんだなっていうか、
割と多分和服は着なかったけど、ベタにヒッピーっぽい格好をしかねなかったなって思うね。
どこで買えばいいかわからなかったからしなかったけど。
なるほど。着が着てたら全然楽しくこれで行くぞとなっていたっていう。
たぶんへそまで髪伸ばしてやってたんじゃないかな。便所サンダルつっかけてみたいなね。
それが一番かっこいいと思ってたから。
当時の今っぽいとか、今の我々世代だみたいな格好してました?
それこそ一番ダサくなかったですか?
そうね。そうだけどそうせざるを得ないかなみたいな感じだったかな。
57:03
当時から、ごめんなさいね。本当に当時の思い出で柿内さんディスになっちゃうかもしれないですけど、
19の時に、叔父が岐阜に住んでたんで初めて名古屋に行ったんですよ。
買い物とかして服とか買っちゃおうかなと思って当時の境に行ったら、
高校生から大人までみんなホストみたいな髪型とホストみたいな格好しかしなくて。
今もそういう時代だね。
そう、またそういう時代で、深いVネックとウルーフヘアみたいな前髪と後髪が長いやつで、
前髪超気にしてるみたいな、細長い靴ね、みたいな人しか本当にいなくて、
僕はこの先名古屋にはもう用事はないなって当時思ったんですよ。
僕、大学1年生の時、その格好してましたよ。
それが一番恥ずかしかったですね、僕の中で。
確かになー。
特勤特勤の靴履いて、めちゃくちゃばっかり開いたVネックで前髪ずっとちねってましたね。
そうそう、前髪をね、おまつさんとおろしてね。
あれなんで僕ずっときついんだろう?
その当時からずっときつかったんですよ、あれ。
おかしかったはおかしかったと思うよ、もちろん。
いやだし、それはさ、同じように、ちゃんと10代とかの時に見ている、
ROOKIESだったり、カトゥーン的なもんだったりとか、
そういうものと地続きだから、そこにやっぱ乗れてないとやっぱきついよ。
それがいいと思ってないからね。
そうですね。
ここか、だから僕はROOKIESでちゃんとバク投げできるんだ。
あ、そうか、ROOKIESで影谷君は意外とバク投げしてた側っていう。
ROOKIESと極戦とかね、見てましたからね、毎週。
でも確かに髪型はあるかも。
あの髪型が一番かっこいいと思ってたもんな。
ああ、ちゃんと極戦的なものがね。
うんうん。
だって下北サンデーズ見て普通に演劇いいなと思ってちゃんと演劇を始めるっていう、
すごいそういうピュアさんも影谷君もあったんだもんね、2006年時点で。
確かになー。
いやそれあるんだよなー。
いやなんか、俺その上の世代の窪塚耀介みたいなものがないって、
まあ下に須田君とか出てきて、須田君と僕たちってでも距離感あるじゃない?結構。
須田君のことを真似したいって、なんか年下やからないやん。
うんうん。
これ暴論だけど俺ないと思うのよ。
まあないです。
だからそこにはまるべきなの。
クラスの中に使いやすい窪塚耀介としての存在のイチハラハヤトっていうのがあったと思ってんのね。
ああ、まあ確かに。
窪塚耀介の怪しさみたいなのをちゃんと投稿して、
学校にいるやつとしての窪塚耀介っていう、
使いやすくした窪塚耀介を作ろうっていうのがイチハラハヤトだったと思うのね、当時のね。
1:00:04
なんかそういうもんに多分俺らは、俺はうーんと思っていたし、
なんか別に彼のこと嫌いじゃないんだけど、
いいとは思ってないみたいな距離感があったかな、
そういうゼロ年代のど真ん中。
俺らの世代として影響あったもんっていう、すると。
うんうん。
だから極戦とかも見てたけどやっぱちょっと半笑いではあったみたいな感じだったかな。
ああ。
あれはもうほぼ見とこうもんなんでね、あれは。
まあまあそうそう。
なんか当時からクドカンとかみたいに後期のドラマは好きだったみたいな感じで言いたいんやけど、
俺はどっちとも距離あったしね。
うんうんうん。
そういうのって好きだったことに、まあ好きな人もいたんだけど、
俺はなんかどっちもあんま分からへんかったなあ、当時からなあ。
僕は多分当時で憧れてたスタイルと好きなドラマで言うと、
あれですね、時効警察の小田切城ですね。
ああ。
