でもなんか同時に労働とかめっちゃしんどかったからそれはただの逃避だった説もあり、
同じような感覚がある。時代とか若者であった頃みたいなこととか、社会の空気みたいなこととフィットできたことはめっちゃないみたいな感覚はあるね。
やっぱりなんか自分が読んできた、ブックオフとツタヤによって育てられてきたから、
実はなんか同じその世代でリリースされたかどうかとかじゃないところで、
なんか情報環境作ってたんだなっていうのも改めて思った。
自分がこの年齢の時にもうこれ出てた。
その5年後6年後ぐらいに新しいものとして見つけてたわみたいなのもあったりするから。
旧作から情報を得るって感じでしたよね。
いわゆる新作ってなんかみんな借りてるし、そのお金もかかるので手を伸ばしてる量って限られるんだけど、
旧作だけはツタヤやブックオフやいろんなところに無限にあるっていう感じで、
それはなんか結構もう今のサブスク並みにリーチできるみたいなところはなんとなかったなと思っていて。
だからあと僕が一番思うのは、だいたい兄弟いる人とかでいくと、
お姉さんの同級生のお兄さんとかね。
そういうリーチってあったよなっていうのが、それがたぶんまさしく10校へとかだから、
それこそパンさんみたいな世代の人たちのものみたいなものを結構享受してたなと思っていて。
だからなんかスラムダンクとかああいう漫画とかって、
たぶんだいたいお姉ちゃんの同級生がお兄ちゃんが持ってて借りてきたみたいなものを家にあるから、
それを自分も一緒に読むとか、そういうのがあったから、
やっぱなんか旧作みたいなものの有難さの方が大きくて、
その時代にある新作バーンて出てるやつ、本当に我笑いになっちゃうなっていうのがありましたね。
これって俺ら独特のもんなんかな?どうなんだろうね。
いやでもそれ面白い。なんか今、ホンダさんとかサメ君の話す作品館で、ガンダムもそうだし、音楽も話もそうなんだけど、
自分たちが生まれたよりちょっと前ぐらいから話が始まるじゃない?
それはやっぱり年長の親類だったり身近な人間関係があるってでかいんだなって思ったね。
なんか今一番上なんだよ、親戚の中でも。
土町なんだから、なんか今の時代嫌だなって思いつつ、参照するべき先行世代みたいなものを見つけてこれなかったなーみたいな感覚があって、
たぶんちょっとそこら辺はお二人と旧作に対しての感覚とかも違いそうな気がしたな。
まあでもなんか、ロールモデルとするというよりは、いいとこだけかさらってるみたいな感覚だから、
リソースだけだよ。
たぶん柿内君がほぼ日見てたりとか、穂坂和志読んでたりみたいなところと、
たぶん物が違ったりアクセスの仕方が違うだけで、たぶんその辺はわりと近しい感覚ではあるのかなーみたいな、
俺の認識ではって思ってるんだけどね。
なるほどねー。
まあでも確かに実態があるかないかっていうのは、若い時は影響はされるので、
僕は今そういう認識だけども、人に何かを借りるみたいなところは結構力としては大きい影響ではあるかなとも同時には思うかな。
どうでしょうかって感じはあるか。
なんかそれこそ自分の世代って何なんだろうなっていうのを今回起きに改めて考えてみて、
自分なりに思ったのは、ずっと未来は暗いと思い続けていたなって思うのよ。
自分たちが幼稚園とかの頃にいじめ問題が進行不可し出すとか、それこそ炎上交際とかそういうものが出てきたりとか、
サリン事件もそうだけど、とにかく外に出ると怖いことがたくさんある。
で、学校に行くといじめられるんだ。
で、バタフライナイフとか持って自衛していかないと中学生活を生き延びることはできない。
で、あっという間に死んじゃうみたいな。
そういう負の、自分のちょい先の未来に対してすごい嫌なイメージだけ持ってた。
中学に入学するとき、どうやったらナイフを調達できるかすごい真剣に悩んだもん。
でもわかるよ、その感覚。
どう暴力から逃れるかっていう感覚が全然ある世代だからね、私たちはね。
で、自分たちが大学時代には、年越し派遣村とかもそうだし、ワーキングプラみたいなことが出てきて、
就職活動自体も辛そうなのに、就職できたとしても結局なんかそこで使い潰されて死ぬんだ、
ブラック企業しかないんだ、みたいな感覚になっていて、
実際、そういうような形で一個先の自分のステップに全く楽しみを見出せない。
ろくでもないんだ、暗いんだって思い続けて、
で、中学に上がると中学生は小学生に敬拝されたようなやつしかいないから、
割と大したことないし、大学も意外と大したことないし、
就職しても思ってたほど殺されるってことじゃなかった、みたいな感じで、
未来をめっちゃくちゃ暗いものとして想像し続けては、
実際その場に行くと思ったより悪くないなって片透かしをずっと喰らい続けてるみたいな感覚があるんだよ。
これが自分の世代的特徴なのかな、みたいな風に仮説を立ててね、
今日ここに挑んでるんだけど、
もしかしたらそれは本当にほんのちょっと上の世代の生身の人間と接していると、
それこそいいところかすめとれるみたいな、悪いことばっかりじゃないみたいなことわかるわけじゃない?
