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古代の福岡を歩くシーズン9 遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を尋ねる 古代の福岡を歩くシーズン9
この番組は 宮益の企画協賛
餃子の山端 道の駅村方の提供でお送りいたします。
こんばんは、坂田周代です。
今週は昨年公表だった糸島の伝説を紹介しながらその伝説地を訪ねる
糸島の伝説地を歩くをお送りいたします。 ご案内を糸島ふるさとガイドの皆さん
三戸間節佑さん、岩田久美子さん、西本誠司さん、そして糸島ふるさとガイド会長の吉丸克彦さんにお願いしました。
まずこのところ注目されてきました糸島。 その糸島とはどんな場所なのか。三戸間さんに伺います。
糸島はですね、今立っている場所からぐるーっと周りを見渡してもらっても、どこの場所からぐるりと周りを見渡しても山が綺麗に見える場所なんですね。
その昔俗伝不読記で海原彦さんが、糸島は尻四方、与歌所と。尻四方って四里だから四肢16キロ。
16キロ四方で与歌所ってどういう意味かしらと思うんですが、16キロだから歩いて東西南北行くことができる、そういう意味だと思うんですけれども。
山も近い、海も近いという、そういうことだと思うんですね。山が1000メートル級の山はありません。高い山でも。
そうですね。そんなに高い山ないんですよね。
ないんですよね。そして大体一番高い岩原山でも983メートル。礼山と言われております雷山でも955メートル。
これこちらが山側、瀬振山系の山側なんですけれども、今度は海側、シンボルマークである茅屋山、これで365メートル。
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ちょうど目の前に見えてますよね。きれいな山ですね。
小さな富士山のような形しているので小富士という別名もありますけれども、この茅屋山の向こう側はもう海です。
限界なのですから当然海の向こうは池があり、津島があり、そして富山がありというんですね。
大体50キロずつぐらいの距離で富山まで届いております。
なのでその距離の近さから都来の人々が海を渡って、富山から津島から池から糸島に渡ってきて、
ここで人々の交流もあったし、それから文化の交流、人と共に渡ってきた文化とものが糸島で根付いて、
日本の始まりがここから始まったよと弥生文化が始まりましたという文化の場所でもあります。
今日はちょっと風が強いんですね。
そうですね、風が入りますね。
風がちょっとマイクの方に入りますので風を背にして喋りましょう。
はい、背にして喋りましょう。
今風の話が出ました。心地よい風が吹くんです。
そんなに高い山ではないので、山からの風が海に行きます。
そしてその時に山の霊気を含んだ空気が地表に降り立ちます。
夜になると今度は海からの風が山に向かって、やはりその空気の中の海のミネラルたっぷりの空気が山の方に向かって流れてきて地表に落ちます。
昼も夜もいい風が吹くということですね。
そうですね。それでミネラルたっぷりの空気が地表に降り立って、ここでおいしい野菜ができる土壌ができる。
奇跡の大地とも言われておりますので、皆さんがこぞって、
糸島の野菜はなぜおいしいのとおっしゃる理由がそこにあるという。
糸島の野菜も果物もおいしいですよね。
おいしいですもんね。
そういうことでですね、海あり山あり、そしてそんなに大きくないんです。
117.5キロ平方メートルぐらいですので、約10万人の人々がここに暮らしておりますけれども、
約7割、面積の7割は山や畑や田んぼなんです。
残りの3割に人々が暮らしておりますので、自然豊かなのも名付けると思います。
そういうことですね。
そうですね。だから住みやすくておいしいものがあって、しかも都会に近いんです。
空港からだいたい40分、乗り換えなしで、福岡空港から糸島にはたどり着くことができます。
アクセスの良さと生活環境の良さと食べ物の良さ、そういうものがあって、