多かった、ミクシーのコミュニティで入ってるやつ多かったなあ、時効警察。
そう、時効警察的なお笑い、まあ小劇場的なお笑いって言うんですかね、ああいうのをすごい好きで。
まあね、キラーとかもやってる場合あるからね。
すごい好きだったし、そこで表彰されてる、その小田城がね、毎回結構ファッショナブルな格好をするんですよね。
ああ、格好良かった格好良かった。
それに憧れてましたね。
うんうんうん。
あのね、トレンチコート着たりするんですよ、当時から。
トレンチコート着たりとか、アーガエリのカーディガンとか、そういう系かな。
ああいうのにめっちゃ憧れてっていうか、服とか買う時に参考にしてましたね。
ね、下ちょっとタイトめの感じでね、なんか一番オシャレだった可能性あるな。
まあ確かに小田城ってちょっとね、あったわ、そういう感じ。
いやだからね、やっぱ今回これを撮るって言われた時にそういうのを久々に見たらどういう感情になるのかなとかって思って、やっぱなんかマイボス、マイヒーローとかね。
好きだった。
ああいうのね、YouTubeのね、流れてるの見てなんか泣きそうになりましたよ。
キツイキツイみたいな。
そうかダメだったか。
ブレザー、まずね、なんかね、こう本当神長男子がブレザーとかね、なんかそういうのではしゃいでるのを見るとね、やっぱちょっとキツくなるっすね。
ああ、確かにな。
何なんだろうね、俺らの世代のみんな好きだっただろうみたいな感じでガツンとさ、俺らの10代を定義してくれるようなものってさ。
いやだから90年代とかって、なんか俺の90年代への憧れみたいなのってそう、岡崎京子とかエヴァンゲリオンとかがあるっていうことが羨ましすぎるっていう。
そういう一点のみ。
なんかないことないけど、0年代入ってまあそれこそバトルロワイヤルから始まってみたいなあるけど、バトルロワイヤルの次何があったのよみたいな。
バトルロワイヤルも2000年だから俺らより上だしさ、俺らのもんではないから。
なんかないんだよな。
でも語られるになるって何なんだろうね。
回収化されたものでいくとナルトとハリーポッターじゃないですか。
1:03:00
まあそうか、その辺だな。
まあジャンプ漫画のその辺とか。
まあでも続くからね、その後も。
まあでもハリーポッターは別に俺ら世代のものか。
ハリーポッターかなりね、実は世代を規定していて、僕ら以上の上の人にハリーポッターって言っても通じないですよ。
小1ぐらいの時から。
そうそう、スタートした。
まあだからハリーポッターで読書体験を始めたという奴らは多いよね、俺らの世代に。
多いと思います。
まあハードカバーの本を読んだというのは、小学生なりにも自信になったしっていうところは大きいよね。
どうなんだろうね、漫画とか。
まあでもやっぱデスノートとか、その辺?
俺らの世代を規定して流行っていたものみたいな。
デスノート嫌いだったな。
デスノートはどこが嫌だったのよ。
命を粗末にする。
ダメだよ人なんか殺しちゃう。
そういう命に対して厳しいところがあったんや。
でも今ね、この二人の話を聞いていてちょっと分かってきたことがある。
自分の同世代の、だったらちょっとお兄さんのファッションを参考にしてなんかこうしたいとか、全くなかったのよ。
それは多分美術家が終わってる名古屋という土地でね。
とりあえずイケてるというのはホストみたいな格好のことなんだみたいな。
そういう環境だったからっていうのもあるかもなんだけど、
それ以上に多分ね、僕はね、ドメスティックな文化にほぼ触れてなかった、10代の頃。
エヴァとか今話が出てるようなもので、
テレビドラマだけはテレビの延長で見てたけど、
そこにかっこいいものがあるなんていう発想全く一個もなかった。
一番かっこいいのはジョニーデップだし、アランドロンだし。
アランドロンではないだろ、俺ら世代。
要するに洋画ばっかり見てたの。洋画ばっかり見てたから、
かっこいい男のロールモデルがアランドロンが一番古くて、
時代が下ってって一番近場にいるのはジョニーデップみたいな。
そういう世界観でいたから、自分にとってのオシャレって自分に関係ないものだったんだよね。
もう白人じゃないから。