それが不在だったからこそね、
小学校のところは中学校に行ったらもう死ぬんだって思ってたし、
中学校の頃は高校に入ったらもう楽しいことないんだって思ってたし、
延々とそういう未来への不安が先取りして、
入ってみると思ったより楽しめちゃうみたいな。
それはね、就職までずっと繰り返し続けてるなっていう感覚があるんだけど、どうですか?
柿内さんって周囲に3つ4つ上ぐらいの友達みたい仲いい近所のお兄ちゃんとお姉さんみたいなのもあんまりなかったんですか?
なかったんですよ。クラブ活動とか部活もやってなかったですからね。
なるほど。
やっぱり田舎度合いっていうのも多分あると思うよね。
私とか京都のめっちゃ田舎。
ほんの君もまあまあ田舎やもんね。
まあ田舎っちゃ田舎ですね。
ちょっと茶伯さんオードじゃないと思うけど。
場所としてはね長崎という西の果てなんで。
長崎のシティボーイ的な田舎っていうことやなって感じ。
柿内君は多分もうちょっとシティなんだよな。
だいぶシティですね。名古屋市内ですね。
だからこれやっぱりそこでまずズレがあるは多分あるだろうな。
名古屋のシティっていう感覚が多分また違うというか。
だから俺とかはもう完全に全然その昭和的な世界観だったからね。
2000年代も。
だからある種本当に距離感がすごく近いし荒いしっていう感覚だったから。
すごいそれが嫌だったけど助けられたところもあるみたいな。
距離感が近い上にね。っていうところがあったけど。
まあその辺が違うのかな。
でも未来が暗いみたいなことはすげえよくわかるね。
柿内君が今喋ってくれたところの大まかは大体同じ感覚だなって思ったかな。聞きながら。
だしなんかこれ多分世代、俺らの世代で一回なんかポロッとツイートしたら軽くバズったこともあるんだけど、
中学生ぐらいからゆとり世代って俺ら言われすぎてんねん。
社会からぶっ叩かれすぎてて十何歳の時から。
そうね。
だからあれはね多分強烈な体験だったと思いますよ。
だからなんかこう俺らはもう失敗作なんだみたいなさ。
なんかそういう感覚ってあったと思うな。
僕らってゆとり世代っていう明治的に言われ始めたのっていつ頃からで、そこからまたさらに弥生的なのが含め始まるっていつ頃でした?
多分中学ぐらいから言われた。小泉政権の時にも言われてるから。
2004年5年ぐらいの時に言われ出していて、それは中1中2ぐらいでしょ。
で多分その間弥生になってきたりするのは高校生ぐらいじゃないのかな。
だから2008、7、8ぐらいになってくるんじゃないかな。
だからちょうどほんと思春期ど真ん中みたいなところになり出すみたいな。
僕のちょっと体験で言うと、俺大学入ってバンドとかでやった時に自主の企画ライブとかあるわけ。
それぞれバンドやってる人とかが集まってライブしますみたいな。
そういう時に企画のタイトルにゆとりって言葉をつけることがむちゃくちゃ多かったのよ。
だからみんな劣化版銀杏BOYZみたいなことやってるんだけど、
そういうねじれた自意識みたいなものを自分たちの世代でくくろうと思った時に、
ゆとりって言葉を逆にポジに使ってやろうみたいな意識がある同世代があって。
僕はそれもそれでダサいなと思ってたから、僕はちょっとそれに乗れなかったんだけど、
でもその感覚めっちゃわかるっていう。
うんわかる。しかもパンさんの本の中でもさ、
パンさんが自分の世代っていうのがわけわかんない、得体の知れない世代みたいなイメージがルフしすぎていたけど、
それに対して違えなって思いつつも、自分たちの個性として逆にアイデンティティとして取り込んじゃうみたいな記述もあったけど、
やっぱりそういう外から言われてるものをあえて自分で着こなしてみようとしちゃうみたいな感覚は、
確かにそれぞれにあるんだろうなって感じがするし、ゆとりは言われすぎてるから、
だったらあえてそれをポジに変換してやろうみたいな意識は持ってた気がする。
そうそうそう。だからそういう感覚は残しとかないとなというので喋れますけども。
だからいろんな世代でもそういうことを言われてたりとかっていう感覚とかってあると思うんだけど、
でもネガティブにゆとりってめっちゃ言われまくったし、
だからお前らはもう勉強やってないバカなんだみたいな感じの感覚っていうので、
かきなえくんが言ってたようなぼんやりとした未来への不安みたいな、
そういうのを抱えて育ったみたいなのはめっちゃでかいと思うんだよな。
確かにね。だって教育受けてる最中から教育失敗してるって言われてたわけだからね。
言われてたからね。