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世界で暮らしやすい、住みやすい、住みやすい小さな都市、輝く小さな都市、世界第3位ということでですね。
3年前ですかね。
すごいですね。世界第3位。
はい、世界第3位というね、そういう称号をいただいた、
観光にいらっしゃるのもいいんですけれども、住んでみてその土地でその空気と風を楽しんでいただけるとより良さがわかるかなと思います。
それでは今日はこの糸島をですね、歩きながら、糸島の良いところを吸収しながら、
この糸島に昔から残る伝説なんかを皆さんにご紹介していきたいと思います。
今日もよろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
音楽が流れたところで早速、糸島の伝説をご紹介していきます。
なお、糸島の伝説は、糸島新聞社発行の海底版糸島伝説集を参考にお送りします。
まずお話を西本さんに聞きます。
糸島の伝説を訪ねて、まずやってきたのがですね、渡島金緑の墓という小さなお墓、40センチくらいの小さなお墓があるところにやってきました。
その横にはですね、クスノキが1本、5、6メーターのクスノキが1本割っております。
ここは前原市内のどういうところになるんですかね。
そうですね、ここは前原、地名で言えば前原東になります。
すぐ隣にも前原小学校がありまして、その北側の交差点に今我々はいます。
これ渡島金緑の墓になってますけども、渡島というからには川があるんですね、当然ね。
そうですね。
流れてた。
はい、その昔ですね、糸島水道と呼ばれるですね、水道が走っていたという話もあるんですけども、
ここから北側はですね、もう海が、カフリー湾がずっと入ってきてまして、大きな海がありまして、
北側に泊まりというところがあるんですが、そこまでもですね、船で渡らないといけないというような状況だったようですね。
そうですか。
その船を渡した人、金緑さん、渡島金緑さんのお墓ということですけども、どういう物語があるんでしょうか。
はい、これはですね、今から800年ぐらい前の話になるんですけれども、12月の年の瀬も迫った頃にですね、
ちょうどその日は朝からすごく湿けてまして、夕方から吹雪になってたんですね。
当然もう渡島にもできませんので、札止め、今日はもう渡島止めということでですね、休んでたんですけど、
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その時ですね、近くに住む六蔵というですね、気立てのいい若者が金緑さんを訪ねてくるんですね。
六蔵が言うにはですね、どうしても渡りたいと。
その訳というのは、六蔵には将来を約束した猪という恋人が対岸の隣にいたらしいんですけど、
どうしたことか、その猪さんがですね、近所の若者と今夜衆言をあげると、そういう噂があると。
そんなバカな話ですね。
ですからその真偽を確かめるというか、猪さんの心持ちを確かめるというか、そのためにどうしても今夜渡りたいということで頼みに来るんです。
金緑さんは断るんですけれども、六蔵さんがどうしてもと頼む姿を見てですね、
その同情心からか、ついにそれを引き受けまして、船を出すことになるんですね。
必死に頼んだということですね。
2人で船を漕いでですね、何とか無事に渡り切ることができたようです。
ところがですね、そこで一晩向こうで泊まればよかったんですけれども、
なんと金緑さん、それから1人で戻ろうとするんですね。
吹雪の中ですからね。戻らずにそこへいればよかったのに戻ろうとした。
行きは2人で漕ぎ漕ぎ行ったんでよかったんですけど、
帰りは1人だからですね、それがいけなかったんですね。
結局一夜明けてですね、もう元の水面に戻ったときに、
渡森の船もそれから金緑さんの姿も見えなくなってたんですね。
で、潮が引いたときに金緑さんのご遺体が見つかりまして、
村の人たちがですね、その遺体を泣く泣く引き上げて、
そして普段金緑さんが船をつないでいた松の木の根元にですね、
埋葬して手厚く葬ったというお話になります。
それが今もずっとこうやって祀られているということですね。
そうですか。そして猪野さんと若者っていうのはどうなったんですか?
