1. 古代の福岡を歩く
  2. S9 4 回目も糸島の伝説をお送..
2023-10-22 30:09

S9 4 回目も糸島の伝説をお送り致します。

今週は牡蠣のシーズンを迎えた糸島の船越の物語です。
対岸の吉井浜を根城とする火山の海賊が村を襲うという噂があり、夜の見張り番を立てることになります。
でも、危険が伴う見張りですから、誰もなりてがありません。
そこへ、「私がやりましょう」と名乗り出たのが事故で足を痛めている源三という男。
みんなの心配をよそに、私は独身の身だからと、見張り番をかってでます。
見張りの食事の面倒は恋人のお島がみました。
そして、数日経ったある夜のこと、海賊が村を襲おうとします。
これを、源三がいち早く察知。村の人々へ知らせます。そこへ、海賊が襲ってきますがもぬけの村に海賊は「どうなってるんだと」調べると、見張り番が山の上にいることを見つけます。
怒った海賊は山に火をつけ、最後は見つけた源三をお島もろとも槍で突き刺してしまう、というお話です。
この後、海賊は近くの山から放たれた数十本の矢で退治されてしまうという話しです。
古代の福岡を歩くリポート  
毎年11月3日は、みやま市の「どんきゃんきゃん」が行なわれます。
福岡県指定無形民俗文化財であるこのお祭りについて、廣田八幡宮宮司の廣田速典さんに教えてもらいました。
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古代の福岡を歩くシーズン9 遥かな昔、海の道からそして陸路を通じて福岡には様々な文化が入ってきました。
その足跡を訪ねる 古代の福岡を歩くシーズン9
この番組は 宮間市の企画協賛
餃子の山端 道の駅室方の提供でお送り致します。
こんばんは、坂田周大です。 今週も糸島の伝説を紹介しながらその伝説地を訪ねる
糸島の伝説地を歩くをお送り致します。 ご案内を糸島ふるさとガイドの皆さん
三島節佑さん、岩田久美子さん、西本誠司さん そして糸島ふるさとガイド会長の吉丸克彦さんにお願いしました。
なお、糸島の伝説は糸島新聞社発行の改訂版 糸島伝説集を参考にお送り致します。
今日は夏季の美味しいシーズンになりましたのでここからスタートです。 ガイドの吉丸さんに聞きます。
ここは?
ここは船越しと言います。
柿小屋で有名なところですね。 そうです。
南側をですね、かふり湾ですね。
南側がかふり湾。
そして北側が菱津湾。
今菱津湾の方からやってきましたね。
そうですね。ちょうど巣になっているんですね。
だから船越しというのは、南風が強い時は南から船を担いで菱津湾に持って行く。
北風が強い時は船を担いでかふり湾に持って行く。
そういうことなんですね。
船を引っ越すと。
船越しという名前がそういうところから来たのかわかりませんが。
こすというのは串という意味もあるんですね。
焼き鳥の串ですね。
こういう風になっているでしょ。
ああいうのは串とか言うんです。
地名的にね。
こすだったんだけど、船越しになったんですね。
船越しになった。そういう船越しにやってきました。
ここではどういう風な物語が聞けますか。
03:01
禅の湾というね。
禅の湾。
ちょっと参りましょうか。
禅は禅学の禅に大鶴と書きますね。
あそこの禅盲湾ねっておっしゃった。
禅盲。
禅盲とか禅盲。
禅盲湾は地元では禅盲湾というそうですね。
禅盲って。
昔からそういう風に。
ですね。
だからこっちにある人は禅盲さんですもんね。
禅盲さん。
ここです。
ここですか。港からすぐ近くですね。
こっちがお地蔵様になります。禅盲のお地蔵様になりますね。
立派なお地蔵様ですね。
この禅盲湾は案が、いおりが一つありまして、
その前にですね、お地蔵さんが3体あるんですね。
一つのお地蔵さんが、これは平べったい石ですね。
だいたい1メーターくらいの平べったい石があるという感じですが、一つあります。
それからその真ん中に小さなお地蔵さん。
これは丸い石ですね。
それにお地蔵様の顔が書いてある。
だいたい20センチくらいの大きさですね。
その右側に、これは三角形の長さ30センチくらいの岩が一つありまして、
これもお地蔵さんになっています。
その3体とも赤い腹巻きを巻いているといったような像です。
この3体のお地蔵さんの前に禅盲湾といういおりがあるんですね。
小さな小屋があります。
この中にアミラニュライ像が1体まつってあります。
これはどういったようなお話があるんでしょうか。
天照時代ですね。1590年代くらいでしょうか。
この秋に福吉の日山という海賊がこの船越しを略奪に来るというようなことの噂があったんです。
日山ってありますよね。日の山だけですね。
日の山という星が日山という星なんです。
そういう星が福吉にもあります。
それでその海賊なんですね。