でも僕らってゆとり世代の一番トップオブトップの世代じゃないじゃないですか。
たぶん三つ四つ上ぐらいの人が。
僕結構年上からなんかいいとこだけ盗んでるなって思うのは、
実際にゆとり世代だなんだって言って社会の荒波に一番最初に叩かれたのって、
だから三つ四つ上ぐらいとかの先輩とかじゃないですか。
そうだね。
大きな流れで言うと僕らもその最初に叩かれた世代ではあるが、
実際に細かく見ると四つ上ぐらいの先輩とかお兄ちゃん世代みたいな人たちの挙動を見て修正していったみたいなところってあんのかなっていうのは思っていて。
このドラマも最初出てきたときすごい名前だけ嫌だったんですけど、ゆとりですけど何か。
ゆとりですが何か。
ゆとりですが何か。タイトルの時嫌だなと思って。
思ったよね。
後々見たら結構いいドラマだったんですけど、
あれも多分僕らの四つ上ぐらいの先輩たちが主人公なんですよ、三人の。
そこに新入社員で入っていく仲野太賀っていうモンスター後輩みたいなのがいるんですけど、
あれが逆に言うとどっちかっていうと僕らなんですよ。
そうだね。
ゆとりの中でも多分一番トップオブトップのゆとりの世代の人たちが一番割り分かってると思います。
確かにな。だからちょっとそういう傘に隠れられたみたいな。
2011年に震災があってみたいなさ、だから大学のちょっと上の二つ三つ上の先輩とかって、
それで就活とかちょっと厳しかったみたいな時期があったじゃないですか。
で、俺らぐらいになると2014年卒だから、
いや新卒はなんだかんだ取っていかない、あかんかなっていうのを広げてるみたいな感じ。
だから一つ上二つ上よりはちょっとマシみたいな感じの就活だったと思うんだよね。
そういう意味でも同じ世代のちょっと上の人らが先に、
もうあんまりこういう言葉使いたくないけどマジでその時は思ってたから使うが、
その時の戦場に送られていってるみたいな。
で、それを見て俺らがどういう風に動くかっていう、
だからちょっと掠め取りながら生きたみたいな感覚はすごいある。
で、さっき垣内君の話で聞いてちょっと俺と認識、環境が違うから仕方ないがっていうのは、
やっぱ社会出たときはどんきつかったね。
会社はめっちゃきつかったし、
なんかこの話を僕は何度でもしますけども、
やっぱあの電通の高橋まつりさんが自殺した事件の時は、
本気で、なんか俺の代わりにこの子死んだなってほんまに思った、僕はね。
誰か死ぬなって思って、
その代わりに、俺とかの代わりに死んじゃった子がいるっていう感覚がすごいあるから、
やっぱ完全に社会狂ってるなっていうことを誰かが証明してくるまで、
一人の子が死ぬまでそういったことが修正できなかったんだみたいな、
っていう感覚がすごいあったなっていう感じがあるかな。
なんかその辺は残しておきたいとこですね。
それは本当に僕も入社の1,2年目はかなりきつかったからね。
そのきつかったのも2年で終わった感があるっていうか、
それこそ高橋まつりさんの以後、
めちゃくちゃ早く労働環境も変わっていって、
そのあっけなさにそんな変えられるもんだったら、
なんでこれまで残ってたんだよみたいな。
いやー思ったよね。
巨脱感はかなり強くあったからね。
やっぱりそこの評価としては、
僕はその1,2年で、1,2年だけ耐えれば楽になるタイミングだったんだな、
みたいな感覚が結構強い。
それより前からずっとそこでやってきた人たちとはやっぱり面構えが違うからね。
確かになー。
だからやっぱあの進撃の巨人の面構えが違うみたいなんてさ、
野遊的にさ、ネットミーム的にさ、
ゴールデンウィークも働いてたやつらだ、みたいな感じで使われたりするけどさ、
でもあれって多分本当にさ、そういう感覚を描いてるよね、
あの漫画とかはさ。
そうそう。
やっぱりね、自分たちよりちょっと上の世代がめっちゃ辛そうにしてるのを見て、
自分たちはそこまでではないみたいな、
そういう相対評価を割と下しがちな気がするね。
いやーわかるわかる。
なんかこのエンタメの作品の話で言うとさ、
やっぱ僕、富野由悠季とか宮崎駿とかに完全に乗れなくて、
押井守に思い入れがあるってやっぱそういう感じだよね。
サイトね。
ほぼ日刊いとい新聞とかをひたすら見てて。
僕とかけあい君はその辺は割とエリートで、
本田君は断絶されてたから大学生くらい、2010年代くらいからスタートするみたいな。
この辺のグッと違うっていうのも俺ら世代のあれかもしれないな。
そういう奴がでもゼロじゃないのよ。
それなりにいたんだよ、そういう奴が。
クラスの何人か、3分の1とかそういうぐらいのネットと距離感あるみたいな人はいたもんね。
