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古代の福岡を歩くステージA。 海の道から空の道へ。
安曇族の足跡を探る。 この番組は安曇野市観光協会
安曇野市大王わさび農場 塩尻市観光協会
FDA富士ドリームエアラインズの企画共産 餃子の山鉢の提供でお送りいたします。
こんばんは佐方周代です。 今週も新潟県糸井川のヒスイについて
縄文時代ヒスイの工房があった長蛇原遺跡にある 長蛇原考古館からお送りいたします。
先週は縄文時代の建物などが復元してある遺跡を紹介しましたが、この遺跡 一体どういう場所にあるのかといった話から聞いていきます。
お話を糸井川市教育委員会学芸専門院で長蛇原考古館の山岸 陽一さんに伺っていきます。
背後に山があったりするというような そんな環境にありまして
そういう意味では海の方で手に入るものそれから山へ行って手に入れられるものっていうのが
遺跡からも出土していますので
そういった海の幸山の幸両方を手に入れることができる そんな場所というふうに考えられるんですね
あの先ほど遺跡のホームで歩いていったんですけど なるほどなんでこんな高台に作ったかというのがだんだん分かってきたんですけど
やっぱり水が湧いているというのも一つあるんですか?
そうですね、すぐ近くに湧き水が豊富な場所がありますので そういったところも調査しますと土器や石器も出てまいりますので
湧水の利用というのは やはり生活を支えた一つの大事なポイントになっていたんだというふうに考えられます
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それから一棟の建物を拝見したんですけど その建物の周りが広場になっているというのをびっくりしたんですけど
あれやっぱりどういう機能だったんでしょうか?
広場については実際に広場の中を調査しますと あまり出てこないと言いますかね
出てくるのは石棒であるとか道具が見つかるとか そういったことがあったりしますし
広場の中には和歌が作られたりするということがあります
そういう意味ではそこの村に住んでいた人たちのコミュニケーションをとる場所
儀礼を行う場所というような場所として利用されていたということが考えられています
ここにあったのが筆錐の加工工場と言っていいんですか?
実際にはここで加工していたという具体的なポイントまではまだまだ抑え切れていないということはありますが
筆錐の原石から製品に至るまでの工程がわかる資料が出てくるとか
割ったり磨いたりする道具も見つかるというようなことがありまして
ここの集落で筆錐の加工が行われていたということを物語る資料ということで
筆錐工房というような言い方もするんですけれども
そういう集落であるということがわかっているわけであります
一つは筆錐を加工するときに砥石というのが使われますよね
その砥石はこの近くにもあったということが言えるんですか?
特にここの遺跡から見つかる砥石というのは石鋭という硬い鉱物をたくさん含んだ砂岩という石を使っているんですけれども
その砂岩というのはこの姫川という川を遡った筆錐峡というのがあるんですが
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その川の上流の方から流されてきている石というふうにも考えられていまして
特に姫川の西側にここからずっと福井の方にかけてですけれども
恐竜がいた時代に堆積したテドリソウという地層があってですね
そこの地層の中に含まれている砂岩というのがその石鋭がたくさん含んでいる石というふうに言われておりまして
それが手に入るというのが非常に筆錐の加工をする上で大きな威力を発揮したんだというふうに考えられています
それからここに展示してありますけれども
小さい玉になる前の大手手というんですか
先ほど見させていただきましたけれども
あれが10センチか15センチぐらいの石の塊みたいな感じですね
いわゆる削り節によく似ていると言いますけれども
あれが大きく刻んでいって最初になる筆錐というものですか
結局細長く加工をするということが一つありますけれども
それをまた磨くそして穴を開けるという
そういう工程を経て完成していくということになるわけです