実はですね、その話がないんですよ。
ご実談が載ってないんですね。
願わけばですね、何かの間違いであって、
六蔵さんと猪野さんが金緑さんに感謝して、
ずっとお祈りを捧げているというふうな終わりになってもらいたいなと思うんですけどですね。
できればね、めでたしめでたしで終わってほしいところなんですね。
どうなったか物語としては伝わっていないということですね。
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それが私森金緑のお墓というお墓です。
そうですね、40センチぐらいの小さなお墓です。
その前に今ボランティアの岩田さんが、
ご自宅のお庭から取ってきた白い花、菊ですかね。
それを今揃えていらっしゃるということで、
皆さんでお参りをしたところです。
今靴の木が横にありますが、この靴の木じゃなくて松の木が昔はあったんですかね。
でしょうね。
ここは金緑さんのお家があったところなんですか。
そうですね、金緑さんを埋葬されたのは普段船を泊めていた松の木ということなんですが、
今お墓があるところは金緑さんのお家があったところだというふうに伝わっています。
大きな靴の木がありますけれども、その靴の木のところに実は金緑さんの家が建っていたんじゃないかということですね。
はい、そういうお話でした。
今度は賑やかな街の中から茅山の麓、島古富寺という静かな場所に移動してきました。
ここに安寮寺というお寺があります。
今度はここに伝わるお話です。
ここには地下からお経の声、薬師如来像を掘り当てた正直九兵衛さんという、そういったお話が残っているそうですけれども、
目の前にその薬師如来像、およそ20センチぐらいの像ですね。
下には蜂の花がありますね。
それに座った感じでいらっしゃいます。
薬師如来像を目の前にしてお話を伺います。
ここにはどういうふうなお話が残っているんですか。
ここはですね、はっきり年代も書かれておりまして、明徳三年と言いますから1392年ですね。
今から600数十年前の話になりますけれども、
ちょうどこの年がですね、すごく長雨が続いていたみたいで、
今我々は茅屋山の南山陸にいますから、茅屋山の南側で大きな山崩れが起きて、
中腹に明行寺というお寺があったそうなんですけれども、
明は女犬に少ないので、おこなうですね。
明行寺というお寺があった。
明行寺も山崩れにあって、後方もなく埋もれてしまうんですね。
その後数年が経つんですけれども、やっぱり人々は自分のことで精一杯で、
お寺を再興するとか、そういうところの余裕がなく、ずっと時が過ぎていたというような状況だったんですね。
そんなある時ですね、この地域一帯で一番の正直者と言われていたですね、
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非常に心身深い九兵衛さんが山道を歩きながらですね、
昔明行寺がここにあったなみたいな、そんな感じで思い出した。
思い出しながら歩いていた。
そうしたところですね、どこからかですね、なんか涼やかなお境の声が聞こえてくる。
おや?と思って立ち止まってあたりを見渡すんですけど、何もないんですね。
誰もいない。
でも耳を澄ますと、なんかかすかにやっぱりお境の声が、どうも今自分が立っている地面の下から聞こえてくると。
それに気づいた九兵衛さんはですね、ハッと何かに打たれたような気になって、
これはもう何かあるに違いないということでですね、早速その日から掘り始めるんですね。
地面を。
そうなんですよ。
ただ掘っても掘っても出てくるのは土と石ばっかりで、そういったのが何日か続くんです。
もう諦めかけようかなと思ったら、やっぱりまた声が聞こえてくるんですね。
それで諦めずにずっと掘り続けるんですけど、そうこうしていると近所の人たちもですね、
九兵衛さんがあんなに熱心にやっているんだからということで感動しまして、一緒になって掘るのを手伝ってくれるんですね。
そしてとうとう、かつてあった明行寺の御本尊であった薬師如来像、これを掘り当てるという。
明行寺の御本尊であったんですね。薬師如来像。
そうですね。
九兵衛さんは掘り出したお薬師様をずっと置いておくわけにもいけないので、近くの徳士家の方に寄付を募って、新たにお堂を再建するんですね。
そのお寺もかつての明行寺というふうに名前を付けまして、お祭りをするということになっていきます。