それがこの船越しを略奪に来るという噂があって、
春にやってくるんで、そのお寺に集まって対策を練るんですね。
06:03
どうしたもんかと。
それでみんなに相談したら、やっぱり海賊が来るのを早く知らないかと。
そのためには船越し山ってそこにありますもんね。
低い山ですよね。
だけどもちょっと高台になっておって見晴らしがいいんです。
そこに見晴りを立てようということなんですね。
それで誰もいなかったんです。
ところがですね、十二十四後の玄蔵という人が、
自分がやろうと名乗り出たんです。
そしたら玄蔵さんは足尾が不自由なんです。
というのはそこに空がというところがありますが、
そこに山崩れがあって、村の人が埋められたと。
それを助け出そうと思って掘っている最中に松の木が倒れてきて、
下敷きになったんですね。
それが元で足を悪くした。
そういう伝説があります。
そしてその玄蔵さんは村の人が無理売と、
もうやめときないと言うけど石が硬くて、ぜひやらせてくれということになるんですね。
そしてそれが決まって、もう翌日から船越山に狩小屋を建てて、
そしてもう昼夜問わずずっと見張りをする。
そうすると玄蔵さんにも恋人がおって、そういう恋人がいて、
そしてその人が宝生寺というお寺から三度三度の食べ物を運んであったんですね。
そういうことがありました。
ある時、正月の三日過ぎて、どうも沖を見ると怪しい船が多いと。
何尺か見えると。
そして姫島あるいは深江の大崎の花畳に怪しい船がウロウロしていると。
ある時一挙に船越しに目指して攻めてきたんです。
それで玄蔵さんは、海賊だと大きな声で用意しとったのろしをあげて、
そして村に向かってほらがいを吹いて調べたのね。
そうしたら村はてんやわんやになるんです。
そして村の人は食料と火災道具を持って、この近くに海塚という集落があります。
それから小金丸という集落、そこの方に避難するんです。
そして海賊はいよいよ上陸してきます。
09:03
そしてところがもう猫の子一匹いない。
家を探しても食料もない。火災道具もない。
その時短打踏んで悔しがっている時に、上でのろしの煙が見えた。
ほらがいがまだいーんと響きよると。
誰か来るぞと。あれは知らせたに違いない。
あの山を火攻めにしようと。焼き殺せと。
火山の狩猟が命令するんですね。
ここで火をつけるんです。
そうしたらもうめらめらと燃え上がって。
そして玄蔵さんにですね、間近に迫るんですね。
ところがどこをどう来たのか、恋人の大島さんという人がね。
助けにやってくるんです。
そして玄蔵を背負って駆け下りるんですね。
大島さんというんですね。
そしてちょうど富賀と船越の間に浜があります。
そこにたどり着くんです。
ところがね、運悪く海賊に捕まってしまいます。
そして玄蔵さんも取りすがった大島さんも槍で突き殺されるんです。
突き殺される。
それで2人を血祭りにあげた海賊たちは船へ帰ろうとする。
その時に城徳山ってありますが、そこから矢が飛んできた。
そして海賊をめがけて5本、10本、15本、それからもう100本ぐらい飛んでくるんですね。
片っ端から逃げる海賊をいるんです。
雨あられと。
そうです。
雨あられ飛んでくる。
その主というのが、今は両聖というお坊さんになってあります。
それが宝生寺の戒備の和尚さんです。
もともとこの和尚さんは原田という高須の城の一族なんですね。
お向けさん。
そして各地を転戦して力強い人だったんですね。
そういう方がその地にいらっしゃった。
そうです。
海賊もおびただしく死体が転がって平和に戻って、
逃げていった村民たちが帰ってきて、
最初に見たのがやっぱりたくさん類々とした死体と原蔵さんと和尚さんの遺体だったんですね。
それで宝生寺の両聖という元向けの和尚さんが、
原蔵を禅王という総名を付けたんです。
そしてこの前にある寺像を祀って、
12:07
そして迎え合わせて祀ったと。
そういうことなんですね。
そうですか。
それがみな仏、目の前にありますけれども、
高さが40センチぐらいの見事なお像ですね。
そうですね。
そういうことで、たくさんの地元の方がご覧になってわかるように、
いつも、
たくさん花がね。
きれいですよね。
あげてありますね。お供えしてあります。
そういうことでございます。
牡蠣小屋が今年も大変ににぎわっているというニュースも伝わってきました。
船越に伝わる船越と久賀の禅王寺像の話でした。
今度は糸島市役所の近くの荻野浦という場所に来ました。
このあたりは川が何本か流れていますが、
その中の沢川が長野川に合流するあたりに土手がありました。
その土手の上にあるお寺像様にまつわる伝説です。
今度はガイドの西本さんです。
今度は雄心土手というお話を伺いにやってきました。
ここは荻野浦という場所なんですか?
