好奇心の向き方とADHD・ASD傾向/デジタルの世界で生きることと、人間らしいつながりを求めること/プラットフォームとアルゴリズムへの依存/AI時代にあらためて観る『攻殻機動隊』/1989年の原作と1995年の映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』/電脳・義体・ゴーストが問いかける、人間とコンピューターの関係
▼ 出演
・タカハシ研究員
・サイトー
▼ 参照
- 【公式】攻殻機動隊グローバルサイト https://theghostintheshell.jp/
- 映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年) https://eiga.com/movie/36406/
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※この配信の内容は個人的な見解です
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サマリー
このエピソードでは、ADHDやASDの傾向を持つ人が好奇心をどのように向けるか、デジタル社会における人間らしいつながりの希求、プラットフォームやアルゴリズムへの依存といった現代的な課題について議論されています。特に、AI時代に改めて観るべき作品として『攻殻機動隊』が紹介され、1989年の原作漫画と1995年の押井守監督による映画『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』に焦点が当てられています。 『攻殻機動隊』は、電脳化や義体化が進んだ近未来を舞台に、人間とコンピューターの関係、そして「ゴースト」とは何かを問いかけます。番組では、原作漫画が連載開始された1989年当時のインターネット黎明期や、映画が公開された1995年の時代背景にも触れながら、作品が描く未来社会と現代社会との繋がりが考察されています。また、様々なメディア展開を経てきた『攻殻機動隊』シリーズの中でも、特に1995年の映画版が、その哲学的で重厚な世界観から斉藤さんにおすすめされています。
オープニングトークと番組紹介
はい、最初のオープニングトークから。
オープニングトークから。
オープニングトークっていうか、何でしたっけ?
この番組は。
あー、はいはいはい。
えーと、音声包装研究所、コエテイク、この番組は、
えー、ポッドキャストおじさんと坊主ゲームおじさんの
笑っちゃダメです、笑っちゃダメです。
ポッドキャスト番組ですって、もう全部僕が言う。
言ってください、はい。
はい。
斎藤と…
高橋が…
どういう流れだ?
高橋が…はい。
まあまあでも、あれですよ。
幻会議ってポッドキャストで、
あ、これの話しちゃうと怒られちゃうのかな?
幻で消えちゃう話を。
あー、そうかそうか。
まあでも、最初に深井さんがやっぱこの番組はって言って、
なんかまあ、なんだっけ?みたいな感じで。
もう適当だったんで、一緒だなっていう感じで適当に始めて。
そこは大丈夫なんじゃない?それぐらいは言っても。
そうですよね。
あの1週間で消えちゃうっていうあの噂のやつですよね。
あ、そうですそうです。
1週間で消え…1週間か?1週間で消えちゃうやつ。
今配信してるやつもう多分皆さんが聞いてるときにはもう配信終わってるかもしれないけど。
なるほどなるほど。
途中でケンスーさんの声が、
すごいハウリングじゃないな、なんかね残響音みたいなのがすごい変な風になってきて、
多分編集上、もしかしたら僕と同じこの声テイクもオーフォニックっていうAIツールの音質をよくしてるんですけど、
それと同じことやるとたまにそのなんかちょっとね、残響音が重なっちゃったりするんですよ。
そういう風な感じになってて、
なんかどんどんどんどんケンスーさんが幻に包まれていく感じに、
幻にどんどんなっていくのかなって。
タイトル回収しちゃってる感じに。
そうそう。
持ったっていう。
はい、幻かい。
好奇心とADHD・ASD傾向
いい話です。
何でもいい話です。
なんかこうあれなんですよね、いい話って言うと評価をしてるというよりはやっぱり地味溢れるというか、
ためになったとも違う、なんかこう、
掘り起こされた感じ。
ちょうどいい、今の自分にちょうどいいなっていう感じのことを僕は大体いい話って言っちゃう。
それでもじゃあ本当にたかしさんはいい話っていう風に思って言ってるわけですね。
そうそうそう。僕は正直な人間なんで、いい話じゃない時はいい話ってあんまり言わないかもしれない。
