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ここは今からラジオです#251 自己啓発界隈を擁護してみる
2026-06-24 33:56

ここは今からラジオです#251 自己啓発界隈を擁護してみる

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ウワガキと猫屋敷さん。
今週は「自己啓発界隈を擁護してみる」です。割と本気です。自己啓発、いいんじゃない?啓発しようよ?
ここは今からラジオです。毎週水曜12時更新。
番組へのメッセージやリクエスト、あと自分も出たい、なんていうお問い合わせは、番組ウェブサイトからどうぞ。
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サマリー

このラジオエピソードでは、パーソナリティの上核と猫屋敷が「自己啓発界隈を擁護してみる」というテーマについて語り合います。当初は胡散臭いものとして敬遠していた自己啓発について、年齢を重ねるにつれてその必要性や社会における役割を再考するようになったと上核は述べます。特に、「とにかく行動しろ」というメッセージや「引き寄せの法則」といった自己啓発の代表的な考え方に触れ、これらが社会全体の前向きな行動を促す一因となっている可能性を指摘します。また、AIとの対話を通じて自身がエンパワーメントされ、行動に移せた経験から、自己啓発的な要素が人生を豊かにする可能性について言及します。猫屋敷は、自己啓発本だけでなく、ポジティブな歌や言葉も人々を勇気づける力を持つという点で共通点があるとし、自己啓発のジャンルもその一つとして捉えることができると同意します。一方で、自己啓発本が必ずしも全ての人に有効な処方箋とはならず、むしろ弱者から金銭を奪うビジネスになっている現状への疑問も呈されます。最終的には、自己啓発そのものは悪くないが、自己啓発本という形での提供方法には課題があるという結論に至り、教育の重要性や、社会には人を騙そうとする存在がいることを理解する必要性を説きます。

自己啓発を擁護するに至った経緯
ここは今からラジオです。
ここは今からラジオです。お相手は上核です。
nekoyashikiです。
はい、ではよろしくお願いします。
どうぞ。
えー、もう3本収録の3本目なんでね、ちょっと1個前が喋りすぎたね。
ちょっとね、くたびれてるんすよ。
いやー、ほんとね、なんか最近くたびれた時にYouTubeばっかり見てるから良くないなと思うんだけどね。
なんかYouTube見る回数増えて、AIにこう仕事をさせるとさ暇じゃない?
そうだな、全く一緒。本当にAIがずっと働いてる。
処理待ちのところで見るみたいなのが習慣化しちゃって良くないなと思ってるんでね。
そうなんですよ、その時間で別のことをすれば良いんだけどね。
いや、あの去年なんか反旗ありそうなのなさそうな話なんですけど、自己啓発を擁護してみるっていう話をしたいんですよ。
擁護しちゃう感じですか?
あのー、自己啓発本とかさ、自己啓発セミナーとかあるじゃない?世の中には。
ありますね。うさんこさんですでしょ?
そうそう、僕はそういうジャンルのものをうっすらとバカにしながら生きてきたんですけど。
一応確認ですけどね、猫屋敷さんもこっち側ってことで良いですよね?
ええ、もちろんもちろん。大好物です。
そうそう、うっすらとバカにしながら生きてきた感覚はあるんですけど、なんかまあ年齢も良い中年の年齢になってきて、ほとんど読んだこともなければ参加したこともないジャンルだから、
でも世の中にこういうものがあり続けるってことは、なんかニーズがあるんだろうなと思ってちょっと考えてたわけですよ。
和垣さんがヤバいものに手を出すときって、大体そういう真実の探求スタンスで臨みますよね?