その磨くのに必要な砂岩、砥石、それから形を整えるのにも筆錐のハンマーと言いますか
そういったものを使って加工していくというのが
ここの遺跡で出土する資料から考えられる筆錐の加工技術と言いますか
そういうふうに理解されております
砥石というものはもうあれ自体がソーシングとして使ったんですか
穴を開けたものがペンダントとして各地に運ばれるというようなことになっていくわけですね
面白いですね最初からソーシングとして
最初はあまり手をかけない
自然の筆錐の歴に穴を開けていたということもわかっているのですが
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だんだん手を加えて形を整えたものが流通するようになるという流れはあるようです
次の形が筆錐の玉になるわけですか
縄文時代の中期 長蛇穴遺跡の時代は
そういった大種というようなものが流行るわけですけれども
後期晩期となっていきますと小さな曲玉とか丸い玉が多く作られるようになっていく傾向があるようです
例えば玉だけじゃなくて玉に穴を開けるということもやっていますよね
筆錐自体はかなり硬い石でしょう
それに穴を開けるというのはどうやって開けたんですか
それは時々遺跡から見つかる資料の中に穴を開ける
開け方ですねそういったものがわかるものも見つかっておりまして
それによると
管切りと言っている
竹や鳥の骨もそうだと言うんですけれども中が中空になった管状のものを切りとして使うということが考えられていまして
これは工学部の先生も当時の技術としては管切りというのが使えるということが非常に高度な技術であり
それは現代の技術にもつながると言われております
そういう管切りみたいなものでこれを何千回というふうに回して穴を開けるということですか
出来上がった玉ですけれども玉というのをどこかに運んで持っていくということもあった
どの辺まで持っていったというのがわかっているんですか
縄文自体はどちらかというと東日本の方に
たくさん広まっているということがわかっていまして
北海道
レブン島という一番
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北はレブン島ということになりますし
長蛇原遺跡よりも少し新しい時代になった後期晩期になりますと
根室の方へ広まるというような
そんな一番遠いところだとそういうところに行っているということになりますし
西の方も割と沖縄の方でも見つかったりしているようですから
かなり遠くまで行っているということは間違いないということですね
糸井川にはかつて築二街道または塩の道と呼ばれる道が松本まで通っていました
その道を翡翠も運ばれていったのではという話もあります
山岸さんは
それは事実として
例えば長野県の諏訪湖の周辺ですね
諏訪湖の周辺というか八ヶ岳の山麓といいますか
そちらの方で翡翠の大種というのがたくさん見つかる遺跡があったりします
ですのでそこの地域との交流というのが一つありまして
そちらの方のもう一つ関係でいうと
八ヶ岳の山麓というのは黒曜石の山地なんですね
それでここの地域は黒曜石がない
という地域になりますので
実際に遺跡から出たものを今科学分析すると
どこの黒曜石が来ているのかというのが分かるというのがあります
遺跡から見つかった100点ぐらいの黒曜石をそういう手法で分析すると
多くは諏訪地方の黒曜石だということが
ほとんどが諏訪地方のものという
そういう結果もありますので裏付けとして
諏訪地方とこの地域との関係の中で当然その
道筋としては姫川沿いのルートというのが非常に
人の動きとしては通りやすい場所であったということは考えられます
途中にも翡翠の確保とかに関わる遺跡が何箇所かありますので
やはりそれは戦後間もない時期にすでに大場岩尾さんという考古学者が
その可能性を考えてこの
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長野の方からこちらへ向かって調査をしたんですね
長山原で翡翠を拾っていよいよ間違いないということを
そういう探求をしたというのもそういうこともあります
さらに翡翠と安住族との関係はどうだったのか伺っていきます
大場岩尾先生も
長野からこちらへ来た理由というのは弥生時代に安住族が