面白いですねとか言うよりもなんかこう、
あーなんかいい話だなって思うのは、
なんかちょうど刺さるみたいな。
僕のこうへこんでるとこにちょうどパチッとはまるみたいな話を聞くと、
いい話だなって思っちゃうわけですね。
そうだよね。だからたかしさんは本当に何だろう好奇心っていうか、
何かこう、何か面白い今知らなかったことを知れたとか、
そういうこと自体は楽しい面白いって思う人なんだなって正直、
正直っていうか、前回の配信自分で聞いても、
それはいい話だとか、面白い話ですねみたいに言うのを、
僕はそういう風に返せないなと思ったから、
たかしさんはやっぱそうやってちゃんと吸収していける人だなって。
褒めよるわい。褒めよるわいね。
そうっすね。褒めてないですけどね。
でもまあ。
褒めてる。まあまあ。
聞きたい。
そうですね聞きたい。
てかまあ新しいことを知ると面白いなっていうことだけで、
ドライブされてる感じはあるし、
逆に言うと、面白いなって思えないことには一切無関心みたいなところがあるので、
怖いな。
かなりピーキーなところはあるとは思いながら、
ただまあ比較的まんべんなく興味はあるので、
それこそADHD機質みたいなのがあるので、
だいたいもうあっちが面白いこっちが面白いみたいな感じで、
広げすぎていて収集がつかなくなるみたいなところはもう、
そういう特性にもう10年間振り回されてきていると。
そうなんですね。
まあいいじゃないですか。
僕みたいに。
それはあれかな。
まああんまりADHDとかASDとかあれだけど、
自分はASD機質がみたいな話をしたけど、
僕はやっぱり興味があるものにめっちゃ興味を示すけど、
興味がないものを示さないと一生な話をしながらも、
僕は本当に自分のその興味っていうのが、
自分のうちになってて、
でもたぶん高橋さんは自分のうちというよりは、
僕は外のもの、いろんなものに対しての興味ある興味ないっていう、
そこの判断するところが別で、
だからASDって自閉症スペクトラムみたいな、
そういう日本語に。
日本語ですよね。
だから僕も自閉症とかよくわかってないですけど、
やっぱりその自分の中に閉じているところが結構こだわりが強いから、
僕はずっと自分の話とか自分に関心のあるところしかかからない、
アンテナが引っかからないとか、
でも高橋さんはそうやって外に向けてるのがいいな、
自分もそうありたいな。
なるほど。
いやでも、僕はどちらかというと外に向けてる方が多い、
割合としては多いのかなと思いつつ、
そうですね。
一つのことを掘っていくっていうのがめっちゃ大事だと思っていますので、
要はバランスなんだろうなと。
やっぱりASD機質の人が一つのことを掘っていくわけじゃないですよ。
自分の興味あるものがどんどん移り変わったりしますからね。
そっか、そこは移り変わるのか。
そう、だと思うよ。
自分がASDかどうかもわかんないし、
わかんないけど、
まあ、なるほどね。
だから基本的に興味あると、面白いと思ってるということで、
安心しました。
アダム・カリーとプラットフォーム依存
いや、なのであれですね、
前回のアダム・カリー編、興味深く聞かせていただいたという話をしました。
アダム・カリー、前回の。
超えていくじゃなくて、
超えていくじゃなくて、ポッド氏の方ですね。
ポッド氏の方か。
アダム・カリー回を興味深く聞きましたということで、
ありがとうございます。
ちなみに、前回超えていくって何の話をしましたっけ。
前回は、
あ、でもそっか、ポッド氏、ポッドキャスト氏研究家っていうやつで。
そうそう、と名乗ればいいんじゃないっていう話をしましたね。
それでもアダム・カリーの話もしたけど。
そうそうか。
もう一度、あの時僕聞いてなかったんで。
ポッド氏の第2回で、アダム・カリー、
アダム・カリーについてというか、
アダム・カリーが途中思い立つまでみたいな。
で、アダム・カリーのまだ見た目知らないからってさっき言ってたんで、
YouTubeでちょっとこんな人ですよって言ってて、
なんかすごいロックスターみたいな感じのね、若い頃ね。
今でもまあ、60過ぎててかっこいいですけど。
うん、ちょっと今短髪になってたけど、
若い頃はこう、挑発をこうなんて言うんですか、
逆立てる感じというか。
アダム・カリーこれまた来ますねみたいなことを高橋さんが言うから、
どういうことだと思いましたけどさっき。
大体あれなんですよ、アメリカのそのブームみたいなものの、
大体10年遅れで日本で来るって考えとると、いいよって誰かが昔。
え?