そんなね、高尚なものではないんだけど、なんかほら、結構本屋とか行ってもさ、一大勢力じゃないですか。
あのコーナーって平積みになってたりとかして、どんどん陳腐化していくからどんどん新しいものがいっぱい出てくるんだけど、
本屋さんがあれだけ展開するってことは、やっぱそれなりのニーズがあってのことなんだろうなという、市場規模があってのことなんだろうなと思うんですよ。
僕なりに、全然本を買ってまでは読まないけど、自己啓発的な人が何を言ってるのかっていうことを、僕なりに分析してみた結果、
大体いくつかに収束するなと思ってて、一つは、とにかく行動しろみたいな、成功するためには行動することが必要だみたいなことを言ってるのはどうやら。
どうやら言ってるじゃないですか、そんなことを。
まあまあまあ、なんかさせようとするよね。
とにかく行動していろんな人に会えとか、いろんなところに、移動距離と成功確率は比例するんだみたいな。
そういうことを言ってるなっていうのがまず一つと、そっちの方向が一個あるなっていうのと、あともう一個感じたのは、もうちょっと受け身的というか、とにかく願えば叶うんだみたいな。
引き寄せの法則みたいなさ、強く願っていて口に出していればそのうち向こうから寄ってくる成功がみたいな。
そういうことを言ってるじゃないですか。
そういうジャンルあるね。
ジャンル的にそういういくつかのポイントがあるなと思って見てたんですけど。
確かに今までうっすらとバカにしながら生きてきたが、ちょっとマクロな目で見たときにね。
マクロな目で見たときに、無気力なやつばっかりの社会よりは前向きに行動力を持って行動するやつが多い社会の方が、社会全体としては良さそうだし、社会が前に進みそうだし。
とにかく動け派のメッセージに対してはね。
やりたいこともなく、ただ無意味に日々を過ごすやつが多いよりは、自分が欲しいものとかなりたい姿があって、それを強く願って引き寄せたいと思っている人が多い世の中の方が、社会全体にとっては良さそうだなという気もしたわけ。
分かります?
分かります。
自分がそうするかどうかは別としてね。世の中にそういう要素があった方がいいかない方がいいかというと、あっていいんじゃないという気もするわけ。
AIとの対話と自己啓発の類似性
ここで思い立ったんですけど、自己啓発とかなんとかっていう話とは全然別枠で、時々この番組でも言ってますけど、おじさんは常期限でいた方がいいと思っていて。
不機嫌おじさんっていうのは世の中にとって外役でしかないから、自分はそうならないようにと思うし、おじさんは常期限でいろというふうに思っているんですけど、そういう目線で見るとこれも一種の自己啓発じゃねえかなという感じがしていて。
なんかほら、常期限でいることっていうことそれ自体はさ、努力を要するじゃない?そうしようとすると。
考え方の変容を求められますよね。
考え方、意識の変容を求めるし、イラッとすることがあったとしてもそれを自分で処理する術を身につけようみたいなことでもあるし、そういう努力を求めて努力の結果、人間関係が円滑になるとか。
なんか言ってることこれ自己啓発だなっていう感じがしてきたわけ。
で、もうちょっと話を進めると。
違う違う違う、最後にこれ僕の本を出しますの話では全然ない。ではないんだけど。
本を出しますの話ではないです。ないけど、もうちょっとこの話を進めたいですけど、僕毎日チャットGPTと何時間も会話をしてるわけですよ。
最近はチャットGPTだけじゃなくてジェミニーも横にいるから忙しいんだけど。
増えたんだね。
とにかくAIと話をしてるわけですよ。
で、ジェミニーと比較するとよくわかるんだけど、チャットGPTってすごいエンパワーしてこようとするわけ、こっちを。
すごい褒めてくるというか、そのアイデアイケてるよとか、いいよとりあえず形にしてみようよ、プロトタイプまで作ってみたから一緒にやろうよみたいな、すごいポジティブだしエンパワーしてこようとするわけ。
キャラ設定として。