そしてこの薬師如来像を安置したんですね。
そうです。明行寺さんなんですけれども、ちょっと時代が流れてですね、天正年間といいますから、ちょうど戦国時代ですね、江戸時代のちょっと前になりますけれども、
時の住職さんが御長男にお寺をお譲りになって、福岡の方にまた別にお寺を建てて、そこに明行寺という名前を付けるんですよ。
それを機に、もともとあった明行寺が安用寺と名前を変えて、ずっとそこにあったんですが、平成21年にですね、今現在島小富士になりますけれども、この地に、今我々がいるこの地に移ってきて、そういった形になりますね。
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それで、掘り出された薬師如来像、目の前にありますけれども、この薬師如来像、黄金の薬師如来像ですね、金で。
すごく広報しいですね。
広報しいですね。そして後輩のリンクも金色ですね。見事なものですけれども、それと同時にいろんなものが出てきたんですか。
そうですね。左手側にですね。
一番左に。
十二神像の像がありますけれども、こちらも一緒に。
十二のお神様が。
そうですね。
これがだいたい10センチぐらい一つがね、のお神様なんですけれども、それが4欄に並べてあるということですね。それを一緒に掘り出した。
一緒に出てきたみたいですね。
そういったお話があって、正直者の久米さんにいいことがあったということです。
現在もちゃんとした薬師如来像というのが目の前にデンと座っていらっしゃいます。
そういったお話があったそうです。
地下からお経の声、薬師如来像を掘り当てた正直久米さんのお話でした。
安寮寺の見事な薬師如来像を拝見した後、近くにあった妙行寺跡の方へ吉丸さんに案内してもらいながら、こんな話を聞きました。
あのですね、この地方ですね、この周り。
寺山地とかあるんです。
ほうほう。
それから、ヘタっていうのはここですね。
ほうほう。
美徳っていうのはこの山のちょっと影になりますけどね。
天天寺山ヘタ美徳って言ってね、お互いに悪口を言うんです。
だからヘタの人は気の短かもんなとか、いろいろ言うんですよね。
そういう言葉がね、残ってるんです。
そうなんですか、面白い言葉ですね。
美徳っていうのは寛泉寺の領土だったんですね。
寛泉寺の別棟がですね、こっちの陰境屋っていうのをここで作ってですね、住んどったということなんですね。
そうなんですか。
また面白い話にね、ここが塩の産地でね。
塩の釜を寛泉寺からお借りして、塩を炊いて寛泉寺に納めようと。
そういう大釜があったらしいんです。
そうですか。
昔ね。
ここから寛泉寺に塩を送ってた。
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多分糸島水道っていう話がありましたけど、一応繋がっとったんだけども、もしかしたら掘ってですね、そして通したかもしれないと。
運河みたいに。
なるほど。
もうわずかしかないからですね。
土台府の方に持っていったんではないかという説もありますね。
そうですか。
それは一つの説ですけど。
面白いなあ。
リポーターの中島梨央さんです。
こんばんは。
今週は三山市の今月の楽しい催しをお届けしようと思います。
まずは10月21日土曜日に日本酒のイベントがあるんですよ。
タイトルが第7回筑後七国酒文化博。
場所がですね、九州新幹線の筑後船小屋駅の高架下。
高架下で。
渋いですよね。
10月21日土曜日のお昼12時から夕方6時までなんですが、
こちらの会場に矢部川流域の9軒の日本酒の酒蔵が並ぶんです。
三山市観光協会の安西司さんがこの催しを行っている理由についてこんな風におっしゃっていました。
今の先端をいく蔵もありますけど、
小さい蔵が昔ながらの作り方を守っておいしいのを作っているので、
でも小さい蔵って発信力がないじゃないですか。
それも合わせてこの地域エリアのお酒がおいしいっていうのを知ってもらいたいっていうのが、
の狙いが一つ。
なんですよ。
ちなみに三山市で行きますと、
九州のうち2つあるんですが、
菊美人、こちら飲みやすくって口当たりがいい感じ。
玉水、こちらは若干辛口で晩酌酒に続けて飲める感じっておっしゃってましたね。
お酒のチケットを買って好きなものを好きなだけ各ブースで飲める。
日本酒好きにとってはとっても幸せな時間なんですが。
自分にとっての一本に巡り合えるかもしれませんね。