それいつの話ですか。
いやでも、昔ですね。
2000年代ぐらいの時に言われてたので、
そういうカルチャーみたいなものは大体10年遅れぐらいに来るよっていう。
その周期もだいぶもう。
縮まってるかもしれないけど。
縮まりすぎてます。
でも、日本でアダム・カリーブームが来るっていうよりは、
まあアダム・カリーが言ってるそういうね、
アダム・カリーがアテンション・エコノミーって言ってないかも、
言ってるかどうかは知らないけど、
結局そういうプラットフォーマーに牛耳られる世界から、
それは良くないよねっていう風に思ってるっていう流れはやっぱあると思うし、
そういえば昨日かな、
昨日のニュースかどうかわかんないけど、僕昨日見たのが、
なんかインスタグラムが180億ドルの賠償を支払い合意したっていう。
なんだっけ、少年だけに限らないかもしれないけど、
中毒性があるっていうことを認めつつ、
子供向けにそういう。
そういうのに?
そういうのに合わせてそのソフトウェアを開発してたっていうか、
そういうのでメタ社とかが180億ドルってか2兆円支払うことに合意したってことはやっぱり、
そういう時代ですよと、そういう時代でしたよというか。
確かにね、正面が少し変わってきてるかもしれないし、
オーストラリアとかでもSNSを禁止、未成年は禁止するっていう流れも来てるから。
だから本当にそのプラットフォーマーのアルゴリズムがやばいよねっていう、
じゃあどういう方向に次行くのって言ったところに、確かにアダムカリーブーム。
来るかもしれない。
来るかもしれないですね。
大きなプラットフォームには従わないぞっていう流れみたいなのが来るかもしれないですけど、
SNSとかはやっぱり人間には早すぎたのかもしれない。
いやでも本当に人間はデジタルの社会に対抗する能力持ってないですよねっていう、
すごい目の前の情報を刺激にやっぱり飛びついちゃう人が多いよねって。
てかなんかこうデジタルって目に見えないものじゃないですか、
目に見えないものがこの新しい世界を作っていくみたいな、
まだこれからも続くんでしょうけどAIの、
どうなんだろうな、AIもね、AIに完全に支配されて、
AI神様みたいに何でもかんでも自分が望んでることはAIが知ってる状態になっちゃって。
それこそAIの使用も、小学生とかは禁止するみたいな話を、
今朝かな昨日かなニュースでやっていて、アメリカだったかな。
やっぱりそういう動きはあるんでしょうね。
どうなんだろうね。
何事も良し悪しというか包丁も使いようみたいなことと同じで、
デジタルもちゃんと使えばまあいいけど、
でもちゃんと使えんのかなって。
そうだね。
デジタル社会と人間らしさ
自分自身もね。
多分自分自身はどしかずっと使えてないっていうか、
完全に乗っ取られてるなとは思うんですけど、
でもデジタルの世界しか僕は生きれないんですよねって。
もうなんとか空気みたいになってきてるというか、
あって当たり前になってきてるから、
デジタルはどこまでデジタルって置くかにもよるんですけど、
AIの話もそうだし、SNSもそうだと思うけど。
僕の場合は、またASD傾向で自分の話しちゃいますけど、
僕はもう自分がすることって全部デジタルの世界でやってるんですよね。
ポッドギャスの話しもそうだし、
曲作りも楽器ほとんど弾けないなんだろうな。
バンドで演奏したりとかするけど、
そんな自信を持って見せられるような演奏できなくて。
何を弾くんでしょう?ギターを弾くんでしょう?