それはそれで気持ち悪い時もあるから、そのモードを一回押さえてくれて、わざとオーダーすることもあるぐらいにはそういう感じで来るから、乗せられてやってしまうこともあるわけ。
でもそこまで作ってくれたら一回これでやってみるかとか、ちょっとプロトタイプでも一回手を出してみるかとか、こうやって行動に繋がることもあって、やってみたら意外と簡単にできたみたいな。
じゃあこれでいけるじゃんみたいに発展することも当然あって。
で、なんか俺これチャットGPTに自己啓発させられてるかと思うし、させられた結果、結果でもなんか便利なものができたとか、いい仕事の結果に結びついたとかも確かにこれ結果としても得られているなあという感じもするわけ。
で、これ何だろうなと思った時に、なんか自己啓発本とか自己啓発セミナーみたいなちょっとこう嘘んくささをまとったものを多少バカにしながら生きてきたけれども、やっぱりポジティブな会話の中にいるとか、
なんかそのことによって自分がなんかエンパワーされて、なんか手を出そうと思っていたものに本当に行動に起こして手を出すとか、具体的な行動に繋がるとかって、やっぱなんか結果的に人生を豊かにする気がするなあって、ちょっと思うんですよ最近。
それを自己啓発と呼ぶかどうかは別として。
AIに啓発された話ですかね。
AIに啓発された話とも言えるかもしれない。
これは道具としてさ、AIがそこにはまってるから今AIを例に喋ってるんだけど、なんか昔はさ、それがなんていうの、自己啓発本とかだったと思うんだよ。
だからその本を読んだ人とかがそこから何かのパワーを得て、よし自分も行動してみようつって、なんかこれまでチャレンジしたことがない仕事にチャレンジするとか、
なんか行ったことがないとこに行ってみるとか、なんかそういう行動を起こすことでやっぱりその人の人生やっぱり何かしら変化が起こるから、
自己啓発本っていうジャンルが一定の支持を集めてるんだと思うんだけど、
まあ僕は自己啓発本を書いてる人たちのことはやっぱりちょっとうっすらバカにはしてるんですけど、
してるんですけど、でもなんかそのジャンルとしてはやっぱりこう世の中にとっていいものなのではっていう感じも少ししているっていうのが今日のテーマなんですがどうですか。
自己啓発と芸術表現の境界線
半分くらいは同意で、
ただ上崎さんの今の視野の広げ方って、
自己啓発本という中から出てきたからちょっとうさんくさい話になってるわけで、
例えば、古来人は涙の数だけ強くなってきたりしたわけじゃないですか。
岡本真央の話?
はい。
岡本真央さんの歌と同じだと思うんですよね、その受けてるエッセンスとしては。
涙の数だけ強くなれるよ。
つまり、そういうポジティブな歌、ゆずさんとかが歌うようなポジティブな歌とかは、何かしら力をお持ちですと。
まあまあ。
みんな同意してくれるような気がするんですけど、一部の不幸な人以外は。
エンパワーしてもらってる人は多いでしょうね。
多いですよね。
今のお話は多分そこまで広げられる尺度の話だと思ってて。
つまり、力ある言葉であるとか、力ある歌みたいなジャンルとの隅っこに、
ちょっと自己啓発文の円がちょっと被ってるっていう話だったんですか。
共通している要素というか、分野がちょっとあるよっていう話か。
そうそう。だから、自己啓発文が全てエンパワメントにつながるわけではないのだが、
人によって、あとは受け取り手の状況によって、そういうふうにエンパワメントされることもあるよね。
というのはあると思う。
それで言うと、岡本真央さんとかゆずとか、ミスター・チルドレンが高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいよねみたいなことを言っている話っていうのは、
彼らの表現ではあるけど、彼らはそれによって人の人生を変えようとまでは思ってないんじゃないかなという気もするわけ。
そこは受け取り方の問題というか。
自己啓発文は確かに前向きに人の人生を変えようとしているスタンスだよね。
変えようとしているスタンスだし、何ならそれを書いてるやつの自己実現として書いてるから。