そうですね。
ここにこういうお寺像様があるというのはどういうことなんでしょうか?
ここは昔から南高寺にあった際に人柱を埋めて作り上げるという悲しいお話です。
物語があるんですか。
時は江戸時代の始めになるんですけれども、
今言いましたようにここはすぐ海がかふり湾が近くですから、
西風が吹くと今でいう高潮、波がすごい襲ってきて、
このあたり一体は海のようになっていたそうなんですね。
そこでちょうど藩の政策で官宅というのをやるということもあって、
ここにいわゆる潮止めみたいな堤防の隅を作ろうというふうにしていたんですけれども、
ちょうどここは、今我々が立っているのは直前黒田藩領なんですけれども、
向こうに長野川という川があるんですが、その川の向こうは幕府の直轄領だったんですね。
そうなんですか。
で、東西一斉に官宅事業を始めるんですけど、
向こうはなんせ幕府が後ろ盾についていますから、
もうどんどん進むわけですよ。
でもこちらの方はなかなか進まなくて、
一応完成させるんだけどすぐにまた壊れてしまうとか、
そういったのをずっと繰り返していたんですね。
そんな時にある山節がここを通りかかりまして、
15:01
その工事の様子をずっと眺めているわけですね。
一体何をしているんだと。こういうことで作っているんだと。
ただ作っても壊れ、作っては壊れしていますから、
はっきり言ってあまりやる気がないというかですね。
大変ご苦労していると。
そうなんですね。
それを見た山節がですね、この土手がですね、
そんなに度々壊れるのは、竜神様がお怒りになっているから。
竜神様がお怒りになっているから。
その竜神様の怒りを鎮めるために、
生贄を捧げるしかない。
生贄を。
はい。いわゆる人柱ですね。生きた人間を埋める。
そういったことを提案するんですけれども。
もちろんみんな嫌ですよね。
そこに来た藩の役人もしぶしぶそれを了解してですね、
人柱を埋めようということになるんです。
その時に山節さんが提案して。
その山節の名前が竜神さんですね。
竜神さんですね。
が言うにはですね、着物を着ていますが、
横目の継ぎはぎを着けた、
その着物を着た人を埋めたらどうだという提案をするんですよ。
当時はまだそんなに豊かではないですから、
ほとんどの人が継ぎはぎだらけの服を着ているんですね。
だからその提案にちょっと驚くというか。
みんな自分じゃないから。
そうです。そうです。
でももう仕方ないんでですね、
周りで周りの人と服を見せ合うということをしていくんですね。
そうするとバッと驚きの声が。
なんとその言い出した山節の竜神さんの着物に
その横目の継ぎが当てられてたということなんですね。
じゃあ竜神さん悪いけどお前さんだよって感じになるわけですね。
そうですね。
で、竜神さんはですね、それを顔色一つ変えずにですね、
もう描くのは仕方がないと。
じゃあ私が人柱となって入っていこうということを言うんですね。
自分が人柱となるからにはですね、
もうこの包みは建設もうまくいって成功するだろうということを言って、
周りの人たちはですね、泣く泣く竜神さんに重石の石を付けて
いつも壊れる穴に埋めていくんですよね。
そういった中で、やっぱり周りから竜神さんを犬路にさせたらいけないということでですね、
その後はですね、工事がトントン拍子のように進んで
無事包みが完成することができたと。
じゃあ頑丈な、壊れない。
そうですね。
ちゃんとしたね。やっぱり進みができたと。
で、それをお祭りしてですね、
この荻野浦の庄屋さんと、それから奥になりますが前原の庄屋さんがですね、
18:03
相談して、ちょっと時代は下るんですけれども、完成年間にここにお地蔵様を建ててですね、
その後、荻野浦と前原が交代でお祭りをしていっているという。
そうですか。
土手の上にお地蔵様が立っている。
お地蔵様がだいたいそうですね、四五十センチぐらいのお地蔵様。
赤いエプロンを着けていらっしゃいますが、
ここですね、ここに土手がずっとあった。
そうですね。