僕の体感ではもう半分以上ですよ、逆にネットと距離感。
僕の仲いい友達に話聞いても、やっぱそんなにネット触ってましたみたいな人少ないですよ。
でも携帯のiモード的なものはやってるやんな。
それはもちろん入ってますね。
今のようなインターネットじゃないけども、ドメスティックなインターネットを使ったコミュニケーションみたいなことはやってるけども、
いわゆるネットカルチャーとかに含まれるニコニコ動画だったりチャンネルだったりみたいなものとか、
そういうテキストサイトだったりみたいなものっていうのとはまだまだ距離感があるっていう人は、
クラスの半分って言ったらいいかもしれない。でもそんなものだと思うな。
詳しい奴と全然知らない奴がいるっていうぐらいの割合だったと思うね、僕らの世代ってね。
携帯で見るインターネットって何なんですか?ミクシー?
ホーノアイランドとか。ミクシーも減るかな。
これだから結構僕らの世代が一番解像度高いと思うんですよ。
インターネットとiモードみたいなものは違うみたいなね。
インターネットは本当に外に開かれていて、いわゆるそのネットを見る、
2ちゃんねる文化を中心としたインターネット文化とか、
本当にその全然日本の中でも場所の違う人と繋がるみたいな、
そのチャットとかですね、そういうコミュニティがある、
オフ会とかがあるっていうのが当時はインターネットで、
柄系から繋がるiモードっていうのは、リンクを知らないと到達できないような感じなんですよ。
だから今のSNSの延長っていうか、SNS的なものがiモードなんですよね。
そのマホーノアイランドとか、全略プロフみたいな、
同じ地域の別の高校の同級生の子が、
中学校時代一緒だったか、そこからリンクで追ってって、
バスケ部のプリクラの写真がアップロードされてるみたいな、
そういうものなんですよ。
それってインターネットではないんですよ。
ワールドワイドウェブを使ってるはずなのに。
拡張現実なんですよ。現実の延長でしかない。
自分が今いないところで行われている、同じ地域の別のことが分かる程度であって、
本当にネットミームで繋がるとか、おしいの話をするとか、
そういうことにはならないんですよね、iモードなんか。
だから僕がすごくインターネットで大学入ってから触って、
そういう感じだよね。
もしもしのゲームで、
パチンコみたいな麻薬みたいなゲームを、
パチンコならまだしもパチンコ店にしか行かないとできないのに、
もう日常ずっとあの麻薬やってるっていかがなものかと思ったのに、
やっぱ同世代で爆発的な人気でした。
確かに。だから俺やったことないもんね、パズドラ。
その感覚めっちゃわかるし。
そうなんだよね。
で、柿内くんがメモで書いてくれてたんで思ったのが、
俺らってiPod nanoとかシャッフルとかって、
クラシックとかそれぞれ持ってないけど、
iPod touchっていうのが出たわけよ。
で、iPhoneになるわけだけど、
そのiPod touchとかiPhoneって、
なんかそうやってAppleに親しんでたはずなのに、
なんか急にダサく感じたっていう感覚あったんだよね、俺。
あった。iPod touchダサかったね。
し、なんかそのiPhoneみたいな、
こんなオタクくせいアイテムを携帯に使う奴らがいるのかみたいな。
携帯がかっこいい携帯であるみたいなのが一つファッションだったっていう話もあるんだけど、
なんかそういう感覚あったなってこととか思い出したな。
iPodクラシックみたいなものはかっこよかったのに、
touchになった瞬間ダサくなったっていう。
なんかtouchダサいと思った俺、やっぱ。
液晶をこう触って、
なんか何やってんだみたいな感じの感覚あったね、俺。
なんかね、iPodの画面が、
iPodの最初のクラシックって白黒で、
ジャケットの写真とかも白黒なんだよね。
そうそう。
で、それがカラーになった時にちょっともうすでにちょっとダサかったのに、
そっからさらにそのカラーの画面が全面化してボタンとかなくなっていくと、
なんかすごいダサさの極みみたいな感覚があったね。
なんかオタクっぽいアイテムっていう感じ。
だからさ、アメリカ映画とかで出てくるギークがなんか持ってるみたいな、
なんかそういうアイテムに見えて、なんかダセえもんだって思ってたみたいな。
でもこれは今喋りながら何を出したいと思っているのか全く分からない、今俺は。
でもそういうの。
やっぱり、2人はインフォバーみたいなやつもすごいオシャレなものだという感じだったってことですか?