道家という正道記があるんですそれが長野で出ているんですけどそれは
ここから姫川を遡って運ばれていたものではないか
翡翠もその流れの中で動いているのではないかというのを
探索するために来たんですね
縄文時代のちょっと時代の違う長野からも調査をしたということなんですね
やはりその安住郡という
8世紀奈良時代以降の郡ですけれども
実はその安住郡の中にある古墳ですから5世紀とか6世紀ぐらいのものになるわけで
それは安住村寺の墓ではないかというのは
ほぼ間違いないんでしょうけれども
ちょっとそれは長野からの時代よりもだいぶ違う時代で
翡翠のちょうどその最後の頃には関わってくる可能性はあります
ただそれは弥生時代まで大葉先生が推定した道家と翡翠の
割り取りの話になってくるとそれはまた弥生時代の話なので
そこでまた数百年ぐらい違ってきますので
それが安住村寺の移動した時代というのがいつなのかというのが
それによって弥生時代のことなのかどうなのかということに変わってくるんだと思います
実際に特に鹿野島
木も出ている島ですけれども 特に古墳時代にも既に沖野島の
祭祀というのも行われていますし
そういった船を操る技術といいますか
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そういう点では安住村寺がその後今度ずっと
東北地方に進出するのにも関わっているとかそういったこともあるので
穴勝ちここから遡ってくるというのは
高等向けの話ではないわけです
実際にこちらに
小高神社という神社がありまして 小高神社というのは安住郡の中にある古い神社
その末者というのは一つもないんですね しかしいといがに一つそれがあるというわけです
それを古代医師の研究されている先生が
やはりここが内陸へ入る一つの経路ではないかということを
小高神社のことを根拠に研究されているというのがあります
ただ地元の人に言わせますと
その小高神社の末者になったのは明治からなんだというわけです
それより前のことはよくわからないんだということが課題としては残っています
それと安住族というのが朝鮮半島との交易を盛んにやってたんですね
朝鮮半島からは産出されない秘水が朝鮮半島から出ているということは
やっぱり安住族が持ち込んだのではないかというふうに推定するんですけれども
どんなもんですかね
それもやはり沖縄の祭祀との関わりもあって
あそこは宗方という地域になるわけで
宗方それから安住に
やはり朝鮮半島への橋渡しといいますか
そういうことになるわけですし
航海術という点では
日本海自体に秘水が動くということも一つ
そういうポイントがありまして
特にそれは弥生時代なんですね
そうすると安住が弥生時代まで遡るのかということが
一つ課題になってくるんだとは思いますけど
それとやはり朝鮮半島との橋渡し窓口になるという点では
秘水の代わりといったらですが
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鉄が必要だったというのが
5世紀ぐらいの大和政権の一つの大きな課題だったようで
その秘水と鉄との物々交換になるかどうかなんですが
トレードその辺というのが
海を越えていくという点では
重要な役割を果たしている可能性はあるんだとは思います
鉄が欲しかった当時の日本の国内事情ということも考えると
鉄をいただきたいので秘水をどうぞという
その辺が韓国でたくさん秘水が見つかる理由の一つは
そういった鉄と鉄の問題というのを考える傾向は非常に強いという
お話を糸井川市教育委員会学芸専門院で
長蛇原考古館の山岸陽一さんに伺いました
ここでリポーターの中島リエさんです
こんばんは
今日は餃子の山鉢にニューフェイスが登場したと聞き
餃子の山鉢福津本店に行ってきました
JRの福間駅から歩いて10分くらいで着くんですが
ふみちゃん店長こと藤本ふみ子さんが
すごい美味しいのができたと満面の笑みで見せてくれたのが
9月10月の季節限定商品として登場した芋栗まんなんです
芋栗まん
冷凍で売ってまして
チョケが5センチくらいのものが8個入ってるんです
中のあんがあんの芋
あんと栗の粒
へー
これいいなーと
レンジでチンでオッケーですし
本気で蒸し器で蒸してもいいし
揚げてもいいと
でも驚きこんな方法で食べれるんですって
蒸してもいいし