僕がバカにしてるポイントはそこなんですよ。
じゃあ、藍田光雄さんの書はどうですか。
結構いいボールを掘ってきましたね。ストライクゾーンギリギリな感じがするね。
体格高め一杯ぐらいじゃない?それは。
ポエトリーというのは、自分の中から生まれいずる漢字を書いているように見せかけて、人々を啓蒙している人もいたりするわけですよね。
結構マーケティング寄りな感じはするけど。
そんなところもあるじゃない。
あるね。
歌詞の例を出したら、そこが境界としてあるからだと思うんですよ。
詩というものが力を持つとしたら、思考性を持っていようがいまいが、受け取り手によって力を持ってしまうことがある。
自己啓発の必要性と著者の視点
僕、こういうことを考えてみようと思ったきっかけもあって。
若い頃はそんなことを感じなかったんだけど、おじさんになるにつれて、自分のメンタルだけじゃなくて健康状態とかも含めてなんだけど、フィジカルな。
自分がどのような状態の中にあるかによって、アウトプットのクオリティにものすごく差が出るっていうことが顕著になってきたんですよ。
はいはい。ごまかしが効かなくなったんですね。
ごまかしが効かない。ただ仕事をするということだけをとっても、自分を好調な状態に保っておくということが業務の一部として必要性を増してきていて、
それは自分の機嫌をとるでもあるし、体調を整えるでもあるし、それってでも結構自己啓発的な要素を含むというか、そういう感じがするんだよね。
それは若い頃は多分体力的な問題なんだろうけど、最近それが顕著になってきているからっていうのもあるね。
今のを聞いてさ、やっぱりその自己啓発論とか、自己啓発の必要な人っていうのは何かを失いつつあったり、何かを持っていない人なんだと思うんですよ。
それは両方あると思うよ。何かを失いつつあるとか、何かを欠けている人もあるし、僕はそっちの要素もあるんだけど、逆の要素もあって、めちゃくちゃやりたいこといっぱいあるんだけど追いつかないもあるんですよ。
時間が足りない人?
時間も能力も足りない。やりたいことはいっぱいある。興味の範囲もいっぱいある。けど全部を実現することができない。どうしたらいいんだのところで、
いやとにかく一個ずつ行動していこうよっていうエンパーメントがそこで必要みたいな話でもある。両面ありますね。
なんか自己啓発も書いてる人ってそういう人じゃない?
書いてる側はそうかもしんない。
書いてる側はそうかもしんない。
実現したい自己がある人だよね。
大多数の受けてって多分何か足りてない人だと思うんですよ。
いろいろやりたいことがあって時間が足りないっていう人はすごいレアケースね。
そうかもね。
人類としてもレアケースだし、自己啓発本の読者層の中だとさらにレアケースだと思うんですよ。むしろ著者の方に多いパーソナリティな気がしてて。
僕はそういうことに思い立った今でも自己啓発本は読まないんですけど。そんな読んでる暇がないし時間もったいないから読まないんだけど。
実践した結果をまとめたらいつの間にか書籍になっていて、この度〇〇新書から出ますみたいな話ですか?
この今日の動画は〇〇出版の提供でお送りしていますみたいな話ではないです今日は。
分かんないけど、そもそも自己啓発の書いてる人のイメージが僕らは読んでないから曖昧じゃない?
曖昧なイメージで喋ってるけど。
曖昧じゃない?曖昧な悪い奴が書いてると思ってるじゃない?
いや悪い奴とまでは思ってないよ。
で、半分くらい本気で上垣さんみたいな人が書いてると思ってるんですよ。今は。
バカにしてます?
違う違う違う。なぜかというと、豆で何か行動するべき要因があって、目的があって。
で、そのログを記録して気づいたことがあって、その具体的な事例から構造を抜き出してすことができる人じゃないですか。
それはすごく得意というか常にやってることではある。
そういう人ですよね。そういう人がこれは秘訣だって思ったら本にしちゃうんじゃないかなと思って。
自己啓発本というジャンルへの疑問
僕はさすがに本にしようとは思わないけど、お金くれたらやるかな。
分かんちゃいますか?