と思ってたね。
携帯じゃないやつみんな持ってたじゃん。
なんていうんだっけ、お名前忘れちゃった。
ウィルコム?
ウィルコム、ウィルコム、ウィルコム。
やっぱりイケてるやつはみんなウィルコム持ってたじゃん。
ウィルコムで電話するっていうね。
ウィルコムボタンいっぱい付いてる。
なんかああいう感じね。
だからやっぱ、世界の終わりがドラゴンナイトでトランシーバーで歌うみたいな、あれなんか俺そういう表出だと思ってんだよね。
携帯電話みたいなものがかっこいいみたいな、トランシーバーで歌うみたいなのがかっこいいみたいな。
あの世代ちょい上だけど、なんかそういうもんだと思ってて、ちょっとすごい恥ずかしい気持ちになりながら見てたっていう。
あれ死ぬほど恥ずかしかったですけど。
いや、恥ずかしかったよね。
でもあれはさ、インフォバーかっこいいみたいな感覚がそのまま音になるとああなるんだよ。
だからそういう夢が終わって、
そのまま何をだらだら生きてるんだ表現者たちはみたいな感じを持ってたみたいな。
でもやっぱあるけどね、60年代、
ロックの人とかって基本やっぱウッドストックとかいう人多いから、
そこそこビートレスが活動してた時代っていうのもありますし、
そこの大きいロマンとしては持つ人は多いなぁと思う。
ちょっと違う話になるんやけどさ、
同世代とかでもさ、かぶれて和服着るやつとかいるやん。
いますね。
ホンダ君とかって別に和服着てただろうみたいな感じの感覚勝手に持ってるんやけど。
和服、和装はしてないですけど、和は結構。
やりたいなっていう気持ちみたいなのもあるみたいなさ。
全然あります。
でも今はさ、別にそれでいいと思うんやけどさ、
2周年の時とかって俺なんかそういうさ、
まんま歴史インストールするやつまんまやってるやんみたいなのめっちゃ嫌やってんの。
何まんまやってんだよと思ってたよね。
バンドのやつとかってやっぱウッドストックとかヒッピーかぶれみたいな感じさ、
ベルボトム履いてみたいなさ。
気持ちだけそれすぐやっちゃうみたいな。
そういうの何軽薄なことやってんだみたいな怒りがすごいあって。
なんで俺は怒ってたんだって思うのは多分、
いや俺らは俺らの世代の物語を紡ぐべきだろうっていう。
何まんまやってんだみたいな。
ちょっとアレンジしてるんだったらまだしもとか思ってたんだけど。
こういう感覚って俺特殊やったんかな。
同じ感じはあるんですけど、その方向性がちょっと違うというか、
全く同じようにそういったものを見ていたけど、
僕が思うのは、こいつら本質を亡き気にして表層だけ取り入れやがってみたいなことをずっと思ってましたね。
その年代の和装だったら、和装でそんな人いなかった。
大学時代に和装してきてるやつとか、普通に着付けとかおかしいとか、
ちゃんとクルメガスリだったらクルメハンのこととか調べたみたいなのとか。
ややこしいオタクなんですけど。
何をもって今その帯を選んだのかとか、そういうのってあんのかなみたいなのを思ってたことはありますね。
陰役はどうですか、その辺。
僕はそれこそ常に自分の時代に背を向けて生きてきたんだなっていうか、
割と多分和服は着なかったけど、ベタにヒッピーっぽい格好をしかねなかったなって思うね。
どこで買えばいいかわからなかったからしなかったけど。
なるほど。着が着てたら全然楽しくこれで行くぞとなっていたっていう。
たぶんへそまで髪伸ばしてやってたんじゃないかな。便所サンダルつっかけてみたいなね。
それが一番かっこいいと思ってたから。
当時の今っぽいとか、今の我々世代だみたいな格好してました?
それこそ一番ダサくなかったですか?