だからすっごいエグい西洋白人史上主義を自分の中に内面化してて、
日本人だってみんなどうせみっともなくてダサいんだから、
どんな格好してても大差ないだろって思ってた。
でもそういう感じの子って一定数いたよね。
まだジョニーデップ以降のハリウッドスターって日本のお茶の間にもなくなったもんね。
でも、俺覚えてる。
例えば今のスターと当時のジャニーズとかの下敷きとか、
好きな歌手とかバンドの下敷きみたいなのを持ってるっていう子の中に、
ハリウッドスターはジョニーデップだったり、
ブラピティ・カプリオだったりみたいな人の下敷きだったりとか、
そういった人が一番かっこいいと思ってるみたいな子が、
クラスにも何名かいたみたいな時代だから、
1:06:01
こっちの方がかっこいいと思っているっていう。
っていう子とかが一定数いたっていう記憶はめっちゃあって、
でも多分今厳しくなってるんじゃないかな、その辺が。ないことないと思うけど。
パンさんの本読んでてもやっぱり、前半で本田さんも話してたけど、
国内の文化だったり、状況についてこれだけ通信でまとめてるのがありがたいみたいな話があったけど、
確かにね、そもそも最近になってくると、
国内のカルチャーみたいなものの方にばっかり意識が向きがちになってるけど、
もともと割と博来ものばっかりに興味があって、
全然国内のものを良いものと思ってなかった時期って長かったんだよなっていうので、
話しててやっと思い出してきた感じがする。
確かにそれってめっちゃ忘れてることやんな。
でもなんかそっちの方がオシャレみたいな感覚があったなっていう感覚が俺もよくわかるよ。
洋画見てる人がオシャレっていう感覚ってちょっと上の世代ってめちゃめちゃあるじゃないですか。
うん、あったと思う。
アニメオタクは本当にかわいそうなんだけど、映画オタクはかっこいいみたいな。
そういう感じあったと思う。
20世紀の文学に変わる総合芸術としては映画の格式の高さというか、
位の高さみたいなのがいい。
しかもその中でもハリウッドとかの洋画というものがやっぱりトップオブトップだから、
そここそが一番カルチャーの最高到達点でしょっていう感覚は確かにあったし、
あったからこそ金曜ロードショーっていうのが、
今やハウルの極城とかでしか視聴率が取れないみたいになってるけど、
もともとはずっとダイハードとか面白いドデカアクションみたいなのもあるけど、
それ以外も含めたラブロマンスとか、当時で言えばタイタニックか、
そういうものが放送されるのが金曜ロードショーでしたもんね。
そうだね。
この本、タイタニックが津田屋で上下間屋から輪ゴムで止まってたみたいな話とか、
めっちゃ記憶あるわみたいな。
あった、輪ゴムで止まってる2巻組ね。
輪ゴムで止まってたよね、2巻組のやつ。
止まってた。
あれとか素晴らしいところを拾ってるなと思ったけど。
なんかね、そういうのあったし、
例えば僕とかはサッカーとかを見るの好きだったから見てたけど、
日本は遅れていて、海外のものが本物でまだ教えてもらう時期なんだっていう感覚を、
すごく10代の時に持ってたっていうのがめっちゃあるんよね。
で、日本の音楽っていうのは基本的には真似事なんで遅れていて、
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中には本物がいるみたいな。
ブルーハーツがいてとか、
いろんな日本らしい本物も認めていいような本物もあるけども、
基本的には海外のもの、アメリカのもの、イギリスのものが至高みたいな感覚って、
俺全然20代前半くらいまで全然あったかもしれないっていう。
でもそんなこと忘れてしまってるみたいな感覚あるよね。
そうなんだよね。
うーん。
だから歌とかもさ、日本語が聞き取れるとダサいって。
だからわけわからん言語で歌ってほしかった。
うーん、なるほどね。
でもなんかそういう感覚あったと思うな。
J-POP的なもんとかって大なりしてたし大流行りしてたけど、
そういうコミュニケーションとしての音楽みたいなものだったみたいな感覚があったかな。
好きだったけど、これを好きだっていうのはカッコ悪いことなんだみたいな感覚があったけど、