この後ろ側に川が流れていますね。
そういうところにお地蔵様の貴重な犠牲の上に堅固な土手ができたということですね。
それで雄心土手ということなんですね。
この雄心さんなんですけれども、一節ではですね、江戸時代が始まるまでずっとこの糸島をですね、
治めていた原田家のお地武者ではないかという話もあるんですね。
実はすぐ近くでですね、二人の武士が活腹自殺をしているという事件が起こっているんですよ。
何らかの事情で雄心さんも一緒にひょっとしたら活腹自殺するところを何らかの事情でそれができなくて。
生きながらいた。
後を追うというかですね、どうせ死ぬのであれば最後に人のためになってということ。
ですから自分に横目の次があるのが分かっていて、そういう提案をしたんじゃないかなという思いもありますね。
そういうお話ですね。
まあいい話ですよね。
そうですね、そうなると。
土手が今でも残っているという事ですので、そういうお話が雄心土手という話がここに残っているという事でした。
どうもありがとうございました。
小城の浦という場所の雄心土手のお話でした。
ガイドの西本さんに聞きました。
伊都島の伝説。
今週は、海賊襲来の見張り番を志願した男船越と九賀の全毛地蔵、そして防波堤に自ら身を埋めた山節雄心土手の話をお送りしました。
こういった伊都島の伝説は番組のホームページを開くと見ることもできます。
なお、伊都島の伝説は、伊都島新聞社発行の海底版伊都島伝説集を参考にお送りしました。
本は伊都島地区の書店で販売中です。
来週も伊都島の伝説をお送りいたします。
ご案内は伊都島ふるさとガイドの皆さんでした。
21:12
ここで古代の福岡を歩くリポーターの中島理恵さんです。
こんばんは。
今日は三山市の非常に面白いお祭りの話なんです。
毎年11月3日に行われていまして、福岡県の指定向け民族文化財になっている三山市のドンキャンキャンというお祭り。
ドンキャンキャン、ユニークな響きですね。
いい音ですね。この名前もキャッチーなんですけれども、コロナの間ずっと神事しかできなかったんですが行列が復活する。
このドンキャンキャンって見たことがある方もいらっしゃるかもしれません。
矢部川の関の上を行列が渡っていくんですね。
お見越しと大名行列のような毛ありを持っている人たちとか、あと太鼓や鐘、笛。
そんな中歩いていくんですけど、特徴的なのはシャウマといわれる獅子頭をつけた少年が太鼓を打っている。
こういった姿も目を引きます。
このお祭りについて広田八幡宮宮司の広田早則さんにいろいろ教えてもらってきました。
まずはこのドンキャンキャンという名前、とっても面白い名前だと思うんですね。
笛吹きさんと一緒に行く太鼓がドンドンってて、シャウマ被った子どもが太鼓を打って奔放するんですけど、それに合わせて大人が鐘を叩くんですよね。
要するにドンキャンキャンという音が聞こえてくる。夜の帳までも夜遅くまでずっと叩いて回るんですよ。
そういったことでドンキャンキャンという名前。誰かつけたか知らないけど、いつの間にかドンキャンキャンとなってますね。
太鼓と鐘が響き渡っているわけですね。
この集落に夜遅くまで響く音が特徴的なんですけど、実は動き回っているんです、この行列。
今お話を聞いた広田偶二のいらっしゃる広田八幡宮を出発して、これ綾広という地区なんです。川向こうの本郷地区の正門宮に行ってまた帰ってくるという旅路なんですよ。
この二つの八幡宮、そして正門宮を聞いてピンと来ているリスナーも結構いらっしゃるかと思います。そもそもこうなんです。
あっちが息子の母親の神宮広郷なんです。お祭りしているのは王神天皇さんで息子さんです。
年一度の親子の大瀬を追って、本郷と綾広の周囲の人たちだけでのお祭りなんです。
息子が母に会いに行って、お久しぶりですって言って、仲良くして帰ってくるっていう、そういうお祭りなんですよね。
24:01
正門宮に行ったら親子の再会を祝ってお歌いがあって、みんなで一杯飲んで帰ってくるという流れがあるんだそうなんですね。