そうね。そうだけどそうせざるを得ないかなみたいな感じだったかな。
なんかそういうもんに多分俺らは、俺はうーんと思っていたし、
なんか別に彼のこと嫌いじゃないんだけど、
いいとは思ってないみたいな距離感があったかな、
そういうゼロ年代のど真ん中。
俺らの世代として影響あったもんっていう、すると。
うんうん。
だから極戦とかも見てたけどやっぱちょっと半笑いではあったみたいな感じだったかな。
ああ。
あれはもうほぼ見とこうもんなんでね、あれは。
まあまあそうそう。
なんか当時からクドカンとかみたいに後期のドラマは好きだったみたいな感じで言いたいんやけど、
俺はどっちとも距離あったしね。
うんうんうん。
そういうのって好きだったことに、まあ好きな人もいたんだけど、
俺はなんかどっちもあんま分からへんかったなあ、当時からなあ。
僕は多分当時で憧れてたスタイルと好きなドラマで言うと、
あれですね、時効警察の小田切城ですね。
ああ。
多かった、ミクシーのコミュニティで入ってるやつ多かったなあ、時効警察。
そう、時効警察的なお笑い、まあ小劇場的なお笑いって言うんですかね、ああいうのをすごい好きで。
まあね、キラーとかもやってる場合あるからね。
すごい好きだったし、そこで表彰されてる、その小田城がね、毎回結構ファッショナブルな格好をするんですよね。
ああ、格好良かった格好良かった。
それに憧れてましたね。
うんうんうん。
あのね、トレンチコート着たりするんですよ、当時から。
トレンチコート着たりとか、アーガエリのカーディガンとか、そういう系かな。
ああいうのにめっちゃ憧れてっていうか、服とか買う時に参考にしてましたね。
ね、下ちょっとタイトめの感じでね、なんか一番オシャレだった可能性あるな。
まあ確かに小田城ってちょっとね、あったわ、そういう感じ。
いやだからね、やっぱ今回これを撮るって言われた時にそういうのを久々に見たらどういう感情になるのかなとかって思って、やっぱなんかマイボス、マイヒーローとかね。
好きだった。
ああいうのね、YouTubeのね、流れてるの見てなんか泣きそうになりましたよ。
キツイキツイみたいな。
そうかダメだったか。
ブレザー、まずね、なんかね、こう本当神長男子がブレザーとかね、なんかそういうのではしゃいでるのを見るとね、やっぱちょっとキツくなるっすね。
ああ、確かにな。
何なんだろうね、俺らの世代のみんな好きだっただろうみたいな感じでガツンとさ、俺らの10代を定義してくれるようなものってさ。
いやだから90年代とかって、なんか俺の90年代への憧れみたいなのってそう、岡崎京子とかエヴァンゲリオンとかがあるっていうことが羨ましすぎるっていう。
そういう一点のみ。
なんかないことないけど、0年代入ってまあそれこそバトルロワイヤルから始まってみたいなあるけど、バトルロワイヤルの次何があったのよみたいな。
バトルロワイヤルも2000年だから俺らより上だしさ、俺らのもんではないから。
なんかないんだよな。
でも語られるになるって何なんだろうね。
回収化されたものでいくとナルトとハリーポッターじゃないですか。
まあそうか、その辺だな。
まあジャンプ漫画のその辺とか。
まあでも続くからね、その後も。
まあでもハリーポッターは別に俺ら世代のものか。
ハリーポッターかなりね、実は世代を規定していて、僕ら以上の上の人にハリーポッターって言っても通じないですよ。
小1ぐらいの時から。
そうそう、スタートした。
まあだからハリーポッターで読書体験を始めたという奴らは多いよね、俺らの世代に。
多いと思います。
まあハードカバーの本を読んだというのは、小学生なりにも自信になったしっていうところは大きいよね。
どうなんだろうね、漫画とか。
まあでもやっぱデスノートとか、その辺?