その他喋りときたいところとかってございますでしょうか。
僕ちょっと最後2人に聞いてみたいことがあるんですけど、
今35の歳みたいになって、もうだいぶ若者という世代をかなり客体的に見れる世代になってるじゃないですか、我々が。
今の若者みたいなものと明らかに世代が違うっていうことになって、
初めて僕らの若者論みたいなものをパンさんの本とかを通じて言えちゃうぐらいに距離が出始めたと思うんですけど、
そうなった時に普段の2人がやられてるコッドキャストとか文筆活動とかで、若者に向けてるっていう感覚ってありますか。
あー、それねー。
僕はあまりなくて、いまだにずっと年上の人とかと戯れてる感覚しかあまりないので、
なんか本当に発信みたいなものに若者が入ってないなって、これを読んで気づいたんです。
僕は結構ある。
あのー、残しておかなければならないし、でもわかんないだろうから説明しておくみたいな。
たぶんここすなとか、俺がやってることって割と説明多いんだけど、
それは、10代の時の自分がもしかしたら引っかかって人生変わるかもしれないみたいな、
10代の時の自分に対して書いたり話しているみたいなことを意識してることはある。
だから、今の若者、例えば今の行動様式とか、今TikTok見てこういう服装してみたいな、
若者とかをターゲッティングして狙いに行くみたいな、今の若者に対して投げてるかっていうと、
その辺まではやってないけども、
でもあの頃の10代の時に欲しかったものみたいなもの、
あの頃の自分が欲しかったものみたいなものに応えられるものであろうっていう意識はあるかな。
それはすごいわかる。
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気がする。
なんか僕も、なんだろうな、僕も今日話してて非常にわかったけども、
あんまり自分の世代とか自分の時代みたいなものにずっと居心地の悪さを感じ続けていて、
それを結構否認し続けてるのと、
あとやっぱり未来は暗いと思い続けてたから、
自分が年取ったらもう楽しいことなんか一個もないんだって、
ずっと思い続けてたのもあるから、
そういう人に向けて、
なんかこの年にまでなってもまだこんな風に楽しそうにしてる人がいるんだっていう、
気が楽になる感じっていうのを体現したいなっていう気持ちはかなりあって、
意識的にかなりヘラヘラしてるみたいなところはある。
なんかやっぱり僕がほぼ日とか好きだったのは大人たちが楽しそうだったからなんだよね。
あとやっぱり中高時代ド発展とかめっちゃ好きだったからね。
おじさんがね、労働してるおじさんが楽しいみたいな。
おじさんたちが、おじさんたちって最高だぜみたいに言ってるものにすごい救われてきた。
てかこうなれる、こうなっていいんだみたいな、
その感じがあったから、
そういうのをやろうみたいな意識はちょっとあるかもしれない。
それもすげえよくわかるな。
全く同じ感覚があるかな、僕も。
この年になると青春続行とか言ってるやつはろくでもないって気持ちになるけどね、それはそれで。
し、本当に若者のためにみたいなこと言ってるやつは、
大体そのエネルギーとか、
それで上がろうとして食ってたりするやつが多いから、
よくないよね、そのフックアップに気をつけろ論だよね、これはね。
おじさんはおじさんとして楽しそうにしてることが大事なのであって、
それを代弁したりとか、一緒になんかやろうみたいにした途端に、
なんかね、悪いものになりがちな感じがする。
なんかでもちょっと展開さすと、乱暴に言うとさ、
なんか俺あんまり年下のこと興味ねえなって思ってたの、長いこと。
年下と喋ってもそんな面白くねえなって思ってたの。
でも、多分30超えたあたりなんか、
いやなんかマジで興味出てきてんのね。
マジで分かんないことが、多分それこそ、
若者みたいなものに向けられたものが、
これ分かるよ、これ分かるよ、はいはい分かるよっていうのが、
多分分かんなくなってきたっていうのが多分あって、
だからこそ、俺が分かんないけど、自分より年下の子はどう思うんだろうみたいなこととか、
なんかほんまに興味が出てきたんだけど、
その辺の感覚ってお二人はそれぞれあったりする?