この行列なんですけれども、フルサイズで今回は復活できないかもしれませんが、本来行列についていく華やかさだけじゃなくて、後ろの方に大人に抱かれた小さな子どもたちの姿がある。これも見逃しちゃいけないポイントみたいなんです。
ずっとつんのうてち、つんのうてち後に行列にお見越しの後をつながって、子どもたちも全部向こうに一緒に行くんです。
何て言いました最初に。
つんのうてちというのは連れ立ってということ。ここの言葉よくない。つんのうて、連れ立って、ぼてぼて小さな子どももおじいさんやおばあさんに抱えられてね、一緒に行けるんですよ。
今はもう子どもたちもまたあまりいないんでね、そういうぼてぼての文化も非常に少なくなったけど、今年はもう2人くらいおることある。
そうですか。
この文化をぼてぼてって言うんですって。だからぼてぼてで地域の社交会デビューをするわけですよ、子どもたちはね。
非常に楽しいんですが、今年は復活第一なんなので、やっぱりちょっと規模を縮小してます。
ヤリチームは今回は組めないので、太鼓とか笛とかそういったものがあるんですけれども。
あともう一つ、お宮の近くと、それから途中河原のお旅所っていうところ、ここでは今まで通りなんですが、それ以外のところ、車を使っての移動もあるので、しかしながらまだまだみんなの希望を聞いてるので、これから当日までに変化する可能性もあるわけなんですよ。
でもやっぱり再開することが大事だとヒルタグフジがこうおっしゃってました。
我々、神のためというよりも地域のですね、みんな心をやっぱり一緒に集めるというものすごい力があると思うんですよ。
やるとなるとみんなたかってちゃんとした教をして座元に始めてですね、そういうふうにみんなが一生懸命やってくれるから、みんなこうやってよく分かっている。
どういうことをしたらいいかとかですね、そういったところについてはやっぱり大したお祭りだなと思うんですよ。
地域の心の和みのもとはやっぱりお祭りでしょうね。
そうですね。久しぶりの祭りですからね。
そんな様子を少しだけ見せていただくこともできますので、気になる方は11月3日です。
午後から夜にかけて行われますが、とにかく集落入り組んだ細い路地ですから、邪魔にならないように車は遠くに置いて、バスだったりタクシーだったり歩いて覗かせてもらうのが正解ではないかと思います。
そしてこの広田八幡宮なんですが、実はですね、門が高いところにあって、本殿との高さがね、2,3メートルは言うに違うんです。
門にちょっと上がって、門のところに立つと本殿が3メートルほど下に見えるわけなんですよ。
見下ろせるところですね。
なんでだろうと思ったら、いやもともとはこの門の位置が矢部川の河原田の土手だったんだよって、広田宮司おっしゃる。さすがにこんな話も聞かせてくれました。
27:03
慶光天皇がこの矢部川のほとりに来て、あんぎゃしてきて、水清くて背高きなりついて背高の名前がついたっていう話がちゃんと書いてあるんで、だからどこまで踏んだかわかりませんけどね。
そんな歴史ドマンを考えながら、ぜひ宮間のドンキャンキャン行ってみてください。
中嶋理恵さんでした。
番組からのお知らせです。ホームページのご案内です。
これまでの放送内容と番組を1回目からじっくり楽しむことができます。
RKBラジオホームページの古代の福岡を歩くシーズン9のバナーをクリックしてください。
またラジオクラウドという無料アプリをダウンロードすればスマートフォンやタブレットからもお聞きいただけます。
この番組は、宮間市の企画協賛、行座のヤマハチ、道の駅村方の提供でお送りいたしました。
ご案内は酒田周代でした。
卓五川の立川翔子です。
1週間のニュースの中から気になる話題を題材に新作落語をお送りしているポッドキャスト番組、立川翔子のニュース落語。
もう聞いていただけましたか?
政治家の問題発言や動物たちの微笑ましいエピソードなどなど、落語の世界でお楽しみください。
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