その辺についておっしゃってました。
本命はあれだから、あれ飲んでみたいけど普段なかなか飲まない。
あっちのお酒はどうなんだっていう、そういうのを真剣勝負で、
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酒倉さんと飲む方たちが確かめられる場になると。
そうなってくるとですね、酒倉さんも負けれませんから。
決して手を抜いたお酒は、それであそこがおいしくないって思われたくないですから。
だからいいお酒がこのイベントには揃うっていうので、
2の方たちには知られているイベントです。
なるほど、そういうことですか。
ルディキュールとか焼酎入れると全部で43タイプのお酒が並びますんで、飲みがいありますよ。
さらに地元のおつまみも用意されてますんで、この辺でキューッと秋のおいしい時間を過ごしてください。
それからもう一つなんですが、ファミリーで楽しみたいのが10月29日日曜日のイベントなんです。
タイトル、クスベートハロウィンパーティー in 筑後広域公園フィットネスエリア。
朝9時から午後の3時まで行われるんですが、この筑後広域公園のフィットネスエリアいっぱいにキッチンカーとかテントが並びまして、
おいしいものがあったり、ワークショップできたりとか、クラフトコーナーが並ぶんですよね。
ミヤマルシェの実行委員会というところがやってるんですが、ミヤマルシェの実行委員会で中岡本舗の原田明子さんがこう言ってました。
とにかく自分たちが食べたいものとか、あと珍しいものとか、ノリのいいキッチンカーのお兄さんに声をかけましたっていうパワフルな並びになりそうなんですが、
こういったものの他にもスタンドアップパドルボートですね。
やべ川で遊ぶ体験とか、BMX自転車のイベント、あとスケートボードのイベントなども一緒に行われるんですよ。
このミヤマルシェ自体が子どもたちと自然の中で一緒に遊ぶっていうのが基本精神なんですが、原田さんこう言ってました。
福岡市内とかUSJ、ディズニーに行くノリでこのフィットネスエリアに来てほしい。絶対仮装してきてっておっしゃるんです。
中でも中学校の吹奏楽部が出演してるんですが、ここを柱にしたこんな時間がオススメだと言います。
私たちの世代いまいちわかんないんですけど、ジャンボリミッキー。ジャンボリミッキーっていうテーマ曲があるそうなんですよ。
これって小中学生がみんな踊れるそうなんですよ。運動会とかで私たちがオクラ浜ミキサーを、世代違います?世代こっちか一緒かな?
オクラ浜ミキサーを踊ってたように、ジャンボリミッキーを今踊るそうなんですよ。
それで吹奏楽部の子たちにそれを演奏してもらって、フラッシュボブみたいに急にそれが演奏が始まると、みんながバーっと会場に集まって、ジャンボリミッキー踊る。
仮装して。っていうのが一つ一体感になるだろうということで、これを一番楽しんでもらいたいなと。
これは盛り上がりそうですね。
大きな声で笑って走り回って、この3年間みんな子供たちがそんなの我慢してたって。
本業の田中洋館本舗で出しているかき氷の蜜の味を子供が選べないっていう現実にやっぱり衝撃を受けたんですって。
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お祭りに行ってないからかき氷がわからない。
そんな子供たちの日々を解消して、みんなで元気に遊ぼうよっていう、そういう時間にしたいっておっしゃってました。
シャトルバスの運行もあります。
井戸津波のイベントも詳しいことは、宮益のホームページなどでチェックしてください。
中嶋理恵さんでした。
お知らせです。番組のホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
RKBラジオのホームページの、古代の福岡を歩くシーズン9のバナーをクリックしてください。
また、ラジオクラウドという無料アプリをダウンロードすれば、スマートフォンやタブレットでもお聞きいただけます。
この番組は、宮益の企画協賛、餃子のヤマハチ、道の駅室方の提供でお送りいたしました。
ご案内は、坂田周代でした。
数学教師芸人の高田先生だよーん。
高田先生の算数ワクワクラジオ。算数が不安なあなたを算数ファンに変えるポッドキャスト番組です。
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