ない。
なあ、まだ。
ないか。
ないんだ。
まだないですね。
その、分からないものとして取り扱うことがないというか、
まあまあ言ったら全員分からないしみたいな、
ある程度その世代とか関係なく、
一つの個人としての興味とか知りたいとか、話が面白いとか面白くないとかあるけれども、
なんかこの世代ってもうこういうとこ分かんないんだよなみたいな感覚が、
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なんかね、まだできてないというか、
うーん。
感じがありますね。
うーん。
なんだろうな。
面白い。
僕は明確にね、
うん。
あるよ。
なんかその、なんだろう。
てかさっき、ずいぶん前の話かもだけど、
本田さんがさ、自分の大学時代とオバマ政権とのさ、
重なりの話をしてたけれど、
割とその頃に言われる若者って、
僕らよりちょっとその、Z世代って言われるようなさ、
一個次の世代の人たちと並走してきた時代に対して、
やっぱりなんか一番こう、
やっぱり何かが良くなって、
マシになっていきそうな気配っていうのは、
色濃く一番感じてた時期で、
その頃の若者たちに関してはむしろ、
自分たちは間に合わなかったけど、
その次の世代が結構、
しっくりくることやってくれてるなみたいな感覚があって、
そこまでだからなんか、
自分の延長というか、
自分が今の時代に似合えてないけど、
その次の人たちがなんか似合えるようにしてくれるかもみたいな、
だからこっから先、
やっぱりそっちだったよねみたいな感じになっていくかもなみたいな、
連続性を感じられてたんだけど、
その、
この2,3年ぐらいで一気にそこの連続性みたいなものが、
信じられなくなってきてる感じがするから、
それこそ、
一種の異物としての今時の若者と、
自分との間の、
接続する面が見失ってる感じがあるから、
そこどうやったらこれって、
関係の通路を作れるんだっけみたいな、
意味での関心は、この2,3年で結構一気にきてる感じがする。
そうね、だから、
完全に自分が今、
それこそまだ何か接点が持てるチャンスがあるから、
ちょっとやってみようかなみたいな感じなのかな。
これがたぶん10歳とか年取ってくると、
まあまあもうどうしようもねーしなみたいな、
40代半ばで20代の子とコミュニケーション取ろうって、
結構むずいかなみたいな、
まあ30代でもむずいんだけどちょっとまた、
まだ何かあるかみたいな感覚で思ってるみたいな感じかな。
だからそれを今やっとかんと、
俺がなりたい自分からは離れるのかな、
みたいな感覚を持っているかな。
まあそんなところで、
私たちの世代の話っていうのをやっていきましたけども、
まあいろいろね、振り返りとかもありましたけども、
まだまだ時代に関する話とか、
今これ良いと急に、
今なんか意外と80年代良いかもとか、
急に来る可能性とかってあんのかな。
ありそうな予感あります?
なんか2人とかって急に。
なんか僕とかは、
70年代ブームとか、
勝手に自分で作ったりして、
今70年代良いかもとか言ったりしてたんやけど、
そういう感覚ってあります?
マイブームとして?
そうそう、マイブームとして放っていくみたいな。
今ちょっと80年代とか。
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今はね1920年代が一番。
今20年代、確か。
20年代確かにおもろいっていうのはありますよね。
そうそうそう。
ここが一番熱いぞっていう。
とか、なんかそういうのとかもありつつね、
なんか今ここの年代が熱いんですみたいなさ。
ファンスさんも書いてたけど、
こういうそれぞれの年表とかを書いていくみたいな。
自分の個人誌とともにみたいなのって良いと思ってて。
みんな年表作るの良いよね。
みんなそれぞれ年表作るのも良いし、
まあなんか今ここハマってるみたいな。
なんかそれは通称書き必要なくて、
例えば80年代の5年間だったらその5年間だっても良いと思うし、
なんかテーマがあってとか。
今20年代のことおもろいって思ったら20年代のことで、
こういう視点で捉えてるみたいなことがあったら、
なんかそれぞれ話したいなと思うので。
また3人でそういうのもね、できたら良いかなと思いますし。
聞いてる人もそれぞれそういうのやってみるのどうかなと思ってますね。
はい。
はい。ということで、本日はですね、長らく聞いていただきまして
誠にありがとうございました。
各社SNSさんの投稿は、
はっしゃる!慶応!慶応!SNSココスナです。
ぜひともシェアしてください。
ということで、今回のゲストは
柿内正午くんと、
本田自信料さんでした。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
01:19:18

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