俺らの世代を規定して流行っていたものみたいな。
デスノート嫌いだったな。
デスノートはどこが嫌だったのよ。
命を粗末にする。
ダメだよ人なんか殺しちゃう。
そういう命に対して厳しいところがあったんや。
でも今ね、この二人の話を聞いていてちょっと分かってきたことがある。
自分の同世代の、だったらちょっとお兄さんのファッションを参考にしてなんかこうしたいとか、全くなかったのよ。
それは多分美術家が終わってる名古屋という土地でね。
とりあえずイケてるというのはホストみたいな格好のことなんだみたいな。
そういう環境だったからっていうのもあるかもなんだけど、
それ以上に多分ね、僕はね、ドメスティックな文化にほぼ触れてなかった、10代の頃。
エヴァとか今話が出てるようなもので、
テレビドラマだけはテレビの延長で見てたけど、
そこにかっこいいものがあるなんていう発想全く一個もなかった。
一番かっこいいのはジョニーデップだし、アランドロンだし。
アランドロンではないだろ、俺ら世代。
要するに洋画ばっかり見てたの。洋画ばっかり見てたから、
かっこいい男のロールモデルがアランドロンが一番古くて、
時代が下ってって一番近場にいるのはジョニーデップみたいな。
そういう世界観でいたから、自分にとってのオシャレって自分に関係ないものだったんだよね。
もう白人じゃないから。
だからすっごいエグい西洋白人史上主義を自分の中に内面化してて、
日本人だってみんなどうせみっともなくてダサいんだから、
どんな格好してても大差ないだろって思ってた。
でもそういう感じの子って一定数いたよね。
まだジョニーデップ以降のハリウッドスターって日本のお茶の間にもなくなったもんね。
でも、俺覚えてる。
例えば今のスターと当時のジャニーズとかの下敷きとか、
好きな歌手とかバンドの下敷きみたいなのを持ってるっていう子の中に、
ハリウッドスターはジョニーデップだったり、
ブラピティ・カプリオだったりみたいな人の下敷きだったりとか、
そういった人が一番かっこいいと思ってるみたいな子が、
クラスにも何名かいたみたいな時代だから、
こっちの方がかっこいいと思っているっていう。
っていう子とかが一定数いたっていう記憶はめっちゃあって、
でも多分今厳しくなってるんじゃないかな、その辺が。ないことないと思うけど。
パンさんの本読んでてもやっぱり、前半で本田さんも話してたけど、
国内の文化だったり、状況についてこれだけ通信でまとめてるのがありがたいみたいな話があったけど、
確かにね、そもそも最近になってくると、
国内のカルチャーみたいなものの方にばっかり意識が向きがちになってるけど、
もともと割と博来ものばっかりに興味があって、
全然国内のものを良いものと思ってなかった時期って長かったんだよなっていうので、
話しててやっと思い出してきた感じがする。
確かにそれってめっちゃ忘れてることやんな。
でもなんかそっちの方がオシャレみたいな感覚があったなっていう感覚が俺もよくわかるよ。
洋画見てる人がオシャレっていう感覚ってちょっと上の世代ってめちゃめちゃあるじゃないですか。
うん、あったと思う。
アニメオタクは本当にかわいそうなんだけど、映画オタクはかっこいいみたいな。
そういう感じあったと思う。
20世紀の文学に変わる総合芸術としては映画の格式の高さというか、
位の高さみたいなのがいい。
しかもその中でもハリウッドとかの洋画というものがやっぱりトップオブトップだから、
そここそが一番カルチャーの最高到達点でしょっていう感覚は確かにあったし、
あったからこそ金曜ロードショーっていうのが、
今やハウルの極城とかでしか視聴率が取れないみたいになってるけど、
もともとはずっとダイハードとか面白いドデカアクションみたいなのもあるけど、
それ以外も含めたラブロマンスとか、当時で言えばタイタニックか、
そういうものが放送されるのが金曜ロードショーでしたもんね。
そうだね。
この本、タイタニックが津田屋で上下間屋から輪ゴムで止まってたみたいな話とか、
めっちゃ記憶あるわみたいな。
あった、輪ゴムで止まってる2巻組ね。
輪ゴムで止まってたよね、2巻組のやつ。
止まってた。
あれとか素晴らしいところを拾ってるなと思ったけど。
なんかね、そういうのあったし、
例えば僕とかはサッカーとかを見るの好きだったから見てたけど、
日本は遅れていて、海外のものが本物でまだ教えてもらう時期なんだっていう感覚を、
すごく10代の時に持ってたっていうのがめっちゃあるんよね。
で、日本の音楽っていうのは基本的には真似事なんで遅れていて、
中には本物がいるみたいな。
ブルーハーツがいてとか、
いろんな日本らしい本物も認めていいような本物もあるけども、
基本的には海外のもの、アメリカのもの、イギリスのものが至高みたいな感覚って、
俺全然20代前半くらいまで全然あったかもしれないっていう。
でもそんなこと忘れてしまってるみたいな感覚あるよね。
そうなんだよね。
うーん。