お金くれるって言われたらやっちゃうかな。いや出さないだろ。
いやだってさ、現状僕は著書はないですけど、ちょっと寄稿したくらいはあるけど、現状僕の短著はないです。
唯一僕が一冊だけ本を出しました、僕には著書がありますっていう本のジャンルが自己啓発本なのはやっぱちょっとダセーと思っちゃうんだよな。
それが売れてようが売れてなかろうが、僕の短著は自己啓発本ですっていうのはやっぱちょっとね、自分のセルフブランディングとしてやりたくないかもな。
タイトル的に自己啓発をディスるような名前の自己啓発本を出したらちょっとウケますよ。
自己啓発本をディスるタイプの自己啓発本。あるでしょ、なんかすでにそういうの。やり尽くされてるって。
ありそうだね。
ある気がするね。
いやいまだに本当にね、自己啓発本を短著で出すのってリスキーすぎて、Amazonでケチョンケチョンにされるんですよ。
はいはい、レビュー欄でね。
残っちゃうんですよ、それが。
ああそうだね。
前勤めてた会社の社長がそれっぽいもの出してさ、基本的にゴーストライダーでやってたんですけど、ケチョンケチョンにされてて。
かわいそう。
一度バカ笑いするっていう。
かわいそうに。
いやまあまあだから僕は自己啓発は出さないですけど、まあ自己啓発というジャンル自体は悪いものでもないのではという話なんですけど、まあじゃあ後半です。
ここは今からラジオです。
いやだからそうなのよ。
あれは自己啓発することは悪くないのよ。
そうだからこれに分けて考えないといけないの。
今日のタイトルは自己啓発を擁護してみるであって、自己啓発本を擁護してみるではないのよ。
そこにやっぱ大きな違いがあるよね。
だから自力で啓発できるもんならそれはなんぼでもされた方がいいと思うんですよ。
そうそうそう。だからそうなのよ。
でもやっぱ本はいらないんじゃないかなやっぱり。
本はいらないんじゃないかな。
自己啓発と自己啓発本の違い
だから僕最初に言おうとして我慢したんですけど、自己啓発はして良い。
して良い。
それは悟りを開くのが良いか悪いかみたいな話で、悟りは開ければ開くほど良いじゃないですか。
開けるなら開いた方が良い。
そうでしょ。だから自己啓発できればできるほど良いと思うんですよ。
確かに。
それとは別に自己啓発本というのは頭の悪い人に読ませるための本なので良くないんですよ。
そこまでは言ってないよ。そこまでは言ってないですよ。
だってあれだよ。自分で自己啓発もできず、さしてやりたいこともなくという頭の悪い人たちが読む本なんですよ。
なんか私には足りない気がするって言って。
まあそうね。でも本当の無気力な人は読まないじゃない?自己啓発本は。
本当の無気力な人ほど読むんじゃない?
いやでもそれはさ、読むという時点で無気力ではあるが、でも今の現状を良しとはしていなくて、何か変わりたい欲求とか、やりたいことはないまでも今の現状から抜け出したい欲ぐらいは持ってるんじゃない?
その何かきっかけがあったんじゃないですか?
今まで無気力であったという状態があって、無気力ってこの瞬間じゃないから何年間かそういう状態があって、
好きな女に告白して振られた、あなたみたいな地味な人は嫌とか言われたとか、何かそういうしょうがない理由で、こんな自分じゃダメだ変わらなきゃって言って読む本じゃないですか?