ギターもまあコード押さえてジャカジャカやるぐらいで、
全然動かせない。
動かせないっていうか、
すげえギター上手いなっていう人みたいなリフとか全然弾けないし、
ピアノも覚えた曲をちょっと弾くぐらいはできるけど、
でもリズム感なくてとか、
パソコンの中で曲作るとか、
クリエイト、クリエイティブするのも全部パソコンだったり、
仕事するにも現場の仕事ってすごくダメで、
会議室じゃないけど、
自分の中でコンピューターの中で全部計画とか立てたりとか、
そうしないと不安だったり、
でもそれ立てても結局現場だと活かせないんだけど、
だからね、本当に自分はもうデジタルとかそういうところにしか
住めない人間だなっていうコンプレックスみたいなのがあるんで、
どうなっちゃうんだろうなっていうのもあるんですけど、
とりあえず利用とかデジタルにある意味どっぷり使ってるし、
そこで才能が開花してるみたいなところはあるってことですよね。
まあね、確かにそういうふうに才能開花してるというふうに
言っていただければそうかもしれないですけど、
一方ででもこの世界だけだと社会でなかなか生きてない、
自分だけならいいけど周りの人たちにも困らせることも結構あるので、
大学の時本当に僕ちょっと塞いでたんで、
塞いでたところから出てきたのもやっぱデジタルの、
あ、てか塞いでた時期にずっとデジタルの世界の中にいたから、
デジタルネイティブになった。
僕らはギリギリデジタルネイティブじゃないかもしれないけど、
でもまあそれこそあれでしたね、
思春期頃にデジタルとかインターネットとかコンピューター
っていうのが爆発してきた世代っていう感じですよね。
デジタルというよりはコンピューターかな。
両方知ってる世代が僕たちかもしれないですね。
僕らよりもっと若い子たちはもう本当に生まれた時から
デジタルがあってっていう感じかもしれないですけど、
コンピューターそうですね、コンピューター観念みたいなところを経て
来たのか我々かなと思うんですけど、
まあでもあれじゃないですか、なんでコンピューターがあってよかったっていう。
確かにコンピューターなかったら。
どうなっていたのか。
まあちょっと僕がっていうわけじゃないけど、
確かにそういうASDかわかんないけど、
そういう傾向がある人はデジタルとかなかったら
自分の家の中であまりコミュニケーション取るのが難しく
みたいなことももしかしたらあるかもしれないけど、
コンピューターだったらそれをいろんなアバターなりいろんな
なんか自分別のIDっていうかなんかね、
違う人格とかで役に立てることもあったりとかする社会も確かに作れるから、
まあ確かにな。
まあっていうかそれのちょうどいいところがポッドキャストだなと思ってるっていうね、正直なところ。
戻ってきた、ポッドキャストに戻ってきたよ。
自分のデジタルでしか生きれないっていう自分のバックグラウンドと、
でもやっぱりデジタルにドックされている今の状況社会とか、
もっと自分はやっぱり人を感じたいとか、人らしくありたいとか、
そういうインサイトが、インサイトっていうか、
そういう心の中のなんかこう、こうありたいっていうのが
多分そういうポッドキャストに向かってんだろうなーとは、
まあポッド誌勉強しててもそういうこと最近思うんですけどね。
生身の声、実際の声であったり、
あとはその緩いコミュニケーションだったりとかっていうのが、
ちょっとこうアナログっぽいところがデジタルのプラットフォームにちょうど乗っかってやってるっていうのがポッドキャストだっていう感じですかね。
だからこれからポッドキャストだっていうよりは、僕にとってはポッドキャストだっていうのはね、
まあ一つあるのかもしれないなと。
『攻殻機動隊』の紹介と考察
ただでも同じようにそういうふうに思う人もいるだろうし、
まあ何かしら役に立つ形でやっていくのが本当はいいんだろうなと思いつつ、
なんかね、こういうその、もうデジタルに抑されちゃってて、
なんかこの抑されちゃって、この行く先どうなっちゃうんだろうとか、
なんかそういうふうなことを考えたときに何かいいアニメとか何かないですかね。
あるんですよね。
あるんですよ。
それがあるんですよね。
ありますか。
はい。
そんなあなたにおすすめの作品がありまして、それがですね、攻殻機動隊なんですね。
あるんですね。
あります。
攻殻機動隊。
はい。
よく高谷さんに説明られる、それは僕は一向に見ていない。
そう。
攻殻機動隊。
はい。
それをですね、見ていくとデジタルの行く末はどうなのかであるとか、
あるいは機械と人間はどう付き合っていくべきなのか、みたいなことがわかるかもしれません。
なるほど。今のAI時代にうってつけの?