だから歌とかもさ、日本語が聞き取れるとダサいって。
だからわけわからん言語で歌ってほしかった。
うーん、なるほどね。
でもなんかそういう感覚あったと思うな。
J-POP的なもんとかって大なりしてたし大流行りしてたけど、
そういうコミュニケーションとしての音楽みたいなものだったみたいな感覚があったかな。
好きだったけど、これを好きだっていうのはカッコ悪いことなんだみたいな感覚があったけど、
その他喋りときたいところとかってございますでしょうか。
僕ちょっと最後2人に聞いてみたいことがあるんですけど、
今35の歳みたいになって、もうだいぶ若者という世代をかなり客体的に見れる世代になってるじゃないですか、我々が。
今の若者みたいなものと明らかに世代が違うっていうことになって、
初めて僕らの若者論みたいなものをパンさんの本とかを通じて言えちゃうぐらいに距離が出始めたと思うんですけど、
そうなった時に普段の2人がやられてるコッドキャストとか文筆活動とかで、若者に向けてるっていう感覚ってありますか。
あー、それねー。
僕はあまりなくて、いまだにずっと年上の人とかと戯れてる感覚しかあまりないので、
なんか本当に発信みたいなものに若者が入ってないなって、これを読んで気づいたんです。
僕は結構ある。
あのー、残しておかなければならないし、でもわかんないだろうから説明しておくみたいな。
たぶんここすなとか、俺がやってることって割と説明多いんだけど、
それは、10代の時の自分がもしかしたら引っかかって人生変わるかもしれないみたいな、
10代の時の自分に対して書いたり話しているみたいなことを意識してることはある。
だから、今の若者、例えば今の行動様式とか、今TikTok見てこういう服装してみたいな、
若者とかをターゲッティングして狙いに行くみたいな、今の若者に対して投げてるかっていうと、
その辺まではやってないけども、
でもあの頃の10代の時に欲しかったものみたいなもの、
あの頃の自分が欲しかったものみたいなものに応えられるものであろうっていう意識はあるかな。
それはすごいわかる。
気がする。
なんか僕も、なんだろうな、僕も今日話してて非常にわかったけども、
あんまり自分の世代とか自分の時代みたいなものにずっと居心地の悪さを感じ続けていて、
それを結構否認し続けてるのと、
あとやっぱり未来は暗いと思い続けてたから、
自分が年取ったらもう楽しいことなんか一個もないんだって、
ずっと思い続けてたのもあるから、
そういう人に向けて、
なんかこの年にまでなってもまだこんな風に楽しそうにしてる人がいるんだっていう、
気が楽になる感じっていうのを体現したいなっていう気持ちはかなりあって、
意識的にかなりヘラヘラしてるみたいなところはある。
なんかやっぱり僕がほぼ日とか好きだったのは大人たちが楽しそうだったからなんだよね。
あとやっぱり中高時代ド発展とかめっちゃ好きだったからね。
おじさんがね、労働してるおじさんが楽しいみたいな。
おじさんたちが、おじさんたちって最高だぜみたいに言ってるものにすごい救われてきた。
てかこうなれる、こうなっていいんだみたいな、
その感じがあったから、
そういうのをやろうみたいな意識はちょっとあるかもしれない。
それもすげえよくわかるな。
全く同じ感覚があるかな、僕も。
この年になると青春続行とか言ってるやつはろくでもないって気持ちになるけどね、それはそれで。
し、本当に若者のためにみたいなこと言ってるやつは、
大体そのエネルギーとか、
それで上がろうとして食ってたりするやつが多いから、
よくないよね、そのフックアップに気をつけろ論だよね、これはね。
おじさんはおじさんとして楽しそうにしてることが大事なのであって、
それを代弁したりとか、一緒になんかやろうみたいにした途端に、
なんかね、悪いものになりがちな感じがする。
なんかでもちょっと展開さすと、乱暴に言うとさ、
なんか俺あんまり年下のこと興味ねえなって思ってたの、長いこと。
年下と喋ってもそんな面白くねえなって思ってたの。
でも、多分30超えたあたりなんか、
いやなんかマジで興味出てきてんのね。
マジで分かんないことが、多分それこそ、
若者みたいなものに向けられたものが、
これ分かるよ、これ分かるよ、はいはい分かるよっていうのが、
多分分かんなくなってきたっていうのが多分あって、
だからこそ、俺が分かんないけど、自分より年下の子はどう思うんだろうみたいなこととか、
なんかほんまに興味が出てきたんだけど、
その辺の感覚ってお二人はそれぞれあったりする?
ない。
なあ、まだ。
ないか。
ないんだ。
まだないですね。
その、分からないものとして取り扱うことがないというか、
まあまあ言ったら全員分からないしみたいな、
ある程度その世代とか関係なく、
一つの個人としての興味とか知りたいとか、話が面白いとか面白くないとかあるけれども、
なんかこの世代ってもうこういうとこ分かんないんだよなみたいな感覚が、