まあそんなケースもある、いや分かんないです。自己啓発本買おうと思ったことがないからどうしたらそうなるのか分かんないんだけど。
それは自己は啓発できるタイプだからですよ。
例えばそういうことなのかな?いやでもさこれ意識的にそうだと思ってやってみようと思うと、やっぱね自分の起源を保つって結構技術もいるし努力もいるよやっぱりこれは。
自然とはそうならないからさ。自分の起源を保つとかモチベーションを保つって、難しいじゃないですか大人になること。
だからそこに自分で至ったということは一つの悟りを開いたに近いのでは?
そうだね。
自分で至ったんでしょ?
至ったし、至ったというか試作を深めていって至ったというよりは必要に迫られてそうなったっていう方が正しいかもしれないね。
それはそうなんじゃない?
体調管理とか蒸気減差とかそういうものによってブーストしないと俺の時間が足りないになってきたっていうことではあると思う。
理屈で突き詰めたらこうなりましたっていう現時点での悟りだよね。
そうかもしれないね。
本当に本当に自己啓発もいらない人だったんだなっていう感想。
ミスマッチとビジネスモデル
でもこれ世知辛いなと思う。先週VTuberの話したじゃないですか。
本当はその人にとって必要なコンテンツではそれではないというものが一定の市場規模を得てしまうことによってミスマッチが起こってしまっている不幸さってあるよね。
さっきみたいなちょっと無気力の機関があって自分を変えたいみたいなことを思っている人に対して与えるのは処方箋としては自己啓発凡ではないじゃない?少なくとも。
分かんないけど。
何人かに一人はその本を読んだことによって変われる人もいるかもしれないけど、もうちょっと違うアプローチな気がするんだよ。
なんかすごいお金持ちでエロい彼女ぐらいで多分立ち直れるんだよ、その彼は。
そうだね。それはそうだね。
なんかVTuberとかもそうだけどちょっとやっぱそこミスマッチ感があるなという感じがするな。
そういうリソースってリアルに無気力を立ち直らせてくれるようなリソースって無気力な人分は用意されてないわけですよ。
基本的には。
がゆえに、たぶん自己啓発凡を書いてる人もそういうダムクラ化そうというつもりじゃなくて、一人一人会ってらんないから本に書いてまとめて出しちゃえっていう発想もあると思うんですよね。
それもあるだろうね。
っていうだからまあ多分根本は善意なんだが、その価格設定はどうなんだっていう話を僕は問題視してるわけであって。
有料ノートぐらいでやれとは思うね。
リアルに美人で金持ちの彼女ができるという経験はあまでくみんなに与えられるものではないので。
まあ確かに。
例えば美人で金持ちの彼女でしたけどそれはペットでもいいし、要は何か偶発的な外部刺激だよね。
いやでもこれなんかあの話がすごい元に戻ってしまうんだけど、偶発刺激によって前を向けるとした時によ。
でも偶発刺激を得られる可能性を高めるためにはさ、やっぱりこうなんていうホリエモン風に言うと多動力が必要で、
いろんな場所に行くいろんなことをやってみることの中からさ偶発的要素が生まれて、そこで出会った人からたまたまそういうモチベーションを得るみたいなことが起こりやすくする。
確率を上げるためにはやっぱ行動が必要だったりもするから。
難しいよね。
それは本当に理屈でそうなんですよ。理屈はそうなんですよ。保証ができないですよね。
動いたら必ず成功するとまでは言えない。
確率が1パーから2パーに上がる。倍になったって言ったら1パーが2パーに上がるんだけど、でも2パーだからみたいな。
2パーだよね。それはそう。
実感できる人もいれば実感できない人もいて、実感できる人は熱狂的に支持するだろうけど、実感できない人は詐欺だって言うだろうねっていう。
社会の構造と知性の獲得
中学校の社会科なんかの授業の中で、基本的にこの世の中は金のない奴と心が弱っている奴から金をさらにむしり取ろうとしてくるんだっていうことをちゃんと教えた方がいいと思うんですよ。
そうなんですよ。その構造が理解できないまま社会に出ちゃうじゃない。
そうすると逆エンパワーメントされちゃわない?