そうですね。
アニメですか。
そうなんじゃないかなと僕は思っていて、僕は別に詳しいわけじゃないんですけど、
攻殻機動隊を本当に斉藤さんに向けて僕なりにおすすめするっていうところを少し話させてもらえればと思うんですけど、
攻殻機動隊というのはですね、もともと原作が漫画だったわけですね。
はい。
1989年に連載が開始して、
なるほど。
ちょうどティム・バーナーズ・リーがワールドワイドウェブの構想を考え始めた時期ですね。
なので結局今の話から言うとインターネットの命もないというか。
そうですね。インターネットの命はあるけど、そこにウェブブラウザーとか、
我々がインターネットとして認識しているハイパーテキストでリンクでつながっていくホームページとか、
そういうのはまだなく今から生まれようとしている時代。
そうです。一般の人がそんなにパソコン通信とかはあったんでしょうけれどっていうぐらいの時代なわけですね。
その頃に書かれた漫画がもともと原作として存在しているという状況がまずあります。
その原作漫画というのを元にして映画が作られたりとか、その後アニメになったりとか、ゲームになったりとか、
そういうふうに色々メディア展開をしていったんですけど、大事なのは本当にその頃に書かれた漫画であるよということなんですね。
それなりに市民権というか、メジャーになったのは1995年にオシイ・マモル監督がゴーストイン・ザ・シェルっていう映画を作った時に、
僕はそれを本当にリアルタイムで見てやべえなと思ったんですね。すごいものを見てしまったと。
1995年にリアルタイムで映画館で見た。
僕はそうなんですよ。それが僕の多分人生を決めたと言っても過言ではない。
高校生。
高校生ですね。それで衝撃を受けたっていうのがあって、その後原作も読んだりとかして。
どんな話かって言いますと、時代としてはいわゆるパラレルワールドというか、その1989年から延長線を伸ばしていった先の2025年が主な舞台になってくるんですが。
2025年っていう舞台設定なんですね。
そうなんです。2025年なんてもう過ぎちゃいました私たち。
確かに。
2025年のいわゆる日本を舞台にしたお話になるんですけれど、だいぶパラレルワールドになっていて、その頃には第三次世界大戦がすでに起こっていて、
どの国も核ミサイルを撃ちまくって、そして戦争が終わった後っていうのが舞台設定になっています。
例えば東京とかはもう核ミサイルでほぼ壊滅していて、人が住めないようになったりとかですね。
そういう状態で、とはいえ人類はすごい勢いで復興してきてるっていうのが、まあそう2025年のパラレルワールドの世界っていうことになります。
それが1995年に描かれている。
86年に。
89年からそういうふうに描かれている。
そう、描かれているっていう感じです。
じゃあ冷戦中か。
そうですね、冷戦中なのでこのまま行ったらみたいなところも含めて描いてたっていうことだと思います。
なるほど。
で、まあその酷い戦争があったために地球環境も悪くはなってるんですけれども、人々が障害を負ったりとかするわけですね。
そういうのに対して、いわゆるサイボーグというか脳と脊髄にロボットの体に完全に移植するみたいな、そういう技術が既に生まれているというような感じです。
なのでまあ腕を一部機械にするっていう人もいるし、あとその脳と脊髄以外すべてをロボットにしているっていう、そういうのを機体っていうんですけど、
そういうような世界観、そういう人たちも生身の人間もいるし、そういうふうに機体化した人間もいるっていう世界観なんですね。
それはなんかエネルギー源とかコンピューターが入ってるのかとかそういうところは別に描かれてない?