もう出来上がった状態
蒸してある状態なので
全てがうん
で冷凍してるので
自然解凍オッケーなんですよね
シャリシャリしてて美味しいんだよね半解凍
で周りもそのままふっくらのままなので
ということで
半解凍
2,30分自然解凍しておいたらなるよって言われて
今持ってきました
これ半解凍なんですか
半解凍です
どんな感じになってるのか
今私もドキドキしてます
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これね
ひんやりしてますね
またひんやりしてる
これ一口サイズでね
一口は二口かな
どうぞ召し上がれ
いただきます
シャリシャリ
おぉ
なるほど
うん
冷たいの
いいですね
いいでしょ
中の
お芋と栗
これがやはりこう
なんて言うんでしょうか
洋菓子のような
そうなんですよ
美味しさになりますね
でこのようにあの
皮は割と早めに溶けるのでももっちりしてて
あ何にもしなくってこれが出来上がるんだったら
すごい幸せなおやつタイムだなっていう
そんな一品なんですよね
新しい
ねえ
でこれ実はね
例年5月10月って季節限定は餃子で
ミニトマトが丸ごと入ってるものだったんですが
これは今年の猛暑でトマトの生育が不良で
これができないと
でこの芋栗まんを代打として出したら
もう大ヒット商品ですよ
これはなかなかの完成度です
でしょ
でこれがパッと出来た理由にはこんな
まあふみちゃん店長だけじゃなくて
みんなの思いがあったからみたいです
うち本当にうちの小麦粉
餃子もそうなんですけど
皮自体もすごく美味しいんですよね
豚まんとかの周りの皮生地がすごく美味しくて
なのでそれを使った何かを何かをって
いつもこう考えてはいるんですけど
でこうなりました
いやいやもう本当に素晴らしい完成度
さかたさんの顔がめちゃくちゃ笑顔になってます
うんもう止まらないです
福祉本店に行ったらあの米の油で揚げた
揚げ芋栗まんも買えるので
これはねあのほっこり度が中の上がって
外側香ばしくなるんで甘みが軽くなって
これもまためちゃめちゃ美味しいんですよね
気になります
でしょでしょ
それだけじゃない
さらにもう一つニューフェイスがありました
餃子の山あちの福祉本店に行ったら
店頭にキラキラ金色のモールで囲まれた
テイクアウトの窓口ができてまして
ここがカレーパンの店なんです
カレーパン
ツタンカーメンってひらがなで書いてるんですね
で黄金のマスク型のお口があって
オリジナルのTシャツなどまでできてて
これはすごいことになってる
いやふみちゃん店長ツタンカーメン?
カレーパンやで
すごいこと考えましたねって言ったら
こんなリアクションでした
じゃたしじゃなあたし
つーかインドだしカレーみたいな
エジプトだしツタンカーメンみたいな
どう来たのどうなってるの頭みたいな
考えたのは社長だったです
で社長に聞いたらですね
なんでカレーパンなのに
ツタンカーメンっていう店にしたんですかって
いやなんとなくなんかいいなゴールドの感じがあって
色の方で引っ張られてたんですね
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コロッケっぽいイメージのカレーパンなんです
10センチ弱ぐらいの大きさで
5、6センチぐらいの幅
野菜カレーパン
辛口カレーパン
季節限定のカレーパンとあります
この発想どこから来るのか思いもしたけど
こんなふうにふみちゃんが言いました
でも喜んでくれる人がいる限り
別に餃子屋だからって
餃子にこだわる必要はあたしもないなって
いつも思ってて
やりたいことをやりたいっていうか
これだったらお客様が喜んでくれるかも
笑顔になれるかもって
社長や他のみんなが思うんだったら
全然やればいい
餃子のヤマハチの美味しさ
まだまだ進化します
中島リアさんでした
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安住野市観光協会
安住野市大王わさび農場
塩尻市観光協会
FDA富士ドリームエアラインズの企画共産
餃子のヤマハチの提供でお送りいたしました
ご案内は坂田周大でした
地下鉄祇園駅から徒歩2分
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