ほんとね。なんか世知辛いな。どうしたらいいんだろうね。
どうにかしたいですか?
僕はその社会を変えたいとかそういうことを言ってるわけじゃなくて。
今日は自己啓発を擁護してみる回だから、自己を啓発することは良いことのはずなのに、ちょっと弱い人からただお金を奪うだけになってしまっているようなビジネスがあるっていう現状はやっぱりちょっと歪だなって思っている。
すべては客がいてなんぼじゃないですか。自己啓発も。客の質が変わればそのビジネスは成立しないですよね。
そうだね。
客の説が変わるというのは、その偶発的な自分が変える機会とかそういうものが適切にもたらされるか、それが1%から2%に上げるだけであるということに自分で築けるだけの知性を獲得するか、どっちかだと思うんですよ。
前者は絶対無理じゃない。
前者はエソラごとじゃないですか。なので知性を上げるしかない。
結果頑張れっていう話なんだよな。
結果バカを減らせっていう話ですよね。
でもこれさ、どんどん難しくしてるのはさ、AIって僕は便利に使ってるけど、ちゃんと使えるやつがより賢く生きていけることにも使えるけど、バカなやつをよりバカなままに閉じ込めておく機能もちょっと持っていて。
それはそう。めっちゃそう。
そう思うよね。
検索もそうだったのよ。
確かにね。
Google検索も。賢い人の検索の使い方とバカの使い方って全然違ってて。
本当に見る世界が違うって言うよね。
それっぽい答えを見つけて満足するバカと、それを疑うことができる賢い人とっていう、そもそも立場が違うんだよね。
その結果、いかがでしょうか、ブログとかが世の中に予算されてしまうという。
バカ向けのリソースがたくさん出ちゃう。
本当にね、どうしたらいいんでしょうね。
そこの知性を身につけさせるためにはどうしたらいいかっていう話なんだよ、多分。
やっぱりもうちょっと制約説で生きたほうがいいと思う。世の中はお前を騙そうとしてくるぞっていうことをもっとちゃんと教えたほうがいいと思う。これはそれしかないですね。
教育と自己防衛
そうだったか。
ロールプレイングか何かで、義務教育の中ですごい手口で騙される体験って一回擬似的にやってみて、世の中はとにかくお前を騙そうとしてくるんだっていうことを、ちゃんと道徳の授業でやったほうがいいんじゃないかな。
頭の悪い保護者が勝ち込んでくるやつだね、それ。
難しいね。
うちの子がこんな感じのトラウマを植え付けられたと言っていますって言って。
教育って難しいね、本当にね。
本当そうなのよ。
今日は自己啓発を擁護してみる回ですが、じゃあこのままエンディングいきましょう。
今からラジオです。
でも、ネクシキさんってあんまり怒ったりしてるイメージないから、割と自分の機嫌をとるのが上手なんじゃないかと思うんですけど、どうですか?
僕はだいたい機嫌いいんですよ。
怒りをコントロールするとかじゃなくて、ちゃんとスプラトゥーンで怒りますし。
怒りを出す先があるからいいってことかな?
たぶんそんなにいびつじゃないおかげさまで。
まあまあいいことだと思いますよ。
環境に恵まれたおかげでいびつでないっていうだけで、機嫌よくは過ごしてるね。
でもそれできてない大人多いんだよね。
機嫌悪い理由を聞いたらしょうもないことでびっくりした。
そういうちょっと嫌な出来事があったからでさ、怒ったとてさ、別に何も解決しないじゃない?
じゃあ嫌って言えばいいんじゃない?って。
嫌って言えない理由をいっぱい聞かされるんですけど、それはあなたの?みたいな。
怒りとかイラッとするとか、もやもやするみたいな感情を抱えたとてさ、それを表出するというか、外に対して表現することのメリットが一つもないことの方が多くない?