描かれてますし、エネルギー源としては蛍光摂取でうまく変換して、一応サイボーグ、口から食べてですね。
なんかこうサイボーグ食みたいなやつがあって、そこでエネルギーがちゃんと賄えるような形になったりとか、見た目としては人間とほとんど変わらない人もいるし、
逆にこうめちゃくちゃ腕が武器みたいになってでっかい人とかいたりとか、ちょっとそこら辺はやっぱり物騒なまだ世界のままなので、
ともかく脳からの信号、つまり機械の体に脳とかを移植してるみたいな人もいるっていう感じです。
でね、サイボーグっていうのは結局腕だけサイボーグとか足だけサイボーグっていう人は、結局機能を単純に補っているだけなんですけど、
だから1たす1は2にしかならないみたいなところがあるんですけど、逆に全身を機械で作っていて脳と脊髄だけ人間のものだっていう人っていうのは超人的なパワーを生み出すことができる。
なぜかというとその人体の限界を超えて活動ができるからですね、という体になった人が主人公のお話になってきます。
一部分だけサイボーグよりも全部サイボーグで脳と脊髄だけが人間のままってのが一番強いと。
それが主人公。
そう、主人公。なのでその主人公っていうのがいるわけですね。
それは最近テレビでも再放送してる。
新しく放送してる。
新しく放送してる攻殻機動隊のその話もそういう話。
これややこしくって、ごめんなさい、今日は全然まとまりがなさすぎる話なんですけど、そこがややこしくって、原作があるじゃないですか。
この話もしなくちゃいけないんだけど、原作がある中で映画版っていうのも何個か作られて、あとアニメ版っていうのも何個か作られてるんですけど、
結構原作のエッセンスだけを拾って魔改造というか、結構監督なり制作人の意向でだいぶカスタムされちゃってるんですよね。
例えば映画版の場合には原作の結構明るくてポップな感じなんですけど、もうちょっと暗く落ち着いて、かつ哲学的な感じにだいぶ魔改造されていて、
それはそれでいいんですけど、あとはこれまであったテレビアニメ版とかも原作のやっぱりエッセンスを使ってるけど、
なんていうんだろうな、刑事もの刑事ドラマっぽい感じになって、だいぶ違うんですよ。
で今やっているアニメ版というのはかなり忠実に原作を再現しているというか、ほとんど原作のまんまなんですよね。
なのである意味30年以上経ってやっと原作っぽいやつが来たよっていう感じになってます。
ただ登場人物とか大まかな舞台背景とかは近いものがあるっていう感じですね。
で今言った全身細胞具の主人公っていうのは元々の原作がそういう設定。
そう原作もその設定。なんでも逆に原作の時からそういう構想で作ってるしっていうところです。
そういう人たちは細胞具だけど、コンピューターみたいに他のコンピューター細胞具とかとそのなんか通信したりできるんですか。
できるんですね。そこがもうなのでここで話すべき内容なのかなと思うんですけど、
ちょっと古臭い感じもあるんですけど通信することができて脳を機械の体に入れている状態なので直接コンピューターとつながることができるんですね。
つまり端子がもうネットと直接つながることができるっていう感じになっているので、
つまり考えるだけで通信ができるとかコンピューターを操作できるみたいな感じになっているという世界になっています。
それはコンピューターを制御できる通信できる。そうです。他の人は制御できない。他の人もそれができるんですね。
なぜかというと自分の脳というのは基本的にはネットワークにつながっているので逆にネットから入ってこられることもあるという世界になっています。
この世界では脳のことを電脳っていうふうに言ってるんですけども、電脳空間っていうんですかね、そこのところを通したネットワーク犯罪的なというかそういうような世界になっていて、
いわゆる天才的なハッカーと言われる人たちは人の電脳に入り込んでですね、ハッキングをして情報を奪ったりとか、
あとはこれは大切なモチーフになってくるんですけども、その人の例えば記憶を書き換えたりとか、そういうことができると言えば犯罪者が出てくるという感じですね。
で、その世界にはロボットもいるんです。つまり脳を移植してなくて人工知能で動いているロボットたちもいっぱいいるんですよ。
ただ見た目としては同じに見えるんですね。ロボットとその細胞具っていうのが見た目が同じに見えるんですけど何が違うかっていうと生身の人間にはゴーストがあるっていうふうにその世界では定義されているわけです。