自分にしかすごい良くないですよ、そういうのって。
それをやる人ってさ、そういう不機嫌を表現するとか、怒りを表現することによって周りが動いてくれた経験値があるんだと思うんですよ。
それはそうだね。
だからそれによって周りをコントロールしようとするっていう成功体験を持ってしまってるんだろうな。
そういうのを駆逐したいよね。
機嫌の取り方と人間関係
あまねく人にそれが通用すると思ったら大間違いで、多分そいつも人を選んでるんですよ。
あーそうね。
聞きそうな奴にしかそれをやってこないんですよ。
ぶつかりおじさんが女性ばっかり狙うみたいなことか。
そうそうそうそう。
最強モードは本格的に体を鍛えないといけないなっていう時期が来たかなと思ってて。
それなんかずっと言ってるよね。
本当本当。だからもう体鍛えなくてもいいから、怖くなろうっていう。
いかついおじになろうってこと?
この辺に目のこの辺にバーっていう入れずみを入れて。
やめとけってもう、そういうのは。
クバにガッてやられた傷みたいなやつを入れて。
そういうペイントとかありそうだけどね。
ありそうじゃない。とにかくなめられたら終わりなんですよ。
でもそうだね。
田舎のヤンキーみたいで申し訳ないんですけど、なめられないためにどうしたらいいかっていうのをおじさんは考えた方がいいかも。
本当にそうだね。
いらない争いに巻き込まれるかな。
僕が割とよく使う手法は偉いおじさんとかにちょっと偉そうなこと言われるとか、会議でもなんでもいいんですけど、
自分のことを下だと思っている偉そうおじさんが偉そうなことを言ってきた時に、最後までニコニコして聞いて話の矛盾をどんどんついて崩していくっていうのをよくやる手法なんですけど。
いやらしいですね。
こいつとはもう話したくないと思わせたら勝ちだから。
最後まで聞いてあげるのがポイントですよね。
最後までちゃんと聞かないとロジックの矛盾をつけないのでね。
という感じなんですけど。
最後なんかちょっとあれだな。やらしい話になってきた。
僕は常期限で生きていきたいんですよ。
人間はそんなに常期限で生きていられないので、
危険予知というか、不機嫌な状況になりそうなところを避けて歩くっていう。
それめっちゃ大事。
自分の機嫌を誤魔化すことはできないから、やっぱり機嫌悪くなるときは機嫌悪くなるわけ。
なので、そういうおじさんに近づかないとか。
それはそうです。
大事だよね。
自己啓発本の出版と社会の難しさ
世の中そんな自由に生きてる人ばっかりじゃないから、そうはいかないと思うんだよ。
そうなんだよね。
だから別に自己啓発本を作っている出版社や編集者も、本当にそれが世の中を良くすると思ってない人もいると思うんだよな。
でもそれが仕事だったらやらなきゃいけないもんね。
私なんか本を作ること自体が好きみたいな。
内容はともかくみじゃない?
そうそう。
罪はあんまないからね。
編集者である自分が好きみたいなのはあるだろうけど。
そうそう、いるいる。
まあまあ、難しいけど。
世の中難しいけど頑張ろうぜって感じかな。
じゃあ、今日は皆さんが好きな自己啓発本を教えてください。
ケチョンケチョンにします。
おすすめの本をおすすめしやおうぜって自己啓発本が出てきた時のリアクションがまだ僕は正解がわからない。
めちゃくちゃ困るでしょ。
まだ正解がわからないですけどね。
そうですか、今度読んでみますとは言いづらいかな、読まないので。
そうだね、読みたくないしね。
そうだね、その正解も知りたいな。
はい、ということで、じゃあ今日はこれくらいにしましょうか。
番組あてのメッセージとかコメントとかお待ちしております。
今日もありがとうございました。
ありがとうございました。
33:56

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