で、ゴーストっていうのはその意識とかそういうふうな日本語になると思うんですけども、ロボットかロボットじゃないか分けるのはゴーストがあるかないかっていうようなものになりまして、
それがゴーストインザシェルっていう言葉の由来になってるわけですけども、基本的にはみんな脳をネットワークに直接つないで手術をしているっていうイメージになっていて、
なのでまあ脳がそれぞれネットにつながれるっていう時代になっていて、主人公はもともと軍人だったんですけれども、とりあえず戦争が終わった後に政府の非公式組織みたいなところに雇われるというか参加することになる女性なんですけど、
主人公は。
それはそのさっき言ったサイボーグの。
サイボーグの女性なんですよ。
女性なんだ。
女性なんです。
草薙素子っていう名前なんですけど、とりあえず見てほしいなあっていう思うのは、諸福がおすすめなのは1995年に公開されたゴーストインザシェルをとりあえず見てもらったら好きか嫌いかは分かると。
なるほど、確かに。でもこの前もちょっと話してましたけど、やっぱりそのインターネットの時代の中で、インターネットってなんだみたいな時に、単純にコンピューター同士がつながるっていうだけじゃなくて、そこにユニックスっていういわゆるOS、Windowsとか出る前のOSが出てきて、それを無料で配布するような行動があったりとかして。
人間とコンピューターがやりとりしやすくしてくれたものがあってってことですね。
それが人間がコンピューターとつながれるから、コンピューターがコンピューターとつながると人間も人間とつながれる、遠く離れてても、みたいなものが作られていったのがそのインターネットの1970年代からその80年90年代になっていくその中で、そういう工学機動隊の考えとかになっていったんだろうなとは思う。
でもまさに今の時代とかそのあらゆるものがデジタルになっていくと本当にそこで情報がコンピューターに吸い上げられてってAIに学習されて全てデジタルの中で完結しちゃうみたいな。
そうですね、むしろこう人間がコンピューター側に吸い込まれていくような時代が今のかなって今の話、最初の話聞いて思うんですけど、やっぱり工学機動隊とかで描いてたらむしろ人間は個別にそれぞれ存在してネットワークとうまく距離感を保ってたので向こうの方がなんか理想的な感じがする気はしますね。
スピードが激しいですよね、そのデジタルに吸収されていくスピードが多分今。
激しい気がします。
もうなんかあれだな、今、千と千尋の神隠しの何かを思い出したな今。
どれどこ。
あの顔なしがどんどんどんどんこうお金をいっぱいくれるからみんなそこに吸い寄せられてっちゃうよな。
なんかすごいすごいすごいすごいって言ってどんどんどんどんどんそこに行ってって飲み込まれてって、なんかそんな流れ怖さをね感じちゃいますよね。
なるほど。
そういった時代の、その昔20、30年前に描いてたものを触れる。
もっと前か。
30年以上前。
それを見るか。
確かに。
見るべき。
見るべき。
見るべき。
今やってるやつは本当に原作に忠実だから、それはそれで面白いんですけど、
まあちょっと30分の9回分ぐらいまで来てるのかな。
まだもう何話かあるんで、ちょっと長いかもしれないんで、まずは
このインターシェルを。
はい。
見てもらうといいんじゃないかなって思って。
分かりました。
ちょっと見たくなりました。
ちょっとじゃない、だいぶ見たくなりました。
良かったです。
見なければと思いますね。
こんだけ僕もインターネットで何だかんだぽっとしで知られてたりとかすると。
でも単純に今出だしの1989年が、その時インターネットこういう時代だったなって自分で思い出せるっていうのは、
今ぽっとしで色々勉強してる、あの、甲斐があったなと。
いや本当そうです。
甲斐があったというか、そういう目でこれから色んなそういった作品だったりとかを見れると思うとワクワクしますね。
いや本当そうだと思うんですよね。歴史的背景って絶対にあるから。
確かに。
歴史を勉強するっていうのはそういうことかもしれないですね。
ですね。
ちょっと頑張ります。
エンディング
じゃあ今日は以上ということで。
ありがとうございます。
またなんかテーマがあったら。
お願いします。
ぜひお願いします。
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